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呆戦・・・仁義なき親鸞会法論 Vol.2

1 :名無しさん@1周年:02/10/16 18:26
法論、教学解説、華光はこちらでどうぞ

2 :名無しさん@1周年:02/10/16 18:27
前スレ http://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/1033141989/

3 :名無しさん@1周年:02/10/16 18:30
関連スレ
「親鸞会について教えてください。」 ……(1)
http://mentai.2ch.net/psy/kako/950/950119684.html
「元特攻隊員のアホの高森顕×・親○会会長」 ……(2)
http://mentai.2ch.net/psy/kako/960/960481906.html
「親鸞会っていくらお金かかるの?」 ……(3)
http://mentai.2ch.net/psy/kako/963/963498341.html
「親鸞会について教えてください。(パート2)」 ……(4)
http://mentai.2ch.net/psy/kako/966/966333704.html
「◆金の亡者・高森け○てつ・親×会会長◆」 ……(5)
http://mentai.2ch.net/psy/kako/975/975156385.html
「親○会会長は正気」 ……(6)
http://mentai.2ch.net/psy/kako/969/969707494.html
◆◇親鸞会とは?(親鸞会総合スレ)◇◆ ……(7)
http://mentai.2ch.net/psy/kako/987/987765451.html
親鸞会はカルトだ!! ……(8)
http://mentai.2ch.net/psy/kako/994/994659694.html
カルト親鸞会(親鸞会総合スレ パート9) ……(9)
http://life.2ch.net/psy/kako/999/999873436.html
親鸞会の活動がイヤな人の数→ ……(10)
http://life.2ch.net/psy/kako/1012/10123/1012345083.html



4 :名無しさん@1周年:02/10/16 18:33
続き
親鸞会に向かって1000の花束 ……(11)
http://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/1025274119/
親鸞会に向かって1000の心のタネ      (12)
http://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/1028481417/
輝ける子(藁◆◇親鸞会総合スレ13◇◆   (13)
http://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/1030437873/
【M晴不倫】親鸞会の体質を問う【ワンマン経営】
http://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/1031079190/ (14)
【親鸞会】どちらがウソか?【2ch】   (15)
http://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/1032499080/
こんなことが知りたい〜親鸞会の実態 (16)
http://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/1033193519/





5 :名無しさん@1周年:02/10/16 18:35
続き
親鸞会のダミーサークル
http://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/981109702/l50
【崩壊】親鸞会のダミーサークル@二年目【直前】
http://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/1034488126/


6 :名無しさん@1周年:02/10/16 18:56
重複です

こんなことが知りたい。親鸞会の実態
http://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/1033193519/

===============終了===============

7 :名無しさん@1周年:02/10/16 19:05
>>6
カキコの内容が全然違う。
よって重複ではない。

8 :名無しさん@1周年:02/10/16 19:06
>>6
本スレは法論が禁止なんで・・・。
親鸞会の教学ヲタにも土俵を与えないとね。

9 :名無しさん@1周年:02/10/16 19:21
>>1


10 :クンニマン:02/10/16 23:11
>>1
お疲れさん。いや〜、これで法論で本スレが荒れなくてすむ。

11 :名無しさん@一周年:02/10/17 00:23
揚げ豆腐一丁!

12 :名無しさん@1周年:02/10/17 01:46
    ,__     b
    /  ./\    
  /  ./( ・ ).\          ヾ!;;l;::lilii|//"
/_____/ (;‘д‘).。oO まあまあみんな、全てのことを善意に解釈するようにしよう。
 ̄|| || || ||. |っ¢..|| ̄          .|;;l;;::||iii|
  || || || ||./,,, |ゝ iii~            .|;;|;l;::i|ii|    . . .(・∀・ )
  | ̄ ̄ ̄|~~凸( ̄)凸 .   wjwjjrj从jwwjwjjrj从jrヽ|〃


13 :名無しさん@1周年:02/10/17 01:52
無  人 絶 な┃
.  .   .  . ┃                                
碍 .生 対 ぜ┃                                ○
.  .   .  . ┃                                大
の .の の 生┣━━━━←━━━━━━━━━━━━━━←━━━━
.  .  .  .  ┃
一  目 幸 き┃
.  .  .  .  ┃
道  的 福 る┃

14 :元S改印:02/10/17 05:37
>>892
>三願転入は心の道程でありますから、

せっかくお答えいただいたのですが、まだ納得できません。
「信前の人間には三願転入という条件があって19,20,18願を通らなければ
名号を頂くことはできないから難行の諸善に励まなくてはならない」
とされる根拠をお示しいただけますか。

>「三千大千世界に芥子ばかりも(略))(安心決定抄)
これは善導大師が釈尊が慈悲の父母であることをおっしゃられたことについて
の解説のご文ですよね。このご文と三願転入の関係はどうだといわれるのですか?

>「凡そ八万四千の法門は(略)」(一念多念証文)

このご文にはあなたの主張される、「19,20,18願を通らなければ
名号を頂くことはできない」とは書いていません。具体的に申しますと真門には
言及していません。なぜでしょうね。


15 :元S改印:02/10/17 05:37
>>893

>三願転入以外に18願に通入すべき道は教えられていません。
>山辺赤沼(?)でしたっけ、教行信証講議なんかも19願20願の解説は会で教えていただくのと同じですし。

親鸞会解釈は三願転入を時系列的に19→20→18願とみる見解ですね。
しかしわたしはそのように考えていませんとすでに申し上げました。
特に信前に自分が19願であるとか、20願とか知るのではなく、信の一念において
名号の大功徳によってすべてが知らされるのではないでしょうか。
あなたが「自分の見解と変わらなかった」といわれていた山辺、赤沼らによれば
「第十九願、第二十、第十八と時間的に転々迂回するように思われることであるが、
事実はこれに反して、之を体験する人にとりては弘願に入りし自覚の一念の開展である。
そして更に進んでいえばこの弘願の自覚は第十九願、第二十にありし自己を反省するの
謂いである」(P1406)
といわれています。これはむしろ私が申した見解に近いと思うのですが、いかがお考えでしょうか?


16 :元S改印:02/10/17 05:39
>>894
>親鸞会は20願を勧めているのですか?
>はい、すすめています。

お答えありがとうございました。
「釈迦は要門ひらきつつ 定散諸機をこしらへて
正雑二行方便し ひとへに専修をすすめしむ」(高僧和讃)
このご和讃の意味は、
釈尊のご本意は、破邪顕正などの散善をおこなおうとするものを誘引するために
自力要門の教えをお説きになり、正雑二行のご方便を説かれ、
その本意は弥陀の専修念仏(余行を交えない念仏)に帰入せしめるためにほかならない、
ということでよろしいですか?

「念仏成仏これ真宗 万行諸善これ仮門
権実真仮をわかずして 自然の浄土をえぞ知らぬ」(浄土和讃)
破邪顕正=万行諸善=仮門ということでよろしいですか?

17 :元S改印:02/10/17 05:39
>>891
>「定散心のない20願の行者」はいますか?いませんか?

定散心とは、定散自心であり、定散自力の心ですね。祖師は信巻において、沈機二機を
自性唯心と定散自心に分けられています。定散心を一言でいいますと「自力根性」
あるいは「自力疑心」といえるでしょう。一切の清浄、無我、慈悲に反抗する根本我執、
毒我ということもできます。化土巻によると、20願の行者は息慮凝心の定心にて
念仏する者あれば、廃悪修善の散心で念仏するものあれば、あるいは定散の雑心にて
念仏を称えるものもあり、自己の称えた念仏に功を募るので、定散自力の機の失によって
真門の自力の念仏となってしまうわけです。以上が小経の顕説ですね。
一方、隠彰の実義からいえば、善本徳本の体は弘願の念仏でありますから
理論上は弘願の念仏を称える「定散心のない20願の行者」を想定していますが
機の失によって実際には存在しないことになります。


18 :元S改印:02/10/17 05:41
>>746
まだお答えいただいていないですが、
宝尋とはいったい何者なのですか?
正信聖典に出ている詩の作者さえご存じないのですか。
おまけにあなたも今まで親鸞聖人の作ではないかと、思い込まされていたようですね。
修行時代の事は明らかでないからといって
親鸞聖人が大曼の修行を成し遂げられたかどうか、
玉日姫と結婚しようが、いくらでも捏造していいのですか?
親鸞会はそんないいかげんな捏造をやってなんとも思わないのですか?
どのように聖人像をネジマゲてもかまわないのですか?
宝尋とはいったい何者であるかを明らかにしてください。



19 :元S改印:02/10/17 05:42
>>701
>罪の沙汰は無益、というのが真宗のきまりです。

五逆罪のひとつ「和合僧を破る」は小生の在籍時はしばしば
「親鸞会の方針にしたがわない」こととほぼ同義に用いられ、
しばしば「罪の沙汰」があったように思われますが、ご見解はいかがでしょう。


20 :名無しさん@1周年:02/10/17 06:06
http://ime.nu/2ch.hacca.jp/cgi/vote700/tvote.cgi?event=baka2&show=all
な、なんと
46位 276票 . ... 0.1% 渡海 難  ◆0AE5SZ4


21 :元S改印:02/10/17 06:21
>>895
>ただ蓮如上人を離れて」という話は聞いたことないですね。

何度もいっているように、いやしくとも浄土真宗を奉ずるものはまずご本典に
たちかえることが肝要ではないかと(あなたではなく他の方に)提案したのです。
そしてこれも何度もいっていますが、親鸞聖人と蓮如上人のみ教えが違うと
いった覚えはありません。あなたはおそらく「離れて」を「速に難思往生の心を離れて」
の「離れて」と同義に思われるために、それほどしつこくこだわられるのでしょうが、
私の申した意味は
「しばし(教行信証を勉強している間は)距離をおいて」という意味です。


22 :元S改印:02/10/17 06:22
>>896
>「過去久遠に三恒河沙の諸仏の世に出でたまいし所にして
>自力の大菩提心をおこしき。恒沙の善根を修せしめしによりて
>今大願業力にまうあうことを得たり」(唯信抄文意)
>この御文も修善との因縁を説かれたお言葉です。

このご文の直前には、「釈迦は慈父、弥陀は悲母、われらが父母として信心をおしえたまへりと
知るべきなり。」とあります。そして「善根を修せし」ではなく「善根を修せしめし」で使役形ですよね。
つまり、いよいよわれわれが善根を修すことができない、という証拠のご文となる次第です。
よって「修善との因縁」と解釈するのは誤りであり、釈迦弥陀の善巧方便についていわれた
ご文と判断するのが自然な解釈でしょう。その証拠に同義のご表現がありますね。

三恒河沙の諸仏の 出世のみもとにありしとき
大菩提心おこせども 自力かなはで流転せり(正像末和讃)

ご和讃では、無数の諸仏のみもとで修行してきたが
自力の修善では一度も成就しなかったと仰せですね。

まとめますと、善の全くできないこの「わたし」が今信心決定できたのは
三恒河沙の諸仏のもとで起こした自力は間に合わず、
まったく釈迦弥陀の善巧方便のおかげであったと名号(仏心)によって知らされたという
信後の味わいをおっしゃられたということになります。


23 :名無しさん@1周年:02/10/17 12:26
>>1
>法論、教学解説、華光はこちらでどうぞ
もう華光はずしてもいいんじゃない?
最近、来ても華光とは関係なしでやってるしね。


24 :クンニマン ◆nKFn5YeJG2 :02/10/17 15:19
誰かの御文の
「仏法の為には身命をも捨て、財宝も惜しむべからず」
の本当の意味を教えて頂けないでしょうか。
最近、この御文を示して、財施を強要されるのですが・・・。

25 :名無しさん@1周年:02/10/17 16:58
仏法のためであって、決して組織のためじゃない。
強要する時点で仏法の精神じゃないじゃん

26 :名無しさん@1周年:02/10/17 18:31
>>24
存覚上人の持名抄ですな。
意味については私より、ひさしぶりさんに聞いた方がいいので、
あえて私は書かない。
この御文と財施の強要とどう関わってくるかもぜひお尋ねしたいどころだ。
ところで、クンニマンは今部会中なんだな、多分・・・。

27 :名無しさん@1周年:02/10/17 18:41
955 :名無しさん@1周年 :02/10/16 13:57
>>953
「大我の我」って何ですか?意味分かりません。

これにも誰か答えてくれ〜。
ひょっとして簡単だから答えるまでも無いってか?
それって傲慢だな・・・。

28 :名無しさん@一周年:02/10/17 18:58
>>27
本当に意味知らないだけなら、自分で調べるべき。
なんでも答えが他から与えられるように思うのこ
そ傲慢かつ怠慢だろうが? 他人のこと傲慢なん
て言う資格なし。それとも何らかの答えを誘導す
る為にする質問かな?

29 :名無しさん@1周年:02/10/17 19:15
>>28
お前にえらそうなこという筋合いはないね。氏ねや。。

30 :名無しさん@一周年:02/10/17 19:17
>>29
お前もな。。。。

31 :名無しさん@一周年:02/10/17 19:34
>>29
>お前にえらそうなこという筋合いはないね。氏ねや。。
細かい事だが、お前にえらそうなこといわれる筋合い、
が正解では?

32 :名無しさん@1周年:02/10/17 19:35
>>31
そんなことどうでもいい。
下らんこと指摘するお前も氏ねや。

33 :名無しさん@1周年:02/10/17 20:51
>>27
ジャンヌに書いたので参照あれ。

34 :元S改印:02/10/17 22:34
>>17
追加
>定散心のない20願の行者

実は勉強不足のため、「定散心」の典拠がはっきりしなかったので
「定散自心であり、定散自力の心ですね。」
と記して一応定散自力の心とみなしたのですが、
ひさしぶりさん、「定散心」はどのお聖教に出てくるのか
その典拠を教えてください。

35 :名無しさん@1周年:02/10/17 23:50
人を不幸にする会にいてあなた方は幸せになれますか?
ここまで叩かれる会には何の問題もありませんか?
尊敬できる講師と尊敬できない講師どちらが多いですか?
S会に多額のご報謝することと、たった500円の募金、どちらが人を救えますか?
来年も名前、実態を偽ったダミーサークルで勧誘しますか?
そこで前途有望な学生の将来を宗教漬けに変えますか?
何も知らず仕送りしている彼等の両親を悲しませますか?

36 :名無しさん@1周年:02/10/18 17:28
age

37 :名無しさん@1周年:02/10/18 17:55
投稿時間:02/10/16(Wed) 14:39:25
投稿者名:猫はいだらけ
Eメール:
URL :
タイトル:不信な所、その三
天上天下 唯我独尊
 S会は、「天上天下 唯我独尊」の我を「我々人間」と理解し
てその証拠に「三界皆苦 吾当安之」の吾と言っているのはお
釈迦さま自身を指すと言ってますね。しかし、良く調べてみる
と、「三界皆苦 我当安之」と我が使われているんです。
ですから、S会の説明はとても怪しい。
また、S会のこの説明のルーツを探ると大沼氏のパクリなんです
ね!?(本当にがっくりきますが)。
 一般に唯我独尊の、我は「大我の我」だと教えられています。
大我は「常楽我浄」の我のことです。つまり涅槃の我と言えば
良いでしょうか。大我になった我は尊いわけです。



38 :名無しさん@1周年:02/10/18 18:53
>>37
犬鉄独自の疹卵会驚学は、大沼氏のパクリが多いというのはよく聞きます。
具体的にどういうパクリがあるのか、興味があります。
誰かご存知でしたら教えてください。
ひょっとして0ん!暴マンさんなどお得意の分野ではないですか?

39 :名無しさん@1周年:02/10/18 18:57
そーだね。
漏れは、0ん!暴マンさんのファン。
一部で非難されたりもしてるけど、言うこと鋭いからね。


40 :名無しさん@1周年:02/10/18 19:11
投稿時間:02/10/17(Thu) 01:17:40
投稿者名:猫はいだらけ (ID: TpCuq8c)
Eメール:
URL :
タイトル:不信な所、その四


外に賢善精進の相を現ずる事を得ざれ、内に虚仮を懐けばなり。

さて、この説明をS会は
 外に賢善精進の相を現じ、内に虚仮を懐くことを得ざれ。
の言葉から、「外も内もしっかりせよ」、そうして行くと
最後に聖人のような真実が照し出される云々と教えています。


こんな基本的なことも誤解釈するなんてさすが珍乱会。
そういやT森も聴聞で「立派になれ」(外見で)とかいっていたが
とんだ勘違い野郎だ。おそらく会では階層意識が発達していて
外見でも上のヤツが偉ぶるのでそれを肯定するために必然そういう解釈をつけざろう得なかったんだろう。
教えを自分の都合いいように捻じ曲げてるんだな。ひじょーに分かりやすい。

41 :アヤヤ ファン!:02/10/18 19:13
漏れも、0ん!暴マンさん、好きですね。
とくに、阿弥陀仏と個人の間の信仰を語らせたら、すごいと
思います。
元s改印さんや祭り大好き!さんも、すごい!!
将来、s会が分裂したときに、m張る組辺りからお誘いの声
がかかりそ〜。驚愕課をたのむってね(藁

42 :名無しさん@1周年:02/10/18 19:13
>>39
いっとくけどレインボーマンはダイバダッタの弟子だぜ(W

43 :名無しさん@1周年:02/10/18 19:17
そーなんすかっ!
なんとなく言ってる意味は分かります。


44 :コーヒータイム:02/10/18 19:17
漏れ独断の過去スレ傑作選1
独断で過去スレの、漏れ的におもしろいと思ったものをpick upしました。

バカ森「最近、日本のあちこちにも、UFOが来ているらしい。
彼らの科学技術は、相当進んでいるようだ。
目的は分からないが、もし攻撃してきたら、米ソ協力して立ち向かっても
手も足も出ないだろう。我々がアリをつぶすように、いとも簡単にやられる
にちがいない。いつ、どうなるか分からん、ということだ」
(平成2年3月)マジの発言>逝ってよし

45 :名無しさん@1周年:02/10/18 19:21
>>44
ぶわっはははははははははっ!!!!!!

46 :名無しさん@1周年:02/10/18 19:26
ちょっと質問。
信心決定という言い方はS会独自なんじゃ?
会では、浄土真宗としての要とはしてるもののあまり他じゃ聞かないんで

47 :名無しさん@1周年:02/10/18 19:33
>>44
怪鳥はまじでいかれてるな。

48 :名無しさん@1周年:02/10/18 19:36
○ん!暴マンさんの書いていることがむつかしいからね。
彼のいろんな角度からs会を分析するという考えは面白いと思ったが・・・。
まだ、本スレのみの時代は荒らしになってしまったからね・・・。
しかし、こうして法論スレも立ったんでし、彼も思いっきり発言できますよ。
もう叩かれることもありませんしね。

49 :名無しさん@1周年:02/10/18 19:51
しかし何で必要以上に予備知識を加えるんだろうね
もっと要点を押さえてかきこみしてほしいよね。


50 :名無しさん@1周年:02/10/18 20:11
そうそう。漏れこんなに知ってるんだという驕りが見え見え。
もういいちゅうねん。素人にもわかりやすく発言しろってんだ。

51 :コーヒータイム:02/10/18 20:13
2000年7月、「ちょっと悪口いっちゃいましょ。」さんのご意見です。

親鸞教団はカルトか否か。カルトじゃないよ。絶対に。
破邪顕正なんて言って人のお勝手にズカズカと上がり込む人じゃ
なかったからね。蓮師だって、そう。

だいたい辻説法は日蓮宗の特許だわな。親鸞聖人あんなことは されなんだ。 誰だったかな。親鸞会でも取り上げている人がいたけど。
昭和はじめの人だったかな。仏教青年団を作った人だけど。
名前ど忘れしてしまった。 真田○○って人が「説法するには日蓮のごとく
すれば、きっと 法は広がる云々」って言って辻説法されたそうや。
まあ、辻説法にとどめておけばかわいいけどね。
それならば、うるさいだけやわな。 やっぱり大学勧誘これが親鸞会の
発展に大いに関係がある。 まあ、サークルを作って、最初に勧誘くら
いならどこのサー クルもやっていて普通やけどね。
やっぱり破邪顕正せざるものは仏弟子にあらずと言ったあたりからおかしく
なっているやわ。 そんなの人に言うことじゃないわい。
自分に言えばよいのや。 このあたりが問題だと思うな。そしてろくに理解も
してない ものを勧誘に繰り出すから、もう皆ついていくのに精一杯となるのや。
これって新興宗教といっしょやないか。 信心が自力の信になっとるじゃ
ないか。だから新興宗教とか わらんのだわな。

真宗は「自信教人信」や自信が先なのに、これを教人信は自信となるくらい
に読んでいるだから、文章読解力も乏しいやわな。
そんなところ随所にあるわな。結局高森さんの詭弁だわな。詭弁を詭弁と
理解するのには、本願寺もがんばらなきゃ いけないんだけどな。悲しいもんだわ。

親鸞会やめた人に言っておくけど、親鸞会での教えは教相に乱れあり。
これは親鸞聖人の教えじゃないんだわ。聖人の教えだと誤解したら
とんでもないんじゃ。なんていうか、仏教というのも苦しいかもな。
彼の思想は般若の思想にかけてい るからね。。。
ん〜。だったら外道じゃんかって感じもしますが。


52 :名無しさん@1周年:02/10/18 20:18
>会長さんの著書はほとんど大沼法龍氏からのパクリです。
>大沼氏が亡くなってまだ50年経っていませんから、著作権法違反で
>遺族が訴えれば絶対負けると思います。

まあ、そうだよね。昔は350題の最後の信後絶対に出ない心百って
いうのが、この人の本そのものだったからね。
この百を一生懸命覚えたのが懐かしいです。
・信前信後の区別のつかぬ人。
・水際角目のわからぬ人。。。か。
今は、この問題ないらしい。どうして無くなったの??
今の大導師資格もやわになったよね。
(まあ、こんなの覚えて何になるのって思いましたが。)

それと上の批判ちょっと当たってなくて全部そっくりじゃないわな。
日蓮批判のところだけちがいます。
あの 念仏ひま無ければ、天魔しずまるって読んだのが大沼氏ですからね。
これもどうかと思うけど。

大沼氏が死ぬとき、大沼氏を慕っていた人が、これから、誰に聞い
たらいいですか?と聞いたら、高森さんに聞けっていったとか。
(ほんとかどうか全く分かりません)これが美談になってますね。
それにからめて、私が死んだらみんなどうするって高森さんが専任
講師に聞いたらしい。
そしたら、女の専任講師が「私は後を追って死にます」って言った
の聞いて高森さんうなづいたそうやわ。これも美談ですね。
「死んでどうするんだろうな」ってよく思いました、そんな人、釈尊
の時も、親鸞聖人の時もなかったような気がするけどね。これが高森
氏絶対視のこと始めだわな。その点、大沼さんの方がずっとまともだ
わ。

53 :名無しさん@1周年:02/10/18 20:31
親鸞会は、今教学の研究がない。教学は名誉のためだと思っ
て排除しようとし、やさしく話すことが一番良いと思ってい
る。高森絶対という世界にいるから、研究論文を書くものも
なければ、七高僧の聖教を持つものもほとんどいない。
彼らには法蔵がないのです。高森のたとえ話を金科玉条のよ
うに有難がる。たとえ話ばかりに固執しているのが現状だ。

昔は教学に一生懸命だったときもあったが、いつからか、一
文不知の尼入道の教えに成り下がってしまった。
「聴聞になる教学」と高森が言えば、オウム返しに「聴聞に
なる教学」と言って教学を排除しようとする。高森も少なか
らず教学を排除しようとしているのでは??勉強すれば、も
しかしたら自分の矛盾が分かる奴が出てくるかもしれないっ
て思うのかな?

彼らは、高森の歪んだ教学しか勉強していないということで
す。勉強をしないから、気づかない。どんなに学会が上にい
ても、きっと気づかないのではないか?

そして、それを議論すると歪んだ教学でつぶそうとし、また
は、つぶして喜ぶ。それは地獄行きであるのに助けようがな
い。片目の猿が正常な猿を馬鹿にするようなもんだ。大勢片
目がいるから気が付かない。

自分の学問のなさのため、矛盾(詭弁)など、また分からな
い。悲しいものです。多くは教学に無知であるだけでなく、
宿縁がないせいでもある。

思うけど、しっかりしと勉強すれば教学の矛盾に気づくはず
だ。しかし、親鸞会では他の書籍を読むのは外道の本を読む
ような顔をされるからな。それがそもそも間違いなのに。。。

54 :名無しさん@1周年:02/10/18 20:34
勉強すれば、昔はどのように教えられていたかも知らされる。そして、
親鸞会の教えがどれほど歪んでいるかも知らされます。
それに当てはめれば、西本願寺がどれほど正当な教えかも知らされる。

だいたい彼の引用した本を読んでみて、これにはこうは書いてないで
はないかと驚いたものです。何故、これをこんなように説いているん
だってね。特に香樹院、香月院さんの語録を読む事をお勧めする。
彼は是を引用しておるかれね。その歪められたさまが分かってくるに
違いない。


それを読んで思ったものだ。彼は明らかな確信犯だよ。教えを捻じ曲げて、
それで自分が正しい親鸞聖人の教えを説いていると言っている。
本当に驕慢もいいところだってね。

結局、今の本願寺体制に腹を立てて(彼は本願寺を焼こうとしたらしい
からね。まあ、このあたりからして正常な人の考え方ではないがね。)
その体制に反抗するために自分なりに教学をねじ曲げた。だから、多くの教えが、近年の人のいい
とこどりなんです。結局、師がいてそれから相伝されたという教えではない。彼は自分のおろかな物差しで過去の偉人を
判断し、彼はきっと異安心に違いないって言っているのだからね。

これは高森本人がこの非を認めて矯正する以外教えを正道に戻す方法はない
ように思う。また狂信者にどれだけ言っても難しいしな。
あんな書き込み書くくらいがおち。このまま、高森が死んだら、教えを直す人
も出ない。結局、高森狂信者の集まりになっているのだから、会員が、
教えを 超える事はありえないからね。結局、不幸な結果になるのが目に見えるようだ。


55 :名無しさん@1周年:02/10/18 21:11
>>51
ああこの語り口懐かしいな。
たぶんあの人だろな。(ちがってたら爆だけど。笑)

何年か前から、ずっとネットを監視してたけど、
仏教学で一番信頼できると確信したのはこの人だけだったね。
最近は色々な人がいるみたいだけど、鋭さという点では、
この人が一番じゃないのかな・・・。

珍乱会は、くだらない人間しか出てこなかったな。
人(もしくは団体)の運命なんて、資質と論理を読み取れば、
どうなれば分かるもんだ。
珍乱会は、資質はゼロ。あほの集団。ネットに何一つ反論できない。
論理は、最悪。自己を改善しようという姿勢がない。
だから、この先、何年たっても、毒を撒き散らし続ける。
そんな運命だけが、読み取れる。

くだらんな。まだ珍乱会はあるのか。
うざい。恨みというよりも、
軽蔑、いじめたいという思いしか抱かせないのが珍乱会だな。
いいかげん謝罪をするくらいの心意気を見せてみたらどうなんだ。

56 :名無しさん@1周年:02/10/18 21:16
人生の疑問はわからんでもない。
だけれども珍乱会では、間違っているのは確か。
マイナスしかないんだから、近づいちゃダメですよ、皆さん。w

さ〜て、明日は女の子とデートだからな。
珍乱会から落ちこぼれた人生を過ごすとするか。(謗法罪?藁)

57 :名無しさん@1周年:02/10/18 22:20
○ん!暴マンさんのコメント見つけました。
○ん!暴マンさん、勝手に引用してごめんなさい。

わくせ〜いEから追放さ〜れた。このくやしーさは忘れはしない

というわけでまた懲りずにかきこさせてもらいますが、大沼先生
と高森先生の間には直接師弟関係なんかは、ないみたいですよ。
ただ著書を比べてもらえばわかると思いますが、かなり影響は
受けられてるみたいですね。まあ、大沼先生もお若いとき、南本願寺
なんてのを作って分派されかかってましたからね(今は息子さんが、本派
の本山筋に詫びを入れて元の鞘に戻ってられます。)。輔教のことを、呆狂なんて
呼ぶところもそっくりですね。私が著書を注文しようと息子氏に電話した際、「華○と
ご縁がある者です。」と自己紹介したところ息子氏(善龍師といったかな?)は、
「ああ、増井先生の所ですね。親○会はちょっとあれだが、あの程度ならいいんじゃないですか。
 あの程度ってたら失礼か。」などと笑ってられました。私もこの程度しか知らないのですが、
もっと詳しい情報お持ちの方いたら是非教えていただきたいです。

58 :名無しさん@1周年:02/10/18 22:43
旧スレ荒らされてるぞ・・・。

59 :名無しさん@1周年:02/10/18 23:03
もういらんだろ。


60 :名無しさん@1周年:02/10/18 23:24
☆ チン     マチクタビレタ〜
                        マチクタビレタ〜
       ☆ チン  〃  ∧_∧   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
        ヽ ___\(\・∀・) < M張るさんの著書まだ〜?
            \_/⊂ ⊂_ )   \_____________
          / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ /|
       | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|  |    
       |  愛媛みかん |


61 :NB ◆MqZut9KezY :02/10/18 23:36
弥陀の本願には、老少・善悪のひとをえらばれず、ただ信心を要とすとしるべし。
そのゆゑは、罪悪深重・煩悩熾盛の衆生をたすけんがための願にまします。
しかれば本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、念仏にまさるべき善なきゆゑに。
悪をもおそるべからず、弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきゆゑにと云々。

まあ、「信心」って、「法悦の境地」じゃなくって、むしろ「本願に帰する覚悟」
だろうと思うんだけど。
親鸞会の人って、なぜ「正しい信心」に神経質になるんだろう。というか。
なぜ、「間違い」を恐れるんだろう。とは、いつも思ふ。

間違ってたっていいじゃーん。えと、映画「マトリックス」に「道を知ることと
歩むこととは別のことだ」みたいなセリフがあって、興味深かった(w

いや、ひさびさにのぞいたらお念仏スレが落ちちゃってたようなんで、
お邪魔しました。悲し。

62 :名無しさん@一周年:02/10/18 23:45
>>61
NBさん、まあそう言わずにチョコチョコとS会の教義上
の問題点を指摘してくださいよ。度素人の漏れからみても
あきらかな、仏教の曲解とか詭弁があるんだが、やはり、
素人の悲しさでうまく指摘できないのでね。S会の組織や
幹部に疑問があっても未だに教義的にS会が絶対正しいと
かT森こそ唯一の善知識などのマインドコントロール抜け
られない椰子多いしね。せっかく法論・教学OKスレも立
ったことだし。

63 :名無しさん@1周年:02/10/18 23:47
☆ チン     マチクタビレタ〜
                        マチクタビレタ〜
       ☆ チン  〃  ∧_∧   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
        ヽ ___\(\・∀・) < ひさしぶりさん、まだ〜?
            \_/⊂ ⊂_ )   \_____________
          / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ /|
       | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|  |    
       |  愛媛みかん |


64 :名無しさん@1周年:02/10/18 23:48
☆ チン     マチクタビレタ〜
                        マチクタビレタ〜
       ☆ チン  〃  ∧_∧   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
        ヽ ___\(\・∀・) < ○海さん、まだ〜?
            \_/⊂ ⊂_ )   \_____________
          / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ /|
       | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|  |    
       |  愛媛みかん |


65 :名無しさん@1周年:02/10/18 23:48
☆ チン     マチクタビレタ〜
                        マチクタビレタ〜
       ☆ チン  〃  ∧_∧   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
        ヽ ___\(\・∀・) < 新人太郎さん、まだ〜?
            \_/⊂ ⊂_ )   \_____________
          / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ /|
       | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|  |    
       |  愛媛みかん |


66 :名無しさん@一周年:02/10/18 23:50
>>61
NBさん、「ひさしぶり」(S会のウルトラスーパーDQN減益侵蛇)が、来たら
しめたって下さい。

67 :NB ◆MqZut9KezY :02/10/19 00:03
>>62
おおおおお、あたたかいお言葉うれしいです。なんまんだぶなんまんだぶ。
親近せざるは雑修の失。仏法は讃嘆・談合に極まる。同一念仏無別道故。
涙でそうです。へへ。
まあ、「正しい」ものを凡夫がつかめないからお念仏だとは思うんですけど。

親鸞会の人の主張って、いまいち分からないところも多々なんで、
またよろしくご教示ください。ありがとうございます。なんまんだ。
「しめる」とかじゃなくって、有難くROMしときます。お邪魔しました。

68 :NB ◆MqZut9KezY :02/10/19 00:04
あああ、すいません。>67は、>>66さんにも向けたものです。たはは。

69 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

70 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

71 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

72 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

73 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

74 :名無しさん@1周年:02/10/19 00:29
大曼行の 難行は
事なく成され 給いしも
吾等凡夫の さとりには
叶わぬものと 百日の

宝尋

75 :名無しさん@1周年:02/10/19 00:29
NB 糞よ。野糞よ。
クソ。くさい。

76 :名無しさん@1周年:02/10/19 00:29
大曼行の 難行は
事なく成され 給いしも
吾等凡夫の さとりには
叶わぬものと 百日の

宝尋


77 :名無しさん@1周年:02/10/19 00:30
2:76】呆戦・・・仁義なき親鸞会法論 Vol.2
1 名前:名無しさん@1周年 02/10/16 18:26
法論、教学解説、華光はこちらでどうぞ


78 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

79 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

80 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

81 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

82 :名無しさん@1周年:02/10/19 00:33
大曼行の 難行は
事なく成され 給いしも
吾等凡夫の さとりには
叶わぬものと 百日の

宝尋

83 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

84 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

85 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

86 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

87 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

88 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

89 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

90 :名無しさん@1周年:02/10/19 00:39
>>70はブラクラですか?

91 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

92 :名無しさん@1周年:02/10/19 00:40
>真実開顕(しんじつかいけん)に全力を傾注(けいちゅう)する世界唯一の
幸せな集まりである本会に対する中傷も、法謗罪である。ネット上では、
「親鸞会と法論してはならない」という不文律があるらしいのが面白い。

これが実態です。

93 :名無しさん@1周年:02/10/19 00:42
>>92
こうして法論スレが立ってるじゃないですか。(w
その割りに荒らしばかりですが・・・。

94 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

95 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

96 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

97 :名無しさん@1周年:02/10/19 00:53
上の落書き(法論?)といい、
ひさしぶり ↓ の発言といい、S会はどうなってしまったんだ?

>歴史的事実の検証なら本願寺とかの学者さんたちの
ほうが詳しいでしょ。
「お歌」が聖人のみ教えをねじまげているというなら
問題でしょうが、大曼行をされたか、されなかったで
なにか変わるのですか?

98 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

99 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

100 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

101 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

102 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

103 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

104 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

105 :名無しさん@1周年:02/10/19 00:57
ヤンキーまがいの落書きでしか、対抗出来ないんだよ。

106 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

107 :名無しさん@1周年:02/10/19 00:58
諸行無常



108 :名無しさん@1周年:02/10/19 00:58
念仏のみぞ真にておわします。

109 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:00
    ,__     
    /  ./\    
  /  ./( ・ ).\          ヾ!;;l;::lilii|//"
/_____/ (;‘д‘).。oO まあまあみんな、全てのことを善意に解釈するようにしよう。
 ̄|| || || ||. |っ¢..|| ̄          .|;;l;;::||iii|
  || || || ||./,,, |ゝ iii~            .|;;|;l;::i|ii|    . . .(・∀・ )
  | ̄ ̄ ̄|~~凸( ̄)凸 .   wjwjjrj从jwwjwjjrj从jrヽ|〃


110 :きてくれ :02/10/19 01:01
 かつて、二千数百年昔、釈尊先生は北インドに竹林精舎と祇園精舎という二つの学校を創建され、多くの賢人哲人が育ちました。
 釈尊先生の後、釈尊先生のような教育事業の社会的重要性に気が付いた人は少なくなかったでしょう。
彼らは、釈尊先生の遺志を継ぐ形で世界中に散り、祇園精舎の分校を作ります。分校は、基礎教育を行う初等教育学校と、初等教育学校を終えた人が将来の教育者を目指して入り直す高等教育学校とがあったはずです。
初等教育学校を小乗寺といいます。高等教育学校を大乗寺といいます。大乗寺では、将来、初等教育学校の教師を目指す人と、大乗寺での教師を目指す人が共に学んでいたことでしょう。初等教育と高等教育とを一貫教育で教える学校もありました。兼学寺といいます。
 

111 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:02
世界の光 親鸞聖人のみ教えを 全人類に徹底する。
これ以外にありません。


112 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:03
後、釈尊先生のような教育事業の社会的重要性に気が付いた人は少なくなかったでしょう。
彼らは、釈尊先生の遺志を継ぐ形で世界中に散り、祇園精舎の分校を作ります。分校は、基礎教育を行う初等教育学校と、初等教育学校を終えた人が将来の教育者を目指して入り直す高等教育学校とがあったはずです。
初等教育学校を小乗寺といいます。高等教育学校を大乗寺といいます。大乗寺では、将来、初等教育学校の教師を目指す人と、大

113 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:03
そのとおり
解決せよ

114 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:03
、釈尊先生の遺志を継ぐ形で世界中に散り、祇園精舎の分校を作ります。分校は、基礎教育を行う初等教育学校と、初等教育学校を終えた人が将来の教育者を目指して入り直す高等教育学校とがあったはずです。
初等教育学校を

115 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:03
教育学校と、初等教育学校を終えた人が将来の教育者を目指して入り直す高等教育学校とがあったはずです

116 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:03
ひどいなあ、これ。
消防厨房レベルちがうぞ。
減益改印の仕業か?

117 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:04
等教育学校を終えた人が将来の教育者を

118 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:04
減益工作員が暴れているな・・・。

119 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:04
ふざけんなよ。お前ら。


120 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:05
アク禁依頼ってのはないのか・・

121 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:05
情けねえな、減益
恥を知れ。

122 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:07
 しかし、そんな感傷に浸るのはほんのしばらくで、すぐに現実に引き戻され、いつものように朝食を取り、忙しい一日が始まります。
そこには、死という厳粛な事実に対する微塵の緊張感も見当たりません。
所詮は死を他人事としかとらえていない、自己の実態が思い知らされます。
無常の前には万人が同い年である、と教えていただき、露のようにはかない命を持ちながら、私はいかに世間の波に翻弄される生き方をしているかと思わずにおれませんでした。
 今は亡き法友の分まで、深くわが身の無常を念じて、無碍の一道に向かって進ませていただきます。

123 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:07
嵐は無視だよ。
続きをはじめよう


124 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:09
この辺のカキコすべてあぼーんだな。
あまりに的をついたカキコが最近多くなったから、
消防レベルの荒らしでしか対抗できなくなった。
アフォだね。あの犬笑新聞の啖呵はどこいったんだよ。
くやしかったら、論理で対抗しろや。減益どもが。

125 :減益代表:02/10/19 01:09
後生は一大事なんだー。だから勧誘でウソをつこうが、
それがもとで親から信頼されなくなって家庭が崩壊しようが
どーでもええんじゃ。そんな些細なこととりあげて
ぎゃーぎゃー騒ぐな!謗法罪じゃ!おまえら地獄に堕ちるぞ!
2ちゃんねるで発言するな!お前らシンジツのわからんアホは黙れ!


126 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:10
あるとすれば、 「まことに死せんときは、予てたのみおきつる妻子も財宝も、わが身には一つも相添うことあるべからず」とあるように、一切が偽物で何一つ頼りにならぬという「真実」だけです。
 真にあて力にすべき仏法を真剣に聴聞したいと思います。

127 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:10
>>125
お前がぎゃーぎゃー騒ぐな。黙れ。
むしろ師んでこい。

128 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:11
>>126
そうか、わかったからはよ氏ねや。

129 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:11
ヴぁかは本当のことを言われると怒り出すからなぁ

130 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:12
どこのスレもどこの板も荒らしが暴れるのは同じだな・・・。
これだから2ちゃんは・・・(略

131 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:14
これは法論ではなくて、もはや子供の喧嘩だな。
しかし、法論スレ立てたお陰で、本スレが荒れなかったのはよかった。

132 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:15
念仏三昧、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏
正しい法を謗ってはならぬ。善智識にあうことは稀有なり。
人生を大切にせよ

133 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:17
他の教団ではこの喜びは味わえぬ。ここしかない。絶対止めないぞ

134 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:17
落書きをした香具師、
宝尋さんの歌を汚してしまったな。
畏れ多くも、この宝尋さんを何方と心得るのだ。
お前は、大法謗罪を犯してしまったのだ w)

135 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:19
そうか、よかったな。
基地外は基地外同士で傷舐めあってな。
くれぐれも一般のまともな人間を巻き添えにしないように。

136 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:19
漏れは一体

137 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:22
と、とらうまゆえに止めたくても止められぬ

138 :NB ◆MqZut9KezY :02/10/19 01:24
>>133
教団なんぞに縛られた喜びなんて…(略

今宵は身にもあまりぬるかな。@蓮師

139 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:27
求道といっても結局快楽じゃないの>>133


140 :減益代表:02/10/19 01:28
2000年7月ロートル氏の書き子から、

高森師は、悟後の修行、信後の聴聞ということを自身に課しているのだろうか?
「平生業成」というのは、親鸞教学ではない。覚如教学である(それも汎仏教的な
西山教学とその影響下の存覚教学から都合の良い所をとってきたもの)。親鸞居士
(自身は、新羅の元暁大師同様、非僧非俗を宣言している。)は、「大乗起信論」
や天台教学に基づく「入正定之聚」を入信の目安として自身の信仰生活を位置づけ
ているにすぎない。

信後こそが本当の求道と漏れも思う。
箱物好きのT森は株と金集めにご執心だ。
誨淫はザイーセにくれぐれも禿げんでくれ。


141 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:28
快楽の追求は所詮暴力に尽きるんだよ

142 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:32
止めたくても止められない、こんだけもお金をつぎ込んだ
やめたら大きな空洞だけが残ってしまう。
青春も犠牲にした。友人も離れていった。親には嘘をついた。
バイト代も全てつぎ込んだ。
信心決定するまで続けるしかない。

143 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:43
>>142 こんな人間をS会はたくさん生み出してしまう。 大罪だよ。



144 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:44
親鸞会は、いわば企業みたいなものだからな。

高森会長が、これからの仏教は経済にたけてなきゃ駄目だって言って
経済活動っぽくやっているからね。
経済活動っぽいところは、あのアニメ頒布が最たる例だよ。販売員は、
その一部を報酬としてもらって生きているだからね。
仏教史上、こんなことやっているのは高森親鸞会だけでしょう。
金儲けが目当てでなくても、経済活動で赤字続きが許されるわけがな
いので、赤字補填は会員の手に回ってくる訳だよ。

「アニメ頒布をしなければ親鸞会の未来はない。」と高森さん言った
そうな。

これが経済的危機感からくるとすると、確かに深刻な問題だ。いわば
自転車操業的なところがあるように思う。

思うにまだ、シュレッショルドを超えてないように思うな。どうだろ
う。

シュレッショルドとは、会員数のことで、○○学会もそうだが、ある
程度人数が増えれば、その子供たちを含め会員は倍増していき、大々
的な勧誘の必要すらなくなる。そうすれば、会員をねたに、商売が出
来るようになる。そして、宗教ビジネスが成立することになる。

そういうシュレッショルドを超えていない状況下での急速な成長は、
大変無理がある訳で、親鸞会はそういう状況下にあると思うな。

145 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:48
親鸞会では、各個人はまるで将棋のこまですから、どこまでも軍隊なん
です。私は捨石になりますって、親鸞会では個々の人を大切に考えてま
せんからね。阿弥陀仏の本願の前には全てが善だ。恐ろしいことです。

こんな組織を作ってしまったことに問題があるんだ。無慈悲な会だよな。
金を奪い、無慈悲である。なんなんだろう、この組織は。

146 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:50
私は思ったものです。破邪顕正っと言って、頒布が出来ない性分の人は
本願にもれた人なのかってね?行に頼る限り、もれる人が出るでしょう?
この辺がおかしくないかってね?

しかし、彼らは、頒布意欲がある人ほど信仰が進んでいるとしている。
確か正会員の会則にも頒布を積極的に行うことなどというのがあった
ような気もするな。

今の会員は、皆今日は是だけ、法施が出来たって喜ぶんですよ。なんか
それもどうかって思いましたね。まるで宿善を銭勘定しているような感
じがしました。


147 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:52
結局販売目標に達しなかった分は自腹でした。

その上、9月10月になると建立ご報謝を納めないといけなかったんです。
毎年1月か2月頃に「今年は建立ご報謝をいくら納入させていただきます!!」って予約用紙を書くんです
あのころ、御布施の功徳について部会で話があって、それから予約用紙に金額を書くようになってるんです
それで予約用紙に金額を記入して提出すると、講師や先輩の方々から
「かんたーんに達成できるような目標では、怠けてしまうでしょ。それじゃ光に向かってすすむことにならないんですよ。本当に苦労しないと、信仰は厚くならないんですよ」
といわれて、予約額を何度も書き直すようにいわれました。
毎月の納入額とか、4月はいくら、5月はいくらとかあるんですが、その年の9月とか10月までは殆ど入金とかできなかったです。
だって聴聞費用でさえも捻出に困るんだから

秋頃から「宿善」とか「約束の大切さ」という題の部会がよくなされました
「建立ご報謝は高森先生、無上仏とのお約束なんですよ。無上仏はわれわれを助ける為に、命懸けで本願をたてて下さったんですよ。その私たちが約束を簡単に破って、どうして助かるんですか?首が千切れてでも、約束は絶対実行して守らないといけないんですよ!!」
って何度も言われました


148 :名無しさん@1周年:02/10/19 01:58
アニメの販売活動が本格的になってきたのが平成6年からですか。
その年の春から夏の終わりにかけて、親鸞会では講師部員や熱心な
会員を北海道に大量に送り込んで販売活動をやってました(全国各地
でもやってたけどね)。「北海道特別作戦」と称してました。
会合とかでも、アニメ販売で成果をあげよう!とか北海道作戦に参加しよう!
とかよく言われてました。会で作成したビデオとかも会合で見せられてました
(光晴総参謀のナレーションが入ってました)
いやー、そのビデオの過激なこと!

高森さんの特攻隊時代の話が出てきて、
「善知識高森先生は特攻時代のことを振り返られて
『特攻隊時代はひどかった。真夏の炎天下の中2時間も延々と腕立て伏せさせ
られたり、何十キロも走らされた。朝の起床は、洗面をすませて整列まで3分
以内、夜の就寝は整列からハンモックに入るまで1分以内。それができなかった
ら上官が樫の木でできたバットみたいな棒を渾身の力を込めて、その隊員を
めったうちにしてた。訓練のあまりの激しさに自殺する者や、銃殺刑覚悟で
脱走する者が相次いだ』
世間のことでさえもこうなのだ!まして後生の一大事の解決めざす親鸞学徒は
これ以上の覚悟を持って光大作戦(アニメ販売作戦)にのぞまねばならない」とか

「孫子の兵法書に『死地にはすなわち戦う』という言葉がある。死地とは逃げ場のない
ところである。敵と戦う以外に生きる道はない、死中に活をもとめざるを得ない状態では
兵士は死にものぐるいで戦う、ということである。言葉を変えれば『背水の陣』という
ことである」とか、

北海道作戦に参加した人の体験談とかも紹介されてました。なんでもフェリーで北海道に
着いた時点でお金が底をついた。アニメを販売しないと生活もできない、帰りの交通費も
出ない、そんな
状態にあって、尻に火がつくような思いで死にものぐるいでアニメを販売したとか

片道燃料出撃で、現地で会員さんを死にものぐるいにさせるのは、特攻隊を経験した
高森さんらしい発想ですね。高森さんも光晴さんも発想が過激なんですよ。

149 :名無しさん@1周年:02/10/19 02:02

最近つくづく思うのですが、、仔牛だから、患部だからどうというと言うことはないと思う
そういった立場とその人の信仰は必ずしも比例しませんから

しかし純粋に仏法を求めている人にとっては
それらの人の無責任な言動は
求道におけるかなり大きな障害になっているのではないかと思います

150 :名無しさん@1周年:02/10/19 02:04
高森さんはね、親鸞会の活動は戦争だ、本会の組織は軍隊じゃ、
わしはその軍隊のトップにおるんじゃっていう、軍人精神が骨の
髄まで染み込んだ人なんですよ。

「活動が苦しい??戦争が苦しいのは当然じゃ!!
事故や過労で死人が出た??戦争で戦死者、負傷者が出るのは当然じゃ!!
わしは上官やぞ、その上官の命令は絶対服従じゃ!!
戦場では上官の命令に逆らうものは、即刻銃殺刑じゃ!!
一人や二人戦死者が出たぐらいなんじゃ!!
最後の一兵が玉砕してでも、全身火だるまになってでも、
この戦争はなにがなんでも勝利せんとあかんのじゃー」


151 :名無しさん@1周年:02/10/19 02:11

でも辛乱会にしか自分の居場所を見出せない人っているわけでしょう?
その人たちにとってはある意味幸せなのかもしれませんね

しかし、大半の人は窮屈な思いをしているのではないかな
特に最近圧力が増したというか、押し付けが強くなったというか

仏法のためならなんでも自分の思い通りになると思っての言動は
どんなまじめな求道者でもカチンとくると思う

152 :コーヒータイム:02/10/19 02:14
K「だいぶ、お咳をなさっていらっしゃいますが」
バカ森「のどは痛いし、薬のためにだるくて仕方ない。
しかし、長州力なんか、ろっ骨二、三本折れていても戦っている。
相手はそこを遠慮なく攻撃してくる。
腕が折れてブラブラで片手で戦っている者もいる。それがプロだ。
彼らはリング上で死ぬというが、我々の死に場所は壇上だ」
昭和61年3月発言
両方ともインチキのプロ>逝ってよし

153 :コーヒータイム:02/10/19 02:18
【ある日の座談会での高森会長の話】
布施をして施して損ということは絶対にないです。家も田んぼも畑も
全部売って仏法に布施をしてでも絶対に損はないです。明日からどこ
で住まいすりゃ? アパートへ入りゃいいんです。絶対に損はない。だ
から喜んでさせてもらわなければならないことなんですから「喜捨」
と言われるんですが。

154 :コーヒータイム:02/10/19 02:32
紀元前百年程前、ヒマラヤ南ろくのモン族が農耕文化をもってぞくぞくと日本へ開拓にやって来て百余りの小国を作っていた。
最後にモン族、プレッチャ人の貴族の少数派が印度のベタ文化を持って上陸し次第に小国を征服し統一したのが大和朝廷である。
だから日本語にはアイヌ語、朝鮮語、シナ語、欧米語も混じっているが方言の多くは南方土民の転化であり、万葉集のまくら言葉や、古事記の死語の多くはプレッチャ語であるという。
地質学上からも日本列島は、もと大陸と続いていたことも明らかだし、考古学でも日本原住民は北方系の小人であったことも明らかにしている。
プレッチャ族は今でも日本と同じ農耕を業として平和な生活を続けているが、その顔容は日本人と非常に似ているし、特に女性は今でも天照大神のような服装をしていることは彼らの写真や、かの地を旅行して来た人々が物語っている。
(「会報」第4集p52)

155 :名無しさん@1周年:02/10/19 02:37
親鸞会で財施に一生懸命になると、果たしてこんなんで老後は大丈
夫だろうかとかね。

それにこんなんじゃ結婚できないじゃんて不安になるよね。

それに親鸞会の専任講師でも、やめれば悲惨な結果だし、そんなの
みれば不安になるよね。

また、ほとんど定年くらいの年で専任講師をやめた人なんかも、見
ていていると、あそこまでやっても信が得られないのかって不安に
なるよね。

また、止めた人を呼び捨てにしているのも見てると自分が止めれば、
呼び捨てにされるのかって不安になるよね。

また、止めた友達の一番の悩みが結婚式で友達呼べないことだって
聞くと不安になるよね。

親鸞会の活動中になくなられた人の話を聞くと不安になるよね。

退会したら、無間地獄だって言われると不安になるよね。

親鸞会にいる方がよっぽど不安じゃないのか?
そしてその不安は多分にあたっているのかもしれない。

156 :名無しさん@1周年:02/10/19 02:39
親鸞会の人間はなぜ金にこだわるんだ?
いつもサークルで、「お金はためるものじゃない。使うものだ。
それも仏法を求めるために。余っているお金はすべて布施するんだよ。」
ってよく言われた。
以前すしを食べようとした時、親鸞会の人間が「そんな高いものに使う金があったら
仏法にお金を使え!後生がかかっているんだぞ!」と言った。
結局金が欲しいんじゃないの?あせりは禁物だよ。それを聞いて引いていった
人間がたくさんいるんだから。

157 :名無しさん@1周年:02/10/19 02:45
カルト体質はすべて教義から来ているんですよ。
いわゆる傍若無人な破邪顕正を旗印にしたところが問題なのです。
その傍若無人さは、「阿弥陀仏の本願の前には誰もがひざまずくべき
だって」いう彼独特の考え方があって、そのために多少嫌われてもい
いっていう考え方。(これらは、彼の書籍百道燃ゆに見ることが出来
る)
この考えのために会員さんは、やりすぎても反省がない。
逆に表彰されるんじゃないかって内心でほくそえむ始末です。
もともとノルマがあるから、やりすぎ体質は、万年病ですがね。
この教義のゆがみが直らない限りカルト教団体質は直らないですよ。
この教義のゆがみは取りも直さず高森に問題がある。まあ、後の連
中は結局高森の盲信者に過ぎないから、はたからどれだけ書いても
素通りするだけかもしれない。
そういう意味では、高森がこの非に気づかない限り、永遠に改善さ
れえない問題のようにも思う。
彼らが金科玉条のように掲げる廃悪修善と今の勧誘は相容れないっ
て事がわかれば、自己撞着にも気づきそうなものだがな。
結局、彼の教義は造悪無碍を作りだす源泉になっているんだがな。
それが分かれば、いいかもな〜。

158 :名無しさん@1周年:02/10/19 02:47
○彼が土蔵秘事といわれるのは、
・数年仏教聞いたくらいで信心得られた如く言って人を勧誘する専任講師
が多いからである。
○彼が一念覚知の異安心といわれるのは、
・時こくの一念を強調し、また自分が18歳の時に獲信したなどと言う
からに他ならない。蓮師の強調した一念は信相の一念であるのと蓮如上
人自身、結局何歳に信心を得たか分からないということと考えあわせて
みるべきだと思う。
○会員を善知識だのみの異安心と言われるのは、
・会員が高森を無ニの善知識と言って憚らないからである。
○会員を造悪無碍の異安心と言われるのは
・どれほど悪いことをしても、阿弥陀仏の本願を遭わせる善の方が
すばらしいと思うからである。

是れらは私見であるが、全てに理由があると思いますよ。
それなのに自分たちについては反省もせず、こういう非難をする人達
を責めるのはおかしいんじゃないの?

159 :名無しさん@1周年:02/10/19 02:49
真宗信者で、何かあって平和に獲信した人の話を聞くと、
「高森さんは浅い。」ってことでした。
「どうしてああいうことになるのか解らない。」
(わたしにはその人さえ怖く見えるしよく解らないけど。)
どう浅いのか解りませんが、高森さんの言ってることが変だってのは
わたしにも非常によく解る。うむ。
「親鸞会かく答える」なんて非常に変だった。
本願寺派の研究者が論文に書いてないことをさも書いたかのように
無茶苦茶に言っていた。文章読解能力が多分全然ないんだと思う。
現役会員の方、すみませんが、論文と「かく」とを
併読して読解してください。変だってことにきっと気付くと思います。

160 :名無しさん@1周年:02/10/19 02:51
かなり同感のところがあります。
こんなことを書くと会員さんの中にはかっとする人が出てくるだろうか
ら、あまり書かないでおこうかと思うし、結局、宿縁がなければ分から
ない事であるので、書いても無駄なような気がするが、中に疑問を持ち
自分で勉強する縁にでもなればと思って書いています。

確かに浅い点は幾つもあると思います。彼の教えにはいくつも間違いを
発見できるし、こんな勉強しかしてないから、間違えるんだって分かる。
また、文章読解力も確かにない。それがそのまま、教行信証のような難
文にも応用されるから、大変な間違いをしてしまう。
可愛そうなのは会員さんの方ですね。あんな人でも周りがみんな素晴ら
しいといえば、素晴らしく思えてしまう。

このあたりが518さんのように自分ひとりでの判断が出来なければいけ
ないですが、高森さんの人格への陶酔もあいまって、なかなか簡単に
はいかないですね。

彼の仏教理解に般若の思想が全くない。これは大変な仏教の理解の誤解
を生む。特に六度万行を何故あんな世俗的な解釈にして皆に教えてしま
うのかその気持ちが分からない。 まあ、彼自身がよく理解していない
証拠だけどな。それは彼の教学の随所に出ている。

>本願寺派の研究者が論文に書いてないことをさも書いたかのように
>無茶苦茶に言っていた。

それは思いますね。彼には本願寺はこんな輩だという先入観があって、
それだという想定で話をするのです。だから、かみ合わない。

結局、本願寺は彼と正論で話すのは時間の無駄だと思うのではないで
しょうか? 私は高森さんよりずっと山本佛骨さんの方が、真宗を理解していたと
思います。

161 :名無しさん@1周年:02/10/19 02:57
そう、般若の思想がまったくないから、

「布施をして施して損ということは絶対にないです。家も田んぼも畑も
全部売って仏法に布施をしてでも絶対に損はないです。明日からどこ
で住まいすりゃ? アパートへ入りゃいいんです。絶対に損はない。だ
から喜んでさせてもらわなければならないことなんですから「喜捨」
と言われるんですが」になってしまう。これがどんなにおかしいかが
分からない。
ひどい話ですね。



162 :名無しさん@1周年:02/10/19 03:03
>>161
本当そうだな。
S会会員は通仏教を勉強することは雑行だ、といって
禁止されているから、「般若の思想」といっても全く
わからないだろう。
ただ、死んだら地獄ゆき、の不安を煽られまくって
強迫神経症的にザイーセするのだろうな。

163 :名無しさん@1周年:02/10/19 03:16
親鸞会で言う「善」の基準ってなんだろうか?
彼らの主張によれば「極楽に行くための縁、手がかりになるもの」
ということらしいが

・「阿弥陀仏は全人類を極楽に往生させるために18願をたてられた」
      ↓
・「18願まで導くための方便として19、20願を建立した」
      ↓
・「19願のこころを釈尊は一切経において廃悪修善として教えられた」
      ↓
・「廃悪修善を六度万行として要約された」
      ↓
・「六度万行の第一が布施である」
      ↓
・「布施とは、財施・法施である」
      ↓
・「財施とは真実の仏法、善知識のためにお金や労働力を提供する
ことである。法施とは真実の仏法を人々に伝えることである」
      ↓
・「真実の仏法は親鸞会でしか教えていない。よって親鸞会にお金や
労働力を提供し、親鸞会に多くの人を勧誘しなければならない」

164 :名無しさん@1周年:02/10/19 03:17
>>163
結局、彼らは、方便という思想をそこにもっと打ち出しているので、
「方便として(多少)悪いことも最終的に善になる」
くらいの思想が流れているように思いますがどうなんでしょうね。
これは、秘密な教義でしょうかね。でも確実にこのような思想がある
と思うのですが。そうでなければ、今のように批判されんでしょう。

165 :名無しさん@1周年:02/10/19 03:39
高森顕徹氏と本願寺派との論争(?)、「宿善論争」は
どちらが勝利を収めたのであろうか。最終的な結果と、議論の内容、
浄土真宗の根本 教義、ということからして、本願寺が完全勝利で
あったとはいえない(実際に本願寺 にも問題はある)が、親鸞会は
完全に負けたのではないかと思う。もちろん、高森氏 は失敗したといえる。

親鸞会は決して本願寺に勝っていない。それは後に証明される。
宿善論で高森さんは自分の無知さをさらけ出し、逆に親鸞会は
異解であるということを反証してしまった。
高森さんは、万劫に消えない汚点をつけただけだ。
こんな人の後を追って聴聞していちゃ浮かばれない。
親鸞会の人は早くそれに気がつくべきだ。

166 :名無しさん@1周年:02/10/19 03:42
結局、親鸞会も自力仏教になっているんじゃないのか。
 そもそも、求法太子も、雪山童子も、恵春も、成仏(=自力仏教)の教えの正当
化のためにまとめられた話だし。死(=成仏。世間で「成仏」といったら「死」であ
るが、あながち間違っていないような気がする)を不死と転ずる老荘的なロジック
を仏教で語ったものといえる面もある。

167 :名無しさん@1周年:02/10/19 06:01
>>162
仏教では、肉体は死んで滅びても心性・霊魂は常住で不滅だというのは、先尼外道
の考えで仏教ではないと考える。(心常相滅論)
http://www.sotozen-net.or.jp/onki/howa/5-2.htm

慧可が肘を斬リ落としたり、恵春が顔を焼いたのも、会では後生の一大事の解決の為
だといっているが、仏教の本には、少なくともその記載は認められない。

168 :名無しさん@1周年:02/10/19 06:54
>>167 死後の世界について、この様に述べている方もいますが。

>死後の世界は実在します。このことは仏教が三千年前から説き続けてきたことですが、
今日幽霊が撮影されるようになって、その実在性が科学によっても証明されました。(12・13頁)
ある特別の人のみが偶然に見たと言う幽霊ならば、錯覚や幻覚であったか、実在したものかの区別は
困難ですが、人の顔や手の形、或は全身像の幽霊が撮影された写真がたくさんありますから、
実在はもはや疑うことはできません。(14頁)
(ジヤンヌより)

169 :名無しさん@1周年:02/10/19 07:12
ここまでのカキコみていて、S会が警察沙汰にならんのが不思議だ。

170 :名無しさん@1周年:02/10/19 08:41
>>169
そのへんは巧妙に、法律の条文を越えることは
あからさまにはやらない小悪等どもw

171 :名無しさん@1周年:02/10/19 09:17
宝尋の歌と一緒に書かれた下品な落書きが、全部削除され、「あぽーん」に変わっている。
昨夜の荒らしはやはり、減益の仕業だった事が判明した。

172 :名無しさん@1周年:02/10/19 09:29
>168
>死後の世界は実在します。

あれ?これって常見外道の見解じゃないの?
仏教の立場でこんなこといっちゃっていいんですか?

173 :名無しさん@1周年:02/10/19 09:45
>結局、彼らは、方便という思想をそこにもっと打ち出しているので、
>「方便として(多少)悪いことも最終的に善になる」
>くらいの思想が流れている

この意見は的をついていると思う。
大半の会員はおそらく無意識的に正当化しているのだろう。
漏れも昔「本願寺と親鸞会どちらがうそか」の行商で
各地の寺をまわったとき、この書物を坊主が読んでくれて粛善になるなら
多少の誇張、嘘はやむをえない、とおもったもんな。
Aクラ子牛が髪をそって坊主のかっこうして好セールス成績を収めた
というのもなんだか、正攻法でなくウソツキっぽいな。
学生のとき勧誘するときだってそう。部長級が深甚決定していないなんて
しめしがつかない、という感じ。
結局自分たちは「善」の集団で唯一の善知識をいただいているという
独善がゆがんだ排他意識、方便という名のウソツキ集団となる素因に
関連するのだろう。
これはキリスト教(ゴメン)より更に強固な二元論であって
仏教精神(一元論)の対極にあるのだが、S会員は思考停止に陥っていて
目覚めることができない。

退会者を負け犬、敗残者と恥ずかしくもなく公式発言する幹部子牛。
世間はそういう体質はよく見ている。
大衆の目をなめたらあかんよ。
まあ、いくらいってもカルト団体には馬耳東風だろうがね。


174 :名無しさん@1周年:02/10/19 10:21
>>159
>「親鸞会かく答える」なんて非常に変だった。
>本願寺派の研究者が論文に書いてないことをさも書いたかのように
>無茶苦茶に言っていた。文章読解能力が多分全然ないんだと思う。

>>164
>結局、彼らは、方便という思想をそこにもっと打ち出しているので、
>「方便として(多少)悪いことも最終的に善になる」
>くらいの思想が流れている

>>160
>また、文章読解力も確かにない。それがそのまま、教行信証のような難
>文にも応用されるから、大変な間違いをしてしまう。

これらの体質は、ひさしぶり氏、新人太郎氏、話題提供氏などの論客にみごとに
受け継がれている。彼らの得意技は相手の文章を意味を故意に取り違えて
明らかにおかしい主張にスリカエをおこなう。確信犯的で、きちんと
文章を読んでいないものが、「これは明らかにS会が正しいわなあ」という
効果は発揮するであろう。難しい教学討論なんてみなちゃんと読まんからね。
あまりの不誠実さに、相手はあきれてレスしなくなってしまうのをねらって
いるのだろう。すると、勝ち誇ったように高森教の教義を披露する。
まあ、昔からの得意戦法だよな。
たしかに教学音痴の漏れには反S会が形成不利のようにみえたもんな。
でも、ちょっとよく読んだら高森教の矛盾点が暴露されているんだな、これが。
そういえば久しぶり氏は最近みないけどもうこないのだろうか?
敗北宣言か?







175 :名無しさん@1周年:02/10/19 12:49
>>174
>彼らの得意技は相手の文章を意味を故意に取り違えて明らかにおかしい主張にスリカエをおこなう。
これらの論客に徹底して欠けているもの

1)人間は言葉に反応している生き物。高森教を学ぶうちに増えたボキャを適度に並び替えて、反応している機械的な行動なのだろう。
本当に学んでいる人は、相手の言葉のうちにある真意と、疑問点に肉薄するリアリティと説得力を持ち続ける。
教学等の専門用語で相手を煙に撒き、はぐらかすのは自分の精神が弱さをさらけ出し、相手からも自分自身からも
逃げているからだ。宗教人の弱さはそこにある。

>すると、勝ち誇ったように高森教の教義を披露する。
まあ、昔からの得意戦法だよな。

2)他人から刷り込まれた教えでなく、自分自身で思考できる人は、そもそも優越上下の意識が少ない。
優越感とは、止まるところ自分自信に対する尊厳感の飢餓であり、空洞に対する無意識の自己補償なのだ。

仏教かじりたての私ですらそのような優越感を自分のこころに生じた時、その真の原因そのものを追求するだろう。
彼らに真の自己尊厳がない(すなわち他者への理解や尊重する姿勢の欠如)のは、他人の作った虚構にこころを明け渡すからだ。
他人に依存した時、人間は光すらも放棄してしまいます。それが闇の本質です。




176 :174:02/10/19 13:30
>>175
大変深いご分析で示唆に富むご指摘ありがとうございます。

>仏教かじりたての私ですらそのような優越感を自分の
こころに生じた時、その真の原因そのものを追求するだろう。

まことに、仏教ききはじめて長い小生ですが、ご妥協のない
自己洞察には恐れ入ります。とても仏教かじりたての方とは
思われませんね。彼らに真の自己尊厳がないのは、
他人の作った虚構にこころを明け渡すから、というご指摘は
まことに首肯するところです.


177 :名無しさん@1周年:02/10/19 13:33
>>173
>独善がゆがんだ排他意識、方便という名のウソツキ集団となる素因に関連するのだろう。
>これはキリスト教(ゴメン)より更に強固な二元論であって

会長や、幹部がこれにきずいていないとするならば、甚だしい自己欺瞞だな。

結局、仏教の敵は無知なる大衆にあらず、中途半端に都合の良い経典解釈をし、経義をゆがめて流布する知的擬似仏教徒が最大の障害なんだろうね。

178 :ひさしぶり1:02/10/19 16:50
>>916
>分別=不審(疑問、わからないこと)と言われてる文であり。

誰の解釈ですか?不審は疑情のことと解釈するのが普通だと
思いますが。
「物を分別して、あれはなにと、これはいかがなど
いうふうなることが不審にて候。」あれこれ知って
それについて「なに、いかが」というのが不審である、
と仰っているのですよ。
こんなの信心の有無の問題ではなく、国語力の
問題でしょう。


179 :ひさしぶり2:02/10/19 16:51
故法然上人の仰事ありしは、「三心を知れリとも
念仏せずばその詮なし、たとい三心を知らずとも
念仏だに申さば、そらに三心は具足して極楽には
往生すべし」と仰せられしを.....(後世物語聞書)

「三心を知る」ことと「三心を具足する」ことは
違う、との仰せです。
たとえ「知っても極楽往生できない」三心とは
何でしょうか?

「観経の三心は定機散機の自力の心なり、定散の
ニ善を回して大経の三信を得んとねがう方便の深心
と至誠心と知るべし」(唯信抄文意)

自力の三心では極楽往生はできません。

「観経の三心を獲て、後に、大経の三信心を獲るを一心
を獲るとはいうなり」(唯信抄文意)

しかしこの自力の三心を知り、19願を通ってしか大経の
18願の世界には出られない、との仰せです。



180 :ひさしぶり3:02/10/19 16:52
>>920
>この「往生浄土」とは、18願の往生なのでしょうか?
それとも、19願の往生なのでしょうか?

親鸞聖人がおすすめなのは18願の往生ですから
18願の往生でしょう。19願の往生か、と迷うのは
何故ですか?会でも化土往生のことだとはお聞き
したことはありません。


181 :ひさしぶり4:02/10/19 16:53
観経には隠顕があって表の「顕の義」は諸行往生が
説かれています。これは「定善散善のできる定散の
機」に臨終来迎のある(化土)往生をすすめられ、「極楽浄土
に生まれたい」という心を起こさしめて定機散機を
18願に誘引するための方便であります。
定散ニ善は諸行往生の方法(方便)として説かれてあります。
諸行往生では救われるのは臨終ですし、
実際に定善散善ができなくては往生はできません。
裏の「隠の義」は、それがそのまま弘願を説かれているという
ことを親鸞聖人が見ぬかれたのです。弘願は定善散善のできない
逆悪の機を平生の一念に救う弥陀の本願です。定散ニ善と諸善は
逆悪の機にはできないことを知っておられながら、実機を
知らせるためにさせられる、18願に導くための方便の善です。
定善散善をする目的は「念仏三昧を獲るをもって観益となす」と
あるように、他力信を獲ることであって、臨終来迎を待って
化土往生することではありません。

会でも「臨終に助かりたい」と思って善をしているひとは
いません。平生業成しか聞いたことはありません。



182 :ひさしぶり5:02/10/19 16:54
>>935
>方便=通り道=迷い道であるから。

方便=通り道ですが、方便=迷い道ではありません。
「智慧と方便とは是れ菩薩の父母なり、若し智慧と
方便に依らずば菩薩の法すなわち成就せざることを
知るべしとなり」(証巻)
方便と智慧によって出離できるのに「出離その期なし」
というのは正しい方便を歩んでいないので迷い道なんで
すよ。

>>938
>一善もない極重悪人には、軽微な善根すら
  ないですよね。

人間のする善を雑毒の善といいます。小善根ですので
これを往生のたしにはできません。

>>942
>普通は在家は説法しないの反証としての親鸞聖人在家
説は取り下げられたと解してよろしいでしょうか?

はい。不適切だったようですね。



183 :ひさしぶり6:02/10/19 16:55
>>14
>根拠をお示しいただけますか。

繰り返しますが、親鸞聖人の示された道程が
三願転入である、ということです。
「三千大千世界に芥子ばかりも(略))(安心決定抄)
の御文は宿縁は過去からの仏様からの結縁を
含んでいることを示したものです。仏縁を結んで聞く
諸仏の通戒はなんですか?廃悪修善、「善をしなさい」
というのが仏教ですよ。
この「八万四千の法門」である要門を通らずに弘願に
入れる道を聖人が教えておられる、というなら
根拠をあげてください。



184 :ひさしぶり7:02/10/19 16:56
>真門には言及していません。なぜでしょうね。

真門の法は他力だからでしょう。
定散心のない自力の念仏はなんというのでしょう?
「極楽に行きたいと思って称えているのではなく
なんとなくあるいはしかたなしに称えている念仏」
は真門なんですか?あるいはちょっと功徳がある
程度に考えて称えている念仏は真門の念仏
なんですか?
私は「後世が苦になって一心に念仏を称えている人」に
修善をすすめたことなどありませんよ。
あなたは御縁が薄くて仏とも法ともわからないひとにも
修善をすすめることはないのですね?



185 :ひさしぶり8:02/10/19 17:01
>>15
>信の一念において
名号の大功徳によってすべてが知らされるのではないでしょうか。

そのとおりです。一念で自分の歩んできた道が知らされるから
早くこの道を来い、とすすめているのです。
そしてそれは釈尊や阿弥陀仏が示された道でもあります。

「釈迦牟尼仏、福徳蔵を顕説して群生海を誘引し、阿弥陀如来
本、誓願を発して普く諸有海を化したもう」(化土巻)
「福徳蔵」って何か知ってますよね。群生海ってだれのこと
ですか?

>>16
>自力要門の教えをお説きになり、正雑二行のご方便を説かれ、

要門を説かれたことを認められるのですね?
説かれたのに誰も実行しなかった、ということですか?

>機の失によって実際には存在しないことになります。

「失のない機」はありません。
「善を回して往生を願う心のない」20願の行者はいません。
修善を教えられるのは要門です。




186 :ひさしぶり9:02/10/19 17:02

>>18
>宝尋とはいったい何者であるかを明らかにしてください。

私は知りません。真宗宗歌の作者も知りません。
「捻じ曲げた」も何も、「判らない」ということでしょ?
ちょっと違うんじゃないですか?
信心の教えが曲がるというなら大変ですが。
歎異抄なんかも作者がわからないのに信じてるひとが
多いのですから、そっちのほうが害が多いんじゃない
ですか?



187 :ひさしぶり10:02/10/19 17:03
>>22
>無数の諸仏のみもとで修行してきたが
自力の修善では一度も成就しなかったと仰せですね

結局、聖人は修善を実行されたのですか、されなかった
のですか?
私は自力の善が信心獲得に役立つなどとひとことも
言った覚えはありません。



188 :名無しさん@1周年:02/10/19 17:30
ひさしぶりさん、鋭いですね。
キレがいいです。
頑張ってください。

189 :名無しさん@1周年:02/10/19 17:41
>歎異抄なんかも作者がわからないのに信じてるひとが
多いのですから、そっちのほうが害が多いんじゃない
ですか?(ひさしぶり)

>ある特別の人のみが偶然に見たと言う幽霊ならば、錯覚や幻覚であったか、実在したものかの区別は
困難ですが、人の顔や手の形、或は全身像の幽霊が撮影された写真がたくさんありますから、
実在はもはや疑うことはできません。(14頁)
(ジヤンヌより)

歎異抄を信じるのが、実害が多いという、ひさしぶりさん
トンデモ本を信じるのは、どうなんだ?

190 :名無しさん@1周年:02/10/19 19:21
>ネット上では、「S会と法論してはならない」という不文律あるらしいのが面白い。
> 外道邪教、群賊悪獣、悪僧たちも、教義安心の法論では、
>とても真実に太刀打ちできないのは承知しているようだ。
> だからせいぜい、根拠の無いデマを飛ばすのが関の山。
>聞法の敗残者も、愚痴を言い散らして去っていくのみ。
               (犬笑新聞9月15日号より引用)

W部さん。あんたがこんなこと言ってくだ巻いてたからこのスレが立ったんだよ。
なのに、昨日の荒らし何?真実に太刀打ちできないのはあんたらでしょ。
だから、こんなキティガイじみたことやったんでしょ。
こんなことやるようじゃ親鸞会も尾張だね。


191 :名無しさん@1周年:02/10/19 19:31
親鸞下位の犬笑新聞とはその名の通り、幹部連中の負け犬の遠吠えを載せるじょうほうしだったのか。
笑う犬の冒険じゃなく、笑う犬の遠吠え(w

便所の落書きとは犬笑新聞のことだったんだな。しらんかった。
それにしても、荒らしは多いな。

192 :名無しさん@1周年:02/10/19 19:34
でぶちん、話題提供氏はお元気かい
何とか、ゆうたれ

193 :祭り大好き!!:02/10/19 19:59
>>178
はあ、不審=疑情というのはどなたの解釈ですか?? もちろんここでの
疑情というのは自力疑心のこといってるんですよんね? 瓜生津師の釈で
しょうか?普通は、不審というのは疑問のことですよね?? そうすると
『歎異抄』第9条の「親鸞もこの不審ありつるに、・・・」も自力疑心の
ことなんでしょうかね?おっと、『歎異抄』は信じてられないんですよね
? では、 ここで不審と「各別なり」といわれてる「一向しらぬ」は、
疑情=自力疑心ではないというわけですよね。確か疑情=謗法でしたよね
?ということは蓮如上人は、疑情=謗法ではない「一向しらぬ」より、疑
情=謗法の「不審」を勧められているわけですか??? 
それと何故「物を分別し」が「(真如・無為法の)真実の法を知る」の意味
になるのかも再度お尋ねします。


194 :うぐいす:02/10/19 20:13
ひさしぶりさん、元s改印さん、祭り大好き!さん、
みなさん、法の華を咲かせましょう〜。
嵐は、部外者によると考えるのがもっとも近いのでは
と思うけど・・・。
s会は嫌いだよ(キャハハ


195 :名無しさん@1周年:02/10/19 20:14
個人的な恨みは別スレでやれっての。

196 :名無しさん@1周年:02/10/19 20:15
ひさしぶり氏と、元s改印さん、
祭大好きさんの、議論って、スリルあるぜ。
これって、かなりお勉強になるよな。

197 :祭り大好き!!:02/10/19 20:57
>>179
どこをどう読んだらこんな解釈になるんでしょうね? この御文の意は
(「自力の三心を知らなければ往生できない」というが、どうでしょう
 か?という問者に対して)故法然聖人は、「三心を知っていても御念
 仏しなければその詮はありません。たとへ、三心を知らなくても、御
 念仏さえ申したら、ひとりでに(自然に)三心を具足して極楽には生
 ずるにちがいない。」と仰っておられた・・・・
というような意味でしょう?(何せ国語力がないもんですから間違いが
あれば訂正キボン)隆寛律師は、はっきりとは仰っていませんが、書写
された親鸞聖人的には、ここでの御念仏は弘願念仏のことですよね。で
すから他力廻向の真実信をいただけば、三心を知らなくても、三心が、
自然に他力廻向の南無阿弥陀仏のなかに具わっているというお示しです
よ。それが何故、自力の三心を知り、19願を通ってしか18願に出られ
ないなんてひっくり返った解釈になるんでしょうね?
それとここでの「詮なし」は、必ずしも極楽往生できないの意かは疑問で
すね。「化土往生」はできても「実報土」への往生はできないという意味
ではないでしょうか? 挙げられている『唯信抄文意』の御文も「定散二
機も真実の三信心をえなければ、真実報土へは生まれず、胎生・辺地に生
まれ・・・とおもわれる。」という意の御文が続くことでおわかりのよう
に、あなたがいわれる「定散諸善のできる定散の機」(>>181参照)のこと
についての御文ですよね??

198 :祭り大好き!!:02/10/19 21:23
>>181
例によって「方便」の使い方が変じゃないですか? 「18願の誘引
する方便」といってみたり、「諸行往生の方法(方便)」といってみ
たり・・・。普通は仏教用語としての「方便」は、「仏が衆生を教化
する為の方法・手段」ですよね? 聖道門では、「如説修行」(『
妙法蓮華経如来神力品第21』)とも言われますから、両者が一致す
ることもあるかもしれませんが、他力の浄土門で、仏様の側の方法と
衆生の側の方法を混同するのはおかしくないでしょうか???

199 :ある通行人:02/10/19 22:00
>>193

>確か疑情=謗法でしたよね?

ひさしぶりさんのこれってS会の驚愕ですか?
だったら今まで私は何を聞いていたのかと疑問が出てきます
普通から考えてもおかしくありませんか?
なぜなら新人決定すれば疑情はなくなるんでしょう?
とすれば救われれば法謗もしなくなるというんですか?
屍といわれた親鸞聖人はうそつきになりますし、
阿弥陀仏もとんだ見込み違いをした事になりますよ

私自身の理解では五逆、法謗の私をそれらの罪を作らないように変えて
助けることは阿弥陀仏でも出来ないのではないかと。
しかし、ほかの諸仏には考えも及ばなかった名号の力で無明の闇を破るという方法で
助けるから本師本仏と言われるのだと思っていたのですが。
だから機の姿は変わらないまま法の力によって助かる事がはっきりするのだと思っていました
もちろん自分の機もはっきりするのですが
それが二種深信ではないのでしょうか?

何か説明が足りないような気もするのですが、
もしあれが会の教えなら今すぐ退会したいですね

200 :祭り大好き!!:02/10/19 22:12
>>181の続き
観経の隠彰の文が、そのような解釈だとすると、「観門をもって方便
の教とせるなり。」も、観仏三昧も、逆悪の機にはできないことを知っ
ておられながら実機を知らせるためにさせられる、18願に導くための
方便の三昧ということになるのですか??? 
定観成就の益(観益)は、第九真身観の観仏三昧で極まり、その果報
は、単なる臨終来迎ではなく、現前授記の益(記別=成仏の予言を授け
られる)が平生にあります。(『選択集・念仏付属章』)四箇の行(持
戒・発菩提心・解第一義・読誦大乗)などの九品段の散善で得られるよ
うな果報ではありません。どうも教相が乱れている感じ受けますね。そ
れにしても実機を知らせるために、釈尊はこんなとてつもない難行苦行
をも経なければ(観仏三昧→念仏三昧)、真実信がいただけないと言わ
れたのでしょうか????


201 :祭り大好き!!:02/10/19 22:37
>>181の更なる続き
ひさしぶりさんが特に尊敬しておられるように見える(違ってたらスマソ)
、蓮如上人も「その信心といふは、『大経』には三信と説き、『観経』には
三心といひ、『阿弥陀経』には一心とあらはせり。三経ともその名かはりた
りといへども、そのこころはただ他力の一心をあらはせるこころなり」
(御文章 一帖・十三)
と仰ってますが、すべての人が、これから三経三願を仮門から時系列的に
経巡らなければならないなんて教導されていたんでしょうか??


202 :祭り大好き!!:02/10/19 23:10
>>182
何度も、同じことを言わせますが、19願は正しい方便ではないのですか?
あなたが、軽微な善根は得られると仰ったのは如来様のおんもよおしによる
「宿善」とは違うのですか?同じですか? YesかNoで答えて下さい。
Yesなら、19願のなかに宿善のなかにさらに正しいものとそうでないも
のがあるのですか?? ならば、そのお聖教上の根拠は何ですか???
Noなら、一善もない極重悪人でも、軽微な善根ならば如来様のお働きによらず
、自力ですることができるということでしょうか???
誰が往生のたしにできると言いましたか? あなたの言われる正しい方便を歩ん
での善根なら「往生のたし」になるのですか???

それと未回答の「合点」=「自力信」説のお聖教上の根拠も引き続きお願いします。

203 :名無しさん@1周年 :02/10/20 12:02
>>161
造寺已後は並びにこれ末法なり。
かるがゆえに基、般若会釈に云わく、
正法五百年、像法一千年、この千五百年の後正法滅尽せんと

末法の世に箱物を作りに狂奔する宗教があれば、それは仏教ではない。

204 :名無しさん@1周年:02/10/20 12:05
親鸞会の極論は結局は一念覚知教のなごりだと思うな。○光会のなごり。
○光会が一念覚知教のせいか高森は○光会を自慢話にはしないからな。
しまいには恩あるところを目茶目茶けなしておるしまつだ。
しかし、そんなのが出身母体だから、教えも歪むんだよ。
それと易しく説明しすぎた弊害で、仏教から逸脱しているって感じです。
仏教の理解も根本的に足りないと思うけどね。
六度万行の説明だって、あれは世間の道徳だよ。
破邪顕正だって高森の言い出したこと。(○光会でも言われていたよう
だがな。○光会ではそんなに強烈に勧誘してないようだ。)
しかし○光会も罪が重い。あんな純粋な馬鹿な人間を扇動してしまった
形になるからな。親鸞会への一念覚知教だとの批判は私は正しいと思う。
一念を強調できるのは善知識という構図が出来るのが一念覚知教の特徴
で、これがピタっと当てはまる。
まあ、破邪顕正なんて当初の目的はどうかしらんが、結局、金集めの
道具になりさがっている。これなんか新興宗教と言った方がいいな。
○光会はこんなんじゃないようだから。
皆、仏教を話すといいながら、入会や聴聞に連れて行こうとするだけ
だし、何かのホットラインとかインターネットを使う場合も結局、あそ
こで何人入会したとかの成果報告に終始していて仏教とは思えない。
信心の沙汰と言っては会員は愚痴を言い合っている。
長者窮子の譬えも、使用人にお金をやって連れてこさせるの解釈な
んか高森の解釈で誰も以前に言った人がいない。あんな話を信じちゃ
いかんと思うな。
それに宿善が厚くなると言っては人を勧誘するから、彼らの善は雑毒
の善の臭みがプンプンしているんだがな。また菩提心を廃止している
法然上人の心も分からずに、菩提心三昧。


205 :名無しさん@1周年:02/10/20 12:06
親鸞会といったら、自利利他を此の世で実践するんだって意気込んで
いる団体だと言ったら一番特徴を捉えていると思う。
結局、世間的善が自利利他にはならんのだがな。こんなの仏様しか出
来やしない。この辺りの理解も全く足らんな。
金もちはお金を皆に配ってそれが戻って来るんだと気張っていってい
るが、高森が金持ちになったのは、破邪顕正の教義にほだされて、無
茶苦茶な勧誘をやっているせいだけだよ。
これなん、高森教を狂信していると分からないことだらけだね。
まあ、全くひどい。高森はもっと勉強すべきだったんだ。あんな無学
のものがよくまあ、善知識と言わせているな。まあ、驕慢もいいとこ
ろだと思うよ。本当にひどい。ひどいの一語に尽きる。
アニメだって親鸞聖人はまるで高森をダブらせて描いているしな。
もう驕慢な人間につける薬はないって感じだよ。


206 :名無しさん@1周年:02/10/20 12:09
高森君の本は大沼法龍とか華光会の本からの盗作に満ちている。
それを高い金で会員に販売しているんだから、大沼氏の遺族には
売上げの一部を渡すべきじゃないだろうか。

高森君の著書が盗作だらけなのは内部ではどのように説明されているのでしょうか。
さすがに国家権力と本願寺の陰謀だとか、事実無根だとか、誹謗中傷だとかいうのも無理があると思うのですが。。。
あっひょっとして大沼氏の方がパクッたんだとかいう説明ですか。
でも大沼氏の本のほうが前に出版されてるんですけど。。。藁)

高森君は若いころからずいぶん大沼氏に入れ込んでいたらしいからねえ。



207 :あーなんだ。:02/10/20 12:27
>>167
>慧可が肘を斬リ落としたり、恵春が顔を焼いたのも、会では後生の一大事の解決の為
>だといっているが、仏教の本には、少なくともその記載は認められない。

そう、禅宗では「後生の一大事」をいわないと思う。
もし漏れの勉強不足で禅宗が「後生の一大事」をいっていたとしても、
それが地獄一定のことであるとは断じてない。
達磨大師の面壁九年、慧可が肘を斬リ落としたりする話を親鸞会は
「一切衆生 必堕無間」の解決のため命がけで求めた例として用いるが
禅宗では、そんな説明には断じてならない。

親鸞会は自分たちのゆがんだ教義を説明するための
都合のいい部分だけの引用が昔から大好きだ。
だからうさんくさいのだ。

208 :名無しさん@1周年:02/10/20 13:03
>>207
華厳宗の明恵上人が修行中、数珠を手を滑らせて落としそうになった時、一瞬「しまった!」
と思ったそうで、その時に「今まで積み上げてきた悟りが、全て崩れてしまった」
なんて話をきいた事も、あったなあ。
明恵上人を記した史実の何処に載っているのか?
何を根拠にいっているのか教えて貰いたいものだ。

209 :名無しさん@1周年:02/10/20 13:24
>>206
(過去ログより)
(過去ログより)
著書などから影響を受けたと思われる大沼法龍師などに対して
【※親鸞会の会員さんたちは批判をされている】ようですが、これは、高森師も承知の
うえでのことなのでしょうか? だとすれば、高森師は、何故にそれらについて総
括されないのか? また、それについてあなたは、どう考えておられるのでしょう
か?  

806 :名無しさん@1周年 :02/10/13 17:49
それはさ、
そいつらのいってることがジャギだからさ。
先生はかれらに師事しつつも、その誤りを発見されたんだよ。
で、自身の宿縁により獲信されたんだ。

大沼法龍師も邪儀だったら、S会の教学はどうなってしまうのだ。
そして、師主知識の恩徳は・・・っていっても

自身の宿縁により、獲信されたんですよね。

210 :祭り大好き!!:02/10/20 13:41
>>182へ追加
>方便と智慧によって出離できるのに「出離その期なし」
>というのは正しい方便を歩んでいないので迷い道なんで
>すよ。

正しい方便を歩ませていただいていても、智慧がないから
、自力執心のために、仏様の他力廻向の真実の仏智をはね
つけていただいていないから、迷い道なんですよ。 

211 :名無しさん@一周年:02/10/20 15:22
>>207
禅宗には、「後生の一大事」「一切衆生必堕無間」なんて
言葉はありません。

212 :サモトラケ:02/10/20 16:04
http://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/1033193519/748

>石山戦争で、多くの門徒が仏敵信長と命がけで戦い死んでいった。彼らが全員、【獲信していたとは思えないが、】未信であっても人生の目的を知らされた恩に対して
恩徳讃の気持ちで、命を捧げてでも恩に報いようとした、【今日のわれわれも同様でなければならん】と語ってた(これは顕正新聞にも掲載された)
だから、善知識高森会長先生から人生の目的を教えていただいたんだから、その恩を知って【会長先生のために死んでも本望です!】

とあるけれど、会長先生の願いとは、

「一宗の繁昌と申すは、人の多く集まりて威の大なることにてはなく候。
一人なりとも人の信をとりたるが、一宗の繁昌にて候。(御一代記聞書)

とは違うのでしょうか?
ひさしぶりさんは、
「会員であっても、獲信せずに命をおとせば地獄逝きですよ」
と述べていますけれど。

213 :名無しさん@一周年:02/10/20 16:48
>>207
会では、真宗に限らず他宗についても都合良い引用や間違い
が多いね。今は直ってるかもしらんが、日蓮が、4度島流し
されただとか(正解は2度)、焼け死んだ大石寺の管長の名
が鈴木日泰になってたり(正解は、鈴木日恭)、よくこんな
恥ずかしげも無く(藁、破邪顕正なんてできるな!て感じだ
よな。しこも間違いをそのまま丸暗記させられたり(禿藁

214 :名無しさん@一周年:02/10/20 17:09
>>213
↑は漏れだが、誤爆、しこも じゃなくしかもだな。よくこんなが→
よくこんなんで だ。スマソスマソ。
他宗っていや、キリスト教の破邪で、キリストが臨終に「神よ、神よ
汝は何故に我を捨て給ふや」と醜悪な声で叫んだのが、信仰の破滅だ
とか何時の時代のかと思うようなカビの生えたキリスト教徒も苦笑する
他ないような陳腐な批判だしね。それにこの部分の文は、伊藤康善氏の
『安心調べ・曾我量深氏の巻』からのパックリだしさ。しかも原文は、
キリスト教批判が目的の文じゃない。この伊藤氏の『安心調べ』は、S
会やT森氏を知るものが読めば、苦笑いの連発だが(100連発くらい)
とくに最後の方の『「歎異抄」批判の巻』なんて大笑いだよ。「ひさしぶり」
さんよ、あんたが>>186で書いている歎異抄批判の元ネタや、あんたらが好ん
で使う「親鸞学徒」って言葉のルーツがここにありますよ(禿藁

215 :名無しさん@一周年:02/10/20 17:23
確かなことはわかりませんが、話題の「宝尋」っていう人物は
、伊藤康善氏のペンネームかその周辺の人物だったような記憶
がありますが・・・。真相ご存知のかたいたら情報お願いします。

216 :名無しさん@一周年:02/10/20 17:28
それと、「正信聖典」に載ってる(載ってた?)
「信心数え歌」というのも確か伊藤康善師の作
だったんじゃなかったでしょうか?

217 :名無しさん@1周年:02/10/20 17:54
質問。

親鸞聖人はほんとに信心決定しなければ、地獄行きだとおっしゃったのですか?
犬鉄はそういうのですが、いまいちほんとうかわからなくて・・・。
初歩的な質問ですが、根拠と解説つきでお願いします。

218 :名無しさん@1周年:02/10/20 19:03
減益時代、会長は18歳の時に篤信の老婆の臨終説法を真剣に聴聞して、獲信されたと先輩に聞いた。
上記の話について、何方か詳しく知っている方がいたら、情報求む。

219 :名無しさん@1周年:02/10/20 19:20
浮かぶのはイメージ
落ちたヘリコプター 狂った時計
くだらない友達 救えない神様
横抱きのまま売られた子供
代わりに私が生きてあげようかな



220 :名無しさん@一周年:02/10/20 19:48
>>218
初耳! 臨終説法というのは、普通死にかけの人に対する説法
だが、老婆に対する誰かの説法か? 老婆が誰か死にかけの人
に対してしてたのか? もし、この篤信の老婆自身が危篤状態
まで熱心に説法していたのを聴聞したの意味なら、まさに上記
の伊藤康善氏(華光会創始者)の「仏敵」の内容とソックリだ
な。

221 :名無しさん@一周年:02/10/20 20:10
>>220
華光会の本で『われらの求道時代』ってのに、よると
華光会時代の高森氏は、当時の信者が語るところでは
、「『仏敵』をいついつまでに読んで信をいただきなさ
い。」って指導していたらしいよ。この話が本当で減益
が言うように、邪義だったんなら高森氏は当時の邪義を
ひろめていたことを公式に懺悔せにゃならんと思うが。

222 :名無しさん@一周年:02/10/20 20:22
>>218
T森氏は、横田慶哉師の『吾が信念』に出てくる師の体験
をさも自分の体験のごとく説砲で語ってたから、『仏敵』
の内容をさも自分の体験のごとく語ってた可能性もあるの
では?

223 :闇丸:02/10/20 20:56
ひさしぶりさん、本当に>>212にあるように、>「会員
であっても獲信せずに命をおとせば地獄逝きですよ」
なんですか? 昔講師の方が、活動中事故死された際
、会長先生は「生前に宿善を積んだ者には、生前に獲
信できてなくても次生に生まれ変る前に観音菩薩の臨終
説法があって信心決定できる」とご教示下さったのです
が、これは違いますか?


224 :渡海 難  ◆wd0AE5SZ4. :02/10/20 21:58
>>186
>信心の教えが曲がるというなら大変ですが。

 重大な間違いがあるでしょう。
 「主上臣下、法に背き義に違し、忿を成し怨を結ぶ。これに因って、真宗興隆の大
祖源空法師、ならびに門徒数輩、罪科を考えず、猥りがわしく死罪に坐す。あるいは
僧儀を改めて姓名を賜うて、遠流に処す。予はその一なり。しかればすでに僧にあら
ず俗にあらず。このゆえに禿の字をもって姓とす。(化身土巻)」

 「僧儀を改めて姓名を賜うて、遠流に処す。予はその一なり」。親鸞の還俗は、遠
流の時であり、これは強制的な僧籍剥奪でした。主上臣下、法に背き義に違し、忿を
成し怨を結び、その結果で越後に流され、親鸞はやむなく在家に戻ります。愚禿とい
う名乗りはこれがきっかけです。
 「親鸞は越後国、罪名藤井善信云々、生年三十五歳なり(歎異抄)」
 しかも愚禿は、藤井善信という名を返上した名乗りであり、そのときは三十五歳で
した。
 法然思想とは別異の立場に立つ親鸞思想の原点は、ここにあると考えます。

 「三十一の 御歳に 師匠のすすめに 従われ 兼実公の 玉姫を 請けて在家の
 身とぞなる(宝尋)」

 三十一で結婚し、それで在家に戻った。これはブラックユーモアですか?。宝尋さ
んとは、大変な戯曲創作家だ。親鸞思想を歪曲化し、冷やかしているとしか僕には思
えません。およそまともな人物とは思えませんね。元親鸞会員から正信聖典を貰った
とき、腹が立つやら噴き出すやらで、馬鹿馬鹿しくなってきましたよ(笑)。

225 :渡海 難  ◆wd0AE5SZ4. :02/10/20 22:08
>>217
>親鸞聖人はほんとに信心決定しなければ、地獄行きだとおっしゃったのですか?

 そんなこと言う分けないだろう!。往生要集をしっかり読んでくれ!!。

226 :おねがい:02/10/20 22:53
渡海 難 様
もし、あなたが親鸞会に在籍した経験がないのなら、見当違いの
コメントをなされることになると思うので、見ているだけで
我慢して頂けないでしょうか。
お願いします。


227 :名無しさん@1周年:02/10/20 23:14
渡海さん、たまに浄土通信拝読しています。
貴方のカキコは貴方の切磋琢磨の末の研究の賜物であると
思います。しっかりとした世界をお持ちの方と存じ上げております。
いろいろ言う人もいると思いますが、お気になさらないで流して頂けたら
思います。
いま、ここでは、主に、ひさしぶりさんと、元s改印さん、祭大好きさんの
議論が大詰めを迎えつつありますので、今しばらくご静観いただけたらと
思います。その結果について、ご自身のお考えを述べて頂くのは、貴方の
御意志にお任せいたしますが、今は、いろいろな論点が出てきてしまうと
混乱しやすいので、少々お待ちくださると有り難く存じます。

228 :名無しさん@1周年:02/10/20 23:28
>>227
そーだな。
ココは喧嘩する場所じゃないから、喧嘩したい椰子は
他行ってやってくれ。ヤンキー相手にでもよ。
煽るなよ。
ひさしぶりさん、元s改印さん、祭大好きさんの議論の
結末、はやくみたいぜ。
ひさしぶりさんは、もちっと早く発言してくれよ(w

229 :228:02/10/20 23:31
しきるつもりはないぞ。
あと、根拠の無い言掛りもやめてくれよ。


230 :名無しさん@1周年:02/10/20 23:35
おーい、ひさしぶりさ〜ん、どーしたん??
はやく・はやくぅ〜。


231 :名無しさん@1周年:02/10/21 00:14
>>218
漏れも、会長は「老婆の臨終説法を聞いて獲信した」という話を、確かに先輩から聞いた事がある。
「仏敵」という本に、似たような話が載っているとは、初めて知ったが。
(しかも、その本を発行している会は、邪儀といわれているとは!)
先輩だって子牛から、聞いたのでなければ、そんないい加減な事は言わないであろうし、
子牛は尚更、個人の判断で信憑性の無い会長の情報を、話さないと思うのだが。

232 :217:02/10/21 01:41
>>225
誰もあんたに聞いてません。あんたが来るとスレ荒れるんでひっこんで下さい。
私は、ひさしぶりさんや元S改印さん、祭り大好きさんなどの信頼できるコテハンに聞いているのです。
この三方の誰か私の質問に答えてください。下らない質問ですみません。

233 :217:02/10/21 01:44
>>218
怪鳥の善智識は華光の伊藤某だろ。
こういうことは、0ん!暴マンさんが詳しいよ。


234 :名無しさん@1周年:02/10/21 01:45
http://www02.so-net.ne.jp/~saitou/cgi-bin/denpa.cgi?URL=http%3A%2F%2Fhomepage1.nifty.com%2Fcharbeljapan%2Fpr_020710.htm
          

235 :元S改印:02/10/21 03:25
>>186
>結局、聖人は修善を実行されたのですか、されなかったのですか?

蛇蠍奸詐のこころにて自力修善はかなふまじ
如来の回向をたのまでは無懺無愧にてはてぞせん(正像末和讃)

修善とは自力の定散二善を修めることですね。
お聖人は修善を実行なされようとはなさったと思います。
しかし、「かなふまじ」と仰せのように自力修善はできなかったのです。
それはなぜかと申しますと、「蛇蠍奸詐のこころ」であったからです。
定散の諸機は一応善機といわれますが、弥陀の御眼からみられれば、
すべて極重の悪人です。そして、
しかるに常没の凡愚、定心修しがたし、息慮凝心のゆえに。
散心行じがたし、廃悪修善のゆえに。 ここをもって立相住心なほ
成じがたきがゆえに、「たとひ千年の寿を尽すとも、法眼いまだ
かつて開けず」(定善義)といへり。(化土巻)

といわれ、常没の凡愚には自力の定散二善は不可能である、
と仰せです。善導大師も「たとひ千年の寿を尽すとも、
法眼いまだかつて開けず」と仰せですね。
それゆえ聖人は五正行を勧められたのです。
五正行とは、浄土教経典を読誦し、極楽浄土を観察し、
阿弥陀仏に向かって礼拝し、念仏を称名し、阿弥陀仏を
讃嘆供養することですね。
このなかで称名のみが正定業であとは助業ですね。
(続く)


236 :元S改印:02/10/21 03:28
>>235(続き)親鸞聖人は、
「雑の言において万行を摂入す。 五正行に対して五種の雑行あり。
雑の言は、人・天・菩薩等の解行、雑せるがゆえに雑といへり。
もとより往生の因種にあらず、回心・回向の善なり。
ゆえに浄土の雑行といふなり。」(化土巻)と仰せです。

つまり、回心・回向の善をもって行う五正行は五雑行になってしまう
わけですからやってはいけないのです。また、愚禿抄には
「上よりこのかた一切定散諸善悉く「雑行」と名く、六種の正に対して
まさに六種の雑有るべし。「雑行」の言は人天菩薩等の解行雑するが故に
雑というなり。もとよりこのかた浄土の業因に非ず、是を「発願の行」
と名く、また「廻心の行」と名く、故に「浄土の雑行」と名く、是を
「浄土の方便仮門」と名く、また「浄土の要門」と名来る也。凡そ聖道、
浄土、正、雑、定、散皆是れ廻心の行也と、まさに知るべし。」とあります。また、
「いはゆる布施・持戒・立寺・造像・礼誦・座禅・懴念・苦行、一切福業、
もし正信なければ、回向願求するにみな少善とす。 往生の因にあらず。(化土巻)
とあります。
あなたがた親鸞会会員が日夜ノルマに追われているビデオ、書籍販売、
勧誘などの自力の諸善は親鸞会では六度万行の扱いであり、よい行いと
勧められていますね。ところがこれらの行為はまさに親鸞聖人が愚禿抄にて
仰せの「一切定散諸善」なのですよ。一切定散諸善は「もとよりこのかた
浄土の業因に非ず」「往生の因にあらず」と聖人が仰せです。
祖師聖人が捨てよといわれ、嫌われた雑行なのです。
もとより往生の因種にあらずなのですよ。
極悪深重の衆生は他の方便さらになしひとへに弥陀を称してぞ浄土にむまるとのべたまふ(高僧和讃)
ひさしぶりさん、あなたは極悪深重の衆生ではないのですか?
極悪深重の衆生ならば「他の方便さらになし」ですよ。
無常迅速の機がビデオ、書籍販売、勧誘などノルマ(自力の諸善)に
追われることが、果たして親鸞聖人の御教えなのでしょうか?
阿弥陀仏は名号を建立なされたご本意は何なのですか?
自力の心をもって信じさせるのではなく、全く自力のはからい全部を
速やかに投げ捨て、他力の名号と一体になれということではないでしょうか。

237 :元S改印:02/10/21 03:31
>>184
>「後世が苦になって一心に念仏を称えている人」に
>修善をすすめたことなどありませんよ。
あなたは、「後世が苦になって一心に念仏を称えている人」を20願の念仏の
ひと、とみなす見解とみてよろしいのでしょうか。お答えください。
>あなたは御縁が薄くて仏とも法ともわからないひとにも修善をすすめること
はないのですね?
親鸞会は「本願寺は真諦門と俗諦門の違いもワカラン眠たいもんばっかりだ」
とかおっしゃるようですが、どうもこの違いがわからずごっちゃになっている
ということは、私がいまさら申すまでもなく、しばしば指摘されるところです。
親鸞会のように破邪顕正と称してビデオや会の書籍の販売にノルマを設定する
とかとか、会に財施しなさい、とかはお勧めしません。


238 :元S改印:02/10/21 03:53
>>183
>繰り返しますが、親鸞聖人の示された道程が三願転入である、ということです。

せっかくお答えいただいたのですが、まだ納得できません。

>「信前の人間には三願転入という条件があって19,20,18願を通らなければ
>名号を頂くことはできないから難行の諸善に励まなくてはならない」
>とされる根拠をお示しいただけますか。

これが私の質問です。よくお読み下さい。
信前のものが難行の諸善(これは雑行ですね)に励まなくて
はならない根拠をお答えください。

239 :元S改印:02/10/21 03:54
>>183
>この「八万四千の法門」である要門を通らずに弘願に
>入れる道を聖人が教えておられる、というなら
>根拠をあげてください。

いつ私が要門を通らずに弘願に入れる道を聖人が教えられた、などと
いいましたか?何度か申しておりますが、私の見解をきちんと読んでから
お返事ください。また同じことを書かせていただきますと、親鸞会のように、
信前において、後生の一大事を解決することを目的として、時系列的にまず
19願、次に20願、最後に18願へと進むとみる見解ではなく、
「特に信前に自分が今19願にいるとか、20願にいるとか知るのではなく、
信の一念において名号の大功徳によってすべてが知らされる。
その聖人のご表白が三願転入である」これが私の見解です。ちなみに
あなたがご自分と同じ見解だ、とおっしゃる山辺、赤沼にはこう書いてあります。
「第十九願の分斎たる自力の諸善を修むる時にその自力の無効なるを
感じて、自分は如来の方便の善たる十九願にあると自覚する一念のたちどころ
に第十八願の機となるのである。第二十願にあってもこの通りである。
但しかように客観的にいえばたやすく第十九、二十を識別しうるけれども、
自ら実修するに当たっては、第十九願にあるときも、自分としては第十八の
弘願にあると思うているのである。然るに如来の召喚によりて真智内に萌して
自己の空虚を感じ、自力に執して他力自然に叶わざることを痛感する時に、
忽然として第十八願に転入するのである。これは第二十願にありても同様である。
この転入真信の一念に、苑然として第十九、第二十の分斎にありしことが
心に浮かぶのである」
格調の高さは全く小生の文章とは到底足元にも及びませんね。でもきちんと読まれれば
この主張は親鸞会の主張とは全く異なる見解であり、小生の主張とほぼ同義であることは
分かっていただけるとおもうのですが、ひさしぶりさん、いかがですか?


240 :元S改印:02/10/21 03:58
訂正

>>237

×親鸞会は「本願寺は真諦門と俗諦門の違いもワカラン眠たいもんばっかりだ」
とかおっしゃるようですが、どうもこの違いがわからずごっちゃになっている

○親鸞会は「本願寺は真諦門と俗諦門の違いもワカラン眠たいもんばっかりだ」
とかおっしゃるようですが、そういうわりには親鸞会においてもどうもこの違いが
わからずごっちゃになっている

241 :元S改印:02/10/21 04:02
再訂正スマン
>>239
×格調の高さは全く小生の文章とは到底足元にも及びませんね。
○小生の文章は、格調の高さにおいてこの文章の到底足元にも及びませんね。

242 :元S改印:02/10/21 04:15
>>239
この山辺、赤沼の説(つまりほぼ小生の説と同義)をもってすれば
例の耳九郎(でしたっけ?)や東条英機のような頓機の獲信についても
理解しやすいと思われます。親鸞会式に耳九郎(?)は床の下で(天井の上)、
まず破邪顕正などの善を行って(19願の修行をして)自分が善ができない
と知らされてから真門、弘願へと転入していったのですか?東条英機も親鸞会式に
牢屋のなかでまず破邪顕正などの善を行うように指導されたと思われますか?

以上いろいろと述べましたが
私が申し上げたいことを一言で申しますと、
親鸞会はたしかに仏教の一派かもしれません。
そして浄土系の仏教の一派かもしれません。
しかし、断じて親鸞聖人のご開顕なされた浄土真宗ではありません、
ということです。

243 :元S改印:02/10/21 04:41
>>217
>親鸞聖人はほんとに信心決定しなければ、地獄行きだとおっしゃったのですか?
>犬鉄はそういうのですが、いまいちほんとうかわからなくて・・・。

おっしゃっていませんね。

根拠は、親鸞聖人のお書きになられたといわれるご書物のどこにも
「信心決定しなければ、地獄行き」を意味する文面が出てこないからです。
確かに、ご本典の総序には
「もしまたこのたび疑網に覆蔽せられば、かへってまた曠劫を逕歴せん。」
とはありますが、再びこれまでのように、輪廻の闇に沈まなければならない、
という意味ですね。地獄とはいわれていません。歎異抄には
「地獄一定」などと出てきますが、歎異抄は著者不明の内容の信憑性が不明な
書物ですからこれは根拠にはなりません。
あなたのご不審は「刹那消滅」という観点から解決可能ではないでしょうか。
この観点から蓮師のいわれる後生の一大事(往生の一大事と堕地獄の一大事)
は理解できると私は思います。

244 :元S改印:02/10/21 04:43
>>243
追加度々スマン
勿論歎異抄にも、「信心決定しなければ、地獄行き」を意味する
文面は出てきません。


245 :名無しさん@一周年:02/10/21 08:05
http://hpcgi1.nifty.com/you/bbs/wforum.cgi?mode=new_sort&page=0

ここまでそっくりとは・・・

246 :元S改印:02/10/21 08:18
>>235
訂正度々スマン

誤・・・>>186
正・・・>>187

>>245
私も驚くやら唖然とするやらです、とういのが率直な感想です。
いよいよ、「真実」が開顕されつつあるようですね。

247 :名無しさん@1周年:02/10/21 09:46
>225
渡海 難 まだ生きてたん( ゚Д゚)ゴルァ!!



仏の所に逝ってよし

248 :217:02/10/21 09:52
>>243>>244
ありがとうございます。さすがですね。頼りになります。
実は私このスレの1ですが、このスレ立てた甲斐があったというものです。
更に、関連して。
1)経典や御文章2帖目2通に「必堕無間」とあるのはどういうことですか。
2)「この信心獲得せずば、極楽には往生せずして、無間地獄に堕在すべきもの」
  と御文章にあるのはどういうことですか。
3)八大地獄ってあるじゃないですか。s会では、信心決定しなければみな無間地獄逝き
  (これは、貴方の論理で否定されましたが。)と言うのですが、では残る7つの地獄
  の存在意義は?
宜しくお願いします。

249 :名無しさん@一周年:02/10/21 11:58
>>245
ひゃーびっくり!! かねがねT森の説は、大沼、伊藤のモノマネ
とは聞いていたが、これほどとはね。

250 :名無しさん@1周年:02/10/21 12:21
>>243
>「もしまたこのたび疑網に覆蔽せられば、かへってまた曠劫を逕歴せん。」
>とはありますが、再びこれまでのように、輪廻の闇に沈まなければならない、

死んだら曠劫の間、「輪廻の闇に沈まなければならない」ことは、一大事では
ないのでしょうか。一大事とはいえないのでしょうか。
また、「信心決定しなければ、輪廻の闇に沈まなければならなかった」といわ
れていることは、親鸞聖人お一人だけのことでしょうか。
私や元s改印さんには、関係のない問題でしょうか。

また、蓮如上人の帖外御文に、
「後生という事は、ながき世まで地獄に堕つることなれば、いかにも急ぎ
後生の一大事を思いとりて、弥陀の本願をたのみ、他力の信心を決定すべし」
といわれているのは、ウソでしょうか、ホントでしょうか。

よろしくお願いします。

251 :名無しさん@一周年:02/10/21 12:32
>>248>>250
横レスすまんが、その疑問は仏教の重要概念の「刹那消滅」
の観点で理解できる(>>243)と元S会印さんは先に回答済
みだろう。先ずそれについて倶舎・唯識でもしっかり勉強
して、更に疑問が深まってから質問すべし。


252 :名無しさん@1周年:02/10/21 12:45
>>251
>横レスすまんが、その疑問は仏教の重要概念の「刹那消滅」
>の観点で理解できる(>>243)と元S会印さんは先に回答済
>みだろう。

遠回しなこといわれなくても、

●輪廻の闇に沈まなければならないのは、
 「一大事である」
 「一大事でない」

●信心決定しなければ、輪廻の闇に沈むのは、
 「親鸞聖人お一人の問題」
 「あなたにも起きる問題」

●蓮如上人の、「後生の一大事は、死んで地獄へ堕ちる一大事」といわれる
 お聖教の御文は、
 「ウソ」
 「ホント」

など、仏教学に詳しい元s改印さんなら、いずれも一言でお答え頂ける
にちがいないと思い、質問しました。

こだわるのは、死んで地獄へ堕ちる(輪廻の闇に沈まなければならない)
一大事が、私に起きなければ、仏法聞かなくてもよいからです。

253 :名無しさん@一周年:02/10/21 14:47
>>252
そんな二元論越えてるんだよ。仏教は。そんな単純思考でしか
仏教捉えられないんだったら仏教聞かなくてよいよ。

254 :名無しさん@一周年:02/10/21 14:49
>>250>>252
は、S会工作員バレバレ。

255 :〇ん?暴マン:02/10/21 15:26
度々、私の名が出てくるようですので、また誤解も見受けられますので、
今日は休日出勤の振り替え休日ですので真昼間からですが私の知る範囲で
書き込ませていただきます。しかし私は、トリップも付けてないしコテハ
ン意識は無いんですがね・・・、なんで話題になるのか?
先ず、高森師と大沼師や伊藤師との関係については、こことかジャンヌで
活躍されている情報通氏の方が遥かに詳しいと思います。私自身は詳細を
知りません。
「宝尋」と「信心数え歌」の作者につきましては、伊藤先生のように記憶
しておりましたが確認してません。まあ、弘法大師や日蓮聖人のもそうで
すが、昔の御一代記ものは大概歴史考証無視してあうしたものでしょう。
吉川英治の小説『親鸞』は読んでませんが、田坂倶隆監督の第2部までで未
完の映画も昔の伝説に基づく内容でしたね。(余談ですが、私は親鸞聖人の
映画では、華光関係の人も含めて真宗関係者には大概不評の三国連太郎監督
の『白い道』が、予算不足か張りぼてのセットは惜しまれるが良い作品だっ
たと思います。) まあ、渡海さんみたいな方には噴飯ものにみえるのも無
理からぬところですが、時代背景も考慮して欲しいですね。



256 :〇ん?暴マン:02/10/21 15:58
伊藤康善先生という方は、青年時代に芥川竜之介の家の周りをウロチョロ
したこともあったというドストエフスキーなどのロシア文学に傾倒した昔
の典型的文学青年あがり(崩れ?)のお坊さんですので(これも余談です
が、私が昔S会系のサークルで聞いた病床の田山花袋と島崎藤村などの文学
者の裏話ネタは、大概伊藤先生由来のものです。)、ジャンヌの『安心調べ
』の一部がアップされてるのでおわかりと思いますが、なんというか独特の
時代がかった修辞の多い癖の有る文体ですので、あれを文字通りに原理主義
的に硬直した解釈をしてしまうととんでもないことになると思います。オウム
事件の際に、中沢新一先生が、オウムの教義のなかで成就者であったチベット
の宗教詩人・ミラレパ大師(今、未決囚の某オウム幹部のことではない)の詩
を文字通りに教条主義的に解釈しておかしくなった部分があると指摘されてま
したが、似た按配になると思いますね。あと、戦前に書かれたものには、どう
しても皇国史観があったりとか、時代による制限とか限界はありますね。別に
伊藤先生を唯一絶対の善知識と神格化したりとか書物を金科玉条にしているわけ
ではないので、そうした部分は仕方ないんじゃないでしょうかね?

257 :〇ん?暴マン:02/10/21 16:31
伊藤先生自身は、青年時代に大正デモクラシーの空気をたっぷり吸った
(当時としては)大変リベラルな方だったようです。その空気が私的に
は、華光のカラーに反映されてると思いますが・・・、あんまり言うと
宣伝臭くなるのでいやですけどあくまで私見では、華光とS会(こちらは
、少ししか知りませんが)のカラーは正反対だと思います。また伊藤先生
が文学青年だったことが、会の同人会形式にも繋がってるように思います
(それにしても過去スレでわかったことだが、今の若い衆は、同人誌と言
えばマンガ同人誌しか連想できない様子なのには一寸ショック! 確実に
日本文化は変質してきていると思った)。
また、破邪顕正は華光会でもやっているとかありましたが、少なくとも私
の知る限りS会と同じような意味での破邪顕正なんてのは聞いたことないで
すが・・・。破邪の利剣は、仏様から私に向けられたものとの御法話をいた
だいた記憶はありますが・・・。
私は同人といっても別に幹部(そんな方がおられるかどうかは知りませんが)
でもないただの平ですのでこんなこと書いて他の同人さん方は迷惑してられる
かもしれませんが、あんまり私自身や私が知る関係の方について誤解が多かっ
たもんですかたつい、御容赦を。

258 :名無しさん@1周年:02/10/21 19:31
>>255-257
あんたのカキコはインパクトがあるんでね。
むつかしくて、ダラダラ発言するからね。
もう少し、要点を絞って端的に発言しろよ。
ひろゆきさんもそう言ってるだろ。

259 :元S改印:02/10/21 19:35
>>243
訂正スマン  ×刹那消滅  ○刹那生滅
>>248
私は、名無しさんにはお答えしない方針ですが「HNのある方」にはなるべくお答えしたいと思ってます。
ただ、スレの進行には流れがあると思っていますのでお返事するかどうかは
適宜当方が勝手に判断させていただきます。
217さんのご質問248もいかにもS会の現役さんが抱きそうな疑問ですね。
まあ、流れの様子をみてそのうちお答えさせていただきます。
ひさしぶりさんや祭り大好き!!さんなどがひょっとして回答されるかもしれないし。

ただ、一言だけ私見を申しますと念念の地獄一定の自覚と懺悔そして歓喜は
ご名号(仏心)をいただくまでは決して知ることはできないということを思い出してください。
そしてあくまでも「あなた」の地獄であり、私の地獄であり、各別ですよね。
無間地獄が実体的に存在してそこに落ちていくとお考えでしたら
あなたも室町時代の一般大衆の精神構造とあまり変わらないのかもしれません。
善因善果、悪因悪果はたしかに仏教の基本で、自己が知らされていき、悪果がくると
思うから地獄行きが不安になってきますよね。
しかし弥陀の本願ははそれ(信罪福心)を超越したところにあるのです。
まあ、とりとめのないことを書きました。まあ、八大地獄を知りたいのでしたら
○海さんがご指摘のようにまずご自分で往生要集を拝読することではないでしょうか。
小生も熟読、とはいえませんがだいぶ前に拝読いたしましたよ。
「刹那生滅」だってネット検索にかければ多分たくさん出てくると思いますが。
ところで私は決して教学通ではないですよ。私がお答えするとすれば、「私の見解」に過ぎません。
しかし、その見解は祖師聖人のご見解と異なったものでありたくないと願っています。
そして以前書きましたように五欲にまみれた在家の生活をしています。
このスレを見る時間にムラがあってなかなか書き込みできないのがつらいところです。
それゆえもし、ご質問なさる方があればレスの時間制限を設けられることなども
ご遠慮いただきたいところです。

260 :元S改印:02/10/21 19:35
>>255
〇ん?暴マンさん、私は以前別のHNでどこかで教えて頂いたこともあり感謝しております。
なお、「宝尋」の作者については御説もっともと思われます。
やや言い過ぎた点があったかもしれません。失礼な点お感じになられましたらご容赦ください。

261 :217:02/10/21 19:45
>横レスすまんが、その疑問は仏教の重要概念の「刹那消滅」
>の観点で理解できる(>>243)と元S会印さんは先に回答済
>みだろう。先ずそれについて倶舎・唯識でもしっかり勉強
>して、更に疑問が深まってから質問すべし。
>>251
勉強不足は否定しません。
私は、現在親鸞会に形だけ在籍する懐疑改印です。
私がなぜ、>>248のような質問をしたかというと、
本会の教義、特に本会の根本教義である、
「人生の目的は後生の一大事解決(信心決定)。
 そして、信心決定しなければ皆無間地獄に堕ちる。」
ということに疑問をもったからです。
にもかかわらず、「刹那消滅」などと言われても面食らうのみです。
そんなこと、犬鉄や本会の仔牛から聞かされてないことですしね。
私は、本会の教義(詭弁?)が本当か否かが知りたいだけです。
よって、貴方にかように高飛車に言われる筋合いはありません。
まあ、もっとも>>248は貴方に聞いているわけではありませんけどね。
>>元S改印さん
ということで、>>248お願いします。
あと、「刹那消滅」についてもお願いします。私初めて聞く言葉ですので。
私自身も自分でできる限り勉強して、s会の詭弁を見抜きたいと思います。
では、よろしくです。

262 :とある懐疑改印:02/10/21 19:47
>>259
私がカキコしている間に答えていただいていたのですね。
ありがとうございます。
じゃあ、私も質問する時はコテハンでカキコします。
でも、本会にばれたらやばいんですけどね。

263 :とある懐疑改印:02/10/21 19:51
>>259
了解しました。
ひさしぶりさんとか答えてくださらないかな。
あと、実はさらっとジャンヌで議論されているとか・・・。

264 :ある通行人:02/10/21 22:43
えーっと、昨日T森氏の新人決定体験についてあったので
私が以前話したことのある内容を書いてみます
聞いたことがある人もいると思いますし、『蘇れ殺魔』にものっていたと思う

敗戦後実家に帰ったT先生はだいの仏教嫌いだったのもあって医者になろうと思っていました
しかし両親たっての願いで龍谷大学に行く事になりました
そんなある日、クラスの友達との議論だきっかけで仏教に興味を持ち始めたんです
『死後はあるのか?ないのか?』ということでした
死後はあると主張する友人に対して、絶対にないと主張するT先生でした
しかしどれだけ知恵を絞っても自分には勝ち目がないように感じたのです
それと同時に戦死した戦友が死んだ後どこへ行ったのかを考えると恐ろしくなり
仏教の勉強をするようになりました
ある日、奈良の方に妙好人といわれる人がいるということで
電車に乗って尋ねて行った事がありました
朝まで真剣にその人の話を聞きましたがはっきりとしません
しまいにはその人から
「これだけ聞いてもはっきりしないということは、よほど宿善がないんだね」
と言われたのです
始発電車に揺られながら、京都に戻る途中比叡山を見ながら泣きました


265 :ある通行人:02/10/21 22:44
続きです

それから、求道に拍車がかかりました
両親には申し訳ないがたとえ一年留年しても言いから一ヶ月間わき目も振らず解決の道を求めよう
と思い真剣に求められました
さらにたとえ両手がなくなってもいいからこの一大事を解決をしたいと求められました
そして最後には、この一大事を解決できるならこの命も惜しくないと、ど真剣に求められたのです
そして阿弥陀仏のみ声が届いた一念に救われたのでした

ちゃんちゃん

とまあ、少しあやふやな点(奈良ではなかったような気がするのですが)がありますが大体こんな流れで話したと思います
これがうそ、と言うか盗作だったんですか?

そろそろ荷物をまとめた方がいいかもしれませんね
何か誤った点があったら教えてください
いちおうこれは私が以前聞いたことのある内容を別の人に話した内容です

266 :もとelle:02/10/21 22:46
>>253
そーなんですよね。っていうか、いきなり失礼しました。
彼らは、完全な二元論者たちの集まりですから。
組織的な問題もそこから派生していると思います。
だから、何をやってもダメなんですね。
スレ違い的な意見スマソ

267 :名無しさん@1周年:02/10/21 23:02
>>265
なんか雲をつかむような話だな

268 :ある通行人:02/10/21 23:20

もし、本当にS会とK会は違っていて、本当の親鸞聖人のみ教えはK会にはない
と言うのであれば、自分の体験をふまえて話してもいいのではないかと思う
「こうだから違うんですよ」てなかんじで

まあ、善智識を絶対視するS会のやり方だとこれは汚点以外のなにものでもないのかもしれないけれど

でも、先生の母は最初の頃は「どこでそんなおかしな教えを習ってきたんだ」と言っていたらしいということが
テープに残されているので、K会とのつながりをふまえたものであると推測できますね
でも、救われたらしいですよね、先生のお母さんって?

269 :ある減益:02/10/22 06:01
自分が地獄一定だ、と思っている会員さんは果たしているのか?
「地獄一定」は、信後でなければ知らされないではないか?
相対的に「地獄に落ちるだろう」「地獄に落ちるかもしれない」
「地獄に落ちるかなあ」「地獄に落ちるわけない」と見解に個人差が出ますよね。

信前の人は必ず疑心があるわけで、「自分が地獄に落ちる」ということに
さまざまなレベルの疑いが存在しますよね。
つまり、疑いをもちながらも求道していく、まあ二河白道の喩えなどが
あてはまると思うのですが、結局高森先生と心中する
覚悟で求めればいいってことになるような気がする。
でも、不信の信みたいなものをいだいて求め続けて果たしていいのだろうか。

ここで疑問。
歎異抄で「法然上人にならたとえ騙されて地獄に堕ちても後悔しない」
これは信前信後どちらの事なのでしょうか?
どなたかご存知でしたら教えてください。

270 :名無しさん@1周年:02/10/22 07:29
>>269 ひさしぶりは、
>歎異抄なんかも作者がわからないのに信じてるひとが
多いのですから、そっちのほうが害が多いんじゃない
ですか?
といっているが。

唯、例の「絶対矛盾的自己同一」と聖人の信仰を語った西田幾多郎は、
「世界が滅びて無人島に流れ着いたとした時、2冊の本を持っていけるとしたら、
自分は、歎異抄と臨済録を持っていく」と語ったという程、歎異抄を高く評価している。

271 :名無しさん@1周年:02/10/22 07:41
>>270 参考
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Cafe/4055/kitaro_nisida/jiten.htm

272 :会員一年生:02/10/22 11:01
質問です。
蓮如上人の
「仏法は世間の隙をかきて仏法を聞くべし」
とはどういうことなのですか?アルバイトがあるから部会にいけないと先輩に言ったら
この蓮如上人の言葉を出されて、アルバイト休めと言われたんですけど・・・。
親鸞聖人のアニメ見ていると、聖人自身が田植えをやったりしているので、
とても蓮如上人が
「仏法は仕事サボってでも聞け。」
という意味であの言葉を言われたとは思えないのですが・・・。

273 :名無しさん@1周年:02/10/22 12:34
>>272
「仏法は仕事サボってでも聞け。」ではなく、仕事の合間の暇を
欠いて聞けのお諭しでしょうね。そこから、転じて、仕事をやり
くりして、聞けとの意味で間違いじゃないでしょうね。
サボって聞けというのは少々行きすぎだが、親鸞会ではそのよう
に確かに教えていますね。少々調べてみますが。。。

274 :名無しさん@1周年:02/10/22 13:09
>>271
本スレより。
887 :不良学徒 :02/10/22 00:56
>>879
最小限に留めています。でも報恩講の御法礼10000は納得できん。
>>880
「勉強も一番、仏法も一番。」
これは最近になって、あまりに会の活動に熱心になりすぎるあまり、
学業がおろそかになって、留年を繰り返す学生会員が続出したことを、
犬鉄が悲しんで(怒って?)言い放った言葉です。
しかし、今の学担仔牛は学業をほっぽって活動してた香具師ばかりですからね・・・。
その点、若い学担仔牛ならまだ学業上の問題も相談に乗ってくれるのではと思います。
うちは30オーバーの学担だから、あんなとんちんかんな返答になったんですね。

その先輩犬鉄の教えに反してるぞ。

275 :名無しさん@1周年:02/10/22 14:06
しかし迷い人が多いなあ

276 :名無しさん@1周年:02/10/22 16:10
あんだって?

277 :名無しさん@1周年:02/10/22 17:18
しかしこれだけ経っても誰一人、
しっかり信心決定した人が出てこないんだよな。w
だから当たりのない宝くじみたいなもんなんだって。
早く分かれって。

278 :名無しさん@1周年:02/10/22 17:52
>>274
>「勉強も一番、仏法も一番。」
>これは最近になって、あまりに会の活動に熱心になりすぎるあまり、
>学業がおろそかになって、留年を繰り返す学生会員が続出したことを、
>犬鉄が悲しんで(怒って?)言い放った言葉です。
これは20年程前から言われていることで、留年の割合は昔の方が
多かったのではないでしょうか。つまり、20年間何も変わってい
ないということです。留年は求道者の勲章です。

279 :名無しさん@1周年:02/10/22 18:51
>>278
原液キター

280 :古い会員:02/10/22 19:58
勉強も一番、仏法も一番。
これができたいきさつも知らないのだな。
今はなき、会長の娘ムコ。文系の大学からがんばってG大の医学部に受かった。
その在学中に、会長に見込まれて、婚約。ところが、活動とがんらい理系の科目が弱かったため、きっちり留年。結婚延期。
すると、それまではほとんど勉強のことを言われなかったのに、急に勉強も一番。
つまり、他人が留年してもどうってことないのに、身内が留年するとかっこ悪いから、急に言われだしたと言うわけ。
それ以前は、もちろん仏教のみ一番。
馬鹿馬鹿しい、話だな。まったく。

281 :名無しさん@1周年:02/10/22 20:29
>>280
これはすごいね。
T森の実像はやっぱりここら辺にあるのかもな。

282 :ひさしぶり:02/10/22 21:04
ちょっといま忙しいので詳しいレスは後ほど
させていただきますが、大変な間違いを言っている
人がいるので、ひとことだけ。

>>199
> >確か疑情=謗法でしたよね

私はこんなことは言っていません。どの文を読み違えたかは
だいたいわかりますが、大間違いですよ。

それ以外の話も、祭りさんの見解は
本願寺(少なくとも反論文を書いた人達)の見解とは
かなり違うものです。
杉師の文章も載せましたが無視していますね。
あなたのような解釈をしている学者があるなら
名前をあげなさい。
あなたは本願寺関係なんですか?華光ですか?だれがこんな解釈してるのですか?
正直言って、言葉尻つかまえてうだうだ言ってるだけで罪作ってるだけですよ。

また後日詳しく書かせていただきます。





283 :名無しさん@1周年:02/10/22 22:02
ひさしぶりって結構傲慢だな。ひょっとして原液バリバリ会員なの?

284 :祭り大好き!!:02/10/22 22:30
>>282
はて、前スレの>438で、私の質問
>・・・法を知って誰も説かないことが(もちろん、出家在家とも)
 ただちに謗法だという経典上の根拠はあるのですか???

に対するあなたの答えが、

>仏智疑惑が罪だと言っております。・・・・

とあったので、てっきりあなたの解釈では、仏智疑惑(=疑情)=謗法
なのかと思ったのですが読み違いですか?? それでは、疑情=謗法で
はないということですか?? それでは、上記の質問に改めて答えても
らいたいですね。法を知っていて説かないことが(もちろん、出家在家
とも)ただちに謗法だという経典上の根拠はあるのですか???
今度こそそらさずに答えてもらいたいですね。

285 :祭り大好き!!:02/10/22 22:54
>>282の続き
本願寺と見解が違うとのことですが、前にも書いたように現在では
、独裁的な教義裁断権を持った方もおられないし、本願寺の人は、
みんな金太郎飴みたいに同じ説なんでしょうかね? 江戸時代でさ
え、いろんな学派があったのに。反論書を書かれた稲城専慧先生と
か山田行雄先生とか故・灘本愛慈先生とか紅媒英顕先生とかの御著
書は、一部は読ませていただいてますが全部は読んでおりません。
杉先生のは全く読んだことありません。それらの先生方の説には、
同意の部分と考えの違うところがありますね。本願寺の先生にもいろ
んな説や考え方あると思うんですが違いますか?? まして大谷派の
先生とか仏光寺派の先生なんかには、随分違う解釈もあるようですが。
私は、一介の在家で仏法を求めさせていただいている者であり、プロ
の教団関係者じゃありません。真宗系寺院の門徒でもありません。プロ
の先生とかだったら伝統教学を重んずる宗派、例えば本派などでは、相
伝が重要だと思いますが、素人求道者にそんなものいるのですか?? 
私は、一介の仏法を聞かせていただいてる在家者として質問させていた
だいてるんですけど、何か???


286 :祭り大好き!!:02/10/22 23:23
>>282B

その前に>>284訂正   私の質問部分のうち「誰も」は削除。

本願寺の人と随分違うってのは、もしかして定観成就と念仏三昧
のこと言ってるんでしょうかね? あれについては、定観成就を、
第九真身観にとる説と、経文通り第八像観にとる説とがあるくらい
は知ってますよ。像観で十六観を代表させているとかね。仏教の通
規からいうと、定観の根本は、真身観ですよね? いづれの説によ
りましてもひさしぶりさんの言うような、弘願に入る前に実機を
知るために、必ず修行しなければならない観念観法の方法だという
説は聞きませんが、ひさしぶりさん流の観経の読み方だと「観門を
もって方便の教とせるなり」はそういう解釈になるんですよね??





287 :名無しさん@1周年:02/10/22 23:30
>>264,265
キリスト教神学では、キリストが説教をした場所、死体を包んだ布の真偽などが、
時を経た現在では、論争の種になっている。
読んだ限りでは、本当に雲を掴む様な話だけれど、御存命中のT先生に何故、後世に伝える記録が
ないのだろう。

>ある日、奈良の方に妙好人といわれる人がいるということで
電車に乗って尋ねて行った事がありました

例えば、この妙好人がどの様な人物か、海員の中で知っている者って殆どいないんじゃないか?

288 :名無しさん@1周年:02/10/22 23:55
>>265
そして最後には、この一大事を解決できるならこの命も惜しくないと、ど真剣に求められたのです
そして阿弥陀仏のみ声が届いた一念に救われたのでした

これだけで終わってしまう話も、将来は ↓ みたいな、世界の歴史的研究対象になるかもしれないのに。

http://www.infoaomori.ne.jp/~yappi/w.history/100kodai/119chichukai9.html

289 :名無しさん@1周年:02/10/23 01:03
>>288
この命も惜しくない→自力→捨て物
ど真剣→自力→捨て物
何故かそれを強調する会長w

290 :ひさしぶり1:02/10/23 03:06
明日はないかもしれないので
お答えしておけることには
しておかないといけないでしょうねえ。
やっぱり。

>>730
>信前に法を知ることができないことに何故こだわる
かといえば、仏智疑惑心があるあいだは、御本願を全く知ることは、
できないからです。理解と信は、全く別ものです。

理解できることは御自分でも認めておられるのですから、
「知ることはできない」というのは「信じることはできない」
という意味で使っておられるわけですよね。


291 :ひさしぶり1:02/10/23 03:09
故法然上人の仰事ありしは、「三心を知れリとも
念仏せずばその詮なし、たとい三心を知らずとも
念仏だに申さば、そらに三心は具足して極楽には
往生すべし」と仰せられしを.....(後世物語聞書)

あなたは信前には「知ることはできない」といわれたので
「知る」というのは必ずしも「獲信」のことを言われるのでは
ない、という根拠として出しているのです。



292 :ひさしぶり3:02/10/23 03:10
「未信に気づきながら、平然としてあるというのは
まじめな態度ではありませず........未だ全分の御恩は
感じませぬでも、すでに仏法を求むる意になっただけ
でも、広大な御恩でありますから、称名は申すにおよばず
その他のことも報恩の心得からせねばならぬと思います。」
(杉師)
「知らない(信じていない)のだから人に話せなくて当然」という
態度はまじめな態度ではありません。仏法を理解して求める
心になったことは如来聖人から多大の御恩を受けているの
ですから、報恩のこころから、知っていることを少しでも
お話して御縁を深めていただくのが正しい信前の聞法
求道の姿です。
信心獲得したものでなければ、人にお話できない
というのであれば本願寺の誰が説法できる、という
のですか?


293 :ひさしぶり4:02/10/23 03:12
疑情は信前のものは誰でも持っていますが
それを三業に出すかどうかは、宿善によります。
疑いを持っていても宿善のあつい者は信じる
気持ちが強いから、身業や口業にはだしませんし
はじめは意業でも気づかぬこともあるでしょう。
宿善開発が近くなればなるほど、疑情の影が
意業にちらつくのでおそろしい心が知らされ
自分の罪に恐れるのです。
仏法を教えていただいた御恩も知らず
讃嘆の場や伝えるべきひとがいるところでも
「理解しているにもかかわらず疑って話しない」のは
それ自体が身体で法を謗っているのです。

たとえ信前であっても御恩を感じて御縁のある方を
お誘いするのが、その行為自体が悪であるはずが
ありません。
疑情=謗法なんて私は言っていませんよ。


294 :ひさしぶり5:02/10/23 03:13
>>193
>何故「物を分別し」が「(真如・無為法の)真実の法を知る」の意味
になるのかも再度お尋ねします。

誰がこんなこと言った?「知る」という言葉は必ずしも信後のこと
を意味しない根拠は先に出したとおり。

>>198
>「18願の誘引する方便」といってみたり、
「諸行往生の方法(方便)」といってみたり・・・。

ひとの言葉尻のケチつけるのがすきだねえ。
「定善の観法が極楽浄土を見る方便」という使い方を
「山辺師赤沼師」もしているからケチつけてみたら?

衆生の取る方法が仏さまの導きとは違うということ
ですかね。私は仏様の方便に従っただけですが
あなたはほかのことしたのですか?


295 :ひさしぶり6:02/10/23 03:14
>>200
>逆悪の機にはできないことを知っ
ておられながら実機を知らせるためにさせられる、18願に導くための
方便の三昧ということになるのですか??? 

「観経の定散諸機は、極重悪人唯称弥陀と勧励したまえり
濁世の道俗よく自らおのれが能を思量せよ、となり」(化土巻)
定散ニ善のできる者などおりません。
やれると思っているものにはやらせてみてできないことを
知らされる善巧方便です。

>>201
>その信心といふは、『大経』には三信と説き、『観経』には
三心といひ

観経の三心と大経の三心は「顕の義によれば異なり
彰の義によれば一なり」(化土巻)でありますので
彰の義について言われたお言葉ですね。


296 :ひさしぶり7:02/10/23 03:15

>仮門から時系列的に
経巡らなければならないなんて教導されていたんでしょうか??

仮門を通らずにどうやって本願を聞き開くというのか
こちらがお聞きしたいですね。
仮門というのは仏教自体のことですよ。
宿善もなく罪悪も知らないし後世も仏様のおられることも
理解もできないし知らない。当然本願のいわれも
しらない。本願も知らない。そんなひとがどうやって
救われるのですか?

仏教を聞いて「浄土に生まれたい」という心が起こるから
「善いことを回向しよう」とか「念仏を回向しよう」という
定散心がおきるんじやないですか。
自力は捨てものですが、仏縁がなければ
ただの疑いとしての形しかとらないものが
「自分がなんとかして浄土に生まれたい」という定散心
の形になってイダイケにあらわれたから釈尊は
微笑されたのですよ。
この心がなければ当然聞法心も起こりません。
聞法心のないものは救われません。



297 :ひさしぶり8:02/10/23 03:16
>>202
>19願は正しい方便ではないのですか?

「智慧と方便とは是れ菩薩の父母なり、若し智慧と
方便に依らずば菩薩の法すなわち成就せざることを
知るべしとなり」(証巻)
だから智慧が必要と仰っているでしょう。
真実(智慧)あっての方便なんですよ。
18願の説かれていないところで19願修めても
「出離その期なし」になりますから、迷い道だと
言ったのです。本願寺で18願が説かれていますか?

>正しい方便を歩ませていただいていても、智慧がないから

じゃあ、あなたの智慧と方便は離婚でもしたのかね。
真実に対しての方便でしょ。方便だけ正しいって何?

>「合点」=「自力信」説のお聖教上の根拠
合点と言う言葉はあなたが使った言葉ですよ。
「知る」ということでしたら回答済み。


298 :ひさしぶり9:02/10/23 03:17
>>223
>次生に生まれ変る前に観音菩薩の臨終
説法があって。

獲信できるか、どうかは宿善まかせです。

>>235
>お聖人は修善を実行なされようとはなさったと思います。

これを要門といいます。真実の善ができるものは
おりません。

>>236
>祖師聖人が捨てよといわれ、嫌われた雑行なのです。

雑行=諸善か否か。お答えください。
まったく同じなら信後も諸善は雑行であるはずですが。 


299 :ひさしぶり10:02/10/23 03:18
>>237
>会に財施しなさい、とかはお勧めしません。

「御縁が薄くて仏とも法ともわからないひとに
お話する」ことも信前であれば当然雑行であることは
おわかりですよね。善ですから。

>>239
>いつ私が要門を通らずに弘願に入れる道を聖人が教えられた、などと
いいましたか?

要門を通る必要があるということでしょうか?
ご自分の立場をはっきりさせてください。

>>242
>東条英機も。

回答済みであります。


300 :ひさしぶり11:02/10/23 03:19
>>261
>信心決定しなければ皆無間地獄に堕ちる。」
ということに疑問をもったからです。

あなたの堕ちる地獄と私の堕ちる地獄は
異なるということは判りますか?
それぞれの人の業界のことですから
あなたの行き先はあなたにしかわかりません。
ただ祖師聖人は「一生造悪」と言われています。
あなたはどうなんでしょうね。

>輪廻の闇に沈まなければならない、
という意味ですね。地獄とはいわれていません。
>「刹那消滅」という観点から解決可能ではないでしょうか。

一体どこへ行くつもりなんですかね。
「観点」で後世の苦が抜ければこの世は
何の苦もないはずですが。


301 :名無しさん@1周年:02/10/23 04:14
ひさしぶりさんも
犬鉄が法話で差別発言した時、まわりと一緒に笑ってるんですか?
あれは、和顔悦色施というより、笑う連中(犬鉄も含め)
の知性の不足だと思うのですが。

302 :名無しさん@1周年:02/10/23 07:39
>>301

「おまえは知性不足だ」といわれるあなたの言葉遣いは、
人をあざける、差別発言に匹敵する言葉だとは、思われませんか。
自分のことはお互いわからないものですね。

303 :名無しさん@1周年:02/10/23 09:06
差別発言が前回の共学抗議でのことを指しているなら誤解を解きます。
あれは、顔かたちが違うように同じ体験はない、という文脈で、
アフリカ人は同じ顔に見えるのでないかと思われるかもしれませんが実際は違う。
逆に彼らが日本人をみれば同じに見えるでしょうといったのです。
またいざり発言もこれは差別発言かもしれませんがのようなことを前置きしています。
しかもそこでは笑いはなかった。
ただし氏が差別論者であることは確かです。そしてその差別思考の根元は学歴コンプレックスにあります。
しょうまのことばを「お」言葉といったK玉に対して、
彼は字の縦横もわからんかったもんやから「お」はいらんといい、君(K玉)の方が偉いといっています。

それにしてもひさしぶりはいけすかないね。

304 :名無しさん@1周年:02/10/23 12:11
:ひさしぶり
そういえば、昔、ただの歎異抄好きでS会じゃないって言っていた人に、
杉師杉師と〇〇の一つ覚えみたいに言っていた人がいたなー。
それってひさしぶり氏でしょう。
杉師なんてマイナーで知らないよって思ったものだけど、結局、
やっぱりS会だったんだね(藁。

305 :名無しさん@1周年:02/10/23 13:39
>>303
「いざり」発言は前回の狂学講義のときは前置きがあったが、
それは、前も(1年前くらい)同じ発言があって、多分会員から指摘されたからだと思います。
実際、1年前の御法話(富山でだったと思う)でそういう発言があり、
しかも、そのときは笑いがおこりました。

306 :名無しさん@1周年:02/10/23 14:12
>>302
原液、揚げ足取り必死だな(w

307 :祭り大好き!!:02/10/23 15:03
それにしても、ひさしぶりさんは、こんな夜中にカキコとは、PC開いてみてビックリ!
そう言う自分も明るいうちからのカキコだが(PM休暇リフレッシュでーす)・・・、
まあ不真面目な会員自称するだけありますな。その割に他人の態度責めている感じだが
>>292)、引用文だから本人の意見じゃないのかな??
>>290-291 >>294
理解と他力信が別なのは当然ですが、出世の法を自力で知ることができるのと、凡夫の
単なる理解とも別ではないでしょうか?。繰り返しますが、聖道自力や、定散諸機自力
の「知る」と「理解」は違うのではないですか?? 仏教では、分別は通常迷妄の世界
を表し、虚妄分別(新訳では、偏計所執性)ともいいますね。自力の三心(至誠心・深心
・廻向発願心)というのは、我々のような荒い凡夫の単なる理解のことですか??? 全
く次元が違うんじゃないですか??? 尚、信は信知とも言われますね。


308 :祭り大好き!!:02/10/23 15:19
>>292
>信心獲得したものでなければ、人にお話できない・・・
そんなこと言ってませんよ。できるもできないもその人の
業次第で、話する人もあれば、しない人もおられるでしょ
うしその人の自由でしょう。あなたが、「出家在家を問わ
ず法を知ってしかも説かない」ことが謗法だと言われます
ので、その根拠は何か???とお尋ねしているのですよ。
その経典上の根拠を繰り返しお尋ねします。
尚、私は、杉、山沼、赤松の三師の著書を読んでませんの
で御引用の文の前後の文脈などを計りかねます。あなたは
、その三師に全面依拠されているのですか??



309 :祭り大好き!!:02/10/23 15:30
>>293
三業のうちでは、意業が一番重いのじゃなかったですか? また
知って造る罪より知らずに造る罪の方が重いとも仰ってましたね
? 疑っていても意業でも気づかず、知らされずに信じる気持ち
が強いつもりになっているのは謗法ではなく、疑っていて法がわ
からないので伝え(られ)ないことは、身体で法を謗っているこ
とに何故になるのでしょうか???


310 :祭り大好き!!:02/10/23 15:38
>>294
>私は仏様の方便に従っただけですが・・・
如説修行は、聖道門の教えでは?(『妙法蓮華経如来神力品
第二一』) あなたは、自力で仏様の方便に従える機根です
か?? 私は違いますけど。

311 :祭り大好き!!:02/10/23 16:07
>>295
あなたが、>>181で言われる19願から18願に誘引される
定善散善のできる定散の機」は実在しないというのですか??
そんな実在しない機の為にどうして「顕の義」が説かれたの
ですか?? また親鸞聖人は「『真実功徳相』は、二種の功徳
あり。一つには有漏の心より生じて法性に順ぜず。いわゆる凡
夫人天の諸善・人天の果報、もしは因、もしは果、みなこれ顛倒
す、みなこれ虚偽なり。このゆえに不実の功徳と名づく。二つに
は、菩薩の智慧・清浄の業より起こりて仏事を荘厳す。法性に依
って清浄の相に入れり。この法顛倒せず、虚偽ならず、真実の功
徳相と名づく。・・・・」(『教行証門類・行巻』)といわれて
凡夫・人天の他に無漏の清浄業で善根ができる菩薩の存在をお認
めですが。そんな菩薩様ですら実報土への往生は自力疑心がある
間は、辺地化土に生じ、疑城胎宮に留まると教えられているので
はないでしょうか????

312 :祭り大好き!!:02/10/23 16:11
>>311訂正
誤り  実報土への往生は自力疑心がある間は、
正解  実報土への往生は自力疑心がある間はかなわず、




313 :祭り大好き!!:02/10/23 16:26
>>295続き
あなたの弘願に導くの解釈によりますと、定散諸善
と同様に観門もわれわれ泥凡夫に実機を知らせる為
にさせられる方便になるのでは?? 聖人は、何故
わざわざ定観についてあげられているのですか??
無意味にあげられているのですか???

あと顕彰隠密があるのは釈尊の御説法にあるのでは、
ないですか? 親鸞聖人はそう釈されたのですよね
。親鸞聖人や蓮如上人は御自分も、定散諸機の為に
「顕の義」で教導されていたのですか?? われら
「在家止住」の為に、「彰の義」の弘願真実を説か
れていたのではないですか?? 蓮如上人が「顕
の義」によって三経が異なると教導された個所は
どこでしょうか???


314 :祭り大好き!!:02/10/23 16:37
>>296
そんな無仏無法の極悪人でも他力信心一つで一念にお救いが
いただけるから「不可称・不可思議・不可説の誓願」なんじゃ
ないですか??? それに仏様の照育(宿善)は、十劫正覚以
来ですよね??


315 :祭り大好き!!:02/10/23 16:48
>>297
智慧が無いというのは、私には智慧がないから仏智廻向の
御方便にも迷っているということですよ。
>18願の説かれていないところで・・・・
そんなところが、法界のどこにありますか??? 18願は
響流十方じゃないんですか??? 阿弥陀様は、今私に対し
て現在説法してくださっているのではないですか?????

316 :祭り大好き!!:02/10/23 17:03
>>292に追加
しかし、われわれ一般在家が人に御法のお話をするのと
「説法教化」とは違うんじゃないでしょうか??

>>295に追加
ひさしぶりさん的には、定散諸善が実機をしらせるために
させられる方便というのは「彰の義」でしたよね? 私が
>>201で挙げた『御文章一帖十三』の御文は「彰の義」に
ついて言われた言葉ということはこの御文の意味は、そう
いう意味なんですか???

317 :祭り大好き!!:02/10/23 17:14
>>297に追加
>合点という言葉はあなたが使った言葉ですよ。
それでは、前スレ>439の合点=自力信説は、
取り下げられたと解してよろしいでしょうか??

318 :名無しさん@1周年:02/10/23 23:47
>>303
庄松は、字の縦横もわからん者だったかもしれんが、庄松の言動には、「親から戴いた信心の智慧」が顕れていた筈だ。

「浄土参りは、己らの話より如来さんの喚声を聞け」

「己が本願つくりたでなし、助けてやるを持っているでなし、なにも聴かせるようなものはない、
己らやお前を生まれさせずば、正覚をとらぬと誓いをたてた仏が今ここに正覚とりてあるじゃないか。
これでも不足なのか」(信者めぐり)

と信者を教化した『善知識の尊い一人』ではないのか。
漏れは、この発言をした者の真意がどうしても判らないんだが。
         ↓
しょうまのことばを「お」言葉といったK玉に対して、
彼は字の縦横もわからんかったもんやから「お」はいらんといい、君(K玉)の方が偉いといっています。       

319 :名無しさん@1周年:02/10/24 00:04
ある日、奈良の方に妙好人といわれる人がいるということで
電車に乗って尋ねて行った事がありました

この方は、どうなんでしょう?

320 :名無しさん@1周年:02/10/24 00:35
親鸞学徒たちよ、これでも読め。

人は何のために生きてるの?
http://life.2ch.net/test/read.cgi/utu/1033570898/


321 :名無しさん@1周年:02/10/24 00:44
親鸞聖人が尊敬された加古の教信沙弥は、生涯、身は乞食の様に貧しい身なりをされていたという。
聖人が尊敬されたのは、「教信に顕現された念仏の姿」なのであって、その他の事はきっと、
とるに足りない事だったのだろう。

322 :原疫です:02/10/24 03:49
高森先生の発言に対してとやかく言っている人たちがいるようですが……。
あれはほんの話のあやなのです。高森先生に悪意はありません。
後生の一大事に比べたら、差別発言なんて些細なことです。
批判のための批判はやめてください。
揚げ足取りはあなたたちの方でしょう。
ひさしぶりさんもそう思いますよね?

323 :新卵会、その十年後:02/10/24 05:16
新卵会誨淫に尊敬される善智識M晴聖人は、
生涯ゴージャスな暮らしをして他人にも勧め、
誨淫の浄財をより巧妙に吸い上げる方法を開発され、
新卵会の教義に密教を取り入れられて「性の自由化路線」に改革断行なされ、
次々と高級外車を乗り回されていたという。
M晴聖人が尊敬されたのは、
「不倫発覚という逆境をいかに正当化し、克服してきた姿」なのであっ
て、その他の事はきっと、
とるに足りない事だったのだろう。

324 :名無しさん@1周年:02/10/24 06:17
あれはほんの話のあやなのです。高森先生に悪意はありません。

悪意などは勿論なかったろうが、庄松は「阿弥陀に救われた善知識」の一人でおられる事には
変わりない。


325 :名無しさん@1周年:02/10/24 07:37
>聖人が尊敬されたのは、「教信に顕現された念仏の姿」なのであって、「字の縦横もわからんもんやから」
っていうのは、きっと とるに足りない事だったのだろう。



326 :名無しさん@1周年:02/10/24 07:43
>高森先生の発言に対してとやかく言っている人たちがいるようですが……。
>あれはほんの話のあやなのです。高森先生に悪意はありません。
>後生の一大事に比べたら、差別発言なんて些細なことです。
>批判のための批判はやめてください。

お前狂ってるね。いかに後生の一大事解決とはいえ、
差別発言が正当化されるわけないだろ。
もし、御法話会場に該当者がおられた時、
その人がどう思われるか考えたことあるのか?
殺人がどんな理由でも正当化されないのと同じように、
犬鉄の発言も正当化し得ないのだ。
お前みたいなこと言う香具師はさっさと後生に飛び込んじまえ。

327 :名無しさん@1周年:02/10/24 15:38
>>324
>庄松は「阿弥陀に救われた善知識」の一人でおられる

これどこのだれが言ってんの?


328 :祭り大好き!!:02/10/24 18:14
>>308訂正  
誤り  杉、山沼、赤松の三師

正解  杉、山辺、赤沼の三師




329 :元S改印:02/10/24 19:08
>>298
>これを要門といいます。真実の善ができるものはおりません。

その通りです。
ただし、信前にまず要門を頑張って励みなさいという見解は
聖人のご見解とは違うと申しているのです。
ご名号を頂いて仏智を獲た結果、「真実の善ができる衆生はいない」
こと、自分がかつて要門にいたことを身をもって知らされるのです。

>>299
>要門を通る必要があるということでしょうか?

親鸞会は信心決定するためにはまず「要門」を通る必要があると主張します。
私の見解はそうではなくご名号を頂いた結果としての仏智によって「自分が
要門から真門を通って弘願に入ったこと」を祖師は身をもって知らされたと
ご表白なされたのが三願転入のご文であると主張しているのです。
ですから頓機のかたで今生でいきなり真門→弘願というコースがあった
としても別に聖人のみ教えとはなんら矛盾していないと考えます。
山辺、赤沼師の「講義」のどこかにあなたの主張する「信前のものが
信心決定するためにはまず「要門」を通る必要がある」と述べている個所は
みつかりましたか?

330 :元S改印:02/10/24 19:10
>>296
>宿善もなく罪悪も知らないし後世も仏様のおられることも理解もできない
し知らない(略)そんなひとがどうやって救われるのですか?

>>293(「横レス)スマン)
>宿善のあついものは信じる気持ちが強いから

驚きですね。
私は、仏様でなければ「他人の宿善」を知ることは不可能であると理解
していたのですがあなたは宿命通のような超能力があって「他人の宿善」
を知ることができるのですか?それともお聖教に根拠があるのですか?
お示しください。聖人はご自分の求道を信後に振り変えられて「宿縁」
(阿弥陀如来、三世諸仏のの善巧方便)とおっしゃったご文はありますが
信前に宿善をあつくしようとして諸善に励んだという意味のご文はある
のでしょうか?

331 :元S改印:02/10/24 19:11
>>293(「横レス」スマン)
>その行為自体が悪であるはずがありません

かつて親鸞会の会長は座談会において
「破邪顕正をしない人は聴聞に来るな」という趣旨の発言をされていた
のを私の古い聴聞録に見つけることができますが、
あなたはこの親鸞会の見解を是認されますか?
もし是認されるのならあなたの見解を理解するためにつぎの質問に
お答えいただけますか。
1)破邪顕正は信前の者が信心決定するために必須の行ですか?
必須の行ではないのですか?
2)(あなたではなく)他人が親鸞会に所属しなくても獲得できる可能性
をあなたは認めますか?認めませんか?
3)あなたのお考えを伺うに、「衆生往生の因行は願成就の御名号である」
という見解を否定されているように思われるのですが、どうでしょうか。
この考え方を是とされますか?否とされますか?

332 :元S改印:02/10/24 19:14
>>298
>雑行=諸善か、否か。お答えください。
>まったく同じなら、信後も諸善は雑行であるはずだが。

>>298
>「御縁が薄くて(略)」ことも信前であれば当然雑行であることは
>お分かりですよね。善だから。

これの御質問にお答えする前に、あなたのお使いになっている「雑行」
の言葉の定義が混乱している可能性があるので念のために確認しておいて
からご返答したいのですがよろしいでしょうか。

「雑行」とは「阿弥陀仏以外のことが書かれた経典などを読む」読誦雑行、
「阿弥陀仏以外の仏、菩薩、諸神などを思い浮かべる」観察雑行、
「阿弥陀仏以外に礼拝する」礼拝雑行、「阿弥陀仏以外の仏、菩薩、諸神など
の名を称える」称名雑行、「阿弥陀仏以外の仏、菩薩、諸神を思い浮かべる」
観察雑行、「阿弥陀仏以外の仏、菩薩、諸神を讚嘆供養する」讚嘆供養雑行、
そしてしばしば「お菓子箱の譬」などで説明される「心がけの悪い」諸善万行、
以上六つでよろしいですか?それとも違っていますか?違ってましたらご指摘
いただけますか。この「雑行」の意味の確認後にレスしますのでよろしく
お願いいたします。

333 :元S改印:02/10/24 19:15
>>300
>>そのご不審は刹那生滅という観点から解決ではないでしょうか?
>一体どこへ行くつもりなんですかね?
>「観点」で後生の苦が抜ければこの世は何の苦もないはずですが。

ほほう。ひさしぶりさんは「刹那生滅」の観点は仏教でない考え方、
あるいは浄土教と相いれない立場であると認識してよろしいのですか。
ちなみに、誤解を招く表現を(故意に?)されておられるので申して
おきますが、小生は、後生の一大事を解決する方法は仏願の生起本末を
聞いて円融至徳のご名号を頂く一つである、と以前から強調している
ことが御存知ですよね。
「刹那生滅の観点」によって後生の苦が抜けるとか、後生の一大事が
解決できる」などとは決して申しておりません。
私に「必堕無間」等について質問された方がおられたのでその理解の
一助となるかと思い、仏教には「刹那生滅」という概念があることを
(あなたに対してではなく)その方にご返答したのですが何か?

334 :元S改印:02/10/24 19:29
>>330
訂正スマン

×私は、仏様でなければ「他人の宿善」を知ることは
○私は、仏様でなければ「(信前の)他人の宿善」を知ることは

335 :祭り大好き!!:02/10/24 20:59
>>295に更なる追加
>「観経の定散諸機は、極重悪人唯称弥陀と勧励したまへり・・・」この御文の意は、観経の対機として説かれている定散諸機の実義を
明かそうとされている御文ではないでしょうか? その直後に「顕彰隠密義」の説明が続いていることでもわかりますね。観経の表面
上の説相では、定散諸機とされている救済の対機を実義は、無他方便の極重悪人が対機であることを明かして、「観経」「大経」両経
の趣旨の一致を説いているのではないですか?? 穏彰の御文で悪人往生の機たることが彰されてることからもわかりますね。従って、
「顕彰隠密」で言えば「顕の義」(釈尊の方便の意)では→「定散諸機」
「彰の義」(釈尊の本意)  では          →「極重悪人」で
源信僧都の「『観経』に云く、極重悪人他の方便無し。唯弥陀を称すれば、極楽に生まることを得と」(『往生要集・巻下本』)の御文に基づき、
釈尊が観経を説かれた本意(実義)も大経同様18願=御本願(王本願)=弘願を説かれたことであると解釈されているんですよね。従って実義
=「彰の義」からわれわれに対する御方便は、18願の「唯弥陀を称せよ」であることは明らかじゃないですか??? それが何故定散諸善がわれわれ
に対する方便になるのですか?? 「定散諸善は方便の教たることを顕すなり。」というのは、「『彰の義』から言えば、観経の定散諸善は、釈尊が方
便の教えを定散諸機に説かれて調機教導されているのだ。」の意味じゃないですか??? ここでの方便は無他方便の弘願ではなく19願のことですよね??
三願転入は、我々に対して、方法論を教えられたものでなく、自らが方便(19願)
に迷われて来たことの表白じゃないですか???













336 :名無しさん@1周年:02/10/24 21:20
>>327
庄松は生前は身業説法で、死後は言行録で、永年多くの人々に如来大悲の恩徳の素晴らしさを、
教えてくれているのではないのか?
これどこのだれが言ってんの?
    ↓
しょうまのことばを「お」言葉といったK玉に対して、
彼は字の縦横もわからんかったもんやから「お」はいらんといい、君(K玉)の方が偉いといっています。

337 :名無しさん@1周年:02/10/24 21:26

336はどちらが法謗罪になるのでしょうか?

338 :名無しさん@1周年:02/10/24 22:33
>>323

きっと、「わしと関係を持てば宿善が厚くなるぞ」
といって、あらゆる女性誨淫に迫るような気が・・・
男には、M晴好みの女を連れてくることが求道だぞってね

339 :名無しさん@1周年:02/10/24 22:36
取り繕っていない、「ふっと出た言葉」に真実が現れるということもあるヨ。

340 :祭り大好き!!:02/10/24 22:44
>>335の続き
改行おかしくなってスマソ。舌足らずになり、文意を損ねてしまったので補足
しますと、「観経の定散諸善は、極重悪人唯称弥陀と勧励したまへるなり。」
の御文は、前からの疑心往生=化土往生の御文を受けて、観経における釈尊の
真意(実義)は、極重悪人唯称弥陀、無他方便であるから定散諸機も自力諸行
への執着を捨て御本願に帰し唯称弥陀でなければ実報土往生はかなはないこと
を強調され弘願念仏を勧められているわけですね。善導大師の言われる「上来
定散両門の益を説くといえども、仏の本願に望むるに、意、衆生をして一向に
もっぱら弥陀仏の名を称せしむるにあり。」(『散善義・付属釈』)の御心を
述べられた御文ですね。


341 :名無しさん@1周年:02/10/24 22:48
  

342 :名無しさん@1周年:02/10/25 00:06
ひさしぶり氏にさんざん答えさせておいて、
「で、どうしてそんな正しい親鸞会が胡散臭い活動を?
 それともあの活動の仕方や、不倫やらも正しいのかい?」
と小一時間問い詰めてゆく作戦なのかな、と言って見るテスト
枝葉の議論と返してきたら「今話している事すべて枝葉では?
何しろ我々の本来の議論は”悟る”ことだが、それが自力では
為しえない事を前提にしているのだから」と返す作戦。

343 :名無しさん@1周年:02/10/25 00:24
>>342
どーだろ。
そーいう見方もあるかもね。
漏れは、祭り大好き氏と元S改印氏は親鸞会の矛盾点を
1)三願転入
2)正行、雑行、諸善
の解釈において浮き彫りにしようとしているようにみえるけどね。
平行線のような気もするが誰か解説してくれ。

344 :祭り大好き!!:02/10/25 06:44
>>340
訂正
誤り   「観経の定散諸善は・・・・・」

正解   「観経の定散の諸機は・・・・」

345 :祭り大好き!!:02/10/25 18:38
ひさしぶりさんに追加質問

現時点では、ひさしぶりさんの解釈が親鸞会説に全面依拠したものかどうか確認
してませんが、そうだとして質問します(違ってれば反論キボン)。
ひさしぶりさんや、親鸞会がよく言うことには、雑行を捨てよと言われるのは、
その(その功力で救われようとする)心がけが嫌われるのであり、そのものがら
自体は善行だから勧められているというのがあると思います。先ず、親鸞聖人ら
各祖師が仏教として勧められているのは、出世の果報すなわち往生成仏に対する
行ですよね? 人・天の果報や、世間の福徳ではないですよね。ということは、
目的に応じた行があるということです。往生成仏に応じた善行として聖人は、自力
諸善は廃捨することを勧められています。なぜなら自力無効だからです。何故無効
かと言えば(自力の)教行とわれわれの機が相応してないからです。教機不相応な
ら、所期の証果(出世間で言う楽果)は得られず、かえって苦果(悪果)の因になっ
てしまいます。この辺を確か『白い道』にも「明遍僧都(高野聖の祖ともされる方)
が、夢に四天王寺で法然上人が、餓えた人に普通の食物でなくお粥かなんか流動食を与
えているのを見て、偏執の誤解を解いた。」という逸話が引用されてた(うろ覚え)と
思います。雑行を捨てよ、と言われるのは、能修の機に約して(実践主体の視点に立っ
て言われているのであって所修の体に約して(実践される客体の側から)言われている
のじゃありませんよね。善行の体そのものはわれわれの実践の有無に関らず法界に遍満
するから捨てるも捨てないもないですよね。上の喩えからは普通の食物が自力の善行に
当たります。親鸞会流の諸善の勧めは、上の喩えで言えば、「餓えて胃が縮み、普通の
食物を受け付けられず食べたら死ぬけれども食べることができると思っている人に普通
の食は食べられなくて、流動食しか食べられないことを知らせる為に、食べたら死ぬこ
とがわかっている普通の食物を与えているということになり上記の引用とも矛盾するの
ではないでしょうか????


346 :祭り大好き!!:02/10/25 18:42
>>345
訂正
誤り  『白い道』
正解  『白道燃ゆ』

347 :名無しさん@1周年:02/10/25 19:00
真宗で「雑行を捨てよ」といわれる真意については、「体質を問う」
「なぜ答えぬ」と、

http://homepage2.nifty.com/shinran/

これで決着済み。

348 :祭り大好き!!:02/10/25 19:11
>>285訂正
誤り  稲城専慧先生
正解  稲城選恵先生 
この方、割に好きな先生なのに(鬱

>>347
そのリンク先を見て親鸞会説を学んだんですが・・・。
それに、あれは議論とか論争の体をなしてないので決着も何も無いと思われ。

349 :名無しさん@1周年:02/10/25 19:17
>>345
>かえって苦果(悪果)の因になってしまいます。

「諸善が悪果の因になる」と、あなたは言われるのですか。

もしそうならば、善因善果、悪因悪果の因果の道理を破壊する
外道の輩が、仏法の一体何を語ろうとされるのか、甚だ疑問です。

350 :祭り大好き!!:02/10/25 19:30
>>349
所修の体が諸善であっても、それに相応した(実践能力のある)機根でない者が、
修すれば、善因にならずに苦果(悪果)の因になるんですよ。もちろんここでの
諸善は出世間のそれ(菩提涅槃の為の善根)ですよね??あなたは自力で自力門
の証果(聖道門の仏果とか定散諸善の化土往生)を得られるのでしょうか???


351 :名無しさん@1周年:02/10/25 19:30
>>347

もちろん、新人太郎が負けたという「決着」といっているんだよね。

>>349
>もしそうならば、善因善果、悪因悪果の因果の道理を破壊する
>外道の輩が、仏法の一体何を語ろうとされるのか、甚だ疑問です。

横レスすまんが、一言。
あんたの意見、レベル低すぎて反論する気も失せる。
かたはらいたし、てやつ。
もう少しでいいから勉強してからかきこめよな。
部分だけ取り出して曲解意見をうれしそうに主張するのも
昔ながらのS会の伝統だけどね。

文脈も読めないやつに意見する資格なし。
逝ってよし。

352 :351:02/10/25 19:33
>>352
祭り大好き!! さんって本当に親切だね。
漏れはせっかくの正論も349にはおそらく
ついていけなくて理解不能と思うのだが。。

353 :351:02/10/25 19:38
誤り>>352

正解>>350

354 :名無しさん@1周年:02/10/25 19:58
>>349
減益の驚愕力は所詮こんなものなのかね。
法論スレたったけど、
S会の送り出す論客って結局「ひさしぶり」だけだよな。
その「ひさしぶり」もかなり窮地に陥っているようだ。
誰か教義面で祭り大好き!! や元S改印に横レスしてやって助けてやりなよ。
あの程度がS会のエースなのか?

355 :名無しさん@1周年:02/10/25 20:20
>>345
>親鸞会がよく言うことには、雑行を捨てよと言われるのは、
>その(その功力で救われようとする)心がけが嫌われるのであり、
>そのものがら自体は善行だから勧められているというのがあると思います。

そう、これが親鸞会はたしかにこのように主張している。
そしてこれが異常な勧誘とザイーセを正当化する
親鸞会独特ののレトリックなのだろう。

356 :名無しさん@1周年:02/10/25 20:26
>>355
ここが一番重要な点かと思います。

357 :名無しさん@1周年:02/10/25 21:16
つまり問題は、親鸞聖人は製本同を建てることをすすめられたか否か

358 :会原2号:02/10/25 21:28
>>357
正本堂などのハコモノは本来仏弟子(会員)の御喜捨によって建てられるもの。
すなわち、自らこれを仏法のために使ってくださいと差し出した金で建つものです。
決して、仏法説くものの独断と偏見で建つものではありませんし、
また、ましてや建立費を仏弟子から強要するなんてものではありません。
更に、本来仏法の為に使われているはずの金を説く者が横領してたとなると、
親鸞聖人は如何に悲しまれることか・・・。

359 :名無しさん@1周年:02/10/25 22:04
>>258減益でもない漏れがひさしぶりさんに代わって反論してみるいやがらせw

1.製本同を建てることは、一人でも多くの人に親鸞聖人の教えを聞いていただくためである
  たくさんの人々に仏法伝えてはいけないなどと親鸞聖人は言っていない

2.製本同に御喜捨することは、その人の宿善となるからすすめているだけであって(善のすすめ)
  決して会が強要して出させているものではない
  特に横領などと言うことは聞法の敗残者である元sのでっちあげである

360 :359:02/10/25 22:05
訂正スマソ >>258>>358


361 :名無しさん@1周年:02/10/25 22:33
>>359
1.製本同を建てることは、一人でも多くの人に高森教の教えを
  聞いていただくためである。
  たくさんの人々に高森教伝えてはいけないなどと
  唯一絶対の善智識回腸先生は言っていない。

2.製本同に御喜捨することは、高森教の教義である、
  その人の雑行となるからすすめているだけであって
  決して信心決定にいたるものではない。
  聞法の敗残者であるなどと言うことは時代錯誤の
  軍人精神丸出しの高森教の特徴でありもはや仏教ではない。

362 :名無しさん@1周年:02/10/25 22:39


    犬 鉄 必 死 だ な (藁



363 :名無しさん@1周年:02/10/26 00:23
>>359
貴方ギャグでそんな発言してるんですよね。ていうかそう信じたい。
まじでそんなこと言ってるのなら相当いかれてますね。

364 :359:02/10/26 00:32
>>363
どうせこれに類する答えするんだろ、という減益への遠まわし?な嫌味ですw

365 :359:02/10/26 00:35
えっとつまり、ひさしぶりみたいな香具師に対してです、懐疑さんへじゃなくて

366 :363:02/10/26 00:46
>>364
ですよね。ああ、びっくらこいた。
ちなみに私も懐疑ですよ。

367 :ひさしぶり1:02/10/26 17:38
質問は結構ですが
ご自分の立場をはっきりさせて見解を述べててください。
そのときそのときの思いつきで発言して
理解できないのを人のせいにされても困ります。

イエスかノーで結構です。
>>284
本願を疑う「疑情」はおそろしい罪であるのか
ないのか。

>>285

「反論書」は本願寺の見解を代表するものである、
か否か。
統一した見解というものが本願寺にはない
ということであればノーになりますね。


368 :ひさしぶり2:02/10/26 17:39
>>307
>不真面目な会員自称するだけありますな。

なんでこの時間の書きこみが不真面目なのか
よくわかりませんねえ。
出張で4時過ぎに家を出るのでこの時間になった
だけだけど。
世間知らずか、物の見方が歪んでいるのか?
仏語つかっていても、ただ悪口言いたいだけ
なんでしょうねえ。

>>311
>二つに
は、菩薩の智慧・清浄の業より起こりて仏事を荘厳す。

ここで言われている「菩薩」は法蔵菩薩ですよ。
あと還相の方では「善のできる方」があるかもしれませんね。
でも仏様のされることですから私には分かりかねます。

「一切の群生海、無始よりこのかた、乃至今日今時に
至るまで、穢悪汚染にして清浄の心無く、虚仮テン偽
にして真実の心無し」(信巻)

十方衆生にまことの心は無い、との仰せです。
当然、真実の善はできません。




369 :ひさしぶり3:02/10/26 17:41
>>329
>頓機のかたで今生でいきなり真門→弘願というコースがあった
としても別に聖人のみ教えとはなんら矛盾していないと考えます。

これって、要門を教えすすめる必要がない
という根拠なんですか?

>自分が要門から真門を通って弘願に入ったこと
を祖師は身をもって知らされたと。

化土巻ちゃんと拝読されました?
「十方衆生に対しての方便として19願20願が
説かれている。私自身も三願転入した」
と書かれているのですよ。
「山辺赤沼」にも「十方衆生に対する方便」と
書かれています。
「19願20願の方便は聖人個人の味わい」と
どこにありますか?
19願20願について書かれていることと
三願転入は関係ないということでしょうか?
私の根拠は前にあげましたが、「必ずしも19願を
通らないでもよい」ということならあなたがお聖教の
根拠をあげてください。


370 :ひさしぶり4:02/10/26 17:42
もう一度お聞きします。
信心獲得したひとが要門を通らずに18願に
転入したと知らされることがあるのですか、
ないのですか?あるというならその根拠を
あげてください。

信心獲得したひとが、必ず要門を通ったこと
を知らされるなら、今日信心決定したひとに
昨年、三願転入を教えたひとを批難すること
はおかしいのではないですか?

>>330
>それともお聖教に根拠があるのですか?

「欲知過去因の文の如く、今生の有様にて
宿善の有無あきらかに知りぬべし」(改邪抄)

「宿善厚き人は今生に善をこのみ悪をおそる。
宿悪重き者は今生に悪を好み善にうとし」
(改邪抄)

御文のとおり。



371 :ひさしぶり5:02/10/26 17:43
>信前に宿善をあつくしようとして諸善に励んだ
という意味のご文。
>>22
>ご和讃では、無数の諸仏のみもとで修行してきたが。

あなたが自分でも言っているじゃないですか。
聖人は「諸善に励まれた」のが事実です。

>>331
>「破邪顕正をしない人は聴聞に来るな」という趣旨の発言

ははは。私は小さいころよくいたずらして母から
「おまえなんかうちの子じゃない」と言われましたねえ。
親の心子知らずであります。

>>332
>以上六つでよろしいですか?

六つという分け方は聞いたことありませんが
五雑行と諸善万行であります。


372 :ひさしぶり6:02/10/26 17:44
>>243
>「信心決定しなければ、地獄行き」を意味する
文面が出てこないからです。

「本願を信受すれば浄土往生できるし、信受
しなければ地獄に堕ちることは自明である」
(派外からの異説について、紅楳英顕)

ふーん。本願寺もいいかげんなこと言ってるんだなあ。
「観点」で「地獄へ行くわけじゃない」と納得できるんじゃ
ないんですか?

>>345
>食べたら死ぬけれども。
「火の中かき分けて」聞法したら死にますよね。
「聞法」はよい?自力だけど?
自力で聞かなくてもよい?
何にもしなくてよい?本願寺?




373 :ひさしぶり7:02/10/26 17:45
>>350
>それに相応した(実践能力のある)機根でない者が、
修すれば、善因にならずに苦果(悪果)の因になるんですよ。

大経に説かれている善が六度万行とは異なる、
という根拠を以前にお尋ねしましたがお答えいただいて
おりません。
また上の文に関しての根拠もお願いいたします。
修するもなにも機根じゃないからできないんでしょ。
「修したら悪になる」って何?



374 :名無しさん@1周年:02/10/26 18:47

>>>331
>>「破邪顕正をしない人は聴聞に来るな」という趣旨の発言
>
>ははは。私は小さいころよくいたずらして母から
>「おまえなんかうちの子じゃない」と言われましたねえ。
>親の心子知らずであります。

意味わかんねえよ。
一方では、辞めてもらったら困るとストーキング行為しておきながら、
この発言だもんな。退会者にはしばいてでも引きとめよといったんでしょ?
なのに破邪顕正しなければ辞めよって矛盾してないか?

375 :祭り大好き!!:02/10/26 19:32
>>367
人の質問の答えずはぐらかして質問を返すとはね。s会の手口ですかね?
第1の質問なら、先ずYESです。仏教では、仏教そのものに対する「疑」は、
「信」に相対し、七結・九結の一つで、輪廻の因たる根本煩悩とされ、六
根相似に相対する「五蓋」の一つ(『摩訶止観巻4下』)であり十四誹謗
の一つですから、(仏教教理上の)「疑」は、まさしく謗法であります。
逆にひさしぶりさんの言われるような「不審」(疑問)は、仏教上の「疑」
には当たらないと思います。他力を疑う自力心のことを疑とするのは、浄土
門のみですね。

次に本願寺の事を私に聞かれても、私は関係者でないのでわかりません。
あきまで私見では、あの反論書というのは、伝道院とか宗努院とかが出し
ていたのでは??現在の本願寺(本派)には、昔のような独裁的な教義裁
断権者が、おりませんので、派内にも多元的な教義解釈があります(江戸
期にも多様な学派あったことも前述しましたね)。それで近代的な意味で
は、反論書が必ずしも本願寺の統一見解とは言えないと思います。それに
「本願寺」と言えば通常、大派も含みますよね?? そしたら尚更ではない
ですか??

376 :名無しさん@1周年:02/10/26 19:48
>>374
折れも、この質問に対してこの答えは人を馬鹿にしてると
感じたな。

377 :祭り大好き!!:02/10/26 19:49
>>368
これは、異な事を言われますね? 確かにあの御文は、『浄土論』を釈されたもので、
直接的には、法蔵菩薩の発願廻向についての御文ですけど、論の意義を仏教的に解釈
される語句の問題として法蔵菩薩のみを無漏の浄心の菩薩とされるはずないでしょう??
ここで依経について「修多羅とは十二部経のなかに直説のものを修多羅と名づく」とある
修多羅のなかには、法蔵菩薩の他に淨心の菩薩は登場しませんか??それらは偽菩薩だと
言うのですか?? また、「菩薩」の語は、人・天と凡夫に相対して使われてますね??
爾前の菩薩との相対ではありませんから権実で分けられてるわけでもないですよね??
それに『浄土論』自体に「未淨心の菩薩畢竟して平等法身を証することを得て、淨心の菩薩
と上地のもろもろの菩薩と畢竟して同じく寂滅平等を得るがゆえなり」(『解義分』)とい
われあきらかに無漏淨心の菩薩の実在を認めてらっしゃいますよ。

378 :祭り大好き!!:02/10/26 20:09
>>372-373
ここで言われる「食べたら死ぬ」は、自他に害を及ぼすの喩えじゃないんですか??
『白道燃ゆ』での(この引用の)意味は聞法して死ぬことを喩えてらっしゃるんです
か???
もちろん、六度万行の中味は同じですね。親鸞聖人は、『大経』の本意を「本願成就
文」の「名号を聞かせていただく信心」と解釈されたのではないのですか??? 六
度万行が本意だとどこで解釈されてますか???

教行に相応した機根でないと修行しても悪因になるの根拠は、『南伝涅槃経』巻二四の
の有名な説話に「舎利ホツ尊者が、二人の弟子の機根を見誤り、二人に数息観と骨鎖観
の次第を逆に教化したために、二人は悟ることができずにかえって邪見を生じ、釈尊から
叱責を受けた」というのがありますね。ですから仏教は「応病与薬、対機説法」が重視さ
れるのですよね??? 
親鸞会で「諸善の勧め」といわれるのは諸善を「修すること」を勧めているのじゃないのですか
??? それでは何を勧めているのでしょうか????

379 :名無しさん@1周年:02/10/26 20:40
なんか、ひさしぶりの言ってることってたんなる揚げ足取りにしか聞こえないんだけど・・・。
漏れだけ?

380 :名無しさん@1周年:02/10/26 21:03
>>379
親鸞会自体がそうだから、ひさしぶりも当然そうだ罠。

381 :名無しさん@1周年:02/10/26 21:05
>>380
そうだね。
そんなかで、是非祭り大好きさんには是非s会の詭弁を論破してもらいたいね。

382 :名無しさん@1周年:02/10/26 21:40
無量永劫の流転の絆を断ち切られて、只今が光明の広海と転じ変わり、功徳の大宝海をただもらいさせられて、不可称、不可説、
不可思議の功徳が身に満ち満ちてくだされるのだもの、真に手の舞い足のふむところのない大歓喜があるのです。これをまた、聖人は
『正信偈』に、「信を獲て、見て敬い大慶喜すれば」とか、「無上の信心を獲れば即ち、大慶喜を得る」(文類聚抄)
ともおっしゃっているのです。

 蓮如上人も『御文章』に、
「うれしさを、昔はそでにつつみけり、こよいは身にも余りぬるかな。身の置きど ころもなく、躍り上るほどに思うあいだ、
よろこびは身にも嬉しさが余りぬると言えるこころなり」
とおっしゃっています。

仏智とは阿弥陀仏の智慧のことです。阿弥陀仏の智慧は我々の想像を絶する智慧ですから、それを頂いた時の心はまったくの驚きであり、
盲者の開眼の一刹那よりも大きな驚きがおこります。
世々生々の初ごとの、明らかな大自覚がおこります。親鸞聖人はその時の驚きを、

「心も言葉も絶えたれば 不可思議尊を帰命せよ」 とか、
「不可称、不可説、不可思議の信楽」
とおっしゃっています。不思議な仏智じや、不思議な本願じやったと叫んでいられるのは、この悟忍の体験をいわれたものです。  
-----------------------------------------------------------------------------
home © 浄土真宗親鸞会 1999-

弥陀の喚声を聞いて、仏作仏行の行持として流れ出る恩徳の世界に生きる者が、同じ世界に生きた先達に対して本当に
>>336 の様な発言をしたのでしょうか?
はっきりいって、信じられないという気持ちが強くあります。

383 :祭り大好き!!:02/10/26 23:10
>>368に補足
また、「淨心の菩薩」とは、浄土の菩薩衆のことだとか阿呆な回答も予想される
ので予め言っときますと「諸法寂滅」を悟って平等法身の証果を既に得ている淨
心の菩薩とは、不動地以上の菩薩で『華厳経・十地品(『十地経』)』の教説で
、自力門の証果ですよね。因みに、『勝マン経』の勝マン夫人は、法雲地の菩薩
ですね。それに、親鸞聖人は、聖徳太子のことを救世観音大菩薩などと述べられ
てますけど観音菩薩も清浄の心を持たなかったとされるのでしょうか????


384 :祭り大好き!!:02/10/27 00:16
>>368に補足の続き
「一切の群生海、無始よりこのかた乃至・・・・」の意味ですが、親鸞聖人が「仏意
測りがたし・・・」として釈されている御文ですから、とてもわれわれにはわかりかね
るとは思いますが、試みに考えてみますと、前の問者の「愚悪の衆生」に対応している
のかもしれませんんが、ここはストレートに一切衆生を指していると考えるのが自然で
よう。しかしここの御文は、法蔵菩薩様の兆戴永劫の御修行の御廻向について書かれて
いる部分ですから無始来の一切衆生のことですよね?? 「無始よりこのかた乃至今日
今時に至るまで」というのは、阿弥陀如来発願の時まででしょう?「ここをもって如来
・・・・ 菩薩の行を行じたまひしとき」と続くことでわかりますね??その時点で言
えば、一切衆生は当然、「穢悪汚染にして、清浄の心なし」なわけですよ。仏様と言え
ども元は凡夫ですからね(世自在王仏はどうか?となりますが、法蔵神話は、本師本仏
の阿弥陀様の時空を超えた物語ですか通常の因果律とは違いますのでね。弥陀本仏の本
地を顕せばその時点で世自在王仏も凡夫じゃないでしょうか?)。ですが、全ての衆生
が現在に至るまでずっと凡夫なわけではなく、なかには自力修行により清浄の仏・菩薩
果を得られている方も当然おられるわけですよね??? これも、弥陀本仏義から言え
ば、その自力の善根も御廻向の照育の賜物で、さらに弘願他力への廻心(念弥陀三昧)
の結果の仏果(諸仏の場合)得られた仏果ということになるでしょうね。後の一切煩悩
悪業邪智の群生海も同じでしょう。問者が、世親菩薩が一心と釈された本願を三心の差
別の相で発願された真意についての質問に対しての回答ですから、弥陀三心発願時点で
の時系列に約して表された説相ではないでしょうか????

385 :名無しさん@1周年:02/10/27 00:48
>>382
庄松の真価は

念仏者は、無碍の一道なり。そのいわれいかんとならば、信心の行者には、天神地祇も敬伏し、
魔界外道も障碍することなし。罪悪も業報をかんずることあたわず。諸善もおよぶことなきゆえに
無碍の一道なり

という仏恩報謝の世界に生きた事にあるのでは?

「字の縦横もわからんかったもんやから敬語は使わなくていい、○○の方が偉い」

上記の発言をされた方は、庄松のことをどの様に評価されていたのでしょうか?

386 :名無しさん@1周年:02/10/27 00:54
>>385
K玉ですね。香具師は会に対する忠誠心が強いから、
犬鉄の言うことが絶対。即ち、犬鉄以外は善智識と認めてないんじゃないの?
もし、仮に犬鉄が親鸞聖人の批判したら、真っ先に乗る香具師。
犬鉄以外、香具師に取っては評価の対象外なんだよ。

387 :祭り大好き!!:02/10/27 00:57
>>368に更なる追加
聖人は、。ひさしぶりさんの大好きな(?)三願転入の御文の直前に「おほよ
そ大小聖人、一切善人・・・・」と言われ自力故に報土へ参れない聖人の存在
を認め、諸機の相に差別あることを認めてらっしゃいますね。

>>373に追加
ひさしぶりさんは、われわれが諸善満行を「修する」ことができると考えているのか?
それともできないと考えているのか???

さて、質問には答えましたので私の質問>>307-317にもきちんと回答お願いします。

388 :祭り大好き!!:02/10/27 01:00
追伸。
それに、今日出来した新たな質問への回答もよろしくね。

389 :名無しさん@1周年:02/10/27 05:03
善悪と煩悩についての関係を知りたい。
関係あるのかないのか知りたい。

390 :名無しさん@1周年:02/10/27 10:47
山辺・赤沼「教行信証講義」には、信心決定しなければ死後、
無間地獄に落ちるなんて、何処にも書かれてていないよ。

391 :祭り大好き!!:02/10/27 11:21
>>384に追加
本願成就は、十劫前ですが、法蔵菩薩は、兆戴永劫の間、無数の菩薩の行
を行じておられましたから、上根の方は、その御廻向の功徳を受けて清浄
の菩薩に進まれた方もおられたでしょう。しかしそんな方でも嘉業(至徳
の尊号)の御廻向までは、実報土往生はできないわけです。法蔵様の悲憫
の対象は「一切の群生海」だったのが尊号廻施の段には「諸有の一切煩悩
悪業邪智の群生海」になり表現に微差があるのはその為かもしれません。
諸というのは「多くの」の意で有限的な表現になっていますね。しかし、
悪人正機が本意ですが、兼ねて聖も救う凡聖一味の御名号ですから一切衆
生を対機とすることには変りないでしょう。
>>378
訂正   誤り 『南伝涅槃経』
     正解 『南本涅槃経』
補足  
ここでは、 経証(聖教量)をあげましたが、理証(比量)として、世間の卑近
な例も多いと思います。例えば前世紀の社会主義の失敗に見られるように人間の心
が仏・菩薩の様であればかなり理想的な思想・政策でも人間の実態・実践能力に
合わなければ、その心がけよりも合わない思想・政策そのものが廃捨されるべき
でしょう。世法すらそうですから出世の仏法は尚更ではないでしょうか??

392 :祭り大好き!!:02/10/27 11:24
>>391
訂正
誤り  嘉業
正解  嘉号

393 :名無しさん@1周年:02/10/27 12:09
ひさしぶりさんは、
「琵琶湖をお前一人で埋めろ」といわれたら疑問を抱くことなく
「畏まりたる」と命令に従わなくてはいけません。
「善知識をおろかに思い師を謗る者をば謗法の者ともうすなり」
と部下に教える一方で、
妙好人庄松に関しては、
「字の縦横もわからんかったもんやから敬語は使わなくていい、○○の方が偉いんだから」
と部下に教えているのでしょうか?

394 :名無しさん@1周年:02/10/27 14:16
「字の縦横もわからんかったもんやから敬語は使わなくていい、
○○の方が偉い」

そんなことでぎゃあぎゃあ騒ぐ連中は、言葉のあやってもんがわかんねえ
なあ。それこそ「揚げ足とり」ってやつだよ。
「お言葉」と「お」をつけるのは、親鸞聖人、蓮如上人に対してであって、
それ以外の人につけるのは、親鸞学徒して感覚的に不適当ってことなんだよ
と、なんで理解できんのかな。
「字の縦横もわからなかったのだから」といわれるのは、侮蔑の意味でなく、
「教行信証や御文章を書き残された、親鸞聖人や蓮如上人とは違う」という
意味においてだろ。
両聖人に対する尊敬の度合いが、受け止め方の違いにあらわれるのだろうか
ら、理屈で納得するものではないんだろうけどね。

揚げ足取る言葉を探すために教学講義に参加する者は、尊い聞法の場を邪悪
な空気で濁すだけだから、二度と来るなと、個人的には言いたい。
(お前にそんなこと言う資格があるのかって正義感ぶったバカな反論が聞こ
えてきそうだが、勝手に言っとれ)

395 :名無しさん@1周年:02/10/27 15:00
庄松と○○を比較して、○○のが偉いってんだから、親鸞や蓮如は関係ないよ。

396 :名無しさん@1周年:02/10/27 15:44
よっぽどカンにさわっている模様w

397 :名無しさん@1周年:02/10/27 19:36
教学聖典6の(1)
「我も知らぬことなり、何事も何事も知らぬことをも開山の召され候ように御沙汰候」
と仰せられ候。(御一代記聞書)
(2)
善智識の仰なりとも「成るまじき」なんど思うは大なる浅間しき事なり。然れば
「道宗、近江の湖を一人して埋めよ」と仰せ候とも「畏まりたる」と申すべく候。
(御一代記聞書)
の御文を通して、犬鉄あるいは仔牛の言うことには無条件に従え(盲信せよ)と
言われました。蓮如上人は本当にそういう意味で言われたのですか?
もしそうならΩと一緒ではないですか?

398 :名無しさん@1周年:02/10/27 19:38
次、同じく聖典6(50)の伝教大師、弘法大師、日蓮、道元の死んだ歳なんか覚えて何になるんですか?
こんなこと覚えたってどうでもいいことだと思うのですが・・・。

399 :学階元講師:02/10/27 20:02
>>397
ええ?!
その2つの根拠、数年前まではなかったのに。。。
なんでまた・・・(w

400 :名無しさん@1周年:02/10/27 20:03
400げとー


401 :名無しさん:02/10/27 20:54
>>394
関  係  者  必  死  だ  な  (  禿  藁

402 :名無しさん@1周年:02/10/27 20:57
>「字の縦横もわからんかったもんやから敬語は使わなくていい、○○の方が偉いんだから」
この○○ってまさか、M晴やK玉、W部などが入るんじゃあるまいな?

403 :名無しさん@1周年:02/10/27 22:58
>>394

>正義感ぶったバカな反論

豊胸に照らし出された自己のお姿のご漂白のせりふと承っておきましょう。

404 :名無しさん@1周年:02/10/27 23:23
新人太郎の言葉によれば

諸善を往生の役に立たせようとする「自力の心」の段階 = ○○

弥陀に救われた瞬間になくなり、二度とあらわれることはありませんから、
信後は一切、雑行はありえない段階= 庄松

じゃないのか?
レベルの違いは明白だ。
いずれにしても、「弥陀五劫思惟の願をよくよく按ずればひとえに我一人が為なり」
の段階に達した者と、○○では勝負にならないと思う。
君の方が偉いというのは、仏智不思議の世界を対象としてではなく、たんに文章が読めるか読めないかという
日常世界の価値を基準として、いわれた事ではないでしょうか。

405 :名無しさん@1周年:02/10/28 00:19
新人太郎のいう
「弥陀の本願にツユチリ程の疑いもなくなった報謝の心で行われる諸善万行」
というのは、
「弥陀五劫思惟の願をよくよく按ずればひとえに我一人が為なり」
の段階に達した者にいえることであって、
○○などにノルマを課せられて
諸善を往生の役に立たせようとする「自力の心」の者にあてはまるものではないのでしょうか?

406 :名無しさん@1周年:02/10/28 00:34
@○○などにノルマを課せられて
諸善を往生の役に立たせようとする「自力の心」の者にあてはまるものではないのでしょうか?

A往生の役に立てようとする心で行う「諸善」はすべて雑行といわれ、
「念仏」ならば雑修と言われるのではありませんか。
(新人太郎)

@とAでは、どう違うんだろう?
減益の頃は、「自力が廃って他力に出るまで、自力一杯求めるのだ」と教えられたんだけどね。

407 :名無しさん@1周年:02/10/28 01:23
自力は他力のためにするものではなくて、親鸞会のためにするものである。
ということで

408 :名無しさん@1周年:02/10/28 02:11
>>404
「後世を知らざるを持って愚者となす」
だから、答えは明白なのでは?

409 :元S改印:02/10/28 20:33
>>300
>>そのご不審は刹那生滅という観点から解決ではないでしょうか?
>一体どこへ行くつもりなんですかね?
>「観点」で後生の苦が抜ければこの世は何の苦もないはずですが。


「ひさしぶりさんは『刹那生滅』の観点は仏教でない考え方、あるいは
浄土教と相いれない立場であると認識してよろしいのですか。」
これは質問したつもりだったのですが、お答えを頂いておりません。
どのようなご見解でいらっしゃいますか?わからなければわからない、
というお答えで結構です。確かに親鸞会では『刹那生滅』の話は
あまりききませんからね。


410 :元S改印:02/10/28 20:36
>>369
>これって要門を教え勧める必要がないという根拠なんですか?

仏教は三世を貫くみ教えです。三願転入はご名号を頂いた仏智によって、
聖人がご自身の求道の心の過程を遠い遠い過去世まで振り返られた御文です。
あらゆる人間が今生において19,20,18願を通過しなければならないとは
考えません。過去世の宿縁があつい頓機のかたが、今生で20願→18願
と弘願に転入されてもなんら聖人のみ教えとは矛盾していないと申している
のです。

411 :元S改印:02/10/28 20:41
>>369
>「十方衆生に対しての方便として19願20願が説かれている」
>「必ずしも19願を通らないでもよい」ということなら

>>370
信心獲得したひとが、要門を通らずに18願に転入したと知らされることがあるのですか?

また小生の書いたものの意味を取り違えられている様ですが、私は
「必ずしも19願を通らないでもよい」などとは一度も申しておりません。
親鸞会が今生において必ず19願(要門)を通って雑行に励みなさいと教え
ているのは親鸞聖人の御教えと違っているといっているのです。そもそも
三願転入のご文は、聖人が化土巻のはじめから19,20願の因果を示し、
その方便仮門の様相を著され、それを結ぶにあたって方便仮門を祖師みずから
捨て去れれて真実の願海に入られた喜びをご表白なされたものです。
山本佛骨師も、「転入とは単なる三願通過の経路を意味するのではなく、
方便のすべてを捨て去り、真実弘願に帰入することをあらわすものと理解され
なければならない」
「(三願転入は)求道者の陥りやすき迷路を分解して、それをとどめさすため
に明かされた」
「それはあくまでも捨て去るべきものとして述べられているのであって、
それらを人々に経過せよと強いるものでない」とまったく私や祭り大好き!!!
さんと同じ見解を述べていますね。すでに本物の金を知った者が、どうして
偽の金を他人に勧めるのでしょうか?どうして電灯があるのに行灯で本を
読めと勧めるということになるのでしょうか。いまさら行灯時代に戻る
必要はないのです。簡単なことです。
また、信心獲得すれば(過去世の宿縁があつい頓機のかたを除いて)大抵は
要門を通ったことを知らされるでしょう。けれども信心獲得するために要門を通れ(雑行をしなさい)、と教えることは祖師のみ教えでないことは確実です。
さらに申しますと、なぜ「十方衆生に向かって起こされた」願であると祖師が
知らされたのか?弥陀の光明が極重悪人の機を照らし出してくれるから知らさ
れるのではないのでしょう。他でもない極悪底下であるこのわが身が救われた
からこそ「十方衆生に向かって起こされた」超世の悲願であることが確信でき
るのでしょう。お聖教にそう書いてあったからではないのですよ。

412 :名無しさん@1周年:02/10/28 20:41
「往生の役に立てようとする自力の心でやる諸善」は「雑行」と嫌われ「捨てよ」
と言われます。  
その自力の心が、他力の心に切り替えられて、広大な仏恩に感泣し動かされる諸善は、
報恩行となるのでしょう。  
同じ諸善が、自力の信心でやるか、他力の信心かで、雑行ともなり報恩行ともなるのではありませんか。  
救われていない信前は、雑行と嫌われ捨てよといわれていた諸善も、救われた信後は報謝の行となる。

上記の、新人太郎の語る諸善は、S会の

>「琵琶湖をお前一人で埋めろ」といわれたら疑問を抱くことなく
「畏まりたる」と命令に従わなくてはいけません。

という活動実態とは、違ってるよ。

413 :元S改印:02/10/28 20:43
>>370

改邪抄に「宿善」の根拠を二つあげられましたが、親鸞聖人のご文には
見つからなかったということですね。
親鸞聖人が宿善をあつくしするために雑行である諸善にはげみなさいと
いわれた個所は無いということですね。

>今日信心決定したひとに昨年、三願転入することを教えたひとを非難
>することはおかしい

何度も申し上げています。ひょっとして「わかりたくない」のでしょうか。
信心獲得するために要門を通れ、三願転入するために雑行である諸善から
励みなさい、ではなくて雑行をすてて正行をしなさい、というのが聖人の
み教えです。

414 :元S改印:02/10/28 20:47
>>371
>ははは。私は小さいころよくいたずらして母から
>「おまえなんかうちの子じゃない」と言われましたねえ。
>親の心子知らずであります。

その譬は知っていますよ。隠彰の譬として汎用される譬です。
親鸞聖人は、廃立肝要とおっしゃった方ですよね。それゆえ教え方に密意が
あるような教え方をされなかった方ですし、行間を読まねばわからないよう
な説かれ方をされませんでした。誤解が無いようにハッキリ説かれたのです。
しかし、あなたはおっしゃる。親鸞会会長の説かれ方に隠彰ありと。
初めは冗談かと思ったのですがどうもまじめにおっしゃっておられる様です
ね。このあたりも親鸞会教義と親鸞聖人の御教えのズレを象徴していると思い、
つい微笑してしまいました。
それでは「破邪顕正をしない人は聴聞に来るな」という親鸞会会長の発言の
隠彰を明らかにしてください。そして、つぎの質問のご解答は未だ頂いており
ませんのでよろしくお願いいたします。
1)破邪顕正は信前の者が信心決定するために必須の行ですか?
必須の行ではないのですか?
2)(あなたではなく)他人が親鸞会に所属しなくても獲得できる可能性を
あなたは認めますか?認めませんか?
3)あなたのお考えを伺うに、「衆生往生の因行は願成就の御名号である」
という見解を否定されているように思われるのですが、どうでしょうか。
この考え方を是とされますか?否とされますか?

415 :元S改印:02/10/28 20:51
>>298

>雑行=諸善か、否か。お答えください。
>まったく同じなら、信後も諸善は雑行であるはずだが。
>「御縁が薄くて(略)」ことも信前であれば当然雑行であることはお分かりですよね。善だから。
>>371
五雑行と諸善万行であります。

お答えありがとうございました。
あなたのご見解は親鸞会の見解と同じであると判断致しました。
親鸞会教学における「雑行」の解釈はひさしぶり氏がお答えになられたように、
五雑行と(心掛けの悪い)諸善を意味しています。以前459氏と討論されて
いた新人太郎氏もおなじ見解でありました。それゆえ親鸞会の共通認識といえる
と思います。諸善は心掛けがよければ、つまり阿弥陀仏に向いていれば善である、
という解釈ですね。しかし、この親鸞会独特の「雑行」の意味の付与こそが、
親鸞会が「浄土真宗に善の教えはある」と主張して世間受けを狙いつつ、聴聞が
もっとも宿善になると称してその実は無常迅速の会員たちに財施と勧誘
(諸善万行=雑行)にその殆どの時間を費やさせる結果を生じている巧妙な
解釈であったとみなされます。
無常迅速なのに雑行である諸善万行に貴重な時間を費やしていてどうして名号
(仏心)を頂くことができるのでしょうか。いま名号を聞信せよといわれたのが
祖師のみ教えです。結論から言いますと、親鸞会でいう「雑行」と、聖人のいわ
れた雑行の意味は異なっています。
それでは、「雑行」の意味について聖人はどのように仰せでしょうか。
どこが親鸞会と違うのでしょうか。 (つづく)

416 :元S改印:02/10/28 20:54
>>415
(つづき)

教行信証の化土巻の中の、以前お示したご文の復習をします。

「雑の言において万行を摂入す。 五正行に対して五種の雑行あり。
雑の言は、人・天・菩薩等の解行、雑せるがゆえに雑といへり。もとより
往生の因種にあらず、回心・回向の善なり。ゆえに浄土の雑行といふなり。」(化土巻)

(意訳:雑ということばは諸善万行の一切を収めており、これを五つの正行に対すると
五種の雑行があるといってよい。雑のことばの意味は、人間・天上・菩薩などの解行が
いろいろと混雑しているから雑といわれるのである。本来は浄土に往生するための因種
ではないのであって、「回心・回向の善」なのである。それゆえ雑行といわれるのである。)

「回心・回向の善」とは、浄土に往生するための善としてさしむけた善根のことであり、
親鸞会流にいえば「こころがけのよい」諸善万行ということになりますね。
この「こころがけのよい」諸善万行のことを聖人は「浄土の雑行」といわれていることに
ご注目して下さい。親鸞会が主張する正行は、善導大師がいわれた意味における正行=
「阿弥陀仏以外の諸仏、菩薩や神に読誦、観察、礼拝、称名、讚嘆供養すること」に準拠
しています。しかし聖人が更に厳密に正行に正と雑あると化土巻においていわれたことを
親鸞会はあえて確信犯的に無視しているのです。親鸞聖人がいわれた五種の雑行は
回心・回向の善を意味します。親鸞会が主張するところの、信前における後生という自身の
将来のためにする(こころがけのよい)行いは回心・回向の善です。聖人はこれを雑行と
いわれたのです。
(つづく)

417 :元S改印:02/10/28 21:01
>>416(つづき)
また、これも前にお出しした愚禿抄のご文のですがどうもあまりひさしぶり
さんにお読みいただけなかったのか、故意に無視されたのか、あるいは
「わかる気がないのか」わかりませんがまた示しましょう。
「上よりこのかた一切定散諸善悉く「雑行」と名く、(中略)。
「雑行」の言は人天菩薩等の解行雑するが故に雑というなり。
もとよりこのかた浄土の業因に非ず、是を「発願の行」と名く、また
「回心の行」と名く、故に「浄土の雑行」と名く、是を「浄土の方便仮門」
と名く、また「浄土の要門」と名来る也。凡そ聖道、浄土、正、雑、定、
散皆是れ廻心の行也と、まさに知るべし。」
さて、親鸞会の勧める「善」であるビデオ、書籍の行商、入会の勧誘などの
「一切定散諸善」は親鸞聖人によってことごとく「雑行」と名付けられて
いますね。そしてこれらの親鸞聖人によって名付けられた「雑行」は
回心・回向の行であり、親鸞会流にいえば「こころがけのよい」行ということ
です。その「こころがけのよい」行はもとよりこのかた浄土に往生するための
因種ではないと聖人は強調しておられます。
ひさしぶりさんのお好きな「要門」と雑行がここでは同義で使用されている
ことにご注目下さい。これが「要門」を勧めることがすなわち雑行を勧める
こととイコールであると親鸞聖人がおっしゃっておられる明確な根拠です。
そして再び化土巻に戻ります。
(つづく)

418 :元S改印:02/10/28 21:04
>>417(つづき)
「いはゆる布施・持戒・立寺・造像・礼誦・座禅・懴念・苦行、一切福業、
もし正信なければ、回向願求するにみな少善とす。 往生の因にあらず。」(化土巻)

(懐疑派の現役さん、以上の3つのご文を繰り返し繰り返し拝読してください。
これらのご文の真意を理解すればあなたがた懐疑派現役さんたちのマインド
コントロールは解けることでしょう。)

聖人は、親鸞会の勧める「善」であるビデオ、書籍の行商、入会の勧誘などの
いわゆる布施などの諸善は他力の信心がなければ少善に過ぎず、往生の因に
ならないと断定されています。
浄土教の長い歴史の中において、諸善を勧めてきた流派はただ浄土宗の
西山派あるのみでした。そして、二代目が親鸞会ですね。
その異常な教義が起こってきた発端を推測するに、徹信会時代からS価学会の
折伏をモデルにして「破邪顕正」を旗印にすることが、戦闘的なことがお好きな
会長の肌に合っていたことがルーツであったのでしょう。
「善を勧めないから真宗は衰退した」?否です。
一宗の繁盛は人の多く集まり威の大なることではない、と蓮師も仰せですね。
浄土真宗が諸善を勧めたらもはや浄土真宗ではないのです。
法然上人、祖師聖人がなぜ旧仏教から目の敵にされて配流になったのか。
「諸寺の釈門、教に昏くして、真仮の門戸を知らず」
なぜここまで激しく聖人は断定なされたのか。
仮とは親鸞会が積極的に勧めている自力修善の方便の教えのことですよ。
そして親鸞聖人が雑行であると明言された(こころがけのよい)
「破邪顕正」を大胆にも会の教義に組み入れてしまった。
それゆえ親鸞会は親鸞聖人の開顕なされた浄土真宗からは教義上、
はずれてしまうのです。

419 :元S改印:02/10/28 21:06
>>419
(つづき)
では、聖人の主張(正行)はどのようなことなのでしょう。

「雑行は正助を除きて已外をことごとく雑行と名づく」(化土巻)

一には一心に専ら弥陀の名号を専念する、是れを正定の業と名づく
二には若し読誦等に依るは、即ち名づけて助業と為すと(愚禿抄)

釈迦は要門ひらきつつ定散諸機をこしらえて
正雑二行方便しひとへに専修をすすめしむ(高僧和讚)
助正ならべて修するをばすなはち雑修と名づけたり
一心をえざるひとなれば仏恩報ずるこころなし(高僧和讚)

親鸞聖人によって守旧派仏教であった聖道門はことごとく雑行にされて
しまいました。そして「助正ならべて修する」ことすら聖人によって
雑修と名付けられて嫌われ、「ひとへに専修」のみを正行と認められて
勧められたのです。これが、親鸞聖人と法然上人の御教えです。
そして親鸞聖人と法然上人の御教えは親鸞会の主張とは明らかに違って
いることが示されました。


420 :元S改印:02/10/28 21:28
>>411
訂正スマン

×…なぜ「十方衆生に向かって起こされた」願であると祖師が知らさ
れたのか?弥陀の光明が極重悪人の機を照らし出してくれるから知らさ
れるのではないのでしょう。

○…なぜ「十方衆生に向かって起こされた」願であると祖師が知らさ
れたのか?弥陀の光明が極重悪人の機を照らし出してくれたおかげで知らさ
れたのではないのでしょうか。

421 :名無しさん@1周年:02/10/28 21:46
いつも長〜い文章は飛ばさせてもらってるんですが(スマソ)
>>410-419はなぜか最後まで読めますたw。


422 :名無しさん@1周年:02/10/28 21:53
Σ(゚д゚
という事は親鸞証人の教えにケチをつけていたのは実は他ならぬシラン会!!!

423 :元S改印:02/10/28 21:55
>>416

再訂正スマン

×…親鸞会が主張する正行は、善導大師がいわれた意味における正行=
○…親鸞会が主張する雑行は、善導大師がいわれた意味における雑行=

424 :名無しさん@1周年:02/10/28 23:35
ひさしぶり、どうみても分が悪いな。
仕方ないか。

425 :名無しさん@1周年:02/10/29 01:23
元Sさん。>>397にも答えてやって。

426 :名無しさん@1周年:02/10/29 01:47
親鸞「雑行を捨てよ!」
高森「いやいや、それは何もしないで良いということか?
    やはり雑行がすたるにはいっぺんやってみんことには
    となるとやはり19願か、そのためにはまず何人会員にして・・・(以下略)」
親鸞「だからそれを捨てよ!っちゅうとるんじゃあぁぁぁぁ!!」

スマソ、逝って来る(;´Д`)

427 :名無しさん@1周年:02/10/29 02:25
減益のみなさんも、バカ森のしょうもない差別発言なんかで藁ってないで
バカ森の大ボケに対して親鸞聖人が側で「なんでやねん!」と何遍も
激しくツッコミ入れてるはずですので、そっちを笑ってやってくださいネww

と我ながら電波なカキコしてみるテストw

428 :名無しさん@1周年:02/10/29 03:10
>>427
ものを知らぬ質問してもいい?
親鸞聖人は関西弁で突っ込むの?関西人だったっけ?

A:関西人だよ?そんなこともしらんかい?
B:イタコが口寄せするとクレオパトラも東北弁になるのと同じ
C:そこは突っ込みどころではない(笑)
D:減益必死だな

ライフラインは残っておりません。
(真面目な法論の最中、お目汚し失礼いたしやした)

429 :名無しさん@1周年:02/10/29 10:46
ねたにマジレス。
>>428
解答者:あ〜、そう言えば親鸞は確か京都出身だったと思うんだが・・・。
    ライフラインを・・・
みの:ライフラインは残ってません!
解答者:う〜ん、AかDだと思うんですが・・・。
    多分、この質問って減益の質問じゃないですね。
    じゃ、Aで。
みの:ファイナルアンサー?
解答者:ファイナルアンサー!
ちゃらりーん、ドコドコドコドコドコドコドコ・・・
(みのだめ)
誰か続き頼む。


430 :名無しさん@1周年:02/10/29 12:27
寺vss会
現在生きている人で寺の説法聞いて信心決定した人・・・いない
現在生きている人でs会の説法聞いて信心決定した人・・いる
 よってs会の勝ち。
反論があったらどうぞ。 

431 :ひさしぶり:02/10/29 12:48
また後で書きますが。
>>415
>諸善は心掛けがよければ、つまり阿弥陀仏に向いていれば善である、
という解釈ですね。

誰もこんなこと言ってません。

>>416
>「回心・回向の善」とは、浄土に往生するための善としてさしむけた善根のことであり、親鸞会流にいえば「こころがけのよい」諸善万行ということになりますね。

これが「こころがけの悪い」諸善です。
こんな聞き違いでひとを批難してるのか。
ばっかじゃないの。読む価値なし。

後でたっぷり書いてやる。

432 :名無しさん@1周年:02/10/29 13:16
これが「こころがけの悪い」諸善です。
>こんな聞き違いでひとを批難してるのか。
>ばっかじゃないの。読む価値なし。
>
>後でたっぷり書いてやる。
このいい方はとても布施の精神を心掛けなければならない仏法者の発言とは思えませんね。
もっと持戒しなさい。ひさしぶり。

433 :名無しさん@1周年:02/10/29 14:43
ウヒャヒャヒャヒャヒャ
  ∧_∧  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ( ^∀^)<ひさしぶりが必死で背伸びしているよ 
 ( つ ⊂ ) \_______________
  .)  ) )
 (__)_)


434 :名無しさん@1周年:02/10/29 15:42
>>430
いるか?
まあ、風前の灯だろうな。
福井のばあちゃんぐらいしかしらないなあ。

435 :名無しさん@1周年:02/10/29 18:24
>>431
こんな発言の仕方してるから、
s会のイメージがどんどん悪くなるんだよ・・・

436 :名無しさん@1周年:02/10/29 19:21
>>435
まあ、この人はやくざ改印だからしょうがないよ。

437 :名無しさん@1周年:02/10/29 20:06
>>436

>s会のイメージがどんどん悪くなるんだよ・・・
>まあ、この人はやくざ改印だからしょうがないよ。

おいおい、お前らはどうなんだよ。
s会のイメージ悪くなる発言は、ひさしぶりさんの前に、
お前らが十分にやってるって。
それとも、s会のイメージを心配する気があるのか?

心配するどころか、サンザンけなしまくっとるあんたらが、
偽善ぶった発言するなっての。

438 :名無しさん@1周年:02/10/29 20:16
>>431

>これが「こころがけの悪い」諸善です。
>こんな聞き違いでひとを批難してるのか。
>ばっかじゃないの。読む価値なし。

こりゃその通りだ。
私も、親鸞会でそんなこと聞いたことありません。
「雑行は、よい心がけでする諸善」
だとか、
「親鸞会は諸善を、往生の足しになるといって勧める」
などと、勝手にでっち上げた邪義を、鬼の首とったように
非難して自己陶酔してるタイプの人間、どうしてこうも
後から後から出てくるんだろうね。

批判するときは、まず相手の主張を正確に把握して下さいね。

439 :名無しさん@1周年:02/10/29 20:26
まあだいたいその辺を言ってくるだろうなと

440 :名無しさん@1周年:02/10/29 20:32
>>438
親鸞会が諸善を「往生の足しになるといって」勧めているわけではなく、
「往生の足しにならないけど諸善を積まなきゃいかん」って勧めてる
というわけだろうけど、そもそも浄土真宗にはそんな条件付きで諸善を
勧める教義自体がない。諸善はすべて捨て物。行も体も廃している。

441 :名無しさん@1周年:02/10/29 20:33
>などと、勝手にでっち上げた邪義を、鬼の首とったように
>非難して自己陶酔してるタイプの人間、どうしてこうも
>後から後から出てくるんだろうね。
別に私達はそんなことやってませんけどね・・・。
あまりにも馬鹿らしい詭弁で、我々を論破しようと思ってるから、
レスすらせずに、ロムって嘲笑してるだけ。
「こいつら、ヴァカか。」と。
自分らで勝手に妄想して、勝手に悲劇のヒーローになってんなよ。

442 :名無しさん@1周年:02/10/29 20:51
「雑行を捨てよ」の言葉をいくら並べても分かりませんが、実地に雑行の捨たった体験をすれば、
雑行が捨たるとは、どんなことか、何が、どう捨たるのか、ハッキリするのではありませんか。   
そこが、信前・信後の水際でしょう。
むろん、雑行が捨たった体験がなければ、逆立ちしても分からないし、言えないところでしょう。
親鸞聖人の教えの最要の、信前・信後の違い目が分からねば、雑行の行体も分からねば「捨てよ」
の真意も分からない。  
それでは「雑行を捨てよ」の多くの提示もナンセンスになりましょう。

ここ迄いうからには、新人太郎は 実施に雑行が廃った体験をしたんだろうな。

でも、問題になっているのは雑行が廃った体験をしていない学生会員が、
諸善万行といって勧誘や、販売活動をする事なんじゃないのか?
少なくてもこれは、報謝の行ではないだろう?

443 :祭り大好き!!:02/10/29 21:53
>>375に補足
経論上の根拠書くのをを忘れてました。十四誹謗は、『妙法蓮華経譬・喩品第三』
の所説。仏教教理上の「疑」「疑惑」については、『律蔵』とか『大毘婆沙論』と
か多数に詳説されています。尚、チベット仏教ゲルク派の「精神認証学」における
七種の心作用のなかの「疑惑」は、仏教論理学中の「心作用と認識対象の不確定性」
のあるレヴェルを表し(テンギュ版西蔵大蔵経・論疏部』が基本テクスト)、ここ
でも議題に上った「不審」(疑問)の意味に近いのではないでしょうか?


444 :名無しさん@1周年:02/10/29 21:54
>442

>でも、問題になっているのは雑行が廃った体験をしていない学生会員が、
>諸善万行といって勧誘や、販売活動をする事なんじゃないのか?
>少なくてもこれは、報謝の行ではないだろう?

何が捨たるのか、「雑行を棄てよ」とはどんなことなのか、あなたの
引用されたところの後も、最後までしっかり読んでみましょう。

http://homepage2.nifty.com/shinran/

445 :名無しさん@1周年:02/10/29 22:02
>>441

>非難して自己陶酔してるタイプの人間、どうしてこうも
>後から後から出てくるんだろうね。

>自分らで勝手に妄想して、

ほら、妄想じゃないでしょ。↓

>経論上の根拠書くのをを忘れてました。十四誹謗は、『妙法蓮華経譬・喩品第三』
>の所説。仏教教理上の「疑」「疑惑」については、『律蔵』とか『大毘婆沙論』と

一体この人、人生の何を求めているのだろう。

446 :名無しさん@1周年:02/10/29 22:08
>>440

>諸善はすべて捨て物。行も体も廃している。

「諸善を捨てよ」
と言われている親鸞聖人のお言葉を示して下さい。

447 :祭り大好き!!:02/10/29 22:08
>>445
こちらが、質問相手(ひさしぶりさん)に経典上の根拠を求めて
いる(>>308)以上こちらも相応の回答をしなければと思ったまで
ですが何か?

448 :ひさしぶり1:02/10/29 22:16
>>374
>退会者にはしばいてでも引きとめよといったんでしょ?
なのに破邪顕正しなければ辞めよって矛盾してないか?

「父は打ち母は抱いて悲しめば
変わる心と子や思うらん」
まったく子知らず、であります。


>>375
>質問を返すとはね。

えらい言いようだなあ。
「ろくろく答えてないくせに
私に質問するなんて分際を知れ」
ってことかね、これ。
何様なんだろうね。


449 :ひさしぶり2:02/10/29 22:17
>>284
>法を知っていて説かないことが(もちろん、出家在家
とも)ただちに謗法だという経典上の根拠は
あるのですか???
>>375
>「疑」は、まさしく謗法であります。

ご自分で言ってるじゃないですか。

「仏の智慧を疑うは、罪、悪道に当たれり。しかも
願に随いて往生するは、これ仏の悲願の力なり」(往生要集)

諸行往生は悪道の罪である疑惑をしているが
化土往生できるのは阿弥陀仏の願力の力である、
との仰せです。
化土へ行けなければ悪道ですね。

「その時世尊、諸の比丘に告げたまわく、善哉善哉
我が声聞中、実眼、実智、実義、実法に住し、決定
して通達せるはこの衆生を見るなり。我れもまたこの
衆生を見てしかも説かざるは、人信ぜざるを恐る。
所以は如何ん。如来の所説を信じざらん者あらば
是愚痴の人にして長夜に苦を受くればなり」
(雑阿含経)
「見る力の無い者でも信じなければ長夜に苦を受ける」
といわれていますね。

疑いは地獄の種であることは明白です。


450 :ひさしぶり3:02/10/29 22:18
あと「法を説くことは在家のすることではない」ということ
に関して反証をあげておきましょう。

自力の出世本懐経は法華経ですが(これにも異論が
あるようならまた後ほど)、当然弘教、解説は説かれています。
「若し人一の悪言を以って、『在家』、出家の、法華経
を読誦する者を毀・(きし)せん、其の罪甚だ重し。」
「薬王、多く人有って、『在家』、出家の、菩薩の
道を行ぜんに、若し是の法華経を見聞し、読誦し、
書持し、 供養すること得ること能わずんば、当に知る
べし。是の人は、未だ善く菩薩の道を行ぜざるなり。
若し是の経典 を聞くこと得ること有らん者は、
乃ち能善く菩薩の道を行ずるなり。」(法華経)

「難信難解第一の法華経」でさえ出家のためだけ
ではなく「在家」にも説かれているのです。
当然「できない」のは分かっておられたのに
釈尊は説かれたのです。
「機にあわない法をとけば善でも悪因になる」というのが
いかにでたらめか、これだけでもわかるでしょう。



451 :ひさしぶり4:02/10/29 22:19
さらに「真実の教」である大経には
「仏の言はく、汝今の諸天人民及び後世の人
仏の経語を得、当につらつら之を思いて
能くその中において心を端し行を正しくすべし。
乃至。
汝ら是において広く徳本を植え、恩を布き
施恵して、道禁を犯すことなかれ。忍辱精進に
して心を一にし、智慧をもってうたた相教化せよ」
「諸天人民及び後世の人」に対して「善をせよ」
といわれまた「相、教化せよ」と言われて弘法
解説を含まれています。人民には当然在家もおります。
破邪顕正は万行諸善にはいるのは当然であり
本願寺も反論文で認めているところです。

仏智を疑い、善として勧められている「弘法、解説」
をせず、疑いを身業にあらわにして黙することは
謗法であることは当然であります。

親鸞聖人、蓮如上人の御文はさきにあげたとおり。



452 :ひさしぶり5:02/10/29 22:20
>「不審」(疑問)は、仏教上の「疑」
には当たらないと思います。

「思う」のはどうでも結構ですが
根拠をあげてお話ください。
根拠なしに自説を通されるのであれば
自分で宗教団体でも立ち上げたら
どうですか。

>私は関係者でないのでわかりません。

わからないのにいろいろ言っているん
ですか?バッカじゃないの。

>>377
>無漏淨心の菩薩の実在を認めてらっしゃいますよ。
>>383
>観音菩薩も清浄の心を持たなかったと
  されるのでしょうか????

還相の菩薩はおられるでしょうね。
ただ自力聖道は方便であります。


453 :ひさしぶり6:02/10/29 22:21

「高祖善導和尚の解釈にも、弥陀如来は娑婆に
来りたもう、と見えたるところもあり、また浄土は
動きたまはず、と見えたる釈もあり、然れども
当流の意にては、きたるといえるはみな
方便なりと心得うべし」(浄土真要抄)

諸行往生もまた方便と心得よ、との仰せであります。
定散の機が実在して諸行往生ができるのなら19願は
方便ではないですよ。定散諸機には19願自体が真実
じゃないですか。

「弥勒当に知るべし。汝無数劫よりこのかた
菩薩の行を修め、衆生を度せんと欲うこと、其れ
すでに久しく遠し。汝に従い得道し泥オンに至るもの
称数すべからず。
汝及び十方の諸天人民、一切の四衆、永劫より
このかた、五道の展転し、憂畏勤苦すること具さに
言うべからず。」(大経)

弥勒菩薩でさえ「五道を展転する」のに誰が清浄の
善を重ねて、出離をできる者がいるというのでしょう。


454 :ひさしぶり7:02/10/29 22:22
それとも信心獲得して二種深信のたたない者が
存在する、とでも言われるのでしょうか?

「如来所以興出世 唯説弥陀本願海」(教行信証)

聖道の教えと浄土の教えが別々にあるわけではありません。
聖道自力の教えをとかれたのもすべては
阿弥陀仏の本願ただ一つを説くための方便で
あります。



>>378
>邪見を生じ。

これが悪因ですね。
数息観と骨鎖観が悪因とは言いません。

>諸善を「修すること」を勧めている
のじゃないのですか???

それが何か? 


455 :ひさしぶり8:02/10/29 22:23
>>384
>試みに考えてみますと。

あなたが考えてどうするんですか。
くさった頭で。

>>387
>諸機の相に差別あることを。

で、なんでしょうか?質問をはっきりして
いただかないとお答えもできません。
こっちが質問しちゃいけないんでしょ。

>それともできないと考えているのか???

人間には真実の善はできないと何度も
言っています。

>>388

通し番号を振っていただけたら
ありがたいのですが。
質問か、ただの悪口かよく
わかりません。


456 :ひさしぶり9:02/10/29 22:24
>>409
>『刹那生滅』の観点は仏教でない考え方、あるいは
浄土教と相いれない立場であると認識してよろしいのですか。

あなたがその観点で「地獄に行くわけではない」
という結論を出しておられると思いましたので
おかしいということを言っているだけですが。
「刹那生滅」がどうこうとは言った覚えがありません。

>>411
>私は「必ずしも19願を通らないでもよい」
などとは一度も申しておりません。

必ず通るとも言っていませんね。
答えていない、ということですね。


457 :ひさしぶり10:02/10/29 22:25

>信心獲得すれば(過去世の宿縁があつい
頓機のかたを除いて)大抵は
要門を通ったことを知らされるでしょう。

頓機は過去世にも、要門を通ったことを知らされない
、ということでしょうか。根拠をあげてください。
親鸞聖人は要門を通ったと仰せです。
聖人は、頓機ですよ。

>>411
>すでに本物の金を知った者が、どうして
偽の金を他人に勧めるのでしょうか?

よく言いますねえ。まるで会が「諸善で助かる」と言って
18願を説いていないかのように。



458 :ひさしぶり10:02/10/29 22:27
「念仏、念仏、念仏で助かりますよ」と嘘を教えていたのが
本願寺じゃないですか。言い逃れしても門徒がみんな
そう思っているのが証拠ですよ。あるいは何にも知らないか。

阿弥陀仏に救われたらハッキリする、平生業成、現生不退なんて
説法が本願寺の本山であるいは末寺でありましたか、
どこでありましたか。門徒にわからないように
影で言ってるぐらいでしょ。

「人間には真実の善はできない、その善は往生のたしには
ならない、自力の善で信心を獲ることはできない」
ちゃんと聴聞している会の人なら皆知っていますよ。
「諸善で信心が獲られる」と言っているというなら文証をあげなさい。
会の出版物のどこにそんな文がありますか。あるわけないじゃないか。
先生が言われた、というならどこで言われましたか。
いつの御法座ですか。日時を言ってみなさい。

「自力無効」と「宿善まかせ」の間さえ聞き切れない者が
何を知ったかぶりして批難してるんだよ。


459 :ひさしぶり12:02/10/29 22:39
>>411
>聖人が..........喜びをご表白なされたものです。

そんなこと分かってますよ。
十方衆生の関係をお聞きしています。
聖人個人の喜びであって十方衆生とは
関係ないといわれるなら、根拠をあげてください
と言っております。

>「それはあくまでも捨て去るべきものとして述べられているのであって、
それらを人々に経過せよと強いるものでない」

山本仏骨さんがなんの根拠になるのですか?
これは「要門を経過しないで要門を捨て去ることができる」
という意味ですか?
あるいは「(要門を経過しないと捨て去ることはできないが)
強いては(教えすすめては)いけない」ということでしょうか。


460 :ひさしぶり13:02/10/29 22:40
>なぜ「十方衆生に向かって起こされた」願であると祖師が
知らされたのか?

なぜなんて聞いておりません。
十方衆生に向かって起こされた19、20願であるが
その願(方便)を通らずに18願に転入するものが
いるのか、いないのか、お聞きしております。

>>413
>ひょっとして「わかりたくない」のでしょうか。

わかるはずがないでしょう。
ひょっとして答えたくないんでしょうか?

>>414
>信心決定するために必須の行ですか?

信心決定するのに必要な教えが要門です。
信心決定するために必要な行などなにもありませんよ。


461 :ひさしぶり14:02/10/29 22:41
>親鸞会に所属しなくても獲得できる可能性

親鸞会に所属しなくても正しい教えが聞ける可能性
についてあなたに教えていただければお答えできる
と思いますよ。

>「衆生往生の因行は願成就の御名号である」

なんの異議もありませんが。



462 :ひさしぶり14:02/10/29 22:43
>>415
>諸善は心掛けがよければ、つまり阿弥陀仏に向いていれば善である、
という解釈ですね。
>>416
>浄土に往生するための善としてさしむけた善根のことであり、
親鸞会流にいえば「こころがけのよい」諸善万行ということになりますね。

まったく違います。
会の話の内容を聞いていない批難ですね。
柏原みたい。
会では「浄土に往生するための善としてさしむけた諸善は
こころがけの悪い諸善万行」とお聞きしています。
いねむり半分に聞いてて聞き違った輩の話を又聞きして
想像を重ねて人を批判しているからこんな馬鹿な
批判をしてるんだよ。ほんとに無責任なやつらだなあ。

>>417>>418
読む価値なし。



463 :ひさしぶり16:02/10/29 22:44
>>419
>「ひとへに専修」のみを正行と認められて
勧められたのです。

「ひとえに専修」は弘願のことですね。
自力の専修を勧められたわけでは
ありません。


「正行とはこれにつきて開合のニの義あり。
初めの開を五種となし、後の合をニ種となす。」(選択集)
「この願(19願)の行信によりて浄土の要門、方便権仮を
顕開す。この要門より正助雑の三行をいだせり。」(化土巻)

五正行を開門五種としてあつかうときは、称名は散善に
摂められる要門自力の念仏であり、合門ニ種としてあつかう
ときは弘願他力の念仏としてあつかうのが浄土真宗にて
五正行をあつかうときの法相です。(「山辺赤沼」にちゃんと
書いてありますよ。)

要門自力の念仏で往生することはできません。


464 :ひさしぶり17:02/10/29 22:45
「横超とは、本願を憶念して自力の心を離る、
専修とは唯仏名を称念して自力の心を離る、
これを横超他力と名づくるなり。これ即ち専中之専
頓中之頓、真中之真、乗中之一乗なり。
これすなわち真宗なり」(化土巻)
「真に知んぬ。専修にしてしかして雑心なる者は
大慶喜心を獲ず」(化土巻)
「凡そ大小聖人一切善人、本願の嘉号を以て己が善根と
するが故に、信を生ずること能わず、仏智を了らず」(化土巻)

「ただ声に出して念仏ばかりを称うるひとはおほようなり。
それは極楽には往生せず」(御文章三帖三通)

自力の念仏が往生の支助にならない根拠がまだ必要ですか。
「自力の念仏では往生できない」というのは法然上人も同じです。
「念仏を称えよ、そうすれば信心決定できる」という
親鸞聖人の御教えはどこにもありません。


465 :ひさしぶり18:02/10/29 22:46
「ここを以って経には多善根、多功徳、多福徳の因縁と説き
釈には、九品具に回して不退を得よ、と云いあるいは
無過念仏往西方、三念五念仏来迎と云へり。これ是の
経(小経)の顕の義を示すなり。これすなわち真門之中の
方便なり。」(化土巻)

自力の者に「念仏を称えよ」というのは方便である、との仰せです。


「然るに今大本によるに真実方便の願を超発す。
また観経には方便真実の教を顕彰す。小本にはただ
真門をひらきて方便の善なし。ここをもって三経の真実は
選択本願を宗とするなり。また三経の方便はすなわちこれ
諸の善根を修するを要とするなり」(化土巻)

「小本には方便の善なし。」なのに「三経の方便は諸の
善根を修するを要とする」のは「大小聖人一切善人、
本願の嘉号を以て己が善根とする」からです。
教えられるのは他力弘願の念仏なのに、機は定散
自力の称名をして修善しているのです。


466 :ひさしぶり19:02/10/29 22:47
「修善と信心決定は関係ない」というならば、当然
信前に称えた自力の念仏も信心決定とは「関係が
ない」ことになります。信前は要門自力の念仏であり
弘願の念仏を信前に称えられるわけではないですから。
私は修善も自力の念仏も信心決定と「よい関係」にある
と考えます。それは往生の支助になるということでは
ありません。修善も自力の念仏も方便であるとの
仰せです。これが宿善です。


467 :ひさしぶり20:02/10/29 22:48
「宿因、宿縁、宿善の三語があるが、この三語は
たいてい同じ意味で用いられてある。」と山辺赤沼にも
ありますよ。「教行信証には宿善は書かれてない」なんて
言っているのはあなただけでしょう。
だから「親鸞聖人と蓮如上人の御教えは違うというの
ですか」と何度も聞いているんですよ。
「宿善まかせ」と御文章に書いてあるのを知りながら
親鸞聖人は宿善は仰ってない、というのは「教えが違う」といって
いるのとどうちがうんですか?「蓮如上人の教えを完璧に
知っているわけではないのでわからない」なんていうのは
心口各異でしょう、妄語にはならないんですか?
宿善の語は法然上人も覚如上人も使っておられますし、
親鸞聖人だけが使われない理由がありません。
「宿縁」とか「方便の善」と言われて
いるのを、あなたが無視しているだけです。

「自力の念仏を称えれば往生できる」という教えは
親鸞聖人の御教えでも、法然上人の御教えでもない
のです。



468 :ひさしぶり20:02/10/29 22:49
会では「諸善も称えた念仏も何にも間に合わない
地獄しか行き場のない自分が知らされて
自力がすたった一念に仏智満入して、ただのただも
いらんただであったと知らされる」というお話をいつも
聞いています。
「善をしなさい、光に向かいなさい、そうしないと
信仰は進みませんよ」とはいつも
教えていただきますが「破邪顕正したら信心決定できる」
なんて聞いたことないですね。


469 :名無しさん@1周年:02/10/29 22:59
ひさしぶりの態度が日に日に傲慢になっていくなあ・・・。

470 :名無しさん@1周年:02/10/29 23:07
>>458

「財施、破邪顕正、活動で助かりますよ」と嘘を教えていたのが
S会じゃないですか。言い逃れしても誨淫がみんな
そう思っているのが証拠ですよ。

471 :名無しさん@1周年:02/10/29 23:12
ひさしぶりの書き込みをみてわかった。
やはり親鸞会は一念覚知の異安心だ。
ひさしぶりは念仏成仏是真宗 万行諸善これ仮門を否定している。

472 :名無しさん@1周年:02/10/29 23:14
ひさしぶり、必死だな藁)




473 :名無しさん@1周年:02/10/29 23:15
昨日、マスコミで取り上げられてた
福岡であったミイラ事件知ってる?
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20021029-00000024-nnp-kyu
ミイラ化した死体遺棄をしていた
自称・宗教家のババァが、テレビの取材で
「私は仏。霊界の指導で世界を動かしている」なんてほざいていたけど
ひさしぶりなんてアイツと同じレベルのキ○ガイだろ。


474 :祭り大好き!!:02/10/29 23:31
>>449
あれっ、ひさしぶりさんは、疑情=謗法とは言ってなかったんんじゃ?
>>282 >>293)疑情と仏教教理上の「疑」とは、違うんですか??
それでは、>疑いは地獄種であることは明白です。 の「疑い」はどっち
ですか?? 仏教上の「疑」は通常、禅定を妨げ善心の生起の障碍とな
る悪作となる仏教に対する「ためらい」「躊躇」を指し、(上記の『大
毘婆沙論』『摩訶止観』等を参照)修学上の単なる疑問(不審)などは、
指さないんですけど。それに不審=謗法である疑いなら、やはり蓮如上人
は不審(=謗法)を勧めていたのでしょうか???
それと私が聞いているのは、不説法という言わば不作為が直ちに謗法だと
される経典上の根拠なんですが??釈尊も梵天勧請までは、説法されずに
入無余涅槃されようとしましたね。それに御引用の『雑阿含経』の御文や、
生前の法然上人の『選択集』の例でもわかるように、説法が相手の誹謗を
誘発されると考えれて説かれなかったケースもありますよね??

475 :名無しさん@1周年:02/10/29 23:35
>ひさしぶり
S会の偏った知識しかない君には、
もはや世の中を客観視する能力すらないのだろう。
ある意味「絶対の幸福」かも知れないな。
アドレス載せておいてやったから
中島義道の「不幸論」でも読んでみな。

http://www.jbook.co.jp/product.asp?ISBN=4569624596
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9976268998
http://www.mahoroba.ne.jp/~felix/Book/book2002.html

476 :hitomi はいい!:02/10/30 00:05
hitomi はいい!
幸せになって欲しいね。


477 :ある通行人:02/10/30 00:06
うーん、なんかひさしぶりさんに以前みんなから無視された質問を答えられてしまった
何を言っているのか分らないと思うからその部分をいちおうコピっておくね

>「修善と信心決定は関係ない」というならば、当然
>信前に称えた自力の念仏も信心決定とは「関係が
>ない」ことになります。

いちおう懐疑派だけど、これに関しては同じ意見だなあ
私なんかと同じだからどうってことでもないと思うけど
ついでに言えば、『念仏成仏是真宗 万行諸善是仮門』は否定していないと思うし
どうせひさしぶりさんが詳しく解説してくれると思うけど
私としては、念仏はいつ死んでも弥陀の浄土に生まれられることがはっきりして
称えさせられる他力の念仏だと思うし。そうなるとおかしくないと思う
それ以外の諸善も、自力の念仏も方便だしね

でも、ひさしぶりさんのあの言い方じゃあ、敵を増やすだけだと思いますよ
せっかく書いたことが相手の心にとどまるどころか、逆に悪意にとられて泥沼となる
新人太郎氏の時と同じじゃあ火に油を注ぐだけですよ

まあ、自分の理解や知識をひけらかそうとか
見下そうと言うのならもう何も言いませんけど

えらそうなカキコでごめん

 

478 :祭り大好き!!:02/10/30 00:23
>>450
御引用の『妙法蓮華経・法師品第十』の御文は、主に聞法について
強調されてる部分で「解説」が出てくるのは、もう少し前ですね。
「若し、善男子、善女人にして、法華経の、乃至、一句を受持し、
読・誦し、解説して、書写して・・・」の部分ですね。ここには、
直接的には「在家」の言葉は出てまいりませんが・・・。まあ、
この善男子・善女人に「在家」を含むにしましても、すぐ後に
「当に知るべし、この人は、これ大菩薩にして、阿耨多羅三藐三
 菩提を成就するも、衆生を哀愍するをもって、願って、此の間
 生れ、広く妙法蓮華経を演べ分別するなり。」と言われ大菩薩
が凡夫に降りてきた権化の方だと言われてますね。おっとここで
「分別」の語が出てきましたが、凡夫の分別は、妄分別ですが、
権化の方は違いますからね。それに羅什三蔵は、『中辺分別論』
『摂大乗論』など訳した真諦三蔵より大分前(一世紀半くらい)
の方ですから意味に差があるかも。『法華経』は権化などの上根
上智の為で浅識の為に説かれたお経ではないのでは???
ひさしぶりさんは、この五種法師の行(立正佼成会が勧めてられま
すね)等聖道門も勧めておられるのですか?? 「仮といふは、すなは
ちこれ聖道の諸機、浄土の定散の機なり」(『信文類』)と言われ親鸞聖
人的には区別がないですからね。


479 :ある通行人:02/10/30 00:23
最近退会した人の中で多いのは組織の雰囲気が原因だと思う

驚愕的には分らないという人でもそれ意外が原因でやめていくというのは何かがおかしいんだと思う
その現実を明らかに見て、改善する所は改善してほしいというのが正直な気持ち

それができないなら組織が嫌でやめていく人があとを立たないでしょうね
私もその一人になりそうだから

480 :名無しさん@1周年:02/10/30 00:42
地獄とは対象?

それとも、主体の自覚?

地獄一定(自覚)の主体の主とは?


481 :名無しさん@1周年:02/10/30 00:46
同じだよ、ヴォケ。
普通、分かるだろ。


482 :祭り大好き!!:02/10/30 00:48
>>450の続き >>454
誰が、機に合わない教えを説けば善でも悪因になると言いましたか。
数息観・骨鎖観そのものが、悪因ではなくて、その機根でない者(
実践能力の無い者)が、修すればその行(行体ではなく能修の機に
約してます)が悪因になると言ってるのですよ。邪見も次の苦果を
引く悪因ですが、その邪見を引き起こす行はその邪見の悪因でしょ
う??『白道燃ゆ』引用の明遍僧都が見た法然上人の譬えをどう解釈
されているのでしょう?? 

483 :祭り大好き!!:02/10/30 00:55
>>482の続き
ひさしぶりさんは、仏教では「応病与薬・対機説法」が大事だという
ことを否定されるのでしょうか???

484 :名無しさん@1周年:02/10/30 01:04
>>481
軽くいうなよ。


485 :祭り大好き!!:02/10/30 01:10
>>482の更なる続き
釈尊は、舎利ホツ尊者が、弟子の機根を見誤って不相応の「善行」を弟子に
修行させたことを叱責されたんですよ。それについてはどうお考えですか??

>>451
ですから、その『大経』の極意は、本願成就文じゃないのですか???それら
もろもろの善根の功徳も発願廻向のお名号に集約されてるのじゃないですか??
「成就文」には、往生の条件に自力の善行が説かれてますか?? 名号を聞かせ
ていただく一つじゃないのですか????

486 :名無しさん@1周年:02/10/30 01:10
>>484
軽く書くんじゃねぇ、てめーもな(w


487 :祭り大好き!!:02/10/30 01:34
>>452-453
前にも聞きましたが(>>311)、実在しない機のために何故、釈尊は
「顕の義」を説かれたのですか??? >定散の機が実在して・・・
驚きですね。他人には、『化土巻』を拝読しましたか?などと言われて
ましたが、親鸞聖人が累々と定散諸機の往く化土(疑城胎宮)について
書かれてあるのを拝読してないのでしょうか?? 諸行往生=化土往生
ですよ。何故、諸行往生=化土往生ができれば、定散諸機にとっては、
真実なんでしょうか??? 浄土門は、凡入報土の法門じゃないのですか
??? 

488 :祭り大好き!!:02/10/30 01:49
>>455
私の頭が腐っているのはその通りでしょうが、親鸞聖人自らが「答ふ、仏意
測りがたし。しかりといへども、ひそかにその心を推するに・・・」と述べ
られている個所ですから、ここでは、問者の「・・・阿弥陀如来すでに願を
発したまへり、いかんが思念せんや」の問いに対してひそかに阿弥陀様の心
を探られて弥陀発願〜御修行の因位に約して釈された御文でしょう?? そ
したら「一切の群生海〜乃至今日今時」というのは、阿弥陀様の因位でのこと
と読むのが自然ではないでしょうか????
諸機の差別の相というのは、親鸞聖人は、十九願所被の機である定散諸機と十八
願所被の機であるわれわれ凡夫との差別相を認めておいでだったのでは??とい
うことですよ。

489 :祭り大好き!!:02/10/30 02:01
>>455の続き
失礼しますた。>>377>>378>>383>>384>>387です。今日のとかぶるのもあり
ますが・・・ ついでに>>335>>340(これは質問形式になったないが)もお
願いします。

490 :祭り大好き!!:02/10/30 02:05
追伸
>>307-317の未回答分も引き続きよろしく
お願いします。


491 :名無しさん@1周年:02/10/30 03:46
     _____
   /::::::::::::::::::::::::::\〜プーン
  /:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::\〜プーン
  |:::::::::::::;;;;;;|_|_|_|_|〜プーン
  |;;;;;;;;;;ノ∪  \,) ,,/ ヽ〜     
  |::( 6∪ ー─◎─◎ )〜        / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  |ノ  (∵∴ ( o o)∴)〜      <敗残兵どもが俺さまの悪口言いやがって!
  | ∪< ∵∵   3 ∵> ムッキー!     \_____________________
  \        ⌒ ノ_____   
    \_____/ |  | ̄ ̄\ \
___/      \   |  |    | ̄ ̄|  
|:::::::/  \___ | \|  |    |__|
|:::::::| \____|つ⊂|__|__/ /   
|:::::/        | ̄ ̄ ̄ ̄|  〔 ̄ ̄〕    
       カタカタカタカタ
★★★★★★★★ひさしぶり★★★★★★★★

492 :名無しさん@1周年:02/10/30 09:11
>>471

>やはり親鸞会は一念覚知の異安心だ。

この非難は、「死ぬまで助かったと言うことのないのが、親鸞聖人の
教え」ということですか。

>ひさしぶりは念仏成仏是真宗 万行諸善これ仮門を否定している。

この非難は、
「念仏さえ称えたら、助かる」
それが親鸞聖人の教えだと、言いたいのですか。

493 :名無しさん@1周年:02/10/30 11:41
>>>417>>418
>読む価値なし。

何これ?あんたそれでも仏法者?
学友部の新入生や新人さんに対しては
「どんな疑問にも答えます。」
いうてるんやろ?
元Sさんはなんとか疑問を晴らしたい一心で長文の質問を書いてきてるのに、
「読む価値なし」ってどういうこと?それって人間としての常識に欠けるよ。
それとも、自分に答える自信がないから逃げてるわけ?
どっちにしろ、もう少し誠意のある態度で答えるのが、
布施の精神を日々心がける親鸞学徒ではないのですか?
あんたは、親鸞学徒失格だね。こんなこと言ってるようじゃ。
とっとと、会やめなよ。えせ仏法者。
>>462

494 :名無しさん@1周年:02/10/30 11:51
>>492
いや、親鸞聖人がそう教えているのでなくて、
親鸞会(ひさしぶり)が勝手に聖人の教えをねじまげてるっていってんだろ?
お前、そんなこともわからんのか?文章理解力0だな。


495 :名無しさん@1周年:02/10/30 13:43
ひさしぶりは親鸞会の恥だね。

496 :祭り大好き!!:02/10/30 17:08
>>449>>451に補足
釈尊が「梵天勧請」まで説法を躊躇されたお話は、『中部二六・聖求経』(『マッジマニカーヤ』
、南伝蔵九巻)が典拠です。

>>450>>454に補足
「斯の法華経は 深智の為に説く 浅識は之を聞きて 迷惑して解さず(解さざればなり)。
  《中略》 凡夫の浅識は 深く五欲に著せるをもって(凡夫の浅識 深く五欲に著せる
 は) 聞くとも解すること能わざれば(能わじ) 亦、為に説くことなかれ。」
(妙法蓮華経譬喩品第三)
このように、浅識の凡夫の為には、説いてはならないと言われているのに、釈尊は、浅識の
凡夫に『法師品』の「五種法師の行」の「解説」を勧められているのでしょうか??? ま
た、この御文は、教えに相応しない機根のものには説いてはならないという経証の一つでは
ないでしょうか????


497 :祭り大好き!!:02/10/30 17:25
>>453に補足

「光明寺(善導大師)の釈(定善義)にいはく、『華に含みていまだ出でず。あるいは
 辺界に生じ、あるいは宮胎に堕せん』と」(『化身土文類』)
と書かれているように「堕せん」とまでいわれる「化土往生」が、なんで定散諸機(実在すれば
?)には「真実」なんでしょうか????

498 :名無しさん@1周年:02/10/30 18:22
>>495
ひさしぶりはs会の恥というより、
現在のs会を象徴してるんじゃないかな?

499 :祭り大好き!!:02/10/30 18:25
>>453に更なる補足
弥勒菩薩が、五道に典転されたのは、経文にある通り「菩薩の行を修め、衆生
を度せんと欲ふ」為でしょう。菩薩様は(自力の)願力により願って悪趣に
生まれられ、衆生済度に活躍されているのでしょう。>>478に引いた『法華経』
の御文でもわかりますよね。しかし、聖道方便に留まり大乗頓教の極意である
弘願真実の法がなかった為、十方の人民とともに五道を展転されたのではない
でしょうか??? 弥勒菩薩が自利の法だけ求められたならとっくに化土往生
されていたでしょう(室町期に夢窓国師や日蓮宗の方々から浄土教は小乗自利
の教えだとの批判があったのも表面的なそのあたりの説相に対する誤解でしょう
)。

500 :名無しさん@1周年:02/10/30 18:37
報土に往生するのは極僅か、化土に往生するものがほとんど。
完璧な人はそうはいない。

501 :名無しさん@1周年:02/10/30 18:53
>>500
親鸞会の改印は、「まあ報土往生は無理でも(修善によって)
化土往生ぐらい出来るやろ」と、そう考えている連中が
多いように思うね。実際、化土往生できるか無間地獄か
ここの水際はないの?
死なないとわからないのか?

502 :492:02/10/30 18:56
>>494

>お前、そんなこともわからんのか?文章理解力0だな。
なるほど。確かに丁寧さに欠けてました。
では、あなたにも分かるように書き直します。
親鸞会を非難している471さん自身は、親鸞聖人の教えをどのように
理解しているのですか。

「お前は間違っている、聖人の教えをねじまげている。親鸞学徒として
許すことはできない」
と自信一杯、断言するからには当然、自分は「聖人の教えを正しく理解
している」と思われてのことでしょう。
まさか、
「私は親鸞聖人の教えは全くわからん。だけど、親鸞会は聖人の教えと
違うことは分かる」
などと言う者が、いるはずないからです。いれば異常でしょう。
そこでお尋ねします。
(1)まず、
>やはり親鸞会は一念覚知の異安心だ。
このように言われる471さんは、
「正しい親鸞聖人の教えは、『死ぬまで助かったということはない』
という教えである」と理解しているのですか。
(2)また、
>ひさしぶりは念仏成仏是真宗 万行諸善これ仮門を否定している。
このように言われる471さんは、
「親鸞聖人は、『念仏さえ称えれば助かる』と教えられているのだ」
と、理解しているのですか。
(1)(2)いずれも、
「そのように理解している」
「そのようには理解していない」
イエスかノーか、一言で結構です。

503 :名無しさん@1周年:02/10/30 20:14
祭大好き!!さんと、ひさしぶりさんの論争は、
枝葉末節は置いておくと、要するに
「親鸞聖人の教えに善の勧めがあるか、ないか」
に集約できるのではありませんか。

でも、それはもう決着がついてしまった問題ですよ。
新人太郎さんと459さんの論争を読まれたでしょう。
459さんはしっぽを巻いて逃げてしまい、新人太郎さんの
圧勝だったではありませんか。

http://homepage2.nifty.com/shinran/index.htm


504 :名無しさん@1周年:02/10/30 20:19
「念仏成仏是真宗 万行諸善これ仮門」ってどんな意味でしょうか。

すみません。ご縁が浅いものですから。

505 :名無しさん@1周年:02/10/30 20:38
>>503

あーあ、またこんなセミの小便かけ逃げみたいなのが出てくるよ。
どこをどう読めば「圧勝」になるんだか。ま、親鸞会の連中は
勝ったつもりでご丁寧にHPまで作ってるんだから、世話はないね。

506 :名無しさん@1周年:02/10/30 20:53
>>505
 新人太郎さんの圧勝は、誰が見ても明らかでしょう。
 そうでないと思う人が、存在するのでしょうか。
 
 失礼ですが、そんな人は、日本語を知られないのでしょう。
 



507 :494:02/10/30 20:57
>>502
なぜ、最初からそうやって書けん。
ようやくお前の言いたいことがわかった。
まあ、漏れは>>471とちがうから、何とも言えん。
>>471の回答に期待するんだな。
もっとも>>471は回答するかわからんがな。

508 :494:02/10/30 20:59
>>506
どこがどう圧勝なのか、教学DQNの漏れにも

 わ  か  り  や  す  く

教えてくれ。納得いく回答なら、批判せんから。

509 :506:02/10/30 21:08
>>494
 それはこちらの質問でしょう。
 どうして圧勝ではないとあなたが思われるのか、教えてもらいたいです。 
 論争の内容すべてを理解するのは一生参学の大事としても、
 論争の勝者、敗者を間違えるのは、信じられません。

 ほんとうにあなたは、読まれたのですか?

510 :名無しさん@1周年:02/10/30 21:23
>>509
お前馬鹿か?
あのな、>>508はな教学あまり知らんねん。
それをどういう結論で新人某が勝ったのか教えろっていってんだよ。


511 :名無しさん@1周年:02/10/30 21:24
親鸞聖人はどんなDQNにもわかりやすく仏法教えたってアニメにあっただろ?
お前のその態度は傲慢すぎてとても仏法者の態度とはいえんな。
お前みたいなのはいっぺん後生につっこんでこいや。どあほ。
>>509

512 :名無しさん@1周年:02/10/30 21:51
>>502
漏れは471ではないが、
親鸞聖人は、多念義に傾く安心も一念義に傾く安心も違う、
といわれたと思った。
ひさしぶりはあまりに多念義と対極的な主張をしている。
自力の念仏はだめだという。ほんとうにだめなのだろうか?
法然上人は何万返も称名念仏していて、信前のものにも称名念仏を勧めていた。
法然上人が財施しろとか勧誘しろとか言ったとは思えない。
親鸞聖人が財施しろとか勧誘しろとか言ったとも思えない。
親鸞会の主張と実際組織がやっていることは解離しているのじゃないか?


513 :名無しさん@1周年:02/10/30 21:58
>>512
>法然上人が財施しろとか勧誘しろとか言ったとは思えない。
>親鸞聖人が財施しろとか勧誘しろとか言ったとも思えない。
>親鸞会の主張と実際組織がやっていることは解離しているのじゃないか?

確かに、そのへんを明らかにしなければ辞めていく人は後を絶たないと思うけどな。

514 :名無しさん@1周年:02/10/30 22:04
>>512
俺は勧誘はどうでもいいが(どうせしないから)
信前の念仏については少し気になっている。

515 :名無しさん@1周年:02/10/30 22:08
>>466
>私は修善も自力の念仏も信心決定と「よい関係」にある
>と考えます。

なにげないこの表現がひさしぶり氏の信仰を明白に物語る。

かれが念仏を称えるとすれば、
「万行随一の念仏」であり、信仰は19願に留まっている。

親鸞会会員は財施とか勧誘の活動にわが身をすり減らして
知らず知らず、
19願から先に進めないようにロックされているんだろうな。

516 :名無しさん@1周年:02/10/30 22:12
>>515
そしてそれが19願ですらなかった、と分かった人から辞めていくのよw

517 :名無しさん@1周年:02/10/30 22:14
>>515
念仏をバカにしているS会で20願(真門)に進めるわけないだろうが。
ましてや18願に回入できるわけがない。

518 :名無しさん@1周年:02/10/30 22:21
>>515
蓮如「一宗の繁盛は人の多く集まり威の大なることではなく候」
だったっけ?
漏れはこれに、「でかい建造物を建てることではなく候」を
付け加えたい。
親鸞も法然も、「信をとった」からその徳に引かれて
ひとがおのずと集まってきたんだ。
強引な勧誘によってではないと思うよ。


519 :名無しさん@1周年:02/10/30 22:53
「親鸞聖人の教えに善の勧めがあるか、ないか」

この問い自体が大詭弁のような気がしてきた

520 :名無しさん@1周年:02/10/30 23:10
ていうか、sの言ってることは殆ど詭弁だ。
だいたい、善というのは親鸞聖人が教えていようといまいと人間として必要だろ?
ていうか、ひさしぶりその他のsの原液の発言はとても善とはいえない、
人を馬鹿にした発言だがな。もはや、仏法者どころか人間としてだめぽだね。


521 :古い会員:02/10/30 23:16
新人太郎の法論は、本当にばかげたものだった。
自信があるのなら、最初に登場したかれの書き込み、それに対する、多くの別の人の論も載せるべきである。
あのように断片的(それでも新人がおかしいことはわかるが)に編集したものを載せて、勝っているという神経がよくわからない。
まあ、わかるような人は会に続けることができないか。

522 :名無しさん@1周年:02/10/30 23:27
>>521
それをバリ原液は
「新人太郎がどうみても圧勝だろうが。」
などとほざくんだからね(w

523 :名無しさん@1周年:02/10/30 23:37
あれだけ必死だったアホのひさしぶりが
大人しいな。昇天でもしたか?




524 :名無しさん@1周年:02/10/30 23:39
ところで、新しい方の狂学聖典の7だったと思うが、
「念仏無間などと言う狂人ども・・・」
という問題があって、私は
「狂人って言い方はひどいんじゃないか?」
と先輩に質問(ていうかありゃ詰問だな。)した。すると、先輩は
「狂人だから狂人なんです。そんな質問するあんたも狂人だ。」
などと言われた。s会なんてそんなもんです。
(これってこっちにカキコでいいんですね。狂学的ですから一応)

525 :名無しさん@1周年:02/10/30 23:50
>法然上人が財施しろとか勧誘しろとか言ったとは思えない。
>親鸞聖人が財施しろとか勧誘しろとか言ったとも思えない。
真宗の歴史にも信者が、千日回峰行の様に財施や勧誘に励んだという記録もない。
法然上人は下記の様に遺言をしている。
       ↓
もろこし我が朝に、もろもろの智者達の沙汰し申さるる、観念の念にもあらず。
また学問をして念の心を悟りて、申す念仏にもあらず。ただ往生極楽のためには、
南無阿弥陀仏と申して疑いなく、往生するぞと思いとりて申す外には別の子細候わず。
 (中略)
源空が所存、この外に全く別義を存ぜず。滅後の邪義をふせがんがために所存を記し畢んぬ。
(一枚起請文)

526 :名無しさん@1周年:02/10/30 23:58
「親鸞聖人の教えに善の勧めがあるか、ないか」
ではなくて、
「親鸞聖人は獲心のために積極的に善を勧めたか、否か」
が大切な問題ではないのかね。「善の勧めがない」宗教的な
指導者なんてほとんどいないでしょ。

527 :名無しさん@1周年:02/10/31 00:00
親鸞聖人は財施を勧められたんですか???

528 :名無しさん@1周年:02/10/31 00:07
一応布施には法施と財施があるようだが、
sのやってることは財施ではなくて金の強奪。
sにとっては財施=金の強奪。
そのために親の金盗むことまでやった学生会員がいるからな。
>>527

529 :名無しさん@1周年:02/10/31 00:18
>>526
そんな難しく考えなくても、「親鸞会のやってることは善か、悪か」で終了する
ダミーサークル勧誘も悪だし、無理な財施を会員に押し付けるのも悪
それを親鸞承認と結び付けてしまう所が彼らの大詭弁ではないか?

530 :名無しさん@1周年:02/10/31 00:23
>>529
ついでに、M晴の浄財使い込みの上の不倫もな。
肝心なのを忘れてはいかんぞ。

531 :名無しさん@1周年:02/10/31 00:24
>それを親鸞承認と結び付けてしまう所

それはN根によって始められたものだろ。

532 :名無しさん@1周年:02/10/31 00:30
とどのつまり、N根が諸悪の根源なんだな。

533 :古い会員:02/10/31 00:39
そんなことはない。
ダミーを学生部に推し進めた中心人物は、N根氏だが、もともとは会長の発想。
有名なのは、かれが30代のとき、学生服を着て、寺に乗り込み「破邪顕正」をしたこと。
また、『法論』の多くもかれが偽名を使ってしている。
ああ、まったく新人太郎のやり口とかわらない。

534 :名無しさん@1周年:02/10/31 00:41
ようするに、怪鳥とN根が一番の悪だってことだな。


535 :古い会員:02/10/31 01:14
いやー
やっぱりそれはレベルが違うよ

オウムのアサハラとジョウユウ位の違いはあるよ

536 :名無しさん@1周年:02/10/31 04:29
元痒いん
辞めてからわかったこと。
 人生を何か達成すべき目標のためだけに使ってしまう、今を犠牲にして
将来のための道具にするという考え方自体が間違い。
因果の道理は証明不能。
後生の一大事も証明不能。
証明不能の上に乗っかっている理論ならいくらでも作ることができる。

会員は哲学等の本をもっと読むべき。


537 :名無しさん@1周年:02/10/31 04:46
536続き

辞めてから本当に吹っ切れたのはオウムの事件が起きた後。
こいつら自分と全然変わらないじゃないかと思った。
もちろん教義も違うし、あそこまで悪い団体ではない。

選民思想というのだろうか、自分たちだけが宿善が高いおかげで
正しい教えにあうことができたというような傲慢な考え。
おかしいと思わないだろうか。世界は広いのに。
それを受け入れてしまったということは、自分の中に妙に高くて
傷つきやすいプライドがあるからだった。

いわゆるオウム本を読み漁った。一番心に響いたのは宮台真司のかな。
その後いろいろ本を読んだりいろいろ経験をして、如何に自分が未熟だったかよくわかった。
人生そんなに割り切れるものではないし、そこに面白さと苦しさがあるとも言える。


538 :名無しさん@1周年:02/10/31 04:49
運営面を批判するのもいいけど
教義自体を否定できないと吹っ切れない。

本を読んで自分を見つめましょう。
誰かが言うことに従うほど楽ではないけどそれしかないよ。


539 :名無しさん@1周年:02/10/31 09:52
>>533
先日渋蝶が、459氏と新人太郎との法論のパンフを持っている
のを見た。何でも不況抗議では、渋蝶から回腸への手紙の中で、
「459氏」と「氏」をつけた渋蝶に対して、「459」でいい
と叱られたとか。

540 :492:02/10/31 10:21
>>517
>念仏をバカにしているS会で

なんで、そんな一言も言われていないことを、S会が言っているように言うのですか?
私は一度も、念仏をバカにされた言葉を、ご著書でも読んでいないし、ご説法でもお聞きしたことがあり
ません。
「いくら念仏称えていても助からぬ」
「念仏さえ称えておれば助かると思っているのを、称名正因の異安心という」
ことは、繰り返し聞かされています。ご著書にも、両聖人のお言葉で沢山書かれています。
ですから、そのことをもって「念仏をバカにしている」といわれるなら、親鸞聖人や蓮如上人も「念仏をバカにされた方」になってしまいますが、それでいいのですか。
あなたは両聖人を間違い者だと言いたいのですか。
そうじゃない、と言われるなら、「S会が念仏をバカにしている」という根拠を、ご著書の中から一カ所でも示して下さい。

541 :名無しさん@1周年:02/10/31 10:37
>>524
>「狂人って言い方はひどいんじゃないか?」

ではお聞きしますが、2ちゃんでS会批判している人たちの言葉は、
「ひどく」はありませんか。たとえば「死ね、逝ってよし」などは、
「狂人」以上だと思いますがいかがでしょう。
お互い立場を変えれば、批判の言葉は「ひどく」感じられるもの
です。だから、言葉遣いをどれだけ問題にしても、「立場の違い」
というだけの話です。くだらんことで、ぎゃあぎゃあ騒ぎなさるな。

親鸞学徒にとっては、念仏誹謗の日蓮は間違いなく「狂人」です。

542 :459:02/10/31 10:52
なんかえらいことになってますねえ・・・

543 :名無しさん@1周年:02/10/31 11:39
>>539
やっぱり回腸=新人太郎説が濃厚だね。
人を呼び捨てにする風土も回腸ゆずりだったのね。
なんか、親鸞会ってその程度のところだったんだね(藁。


544 :名無しさん@1周年:02/10/31 12:10
>>543
回腸の指示を仰ぎつつ、A倉あたりがやったものと思われ。
相手からの質問を全く無視して、
最後には自分の言いたいことを言いまくるという、
s会の伝統的なスタイルだね。

545 :名無しさん@1周年:02/10/31 12:15
>>541
匿名掲示板でのカキコと、会の公式出版物での使用ではレベルが違うだろ。


546 :名無しさん@1周年:02/10/31 12:56
>>544,545
法戦も同じような展開が多いでしょ。
M浦子牛がNHKに抗議していたヤシもひどかったな。
あれは回腸がM浦子牛の名を使って書いていたらしいからな。
確か雑行の話しだったでしょ。その点、新人太郎がやり込めた
い題材だったんじゃないの?それにしても、常軌を逸している。
そもそも親鸞会を作って本願寺に批判に明け暮れる回腸に
常軌があるはずもないけどね(^^;;
最後は言いたいこといってせいせいして終わり。パターンが
新人太郎にそっくりだね(藁。


547 :名無しさん@1周年:02/10/31 13:16
>>547
本願寺や他の宗教の批判を繰り返してきた歴史は、
法戦等でわかるよね。
そのくせ、他から批判には猛烈に反発して、常識が
ないとか、人格的なことまで徹底的に否定するのが
S会でしょ。
自分の相は自分ではなかなか分からないものだと
教えている通り。自分鏡のところで、子供をかばう
親の話をするけど、それが自分のこととは気が付か
ないのよね。

548 :名無しさん@1周年:02/10/31 13:18
上の
>>547

>>546
間違いです。

549 :名無しさん@1周年:02/10/31 13:30
>>526

>「善の勧めがない」宗教的な指導者なんてほとんどいないでしょ。

ところがいるのです。お祭り山は、そんな外道の指導者なのです。
本願寺もそうです。459さんもその一人です。
そりゃおかしい、と分からない人があるのは不思議ですらあります。

550 :526:02/10/31 14:09
>>549
一部だけ強調しないでください。
「親鸞聖人は獲心のために積極的に善を勧めたか、否か」
と、先に書いております。どうなんでしょう。
ところで獲心って獲信だったっけ?
あと、
親鸞聖人の教えに財施の勧めはあるんですか?

551 :名無しさん@1周年:02/10/31 14:44
>>526
「破邪顕正や財施が、諸善万行の中に入ることは言うまでもない」
と本願寺が言ってるよ。


552 :名無しさん@1周年:02/10/31 15:27
で、新人太郎の用語で言えば、本願寺は「報恩行」を勧めていて、親鸞会は「諸善」を勧めているわけだ。

553 :名無しさん@1周年:02/10/31 16:55
>ではお聞きしますが、2ちゃんでS会批判している人たちの言葉は、
>「ひどく」はありませんか。たとえば「死ね、逝ってよし」などは、
>「狂人」以上だと思いますがいかがでしょう。
>お互い立場を変えれば、批判の言葉は「ひどく」感じられるもの
>です。だから、言葉遣いをどれだけ問題にしても、「立場の違い」
>というだけの話です。くだらんことで、ぎゃあぎゃあ騒ぎなさるな。
かと言って、公の出版物で草加の人々を「狂人」呼ばわりするのが正当化されていいはずがない。
じゃあ、お前は人が殺人しているからと言って自分も人を殺していいやと思うのか?
私は「一応」s会で「仏法」をかじってきたので、
たとえ匿名掲示板であったとしても、「氏ね」など人を否定するようなことは発言しない。
この教学聖典をs会以外の人が見られたら、また該当者が見られたらどう思われるか?
布施の精神を心がけている仏法者ならそれくらいわかってもいいはずだと思います。
親鸞聖人はやたらめったら「狂人」よばわりせよとは教えていないはずですよ。

554 :553:02/10/31 16:56
>>545
ちなみにそれはあまり関係ないと思いますよ。残念ながら・・・。
あと>>553>>541に対するレス。

555 :名無しさん@1周年:02/10/31 18:08
>>553
>この教学聖典をs会以外の人が見られたら、また該当者が見られたらどう思われるか?

彼らは弥陀の本願を、「念仏無間」と誹謗している者であることをお忘れなく。
ことなかれ主義の偽善者ならともかく、弥陀の本願に命かける親鸞学徒ならば、
そんなものを擁護するとは考えられないことです。

>親鸞聖人はやたらめったら「狂人」よばわりせよとは教えていないはずですよ。

日蓮に対する聖人のお怒りは、それどころではありません。
「念仏誹謗の日蓮は
 阿鼻地獄(無間地獄)に堕在して
 八万劫中大苦悩
 ひまなく受くとぞ説きたもう」

556 :名無しさん@1周年:02/10/31 18:29
>>555

>日蓮に対する聖人のお怒りは、それどころではありません。
>「念仏誹謗の日蓮は
> 阿鼻地獄(無間地獄)に堕在して
> 八万劫中大苦悩
> ひまなく受くとぞ説きたもう」

そんなこと聖人は書いておられません。
親鸞会は自分に都合のよいように御聖教の言葉を書き換えるようですね。




557 :名無しさん@1周年:02/10/31 18:32
聖人の真意を顕せば、
念仏誹謗の親鸞は
阿鼻地獄に堕在して
八万劫中大苦悩
ひまなく受くとぞときたまう

という風になるんでしょうが・・・


558 :555:02/10/31 18:51
>>556

ならば「日蓮」は、「念仏誹謗」していなかったのですか?
「念仏誹謗の有情」の中に、日蓮は「入る」のですか、「入らない」のですか。
聖人の破邪の対象には、ならなかったのですか?
「念仏無間」という者を看過された聖人、とでもあなたは思われるのですか?
あなたは親鸞学徒ですか。

559 :元S改印:02/10/31 18:57
>>456

了解致しました。『刹那生滅』の観点は仏教でない考え方、
あるいは
浄土教と相いれない立場であるかどうかは
「わからない」ということですね。


560 :元S改印:02/10/31 18:58
>>462

>>417>>418>読む価値なし。

このあたりは懐疑派現役に読んでもらおうと思って書いたところです
から特にあなたに読んでもらわんでも構わんのですよ。
ただし、中には私の「腐った頭」による意見だけではなくお聖教も
含まれています。それゆえあなたの「読む価値なし」発言が法謗罪を
作られていないかどうかとても心配です。老婆心ながら助言申しておきます。

何でしたらご撤回されてもいいのですよ。


561 :祭り大好き!!:02/10/31 18:59
>>454に補足
この説話の結末は、釈尊がその二人の弟子各々の機根に合わせた「数息観」と「骨鎖観」
の次第を教化し直しされたたところ、二人の弟子は悟ることができた。というものですか
ら、「邪見」が引く苦(悪)果は、未だ殆んど生起してない段階ですから、ここで問題に
なっているのはその「邪見」を引く「因」が何か?ということですよ。

562 :元S改印:02/10/31 18:59
>>468
>「破邪顕正したら信心決定できる」なんて聞いたことないですね。

私の質問「破邪顕正は信心決定のための必須の行ですか?」に対して
「必須の行ではない」とお答えいただいたと理解しました。
では、親鸞会の会長「破邪顕正をしない人は聴聞に来るな」の発言の
隠顕はどうなりましたでしょうか?

563 :元S改印:02/10/31 19:01
>>468

>「善をしなさい、光に向かいなさい、そうしないと信仰は進みませんよ」とはいつも
>教えていただきます

その「善」とは一体何ですか?
信前のものが後生の一大事の解決のためにやろうとしている善ではないの
ですか?その善が雑行でないというのなら聖人が化土巻に仰せの回心・回向の
善でないという根拠を述べて下さい。

564 :元S改印:02/10/31 19:02
>>467

いつもしつこく言っていますがひとの言ったことはそのとおり正しく引用
して下さい。「教行信証には宿善は書かれてない」ではなくて
「聖人はご自分の求道を信後にふりかえられて「宿縁」
(阿弥陀如来、三世諸仏のの善巧方便)とおっしゃったご文はありますが
信前に宿善をあつくしようとして諸善に励んだという意味のご文はある
のでしょうか?」と申しています。で、ご文は無かったということですね。

565 :元S改印:02/10/31 19:04
>>466
>修善も自力の念仏も方便であるとの仰せです。これが宿善です。
>>467
>「宿善まかせ」と御文章に書いてあるのを知りながら親鸞聖人は宿善は仰ってない、というのは

私は蓮師と師をつけて尊敬してすでに何度も引用しておりますし、
親鸞聖人と蓮師が違っているとは少しも思いません。
そのことは再確認しておきたいと思います。蓮師も親鸞聖人も宿善の解釈は
同じです。真宗において宿縁(宿善)は宿世の善因縁という意義ですね。
宿世に二義あり、近くは信心決定以前の近時、遠くは無量劫の過去世を
示します。大経に説かれた「若し人善本なくんばこの経を聞くことを得ず」
といわれているのは自力作善であると解釈されますが、「善本」を弥陀の
名号と解釈する説もあります。宿善は「阿弥陀仏による照育」と解されます。
阿弥陀如来の、衆生を救おうとされる本願力を機のうえで表現したものが
「宿善」」なのです。ところで親鸞会には「破邪顕正は最高の宿善と書いた
出版物」が存在するという噂ですが本当ですか?デマですか?

566 :名無しさん@1周年:02/10/31 19:06
>>558
俺、556ちゃうけど別にもう親鸞学徒ちゃうし。
このレベルになったら、それぞれの信仰の問題やし、
また、それぞれの妄想のレベルの問題になってくる。
別に、どっちが正しいとは言わんが、
せめて、常識人としての心を逸することのないように。
まちがっても、新入生を「狂人」呼ばわりすることのないように。

567 :名無しさん@1周年:02/10/31 19:07
ていうか、天下の草加がsみたいな弱小宗教団体は相手にしとらんだろ?

568 :元S改印:02/10/31 19:10
>>456

親鸞会は、三願転入のご文を、信前の求道者が信心決定するための「方法論」であると
解釈し、要門の19願からスタートして20願、18願と進むのだと主張しているよう
です。しかし会の実態は雑行である19願(財施、破邪顕正という名の勧誘)の異常重視
であることは明らかではありませんか。
どうしてこれほどまでに方便の19願を異常に勧めるのでしょう。後生の一大事を解決
しようとして諸善に励むことは悪い心掛けだという。それでは会員はみないいこころが
けで諸善に励んでいるのでしょうか?「いいこころがけ」で諸善を励むには信心決定して
いることが前提条件です。阿弥陀如来からご名号を頂かなければ決して「いいこころがけ」
で諸善はできないといわれたのが親鸞聖人のみ教えです。結局三願転入のご文は親鸞会が
財施や勧誘を正当化するための詭弁に利用していることが見えてくるではありませんか。

三願転入のご文は要門(の信仰を捨てたこと)から始まります。
しかし親鸞会ではまず要門の19願から励みなさいということになり、財施や勧誘など雑行を
大々的に勧め、それが親鸞会の際だった特徴となっています。
「破邪顕正」の出典は涅槃経ですが、すでに浄土三部経を離れていますよね。この親鸞会の
詭弁論法ならば座禅をやってもいいことになってしまいますがどうなのですか?
(親鸞会が「破邪顕正」を讚歎正行だといって強弁していることは知っていますよ。
そんな詭弁は親鸞会以外では決して通用しませんが)せっかく祖師が御苦労なされて真実を
開顕なされたのに、親鸞会ではいつまでも実質聖道門(もどき)の修行(もどき)を続けて
いるからいつまでたっても19願の信仰から20願の信仰に進めないのです。信仰が進んで
くれば必ず念仏称えざるをえなくなってくるのです。無常迅速なのですから19願の信仰
(これだけ勧誘したら助かる、とかこれだけ財施したら助かる、などの信仰)をすみやかに
捨てるべきなのです。(つづく)

569 :元S改印:02/10/31 19:17
>>568(つづき)
「定散自力の称名」の信仰は「果遂の誓い」ゆえに18願に転入させていただくのです。
親鸞聖人も仰せです。
光明寺の和尚ののたまわく、自余の衆行はこれ善となづくといえども、
もし念仏に蔵ぶればまったく比較にあらざるなり。(化土巻)

定散自力の称名は果遂の誓いに帰してこそ
おしえざれども自然に真如の門に転入する(浄土和讃))

このご和讃をよく味わって頂きたい。果たして聖人は「定散自力の称名」を称えるな、と仰せですか?
信前のものも称名念仏励むべしと仰せのご和讃もあります。
信心のひとにおとらじと疑心自力の行者も如来大悲の恩を知り称名念仏励むべし
(正像末和讃)

そもそも三願転入のご文にも、「久しく」万行・諸善の仮門を出てて、「永く」雙樹林下の往生を
「離れ」とあります。聖人は実際に聖道門を修行なされて、しかもできなかった自らの血のにじむ
ようなご体験の結果、仰せになっているのです。文献学的には、比叡山修行時代の親鸞聖人について
唯一明らかになっていることは「堂僧として常行三昧のご修行をなさっておられた」ことですから、
法然上人にお会いする以前から称名念仏はなさっておられたことは間違いないでしょう。
このあたりも親鸞会の「三願転入の時系列説」が根拠が薄いといえる点です。
ひさしぶりさんのお好きな山辺赤沼にも、「果遂の誓願は、深重なる大悲の正しく機にかわる歴程を示す」と書いてありますよ。
さて、聖人が、「久しく」「永く」「離れ」と使用されている真意を理解すべきです。聖人は決して要門を重視されていません。
百歩譲って親鸞会流に「三願転入」を方法論と解釈したとしても要門の信心は早く通過せよ」という内容であることのは明白
でしょう。聖人がやろうとしてできなかった、と告白なされた万行・諸善の雑行、親鸞会流にはビデオ、書籍の行商、破邪顕正と
称する勧誘活動等、などの雑行になぜうつつを抜かし貴重な時間を費やす必要があるのでしょう?勘違いされておられるかも
しれませんが、わたしはこれらの諸善を一切やるなと主張しているのではありませんよ。
そんなことは当然ですが前提としています。人間として生きているのですから。
たとえば世福などは倫理道徳といってもいいでしょう。

570 :元S改印:02/10/31 19:19
>>569(つづき)
いま我々が議論しているのは526さんが

>>526
>「親鸞聖人の教えに善の勧めがあるか、ないか」ではなくて、
>「親鸞聖人は獲心のために>積極的に善を勧めたか、否か」
>が大切な問題ではないのかね。
>「善の勧めがない」宗教的な指導者なんてほとんどいないでしょ。

といわれる様に、はじめから、「親鸞聖人が信心決定することを目的と
しての善を勧めたか否かを論議しているのです。
そして私は親鸞会は後生の一大事を解決しようとしている善
(回心・回向の善)を親鸞会は勧めているといっているのです。

571 :元S改印:02/10/31 19:21
>>460
>>信心決定するために必須の行ですか?
>信心決定するのに必要な教えが要門です。
そうですか。信心決定するのに必要な教えは「仏願の生起本末を聞くこと」ではない
のですか?だから、「衆生往生の因行は願成就の御名号である」という見解を否定
されているように誤解されるのですよ。
親鸞会は聴聞一番といいながら、内実は無常の時間の大半を財施や勧誘活動(散善=雑行)
に費やし、後生の一大事を解決しようとしている信仰(回心・回向の善)ではないでしょうか。
そのような法の失も機の失もある要門の信仰からはすみやかに離れなさいと聖人が仰せですよ。
「聖道権仮の方便に衆生ひさしくとどまりて」(浄土和讃)親鸞会もひさしくとどまっていますね。
親鸞聖人は信心決定するための行として破邪顕正や財施を勧められたか?破邪顕正や財施は親鸞会では
「要門」として扱い、必ずこの門を通れ、といっては会員をビデオや書籍の行商と勧誘のために多大な
時間を割くように導いているのが周知の事実ですね。
では親鸞聖人は「浄土の要門」についてどのように説かれているでしょうか。
「又復正の散行について四種あり、読誦、礼拝、讚嘆、供養。上よりこのかた定散の六種兼行するが故に
雑修という、これを助業と名く、なづけて方便仮門と為す、また浄土の要門と名づくるなり。まさに知る
べし、と。」(愚禿抄)
聖人の仰せになっている「要門」とは正行のうちの散行(当然信前の行です)から、観察と称名を除いた
ものですね。観察(観仏)は定善であり、二種に分けられています。だから定散の六種といわれたのですね。
称名は正定業だから定散の六種には含まれていません。この聖人の仰せの「浄土の要門」のどこに破邪顕正や
財施が出てきますか?讚嘆正行であると強弁したいのでしょうが、それは親鸞会においてしか通用しない詭弁でしょう。

572 :元S改印:02/10/31 19:29
>>457

>頓機は過去世にも、要門を通ったことを知らされない、ということでしょうか。
表現が不十分であったかもしれません。過去世に通ったとこは頓機漸機にかかわらず
知らされるでしょう。しかし信前には「要門を通ったこと」などわかりません。

>>459

>これは「要門を経過しないで要門を捨て去ることができる」という意味ですか?

違います。
自身が要門の信仰にいることを知ったならばただちに真門の信仰へ進むべきであると申しています。

それ、濁世の道俗、すみやかに円融至徳の真門に入りて、難思往生をねがうべし。(化土巻)
すみやかに要門に入りて、とはどこにも出てきませんね。

顕というは、経家(釈尊)の一切諸行の少善を嫌貶して、善本徳本の真門を開示し、
自利の一心をはげまして難思の往生をすすむ。(化土巻)

一切諸行の少善を(信心決定するための善としては)嫌貶されているのですよ。

「・・・また(観経散善義を)釈していはく。自余の諸善はみな善となづくといへとも、
念仏にたくらふれはまたく比校にあらずとのたまへり。浄土をねがわせ給はば、
一向に念仏をこそは申させたまはめ」(法然上人「要義問答」)

これも信前のひとにいわれたものです。

573 :元S改印:02/10/31 19:35
>>460
その願(方便)を通らずに18願に転入するものがいるのか、いないのか

信心決定すると、仏智によって自身の三願転入を知らされると申しております。
それは過去世をも包含するでしょう。自分が要門やら真門やら弘願やら信前の
ものにはわかりません。ましてや信前のものに要門に励みなさいと指導すること
を親鸞聖人はどこに仰せですか?

>>461
親鸞会に所属しなくても獲得できる可能性があるというお答えとみなしました。
ありがとうございました。

>>456
「詮ずるところ、名号を称うというとも、他力本願を信ぜざらんは、辺地にうまるべし」
(末灯抄)
辺地は地獄なのですか?違いますね。
「辺地に往生する人少なからず」とも仰せですね。
廃立肝要を強調なされた聖人のみ教えでも、この部分だけは隠顕なのでしょうか?
あなたのいわれる「一切衆生必打堕無間」説と聖人のお説の矛盾点を説明して下さい。

574 :元S改印:02/10/31 19:37
>>462
>>親鸞会流にいえば「こころがけのよい」諸善万行ということになりますね。
>まったく違います。
その部分に限って言えば、小生の誤解であったことは認めます。謹んでその部分だけ
削除させていただきます。
しかし、「私は親鸞会流にいえば」と申しているので415,416の論旨は少しも
損なわれていないことを改めて強調したいと思います。懐疑現役さん、ぜひ一読下さい。
でも、後生の一大事を解決しようとしている善(回心・回向の善)を親鸞会は勧めている
証拠は実際にあるんですよ。
あなたがたの聴聞録を見なさい。あるいはビデオで確認しなさい。会長は平成8年5月19日
にこう言っています。
「雑行は悪いこと。正行は大いにしなければならない。これは商売繁盛のためではない。
後生の一大事解決するための正しい行い、いい行ないですよ。」
あなたの発言とは異なっていますね。「後生の一大事解決するための正しい行い、いい行ない」
であるから正行は大いにしなければならない。と会長がいっているではありませんか。
この矛盾はどう説明するのですか?
回心・回向の善においては後生の一大事を解決するための行為を名づけて親鸞聖人は回心・回向
の善すなわち雑行といわれているのです。如来の絶対不可思議の願力を自分の型のなかにとりこみ、
それをわがものとして功利的に往生の好結果として企図しているのです。ちなみに聖人によるこの
雑行の定義は善導大師とは異なるのです。だから間違いやすいところなのです。
さらに五雑行の定義は「阿弥陀如来以外の諸仏、菩薩、諸神に向かって読誦、観察、礼拝、称名、
讚嘆供養すること」とやはり会長は言っています。親鸞聖人はどこにそのような定義をいっていますか?
根拠を示して下さい。

575 :名無しさん@1周年:02/10/31 19:38
100近くレスがあるから、元Sさんは大変だな・・・。
ま、がんがれよ。

576 :元S改印:02/10/31 19:40
>>464
>>463
>「ひとえに専修」は弘願のことですね。自力の専修を勧められたわけではありません。
何の異存もありません。

夫れ速やかに生死を離れんと欲はば、二種の勝法の中、しばらく聖道門を閣きて、選んで浄土門に入れ。
浄土門に入らんと欲はば、正雑二行の中、しばらく諸々の雑行をなげすてて、選んで正行に帰すべし。
正行を修せんと欲はば、正・助二業の中、なお助業を傍らにして、選んで正定を専らにすべし。
「正定業」とは、即ち佛の御名を称ずるなり。
(教行信証行巻)

教行信証において、親鸞聖人は選択集から引用なされて「速やかに生死を離れ」るための方法論をハッキリと
お示しなっています。夫れ速やかに生死を離れんと欲する者、つまり後生の一大事を解決しようと欲する信前の
者は、「しばらく聖道門を閣きて、選んで浄土門に入りなさい」といわれます。浄土門に入ったならば、次に
「しばらく諸々の雑行をなげすてて」正行に帰しなさいと仰せですね。しかも正行に帰すことを願い、
正行を修せんと欲する者は、「なお助業(三前後一)を傍らにして、選んで正定(称名念仏)を専らに」
しなさいと仰せですよ。これが親鸞聖人、法然上人の御教えの要の中の要であり、信前のものが何をどうすべきか
をハッキリ廃立でおおせになった方法論です。いくら詭弁を弄しても、親鸞会独特の宿善解釈論をもってしても、
このご文の真意をねじ曲げることはできません。

親鸞聖人は、「たとえ法然上人に騙されて地獄に堕ちたとしても後悔はしない」と仰せになり、
また「阿弥陀如来化してこそ本師源空と示しけれ」や、「源空勢至と示現しあるいは弥陀と顕現す」と讚えられる
ほど尊崇なされていました。そして教行信証は「選択集」を論破しようとした栂尾の明恵の催邪輪に対抗して
師の説の擁護のために書かれた書物であるという見方がされていますね。上の行巻の内容は真諦門であることは
明瞭です。信心決定するために「なお助業を傍らにして、選んで正定を専らにすべし」このご文からどうして
散善(雑行)のすすめがでてくるのですか?お答え下さい。

577 :元S改印:02/10/31 19:45
>>575
ありがとう。
もっと書きたいのですが五欲のしがらみのため、ひとまずは
ここまでということで。。。
皆さんの論争の中断してすみませんでした。
ほかの方に対するレスもぼちぼちお答えしたいと思っています。

578 :元S改印:02/10/31 19:51
>>569

訂正スマン
誤・・・光明寺の和尚ののたまわく、自余の衆行はこれ善となづくといえども、
もし念仏に蔵ぶればまったく比較にあらざるなり。(化土巻)

正・・・光明寺の和尚ののたまわく、自余の衆行はこれ善となづくといえども、
もし念仏にくらぶればまったく比較にあらざるなり。(化土巻)


579 :元S改印:02/10/31 19:55
>>572
たびたび訂正スマン

誤・・・過去世に通ったとこは

正・・・過去世に通ったことは


580 :名無しさん@1周年:02/10/31 20:12
>>577
うん、がんがれ〜。
ひさしぶりなんかやっつけちまえ〜。

581 :名無しさん@1周年:02/10/31 20:23
>>元s改印さんへ

「雑行」と「諸善」は同じですか。
イエスかノーかで、教えて下さい。

582 :名無しさん@1周年:02/10/31 20:26
>どうしてこれほどまでに方便の19願を異常に勧めるのでしょう。

 元S改印さんへ。
 異常でない勧め方を教えてください。
 どう勧めたら正常なのですか????

583 :元S改印:02/10/31 20:27
>>573

たびたび訂正スマン・・

誤・・・「一切衆生必打堕無間」

正・・・「一切衆生必堕無間」

584 :元S改印:02/10/31 20:29
>>582
失礼ながらいまいちど
小生の拙文をよくお読みください。
あなたの欲するお答えは
出ているはずですが。

585 :元S改印:02/10/31 20:35
>>581
私はしばらく逝ってきます。
私は原則として名無しさんにはお答えしない方針、
とすでに申しています。
また見たときに名乗っていたら
ひょっとしたら答えるかもしれない。

586 :名無しさん@1周年:02/10/31 20:43
>無常迅速なのですから19願の信仰
>(これだけ勧誘したら助かる、とかこれだけ財施したら助かる、などの信仰)
>をすみやかに捨てるべきなのです。

>勘違いされて おられるかもしれませんが、わたしはこれらの諸善を
>一切やるなと主張しているのではありませんよ。
>そんなことは当然ですが前提としています。
>人間として生きているのですから。
>たとえば世福などは倫理道徳といってもいいでしょう。 

 元S改印さんへ。
 19願の信仰を速く捨てよと言われるが、それはどうなったことを
 言うのですか?
 あなたは、そんな心が無くなったのですか?  

 信前の者が、往生の資助にする心なしに、善をすることが
 できるのでしょうか?

587 :名無しさん@1周年:02/10/31 20:47
どうでもいいけど、元Sさん。HN元s(スモールs)にした方がいいよ。
S(ラージS)会は基本的に草加学会を指すからね。

588 :506:02/10/31 20:55
>>510,511さんへ

「真宗は諸善を勧めない。
 諸善を勧めたら浄土真宗ではない」
 という459さんの主張が、根拠のない暴論であったことが、
 明らかになったから、新人太郎さんの圧勝と言ったのです。

 511さんは特に、頭に血がのぼっているようですから、
 もう一度冷静に読んで、どこが分からないのか、
 教えてもらえないでしょうか。  

589 :581:02/10/31 21:03
>>元s改印さんへ

>私は原則として名無しさんにはお答えしない方針、
>とすでに申しています。

ならば581ということで。繰り返します。

「雑行」と「諸善」は同じですか。
イエスかノーかで、教えて下さい。

>また見たときに名乗っていたら
>ひょっとしたら答えるかもしれない。

これが「答えると都合が悪くなるから、答えないかもしれない」
という意味じゃないことを念じて、お返事お待ちしております。

590 :506:02/10/31 21:10
>信心決定するために「なお助業を傍らにして、選んで正定を専らにすべし」
>このご文からどうして散善(雑行)のすすめがでてくるのですか?お答え下さい。

 元S改印さんへ。
 「雑行を捨てよ」の御教示は、「諸善をやめよ」ということだと、
 あなたは言いたいのですか?

591 :名無しさん@1周年:02/10/31 21:13
>会長は平成8年5月19日にこう言っています。
>「雑行は悪いこと。正行は大いにしなければならない。これは商売繁盛のためではない。
>後生の一大事解決するための正しい行い、いい行ないですよ。」

これ、どうなんですか?
本当?
違うの?

592 :名無しさん@1周年:02/10/31 21:15
>>591

だれか聴聞録を開示しろよ。

593 :名無しさん@1周年:02/10/31 21:35
>>591
減益がだれかもってるだろ?





594 :名無しさん@1周年:02/10/31 21:37
>>506

聴聞録になんて書いてあった?
どうなんだよ。

>>581
原液だろ?
どうなんだよ。



595 :名無しさん@1周年:02/10/31 21:52
>>581-582>>586>>588-590
いままで名無し減益なんてあまり手出ししてこなかったのに
元s氏のカキコの後にわらわらと出てくるなんて
よっぽどふつうの減益でもグサグサとくる内容だったみたいだなw
しかも動揺して典型的パターンな事しか書いてこないw

596 :名無しさん@1周年:02/10/31 21:56
>>588
こういうことだろ。
>新人太郎の法論は、本当にばかげたものだった。
>自信があるのなら、最初に登場したかれの書き込み、それに対する、多くの別の人の論も載せるべきである。
>あのように断片的(それでも新人がおかしいことはわかるが)に編集したものを載せて、勝っているという神経がよくわからない。
なのに、なんで圧勝だと言えるのかわからん言うてるのだろ。>>511は。

597 :名無しさん@1周年:02/10/31 21:59
だいたい、法論というのは個人の信仰の問題だから、
勝った負けたってないんじゃないの?
そんなことにこだわってるあんたらがどっかおかしいよ。
>>588

598 :名無しさん@1周年:02/10/31 22:00
>>588
>>511って頭に血がのぼってるのか?
別に普通じゃん。

599 :名無しさん@1周年:02/10/31 22:06
>>582
 善の勧め方を教えてやるよ。

○「そんなに一生懸命やらずに、ほどほどにしておけ」
○「獲信とはまったく関係ないから、やってもやらんでもいいよ。
  まあ、やって悪くはないから、やりたかったらどうぞ」
○「修善に一生懸命になっていたら、信仰は進まないから、
  はやく修善をやめて、念仏を一心に称えなさい」

  こんな感じでどうかな。

600 :名無しさん@1周年:02/10/31 22:07
>>595

>よっぽどふつうの減益でもグサグサとくる内容だったみたいだなw

ちがうちがう。
真宗の「雑行を捨てよ」の教えを、「諸善を捨てよ」と誤解して、
ねじまげる大罪を、少しでも懺悔反省するご縁にしてもらいたい、
の気持ちからでしょう。

>しかも動揺して典型的パターンな事しか書いてこないw

邪義を破るのは、当然、親鸞聖人のみ教えによって、です。
その聖人のみ教えが、絶対変わらない真実だからです。

601 :通行人G:02/10/31 22:09
>>591-593

  聞いた聞かないというあやふやなことを根拠にしてどうする。
  ちゃんと書いてあるものを根拠にしてやれよ。

  これこそ親鸞会の主張をねじ曲げて理解していく典型パターンだね。

602 :506:02/10/31 22:19
>>596
 断片的にのせたと言われますが、その前を見ても同じですよ。
 別の人の意見というのはSAさんのことでしょうか。
 あの人も459さんと、根本的には同じ主張ですから、
 まったく矛盾にみちた独自の解釈であったことが、あの法論で
 判明しましたよ。
 どこをどう読んで、新人太郎さんがおかしい、などという
 信じがたい言葉が出るのでしょうか。教えてください。

>>597
 正しい親鸞聖人の教えを明らかにするのが法論の目的です。
 意見が違えば、少なくともどちらか一方が間違っているのです。
 間違っていた459さんが負けたのです。
 「信仰は個人の問題」とは、親鸞聖人の他力の信心と違っていても
 かまわないと言いたいのでしょうか。


603 :名無しさん@1周年:02/10/31 22:20
>邪義を破るのは、当然、親鸞聖人のみ教えによって、です。
>その聖人のみ教えが、絶対変わらない真実だからです。
その聖人の教えを会の都合のいい様に曲げてるのが今のsだろ。
>>600

604 :名無しさん@1周年:02/10/31 22:21
>>602
だからてめえはなぜ459が負けたと言い切れるのかと聞いてんだよ。
バカヤロウ。

605 :名無しさん@1周年:02/10/31 22:24
>>598

あんな言葉を「普通じゃん」と言っている神経に
ついていけそうもない。


606 :名無しさん@1周年:02/10/31 22:27
>>602
断片的というか、sの言ってることっていつも断章主義だろ。
前の犬笑新聞でも、蓮如上人が
「切り刻みても、飽くかよ。」
と言ったのは、信楽房だとか出鱈目でっちあげてるし・・・。
(まあ、あれ書いたのは犬鉄じゃなくて、W部だけどな。)
あの、新人某の法論もそうなんだよ。

607 :名無しさん@1周年:02/10/31 22:28
>>605
教学聖典に「狂人」などと平気で書きよる神経にもついていけん罠(W

608 :506:02/10/31 22:29
>>604
 「雑行」を誤解したら、親鸞聖人の教えは毛頭わかりません。
 その「雑行を捨てよ」とは「諸善を捨てよ、やめよ」ということだと
 459さんは間違っていたでしょう。
 その誤りが、新人太郎さんの質問によって浮き彫りにされてしまい、
 答えられない459さんは逃亡。
 これが法論の結末です。

 ところで、新人太郎さんが雑行の本当の意味を、最後の方で
 解説してますが、あなたはちゃんと読まれましたか?

609 :名無しさん@1周年:02/10/31 22:32
まあまあ、sに対抗する皆さん。
「バカヤロウ」とかいう発言は相手を喜ばせるだけです。
もっと冷静にいきましょうね。

610 :526:02/10/31 22:45
「親鸞聖人は獲心のために積極的に善を勧めたか、否か」
どうなんでしょうか。

611 :名無しさん@1周年:02/10/31 22:51
ボスキャラ(ひさしぶり)は報恩講の準備で忙しくて出てこれないのかな?
今ごろどの根拠を使うのが効果的か考えているところなんじゃない
かわりにザコキャラ幹部仔牛が一斉に掃討作戦に出てきましたね
報恩講が近いのでここらでs会は正しいんだと言う事をこれみよがしにアピールしようというのがみえみえですね
ここで参詣をキャンセルされたら大変だしね

612 :祭り大好き!!:02/10/31 22:59
>>531に補足
『無量寿経・五悪段』は、サンスクリット本、チベット訳、唐訳、宋訳に欠けること
等から、中国撰述説が有力に主張されてるいわくつきの部分ですが、真宗の伝統宗乗
では、「本願成就文」の抑止の御意(おこころ)を表した御文とされ止悪の意(造悪
無碍を戒める)で解されてると思うんですけど、われわれのような「もろもろの功徳
を作ること能わざる」下輩が、深法を聞かせていただく(かの仏の名号を聞かせてい
ただく)為に経文の通り弥勒菩薩等と六波羅蜜等を修行を積んで広く徳本を植えなけ
ればならない。という風に杉師や、山辺・赤沼両師は解釈されているのでしょうか??? 
書き込み多く埋もれてしましそうですがよろしくお願いします。

613 :名無しさん@1周年:02/10/31 23:08
>>608
いるよね、ごねてごねて
しまいに相手にされなくなったら
あいつは逃げたとか言って勝手に勝利宣言する奴が

614 :602へ:02/10/31 23:10
SA氏以外にもいろいろの論点があっただろう。
もう一度、人の前に見せたくないものがあるということがよくわかった。


615 :602へ:02/10/31 23:20
ついでにいえば、諸善を「不勧」と「捨てる」とは違うの。
それを新人は意図的に、同じといっているの。
ばかばかしくて議論を続けれないのは当たり前でしょ。

616 :祭り大好き!!:02/10/31 23:21
>>612
訂正 誤り  六波羅蜜等を
   
   正解  六波羅蜜等の

617 :名無しさん@1周年:02/10/31 23:25
>>613
s会の法論のパターンっていつもそうだよね。

618 :祭り大好き!!:02/10/31 23:30
>>612
大誤爆スマソ  >>612は、>>451のひさしぶり氏への質問です。

619 :名無しさん@1周年:02/10/31 23:53
ひさしぶり氏は驚愕面はいつでも
杉師?、山辺・赤沼両師?に完全準拠しているようだ。
なぜに「建鐵師によれば」、っていえないんだろう?

やっぱし建鐵驚愕力ないの?

620 :526:02/10/31 23:58
バリバリ現役さんへ
「親鸞聖人は獲心のために積極的に善を勧めたか、否か」
どうなんでしょうか。
教えて〜

621 :名無しさん@1周年:02/11/01 00:00
今思ったのだが…
マイッタしない限り負けない(と思ってる)から、
いつまでたっても決着しないのでは?

まぁ、予め言っておくけれどギャラリーがどちらかの支持に
傾いたとして、「あいつらはわかってない」的発言したら
そいつは敗者って事にしていい?真偽の確認はここでは
限界あるんだから、それはさておきここでの論争に敗北した、とw

622 :名無しさん@1周年:02/11/01 00:05
602さん、506さん、590さん
581さん、582さん、586さん、
どうなのですか?
みんな同一人物だったりしてね。
「親鸞聖人は獲心のために積極的に善を勧めたか、否か」
漏れも知りたい。親鸞会の見解を教えてくれ。


623 :名無しさん@1周年:02/11/01 00:13
>>608
そもそもあの議論で、459さんが問題にしていたのは、
>「親鸞聖人が獲心のために積極的に勧めたのは、S会が奨励している諸善ではなく、
念仏を第一義として勧めた」 という事なんじゃないのか?
○なぜ念仏ではなく、諸善なのかはっきりした結論も出てないのに、
459さんがあきれて去った後、
新人太郎は長々と、往生の為の自力の諸善が一念で他力報恩の諸善に変わると説明して
勝利宣言してるけれど、そんな無理な展開で
>その誤りが、新人太郎さんの質問によって浮き彫りにされてしまい、
 答えられない459さんは逃亡。
 これが法論の結末です。
 ってなんでなる訳?

624 :名無しさん@1周年:02/11/01 00:14
素朴な質問。
s会組織が真実を伝えていると、s会の活会員がおっしゃるのなら
1)なぜ、堂々と「我々は親鸞聖人のみ教えを伝えているものです。」
  と身分を明かして勧誘しないのですか?
2)また、なぜ色々な大学からs会の勧誘で苦情が起こるのですか?
本当に言ってることが真実なら、堂々と勧誘すればいいし、
また、向こうからs会の方に
「真実の仏法を聞かせて頂きたい。」
とオファーが殺到するんじゃないですか?

625 :名無しさん@1周年:02/11/01 00:37
ある意味、新人太郎の法論は一般の人が見たら
新人太郎のほうがおかしいとかなりの人が思うんじゃないか?
そんなものを堂々と公開してよく恥ずかしくないな
あれで勝ったと思ってるのはs会の香具師らだけだって

626 :名無しさん@1周年:02/11/01 00:46
しごく氏は逃亡したのでなく、呆れて討論する気をなくしたのか・・・。
あ〜、よかった。sによって親鸞聖人のみ教えが汚されずにすんで。

627 :526:02/11/01 00:51
アニメ頒布や正本堂のための財施が、親鸞聖人の教えにもっとも
適うのなら、著書の中に財施や布教の勧めが多く見られることに
なると思うのだが。


628 :hitomi よ、幸せに。:02/11/01 00:54
おいおい、s会の原液子牛でも、幹部会員さんたち、
なんとか反論してくれ。
s会にもどろーと漏れはしてるんだ。
たのむから、反論くらいしてくれ。
かつての勢いはどうしたんだ?

629 :名無しさん@1周年:02/11/01 00:58
>>628
ここに至ってまだs会に戻ろうというのか?
仏法は他でも聞けるぞ。s会だけが真実じゃない。
というか、この方論スレ見てるとs会が必ずしも
真実説いてるとは思えんが。

630 :hitomi よ、幸せに。:02/11/01 01:02
>>629
まともなレス、ども。
どうしても確認したいことがあるんでね。
それは戻って入会しなければできないことだから。
漏れの人生の大事な部分を使ったものだから、
その確認だけはしなくては気がすまないというところ。


631 :hitomi よ、幸せに。:02/11/01 01:04
しかし、s会の子牛たちはいったいなんなのだ?
これだけ、まともなレスがついているスレであるにも
関わらず、何も発言しないとは?


632 :名無しさん@1周年:02/11/01 01:10
>>631
ていうか、一応反sに抵抗してるのが仔牛だろ?

633 :hitomi よ、幸せに。:02/11/01 01:22
>>632
まぁ、そうだけど。。。
普段口にしている「会長先生のご恩に報いるには・・・」
って言っているほどには、甘いってこと。
自分の愛するつれ合いがいろいろ言われていたら、どんなことしても、
徹底反論するはずだ。甘すぎる・・・。
つまり、腑抜けの集まりなのか?今のs会は。

634 :hitomi よ、幸せに。:02/11/01 01:31
s会はな、聖典に「狂人」という言葉を使うのは
自分たちの責任だ、漏れは会長先生は尊敬しているから、
それはそれでいいと思っている。好き嫌いに、社会的な
云々なんて関係ないね。
でもな、s会のあんたらはそれを その腑抜けな心で
奉じているんだろ、
だったらな、自分らが狂人といわれることも辞さない
という覚悟があってしかるべきだ。
それくらい、命かけてみろ。
長く生きるだけの人生をいろいろ言っていながら、
長く生きることだけ考えているんだよ、あんたたちもね。

635 :名無しさん@1周年:02/11/01 01:33
>>633
まあ、仔牛のカキコとみられる発言みたらそう思うのも仕方ないな。
ていうか、実際ものの善悪もわからぬ腑抜けどもだし(w

636 :名無しさん@1周年:02/11/01 01:35
>>634
すくなくともあのアニメ見てると、聖人は布教に命かけてたみたいだけど、
怪鳥を含め、彼らにはそこまでの覚悟はかんじられない。
だって、そこまでの覚悟があるなら、まずM晴は勘当するでしょ。

637 :hitomi よ、幸せに。:02/11/01 01:43
ここにカキコしている人たちはな、元sがほとんどのはず。
乱暴な発言だろーが、昔の朋友っていう気持ちのかけらも
ないのか?
あとな、包容力ってのもないのか? 
もし、自分たちが正しいという信念のもとに生きているなら、
カミツカレても、優しい、しかも誠意ある言葉で語りかけて
くるものだろう・・・。
まとにも女と付き合ったことあるのか?

638 :名無しさん@1周年:02/11/01 01:49
>>637
最後の行
まともに でしょ。

639 :名無しさん@1周年:02/11/01 01:50
>>637
2ちゃんなんて、無法地帯だからな。
結局人間我利我利だということがよくわかるよ。
皆、自分がかわいいんだよ。

640 :名無しさん@1周年:02/11/01 01:55
なんか<hitomi よ、幸せに。>は、まじめに会を励ましているつもりらしいが
結果的にボロクソに言ってることになってしまっているのが滑稽だw

641 :名無しさん@1周年:02/11/01 01:55
>>640
新種の荒らしじゃねえの?

642 :名無しさん@1周年:02/11/01 06:55
   ┌─‐‐─┐  現役のみなさんは2ちゃんねるの初心者ですか?書き込む際に
    |_____________|  SG(セキュリティー・ガード)に登録しないと自作自演がバレますよ。
   ='========='== SGに登録せずに書き込んだ場合、あなたのパソコン内の
   / \  /│  情報は他人に見られていると考えてほぼ間違いないでしょう。
  ┌|-(・)-(・)-|┐ 自作自演がばれる方の多くはこの登録を怠っています。
  └|    〇   .|┘ 初期の頃から2ちゃんねるにいる方達は、ほとんどの方が
    | ___ |||||__ |  このBBSのコマンドの仕組みを知っています。ですから簡単に
    | \__/ |  あなたのIPアドレス等を抜き取り自作自演を見破ってしまいます。
   |    |||||   |  このコマンドの方法は決して教えないというのが初期の頃から
            2ちゃんねるにいる方達の間で暗黙の了解となっていましたが、
あまりの被害の多さに心を痛めた私はあえて公開することにしました。
SGしておけばまず抜かれるコマンド自体が無効になってしまうのでどんなにスキルが
ある人でもIPアドレスを抜くことが不可能になります。SGに登録する方法は、

名前欄に「 fusianasan 」と入れて書き込みする。これだけでSGの登録は完了します。

一度登録すれば、Cookieの設定をOFFにしない限り継続されます。
fusianasanは、正式にはフュージャネイザン、又はフュジャネイザンと読みます。
元々はアメリカの学生達の間で、チャットの時にセキュリティを強化する為に
開発されたシステムです。これを行うことにより同一人物が書き込んでいるか
どうか判別する手段が遮断されるので安心です。ぜひ書き込む前には
名前蘭にfusianasanと入力してください。自分の身は自分で守りましょう。

643 :名無しさん@1周年:02/11/01 08:19
602さん、506さん、590さん
581さん、582さん、586さん、
それか、これを見ている減益会員さん、

「 親 鸞 聖 人 は 
      獲 心 の た め に 
          積 極 的 に 
              善 を 勧 め た か 、 否 か ?」

親 鸞 会 の 見 解 を 教 え て く れ 。


644 :581:02/11/01 09:29
>>お祭大好きさん

「雑行」と「諸善」は同じですか。違うのですか。
わかっておられるなら、「同じ」「違う」一言で答えて下さい。

645 :581:02/11/01 09:34
>>お祭り大好きさん

確認ですが、
破邪顕正や財施は、諸善万行の中に「入る」のですか「入らない」
のですか。これも一言で結構です。

646 :581:02/11/01 09:39
>>お祭り大好きさん

もうひとつ。

あなたが2ちゃんで一生懸命、
「諸善を勧める親鸞会は間違いだ」と「破邪」し、
「諸善を勧めないのが親鸞聖人の教えだ」と「顕正」しているのは、
諸善万行の中に「入る」のですか「入らない」のですか?

647 :526:02/11/01 09:59
「 親 鸞 聖 人 は 
      獲 信 の た め に 
          積 極 的 に 
              善 を 勧 め た か 、 否 か ?」

教えてください。

648 :名無しさん@1周年:02/11/01 17:20
>>526

「積極的に善を勧める」のと「消極的に善を勧める」の違いを、
具体的に教えて下さい。
どのような勧め方が「積極的」で、「消極的」なのか、水際は
どこですか?

649 :名無しさん@1周年:02/11/01 17:28
>>648
>>526とちがうが・・・。
積極的というのは「善をせよ、さもないと助からん。」とお聖教のあちこちで言ってる。
消極的というのは特に「善をせよ。」とは言っていないということじゃないの?

650 :526:02/11/01 17:47
消極的、積極的というのはあいまいですね。
たしかに水際がわからん。そんなわけでこう尋ねましょう。

「 親 鸞 聖 人 は 
      獲 信 の た め に  
              善 を 勧 め た か 、 否 か ?」



651 :506:02/11/01 18:17
>>526さんへ

 修善が往生の役に立たぬことは、親鸞会の著書で強調されています。
 どこに、獲信の足しになるから善をやりなさいと、勧めている
 ところがありますか?
 親鸞会の発行物の中に、根拠があればあげてください。

652 :506:02/11/01 18:24
>>614
 
 ほかの論点なるものがありましたら、教えてください。

653 :506:02/11/01 18:28
>>625
>>626 

  459さんは、逃亡した以外に考えられないでしょう。
  己の間違いを懺悔するか、まだ正しいと信ずるところがあるなら、
  新人太郎さんの質問に反論すればいいのです。

  新人太郎さんの圧勝は、誰がみても明らかでしょう。
  それがわからないのは、感情的に認めたくないだけでしょう。

654 :506:02/11/01 18:36
>>623

>「親鸞聖人が獲心のために積極的に勧めたのは、S会が奨励している
>諸善ではなく、念仏を第一義として勧めた」 という事なんじゃないのか?

 新人太郎さんも論争の中で強調しているように、
 獲信の役に立つから善をしなさい、などと親鸞会で勧められた
 ことは、いまだかつてありません。
 この誤解が根深いようですから、繰り返しておきます。


655 :506:02/11/01 18:44
>>623

>「親鸞聖人が獲心のために積極的に勧めたのは、S会が奨励している
>諸善ではなく、念仏を第一義として勧めた」 という事なんじゃないのか?

 459さんは、「諸善を捨てよ、やめよ」という、外道と言われても
 文句の言えない主張をしていました。
 「雑行を捨てよ」の真意がわからないと、こうなってしまうのです。
 あの459さんのようなガクシャでも間違ったところですから、
 誤解しないように、正しい親鸞聖人の教えを、よくよく
 聞かせて頂かなければなりません。 

656 :506:02/11/01 18:50
>>623

>新人太郎は長々と、往生の為の自力の諸善が一念で他力報恩の諸善に
>変わると説明して

 ということは、「諸善を捨てよ、やめよ」という教えは、
 仏教のどこを探しても有り得ないということです。

 因果の道理を根幹とする仏教で、修善を勧めないなどということは
 考えられないのです。当然、善を勧められるのです。
 もちろん、積極的にです。前向きにならずに善をする人が存在しますか。

 お分かりでしょうか?

657 :506へ:02/11/01 19:11
あらまあホンとに不思議
信の役に立つから善をしなさい、などと親鸞会で勧められた
 ことは、いまだかつてありません。
では、なぜ破邪顕正や財施をすすめるの
根拠を教えてよ

658 :名無しさん@1周年:02/11/01 19:14
>>526
 [親 鸞 聖 人 は 獲 信 の た め に 
積 極 的 に 善 を 勧 め た か 、 否 か ?]

ようするに、あんたの主張は親鸞会の見解は否ということやね。

そんじゃあ、
>会長は平成8年5月19日にこう言っています。
>「雑行は悪いこと。正行は大いにしなければならない。
>これは商売繁盛のためではない。
>後生の一大事解決するための正しい行い、いい行ないですよ。」

この発言は間違っていると理解してよろしいか。

659 :658:02/11/01 19:16
>>658

スマン
>>506だった。

660 :名無しさん@1周年:02/11/01 19:19
>>526
親鸞会では宿善があつくなる行の順番
1)聴聞
2)五正行
3)破邪顕正
と指導してなかったっけ?
なんのために宿善をあつくしようとしているのか答えてください?

661 :660:02/11/01 19:21
誤爆だった。

誤   >>526

正   >>506


662 :アーナンダ。:02/11/01 19:24
>>506
「宿善を厚くしようとすることを勧める」
ことと
「獲信のために善を勧めること」
の違いを教えていただけませんか?

663 :名無しさん@1周年:02/11/01 19:31
>>506

親鸞会は後生の一大事を解決しようとしている善を
勧めていない??? 本当???

では、親鸞会の推進する破邪顕正や財施は

何 の た め に

するのですか???  お答えください。

664 :名無しさん@1周年:02/11/01 19:37
親鸞会が作った新人太郎HPだけしかしらない人もいるんじゃない?
どういう経緯で論争が起きたか・・・
また新人太郎氏がいかに他人の問いかけに無視し続けてきたか。
それを読みたい方はこちらへどうぞ↓
http://homepage2.nifty.com/peac/index.htm

665 :名無しさん@1周年:02/11/01 19:40
>>657

横やりですが、

>では、なぜ破邪顕正や財施をすすめるの
>根拠を教えてよ

破邪顕正や財施は、仏教で布施といわれる諸善です。
因果の道理を根幹とする仏教に、善の勧めがあるのは当然です。
「諸悪莫作 衆善奉行 自浄其意 是諸仏教」
の七仏通戒偈は有名です。
まさか、その仏教の定規を無視された親鸞聖人、とまで暴言を吐く
輩はないでしょう。
「さらに親鸞珍しき法をも弘めず、如来の教法を我も信じ、人にも
教え聞かしむるばかりなり」
と仰せの通りです。
すなわち、因果の道理を根幹とする、仏教の山全体が根拠です。

666 :名無しさん@1周年:02/11/01 19:42
>親鸞会の発行物の中に、根拠があればあげてください。

なんで、親鸞会なの?親鸞聖人のお聖教でしょう?普通は。
>>651

667 :名無しさん@1周年:02/11/01 19:43
>>665
親鸞会のやってることは、
財施じゃなくて、金の強奪だってなんかいも言ってるだろ?

668 :506へ:02/11/01 19:45
ばっかじゃない(ああ、ばかか)

だから、通仏教と真宗の教義の関係が問題なんだよ
そこを勉強していないから、通仏教を否定するのか、というだけの論点ずらし

669 :名無しさん@1周年:02/11/01 19:46
>>660
1)聴聞
2)お勤め
3)六度万行
じゃなかったか?
最近変わったの?

これで逝くと、聴聞>念仏(お勤め)>諸善
だから、諸善よりも念仏、念仏よりも聴聞(聞即信)で
別に間違った事いってないように思うけど。

670 :506へ:02/11/01 19:47
だから、獲信と諸善を勧めることの積極的理由を真宗の立場から述べてみなさいよ

671 :名無しさん@1周年:02/11/01 19:52
みなさ〜ん!今日のインタビューの時間で〜す。

親鸞会が製本同などの建築物をいくつも建てることについて
覚如上人のご意見を伺ってみましょうね。では、どうぞ。

「おほよそ造像、起塔などは弥陀の本願にあらざる所行なり。
これによりて一向専修の行人これを企つべきにあらず。
されば祖師聖人御在世の昔、ねんごろに一流を面授口決
したてまつる御門弟たち、堂舎を営作する人なかりき。
(中略)御遺訓に遠ざかる人々となりて、造寺土木の企て
に及ぶ条、仰せに違するいたり、歎き思うところなり。」
(改邪抄)

672 :ツ?ツ?モレツ?ツ?:02/11/01 20:08
>>657>>663>>670
 首尾一貫、宿善について、親鸞会は、次のように、説き続けてきた。
言うまでもなく、仏法求める目的は、唯一つ、後生の一大事の解決、以外にない。

「一向専念の義は、往生の肝腑、自宗の骨目なり」(御伝鈔)

 しかも、親鸞聖人のご金言通り、生死の一大事の解決は、阿弥陀仏しか、
できないことなのだ。
 その、阿弥陀仏の救済に、絶対不可欠のもの、それが、宿善なのである。
このことは『慕帰絵詞』にも出ているし、宿善往生を唱えた覚恵法師と、
信心往生を立てられた如信上人との、諍論によっても明らかだ。
 お聖教の明文も、歴々として、指し示す。

「十方衆生のなかに、浄土教を信受する機あり、信受せざる機あり。
いかんとならば、『大経』のなかに説くが如く、過去の宿善厚き者は今生に
この教に値うてまさに信楽す、宿福なき者はこの教に遇ふといへども、
念持せざればまた遇はざるが如し。『欲知過去因』の文の如く、今生の
有様にて宿善の有無あきらかに知りぬべし」(口伝鈔)

『御文章』には、

「弥陀に帰命すといふも、信心獲得すといふも、宿善にあらずといふことなし」(四帖一通)

「無宿善の機に至りては力及ばず」(四帖八通)

「いづれの経釈に依るとも、既に宿善に限れりと見えたり」(三帖十二通)
                          (つづく)

673 :名無しさん@1周年:02/11/01 20:10
>>665

あなたはなぜ親鸞聖人、法然上人が守旧派仏教の大弾圧をくらって
流刑にあったのか、まったく理解していない。

親鸞聖人、法然上人はなぜ聖道門を群賊、悪獣に喩えたのか。
あんたのような主張をしているようじゃ逆立ちしてもわからんだろうな。
親鸞聖人、法然上人の教えられたみ教えは途方もなくラデイカルだったんだよ。
凡夫がいきなり一念で弥勒と肩をならべるんだぜ。
聖道門の連中に信じろったって無理だよな。
信の一念であんたの言っているような「信罪福の心」、
因果の道理を信じて善にはげもうとする心は吹っ飛ぶんだよ。
信の一念ではあんたの思っているような因果の道理を
超越してしまうんだよ。
あんたは浄土真宗を聖道門と並べて理解しようとしている。
あんたは「如来広大の恩徳を迷失して」いるんだよ。

674 :なぜ答えぬ2:02/11/01 20:12
(672はおかしな名前になってしまいました)

 ご臨末には、
「あはれあはれ、存命の中に皆々信心決定あれかしと朝夕思ひはんべり。
まことに宿善まかせとはいひながら、述懐の心暫くも止むことなし」(四帖十五通)

 弥陀の救い(信心獲得)を、宿善まかせ、とまで、仰せになっている。
病気になれば、医者まかせ、船に乗れば、船頭まかせ、飛行機に乗れば、
パイロットまかせ、という。
 まさに、一生参学の大事は、宿善の有無によって、決する、との、ご教示である。
宿善とは、宿世の善根のことであり、阿弥陀仏に救われる(信心獲得)因縁をいう。
 宿世の善根を、大きく分けると、宿因と、宿縁になる。
宿因とは、過去にやった諸善万行をいい、宿縁は、阿弥陀仏のご念力で
結ばさせられた、仏縁をいう。
 親鸞聖人が、

「遇行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ」(教行信証)

 と、感泣され、蓮如上人は、

「『宿善めでたし』と言うはわろし。御一流には『宿善有り難し』と申すが
よく候」(御一代記聞書)
と、仰せになっている、ものである。
 道綽禅師は、『安楽集』に、
「三恒値仏の因縁」
を、説いて、
“三恒河沙の諸仏の、出世のみもとにあって、仏縁を結んだ者でなければ、
この法に、あえないのだ”
と、仰せになっている。
 以上で、判明するように、過去に仏縁あって、聞法や、諸善を積んできた
人を、宿善ある人といい、そうでない人を、無宿善というのである。
                          (つづく)

675 :名無しさん@1周年:02/11/01 20:13
>>672

親鸞聖人のご金言通り、といわれましたよね。

あなたのご提示されたものに親鸞聖人の書かれた根拠はひとつも
みあたりませんが。

676 :なぜ答えぬ3:02/11/01 20:15
 されば、宿善ある人といっても、各自、過去の業縁まちまちであるから、
宿善は、一定ではありえない、ことは、明らかだ。
 あの人は、宿善の厚い人、薄い人、と、言われるように、宿善の厚薄、
浅深の不同は、避けられないのである。
 宿善の厚い人を、頓機、宿善の薄い人を、漸機という。
宿善の厚い人は、僅かな法筵に遇って、頓く、宿善開発して救われる
(信心獲得)から、頓機といい、宿善の薄い人は、法筵を重ねて、漸く、
宿善開発(信心獲得)するから、漸機といわれる、のである。
 丁度、枯松葉と、青松葉のようなもの、枯松葉は、マッチ一本で火がつくが、青松葉は、ブスブス水をはじいて、なかなか、火がつきにくい。
 同様に、宿善の厚い人は、枯松葉のように、仏心の火がつき、頓く、
宿善開発して、仏凡一体と燃えあがる。
 宿善薄き人は、昨日もカラボコ、今日も落第、どう聞けばよいのかと、
ブスブス、小言ばかりいって、流転する。

 阿弥陀仏の大慈悲心に、へだて心が、あろうはずはないが、我々の
救い(信心獲得)に、前後ができるのは、いつに、宿善の、厚薄によるのだ。

「陽気・陰気とてあり。されば、陽気をうくる花は、早く開くなり。
陰気とて、日陰の花は、遅く咲くなり。かように、宿善も遅速あり。
されば、已・今・当の往生あり。弥陀の光明に遇いて、早く開くる、
人もあり、遅く開くる、人もあり。兎に角に、信・不信ともに、仏法を
心に入れて、聴聞すべきなり」(御一代記聞書)
                       (つづく)   

677 :なぜ答えぬ4:02/11/01 20:18
 蓮如上人の、ご教示にも、それは、明快である。
 阿弥陀仏の本願は、十方衆生を、平等に救いとると誓う、無上の尊法である。
にもかかわらず、我々の救い(信心獲得)に前後ができるのは、ひとえに、
各自の、宿善の厚薄による、ことを、明らかにした。
 宿善の厚い頓機は、はやく救われる(信心獲得)からよかろうが、宿善の薄き漸機は、どうすればよいのか。
 これこそが、宿善問題の、最要課題であろう。
しかも、宿善厚き頓機は、極めて少なく、宿善薄き漸機は、圧倒的に多いのだ。
 記録に残っているものから、窺っても、法然上人のお弟子、三百八十余人中、頓機は、親鸞聖人と蓮生房、耳四郎の三人のみ。
 聖人の門下では、明法房弁円、ただ、一人である。
その外にもあったであろうが、甚だ少なかったから、法然上人は
『和言灯録』に、
「頓機の者は少なく、漸機の者多し」
と、仰せられている。
 もし、宿善は、過去世のことで、今生では、どうしようもない、もの
ならば、我々の救済の可否は、生まれた時、すでに決定している、
ことになる。これではまさに、仏教の排斥する、宿作外道である。
 宿善薄く生まれた者は、どうもがいても、宿善厚くなれないのなら、
宿善開発(信心獲得)はありえない。
 未来永劫、救われない、ことになる。   (つづく)


678 :名無しさん@1周年:02/11/01 20:18
あーあ、また親鸞会の独自の教義宿善論か。

本願寺に負けたくせに何をいまさら、て感じ。

679 :なぜ答えぬ5:02/11/01 20:20
 ならば、親鸞聖人や、蓮如上人の
「一日も片時も、信心獲得を急げ」
の、おすすめは、なんの意味もない。
 宿善薄く生まれた者は、どうもがいても、宿善まかせの信心獲得は、
できっこないのだから。
 断じて宿善は、どうにもならないもの、ではないのである。
 宿善薄く生まれた者でも、宿善厚き人になれるし、やがては、宿善開発
まで、進めることは、言をまたない。
 でなければ、善知識方が、ひたすら、宿善開発(信心獲得)を急げと、
すすめられるはずがない。

 では、どうすれば、宿善は厚くなり、開発できるのか。手をこまねいて、
宿善の厚くなるのを、待てばよいのか。
 宿善到来とか、時節到来というから、真宗の道俗は、宿善というものは、
向こうの方から、ヨチヨチやってきて、宿善開発できるように、思っている
が、大間違いだ。
 丁度、金持ちになるには、福の神が来ればよい、と思って、待っている
のと同じで、バカげている。
 福の神というものが、向こうからやってくるのでは、決してない。
自己の、日々の努力精進が、即ち、福の神になるのである。
 宿善というものも、待っていて、厚くなるものでも、開発するものでもない。心がけて、求めてゆくものなのだ。    (つづく)

680 :名無しさん@1周年:02/11/01 20:21
「なぜ答えぬ」さん、

親鸞聖人が宿善をあつくするために諸善にはげみなさい、

といわれたならばその根拠を示してください。

681 :名無しさん@1周年:02/11/01 20:22
>>678
 こんなことを言うのは、本願寺の坊主か。
 くやしければ、親鸞会の質問に答えてごらんなさい。

682 :680:02/11/01 20:22
「なぜ答えぬ」さん、
宿善をあつくするために諸善にはげみなさい、
といわれた法然上人の根拠があればそれでもいいよ。

683 :なぜ答えぬ番外編:02/11/01 20:23
>>680
  あわてない、あわてない。
  あわてるなんやらは・・・と言うでしょう。

684 :名無しさん@1周年:02/11/01 20:24
http://www.webranking.net/ranking.cgi?id=74279
http://www.visualranking.net/cgi-bin/ranking.cgi?id=7912

685 :671:02/11/01 20:25
わたしの渾身のインタビューが埋もれてしまいそう(涙)
だれかレスしてね!

686 :なぜ答えぬ6:02/11/01 20:27
 求める人にのみ、時節到来ということがある、と喝破された、蓮如上人の
お言葉をあげておこう。

「『時節到来』という事、用心をもして、其の上に、事の出来候を『時節到来』とはいうべし。
 無用心にて、事の出来候を『時節到来』とは、いわぬ事なり。
聴聞を、心がけての上の『宿善、無宿善』とも、いう事なり。
 ただ、信心は、聞くにきわまる事なる由、仰せの由に候」(御一代記聞書)

 では、どのように用心すれば、宿善到来するのか。
「信心は、聞くにきわまる」
と、仰せのように、聴聞を、心がけるしかない。
 根拠は勿論、釈尊の『本願成就文』である。
阿弥陀仏の本願を説くことを、出世の本懐とされた釈尊が、その弥陀の救い
の本意を、開顕されたのが『本願成就文』であることは、言うまでもない。
『成就文』に、釈尊は、
「聞其名号 信心歓喜」(その名号を聞くものを救いとる)
“これが弥陀の誓いである”と、道破されている。
「その名号」とは、仏法の、すべてであるから、
「仏法は聴聞にきわまる」ことになる。
『大無量寿経』巻末にも、こう、説かれている。

「仏、弥勒に語りたまはく、其れ彼の仏の名号を聞くことを得て、
歓喜踊躍し乃至一念すること有らん。当に知るべし。
此の人は大利を得と為す、則ち是れ無上の功徳を具足するなり」(つづく)

687 :なぜ答えぬ7:02/11/01 20:29
 弥陀の救いは、聞に極まることは、歴然としている。
よって釈尊は、次に、聞法の覚悟を、説かれるのである。

「設ひ大火有りて、三千大千世界に充満せんに、要ず、当に、此を過ぎて
是の経法を聞き、歓喜信楽し、受持読誦し、如説に修行すべし」

親鸞聖人は、この仏意を、

「たとひ、大千世界に
 みてらん火をもすぎゆきて
 仏の御名をきくひとは
 ながく不退にかなふなり」(浄土和讃)

と、述べ、真剣な聞法を、すすめられる。
 蓮如上人も『御一代記聞書』に、

「至りて堅きは、石なり、至りて軟なるは、水なり、水よく石を穿つ。
『心源もし徹しなば、菩提の覚道、何事か成ぜざらん』といえる、
古き詞あり。
 いかに、不信なりとも、聴聞を心に入れて申さば、お慈悲にて候間、
信を獲べきなり。只、仏法は聴聞に極まることなり」
                         (つづく)


688 :なぜ答えぬ8:02/11/01 20:30
 また、

「陽気・陰気とてあり、されば、陽気をうくる花は、早く開くなり、
陰気とて、日陰の花は遅く咲くなり。
 かように宿善も遅速あり。されば已・今・当の往生あり。
弥陀の光明に遇いて早く開くる人もあり、遅く開くる人もあり。
兎に角に信・不信ともに、仏法を心に入れて聴聞すべきなり」

とも、教えられている。
「不断に聞法精進する人は、陽気をうける花の如く、早く宿善開発し、
救われる(信心獲得)が、聞法を怠る者は、日陰の花のように、
宿善開発の、開花が遅れる。
「火の中を、分けても法は、きくべきに、雨風雪は、もののかずかは」
きびしい、蓮如上人の教誡は、そのためである。
 善導大師は『観経疏』に、

「過去已曽、修習此法、今得重聞、即生歓喜」

と説き、
“過去世で、この法を聞いてきた人が、今生で、重ねて聴聞することによって信心獲得できるのだ”
と、聞法即宿善を明らかにされている。
 以上の、ご教示で、真剣な聞法に勝る、宿善開発(信心獲得)の、
ご縁はない、ことが分かる。             (つづく)

689 :なぜ答えぬ9:02/11/01 20:32
 このような、師主知識の教化を仰ぎ、親鸞会は、始終、過去世に聞法
少なき者は、今生で、真剣に、聴聞を重ねなければならない、と、
説き続けてきた。
 暑ければ、聞法中でも扇子を使い、足が痛めば、何時でも投げだす。飲みたくなれば、聴聞中でも煙草をのみ、ねむたくなれば、前後不覚に舟を
こぐ。
 近くに法筵があれば詣るが、少し遠方だと、詣る気を失う。
こんな聞法で、信心獲得できる筈がない。
 親鸞聖人、仰せになって、いるではないか。

「たとひ大千世界にみてらん火をもすぎゆきて、仏の御名をきく人は、ながく不退にかなふなり」
「ながく不退にかなう」
とは、
 永久に変らぬ安心と満足、絶対の幸福になることで、信心獲得の体験で
ある。
では、どんな人が「ながく不退にかなう」のか、
“大宇宙に充満している、火の中も、くぐりぬける覚悟で聞法する人は”
である。
 居眠り半分に聞いて、獲得できる信心ではない、と、仰有っている。
 これら善知識方の仰せを、そっくりそのまま、説き続けている親鸞会を、
「まず諸善をつめ、諸善さえつめば、信心獲得できるとすすめる」
と、非難なさる、のである。            (つづく)

690 :なぜ答えぬ10:02/11/01 20:36
 さて、次に、
「仏法は聴聞に極まる」
なら、親鸞会は、なぜ、諸善も勧めるのか、の疑問に答えておかねば
ならぬ。
 いかに、真剣に勧められても、我々の聞法は、“お粗末至極”の一語に
尽きよう。
 大体、浄土真宗の道俗は、生まれおちるより、他力じゃ、易行の法じゃ、
無条件の救済じゃ、ただじゃ、そのままじゃ、と、無責任説教を聞かされて
いるから、仏法をバカにして、初めから易しいものと目安をつけ、
見くびっている者が、多い。
 証拠には、少し聞くと「ああ、分かった」と早合点し、他人を見下して、
こう、言うのだ。
「同じことを、何遍きいても分からん、バカな奴らじゃ」
 そうかと思うと、「これだけ聞いても、まだ分からん」と、焦りたった
り、腹をたてたり、はては、法が悪いのではなかろうかと、法謗の大罪を
つくって平気でいる。
“これだけ”とは、一体、どれだけか。
 一ヵ月に、一日や二日聴聞したって、一年に、どれ程に、なるのだろう。
その一日といっても、二時間か、三時間。早朝から、くだらん欲に、
引きずり廻された、クタクタの心身を、法座に運んで、カスの時間と、
カスの心身で、一体、なにを、聞こうとしているのか。
 どんなことが解決できる、と、いうのだろう。  (つづく)

691 :名無しさん@1周年:02/11/01 20:39


      s 会 子 牛 必 死 だ な

692 :なぜ答えぬ11:02/11/01 20:40
“多忙で、仏法聞けぬ”という。
それほど平生、時間を大切に、使ってのことなのか、と反省する。
そのくせ、テレビの前に坐っている時間は、いくらでもあるようだ。
つまらぬ話で、つぶす時間があっても、仏法聞くヒマはない、という。
「徒らに、すぐる月日は、多けれど、法を求むる、時ぞ少なき」
 そのものズバリであろう。縁なき衆生、と、いわれても、仕方あるまい。

 とは、いっても、

「一たび、地獄に入りて、長苦を受くる時、始めて、人中の、善知識を憶う」(善導大師)

では、おそいのだ。
 罪悪は深重、無常は迅速、「一日も片時も、信心獲得を急げ」の、
善知識のおすすめは、そのためにある。
 善知識の洪恩を憶えば、獲信の因縁(宿善)を求むる用心は、
一刻として、おろそかには、できないはず。
“仏法は聴聞に極まる”と、分かっていても、どうにも、聞法できない
ときの用心は、どうあるべきか、重大関心事と、ならざるを得ないだろう。

                   (つづく)

693 :名無しさん@1周年:02/11/01 20:40
これってひょっとして
工作員による荒氏か?

694 :名無しさん@1周年:02/11/01 20:42
>>691
  こんな人たちにまで必死で。
         ・・・尊い方と拝しております。
  691さんも偏見を捨てて、耳を傾けてください。

695 :名無しさん@1周年:02/11/01 20:42
>会長は平成8年5月19日にこう言っています。
>「雑行は悪いこと。正行は大いにしなければならない。
>これは商売繁盛のためではない。
>後生の一大事解決するための正しい行い、いい行ないですよ。」

>この発言は間違っていると理解してよろしいか。

この質問はどうなったんだろう?

696 :名無しさん@1周年:02/11/01 20:45
もうわけわかんないよ。
「なぜ答えぬ」は親s?反s?
教学DQNの漏れにはわかんないよ。

697 :名無しさん@1周年:02/11/01 20:45
>>693

今、修善と獲信の関係について、なぜ答えぬさんが答えているのだから、
ちゃんと相手の主張を読むべきだと思います。

698 :名無しさん@1周年:02/11/01 20:47
>>664

読んでみたよ。
新人太郎ってとんでもない野郎だよな。
どこが圧勝なんだ?都合悪い質問全部無視。
ただのDQN野郎じやんか。
みんな(現役さん)も読もうね。
http://homepage2.nifty.com/peac/index.htm

699 :なぜ答えぬ12:02/11/01 20:48
「宿善として、善本(善根)、持戒、見仏、供仏、聞法修行、発菩提心、
修善、修福などが示されている」(『現代の教学問題』P・一四〇)

と、本願寺も説くように、聞法(聴聞)だけが、宿善の物体でないので
ある。
 見仏、供仏、修善も、また、宿善の物体なのだ。
 こんなことが分かれば、聴聞のできないときは、朝夕の勤行は勿論の
こと、日常生活で、修善をすすめる親鸞会を、どうして、非難できるのか。
 こういうと、我々の修善は、すべて雑毒虚仮だ、の反論が、聞こえてくる
ようだ。仏眼からはその通り。
 だからこそ親鸞会は、修善は獲信の因縁(宿善)とは、いっても、
往生の資助になる、と、いったことは、一度もない。

(「宿善になる」というのは、「往生の資助になる」、ということでは、
断じてない。きき誤ってはならないところ)

 それは『阿弥陀経』に、

「少善根福徳の因縁をもっては、彼の国に、生ずること得べからず」

と、説かれていることでも、明白。
 だからといって、仏法者は、悪にほこってよい、ということでは、あるまい。
                     (つづく)


700 :なぜ答えぬ13:02/11/01 20:51
 真宗の道俗は、悪人正機を誤解して、我々の善は雑毒だから、と、
一向に修善に向かおうとしない、から、無気力で、消極的、退嬰的と
評される。
 そのうえ、阿弥陀さまは、悪人がお好き、と、放逸無慚の、生きざまを
さらすから、外道邪宗の者からさえ、堕落者の集団、悪人製造の宗教と、
悪口いわれる。
 また、こんな聞き損いも、いる。
「真宗では雑行を捨てよ、と嫌われるから、善を励むのは、間違い」と。
雑行の物柄は、経には、諸々の功徳と説き、釈には、諸善万行といわれている
から、そのもの自体が、悪いのではない。
 心得が悪いから、嫌われるのだ、と、知らないのである。
“この善根で、悪い処へは、行かないだろう”と、往生の資助にする
気持ちでやるから、雑行と嫌われるのだが、物柄は諸善だから、やらねば、
善果が報うてくる、はずがない。
 いうまでもなく、仏教の根本教理は、因果の道理。善因には善果、
悪因には悪果、自因は自果を必ず生み出す、という、三世十方を貫く真理
である。
 真宗には、“我々に、善がつめるか”と、非難がましく言う者がいるが、
やらねば、善果は得られず、苦しむだけである。
                          (つづく)

701 :名無しさん@1周年:02/11/01 20:54
いくら宿善論説いたって、
強奪的財施の強要、
うそつきまくり新入生勧誘、
学生から金をむしりとる体質、
ご放射を奪いとって不倫代に使うM春のような椰子の存在、
建築物の計画性なき建てまくり、
異常な組織構造
御同朋意識の欠如など
の異常体質はなんにも正当化されない。


702 :700へ:02/11/01 20:54
そんなに善がしたいのなら、嘘をいって勧誘するのをやなさい
とくに、信を得ていないのに信を得たいうこと厳禁

703 :なぜ答えぬ14:02/11/01 20:55
 勿論、我々には、出来ること、と、出来ないこと、とがある。
しかし、真剣に、やろうとしない者には、どちらも、ハッキリしない。
 どうしても、ならねばならぬと、真剣に、とり組んでみて、はじめて、
出来ることと、出来ないこととが、ハッキリする。
 はじめから、どうにもならぬと決めこんで、実地にやってみない者には、
どちらも永久に、ハッキリすることはないのだ。
「名利の為に千金を投げ出すは、ヒゲを撫でるよりも易く、慈悲の為に
一銭を出すは、生ヅメを剥がるるよりも痛し」

 実地、やらずに、分かることでは、あるまい。
 親鸞会は「自力の善の積み重ねで、信心獲得できる」などと、
主張したことは一度だってない。

 実地に、大菩提心をおこして、やったものでなければ、分かることでは
ないのだ。
 やってもみない者が、やってもみない自力の善が、間に合わなかった、
捨てものだったと、どうして分かろうか。どうして言えようか。
 自身にやった経験もなければ、自力無功の苦しい体験もないから、
「過去に修した自力の善は、あくまでも捨てものとするのである」
と、まるで、他人ごとのようなことを言っている。
                       (つづく)

704 :名無しさん@1周年:02/11/01 20:56
新人太郎ってAクラ子牛なんですか?

705 :一学徒:02/11/01 21:00
>>702

あなたは親鸞聖人の正しい教えを聞きたいのではないのか。
親鸞会は絶対に正確に、親鸞聖人の教えを説いているのです。
聞きたければ聞けばよい。
後生はひとりひとりのしのぎ。
聞きたくなければ去ればよい。


706 :名無しさん@1周年:02/11/01 21:02
>>704
    新人太郎さんは、新人だろ。
    大学生って書いてあったよ。
    ずいぶんべんきょーしたんだね。
    おれついていけねー。

707 :名無しさん@1周年:02/11/01 21:03
>>705
だから絶対正確ならこれ教えてよ。

>会長は平成8年5月19日にこう言っています。
>「雑行は悪いこと。正行は大いにしなければならない。
>これは商売繁盛のためではない。
>後生の一大事解決するための正しい行い、いい行ないですよ。」

>この発言は間違っていると理解してよろしいか。

708 :名無しさん@1周年:02/11/01 21:05
>>706

新人太郎は工作員子牛にきまってるだろうが。

709 :名無しさん@1周年:02/11/01 21:05
>>705
ネットで勧誘するのはやめれ。
ていうか、破邪顕正のノルマが大変なんだね。(w

710 :なぜ答えぬ15:02/11/01 21:06
 これでは、やったことと、それによって、知らされたこととの因縁
(宿善)が、分かろう筈がないから、
「遠く宿縁を慶ぶ」
心も分からなければ、
「宿善有難し」
の、尊さも、分かろう筈がない。
 合点と体験は、雲煙万里の違いがある。
 やってもみずに合点して、机上の空論、観念の遊戯をしている者が、
「破邪顕正や財施が宿善になるという親鸞会は間違いだ」
と非難しているのだから、ちょっと追究されると、すぐに返答に窮する
のも、不思議ではない。

 それでは、自力の善根によって、宿善開発(信心決定)させることが出来るのか、と間抜けは返難するかもしれない。

 (中略)

 自力の善が、獲信の資助になるどころか、自力無功、捨自帰他、
弥勒菩薩も、三世諸仏も、化土往生人も、自力が廃らない限り、
絶対に弥陀の本願は分からず、報土往生は出来ない、
ことを開顕し続けて来たのが、親鸞会の歴史である。 (つづく)

711 :名無しさん@1周年:02/11/01 21:09
>>707

相手の主張を知り、批判する時は、
著作、出版物などによる。こんなことは常識でしょう。

親鸞会の著書や出版物から、見つけてきなさい。

712 :名無しさん@1周年:02/11/01 21:10
みなさ〜ん!
またインタビューの時間で〜す!!!

なぜ急に宿善論を展開なさっておられるのですか、なぜ答えぬさん。
では、どうぞ。
なぜ答えぬ:
「三願転入と雑行論がどうも旗色わるくて負けそうなので、
宿善論で必勝を期す腹づもりです。」

713 :なぜ答えぬ16:02/11/01 21:12
 ではなぜ、信前の人に、自力一杯の聴聞や、破邪顕正、布施行などの
諸善を勧めるのか。
 机上の空論や、合点なら易しい。仏教は、行学である。
 自力は捨てもの、間に合わぬものと、合点するのはたやすいが、
実地の体験は、難中之難、無過斯だから、浄土は、易往而無人なのだ。
 後生の一大事の解決には、自力で間に合うか、合わないか、実際、
全力を尽くして、初めて、出来ることか、出来ないことか、可能か
不可能か、ハッキリ知らされるのだ。

 喩えて言えば、クラスで力自慢の、小学一年の男子を連れて、母親が瀬戸物店へ、買い物に行った。
 大バーゲンで、たんまり仕込んだ母親が、重そうに、荷物を持って店を出た。瀬戸物は、量の割に、重いものだ。
 それを見て、子供が、
「お母さん、僕、それ持ってあげる、僕、力強いんだよ、昨日もクラスの
相撲で、一番だった」
と、自分の力を、誇示する。
 とてもとても、子供の力に合うような、品物でないことは、母親は、
百も千も承知している。
「こんな重いものが、あんたなんかに、持てますか、落としたら、
どうするの」
 頭から、叱りつける母親は、余り、利口な親とは、言われぬ。
「そうお、坊や、そんなに強くなったの、お母さん、嬉しいわ、
それじゃ持ってくれる」           (つづく)


714 :名無しさん@1周年:02/11/01 21:14
>>712

 なぜ破邪顕正や財施を勧めるのか、と質問した人があったからでしょう。
 あなたも、人の意見をちゃんと読んだらどうですか。

715 :なぜ答えぬ17:02/11/01 21:16
 利口な母親は、持てないことを充分承知の上で、一度持たせてみせる
のだ。
 落としたら大変だから、母親は、密かに、下に手を廻している。
 子供は、誉められて持ったのだから、男の意地だ、何とか持とうと
渾身の力で、力んではみるが、とてもかなわぬ重荷を知らされ、力尽きて、
「お母さん、やっぱり、僕の力じゃ、駄目だ、早くとって!落とすよ、
早く、早く」
と、母親に任せる。
 子供は、母親が、荷物を下から支えていることを知らないから、驚いて、
心から素直に、母親に、任せるのだ。

 親鸞聖人も、自力一杯の、体験を通して、
「いずれの行も、及び難き身……」(歎異鈔)
「大菩提心おこせども、自力かなはで流転せり」(正像末和讃)
「自力にては、生死をいでず」(御消息集)
と、自力無功を信知させられ、無条件に、他力に乗托されたのである。
 命がけの聴聞も、破邪顕正も、自力の一切は、間に合わなかった、と、
廃った一杯が、本願力に間に合ったことに驚き呆れ、
すべてが、他力であったなあーと、不思議不思議と踊り上がったときを、
宿善開発というのだ。
                     (つづく)

716 :名無しさん@1周年:02/11/01 21:18
>>707

>だから絶対正確ならこれ教えてよ。

なんか、えらくこだわってるみたいだが、
「諸善さえ積めば獲信できる、これが親鸞会の主張だ」
などと言ってのける、あなた方のような粗雑な感覚や
お粗末な信仰で、
「よくきくことも難し」の無上甚深の妙法を、
「おれはこう聞いたが、どうだ!間違ってるじゃないか!」
などとのたもうても、何の根拠にもなりません。
聞き誤り、書き誤りが重なっている上に、しかも一部分を切り取ったりでは、
「聞いた」「聞いてない」で、議論が空回りするだけです。
だから誰にも答えてもらえなかったのです。

非難したいときは、著書に書かれてあるものを示しなさい、という
ことです。たとえば「なぜ答えぬ」さんが、だいぶリキ入れて載せて
くれましたので、「「なぜ答えぬ」のここが聖人の教えに反している」
とか、示せるでしょう。

717 :なぜ答えぬ18:02/11/01 21:19
 以下、お聖教の明証を、二、三、提示しておこう。

「一切凡小、一切時の中に、貪愛の心常に能く善心を汚し、瞋憎の心常に
能く法財を焼く。急作急修して頭燃を灸ふが如くすれども、衆て雑毒雑修の
善と名け、亦、虚仮諂偽の行と名く。真実の業と名けざるなり。
此の虚仮雑毒の善を以って無量光明土に生ぜんと欲す。
此れ必ず不可なり」(教行信証信巻)

「本願他力をたのみて、自力を捨つるをいふなり。これを唯信といふ」
                         (唯信鈔文意)

「今の真宗においては、専ら、自力をすてて、他力に帰するをもって
宗の極致とする」(改邪鈔)

「もろもろの雑行雑修自力の心をふりすてて、一心に阿弥陀如来、我等が
今度の一大事の後生、御たすけさふらへとたのみまうしてさふらふ」
                            (領解文)
 かかる、親鸞聖人や、覚如上人、蓮如上人を一貫せる、自他力廃立の
御教化によって救われ、その真実を開顕せん為に、死力を尽くしている
親鸞会を、
「自力によって宿善開発(信心獲得)出来るといっている」
という非難は、悪辣極まる中傷と、断ぜさるを得ないのである。
                           (つづく)           

718 :名無しさん@1周年:02/11/01 21:19
>713

>ではなぜ、信前の人に、自力一杯の聴聞や、破邪顕正、布施行などの
>諸善を勧めるのか。
(あとは省略します)

ここだけを読むと、19願から18願に入れるような気がするのは俺だけ?
それなら三願もいらないじゃん


719 :名無しさん@1周年:02/11/01 21:25
>>712
>またインタビューの時間で〜す!!!

>なぜ急に宿善論を展開なさっておられるのですか、なぜ答えぬさん。
>では、どうぞ。
なぜ答えぬ:
「三願転入と雑行論がどうも旗色わるくて負けそうなので、
宿善論で必勝を期す腹づもりです。」

は〜い。ぜんぶ同じ事だからで〜す。ということだよ712。
くだらぬ盛り下げしているヒマがあったら、分かるまでちゃんと読め。


720 :なぜ答えぬ19:02/11/01 21:26
(修善を勧める親鸞会は間違いだと主張される方へ。
 「本願寺」のところをあなたの名前におきかえて読まれたし)

 体験の世界を、合点や、知識で通ろうとするから、空中分解したり、
カラ回りする。
一向に前進しないのは、そのため、と知ってほしいのだ。
 因果の理法に狂いはない。やっただけのことは、必ず現われる。
“修善をおろそかにしてはならない”と主張する親鸞会を、非難する
本願寺は、果たして、仏教といえるか、どうか。
 しかも、本願寺は、聞法も、修善も、共に宿善の物体と説きながら、
聞法のすすめはよいとするが、修善のすすめは間違い、と非難する。
 この、明らかな矛盾に、本願寺サン、いまだに、お気づきにならないのは、不思議でさえ、ある。

「善さえ励めば獲信できる。これが親鸞会の主張だ」
は、本願寺の悪辣な、中傷であることを証明し、「仏法は聴聞に極まる」
のに、“なぜ、諸善もすすめるか”にも、答えてきた。

 それでも、必死の本願寺サン、大胆にも、こう、強弁なさる。
「真宗には、諸善を積まねばならないという説示はない」
 真宗には善のすすめはない。善をすすめる親鸞会は間違い、
と言い張るのだ。                 (つづく)

721 :名無しさん@1周年:02/11/01 21:27
>>718

  ここだけ読まずに、全部読みなさい。

722 :なぜ答えぬ20:02/11/01 21:30
 破邪顕正も財施も、諸善だから、“善をすすめた文証を示せ”
というわけだ。
最後には、“そんな文証などあろうはずがない”と、断言までする始末。

(中略)

 文証に、いかにご執心か、よく分かる。文証で、なんとか防ぎとめねば
……の危機感も、ヒシヒシ感じとれる。
 かくて、大上段に“修善をすすめた文証など、あろうはずがない”と、
アッと驚く、タメゴローならぬ、外道よりも、あさましい放言をなさるので
ある。
 しかも、ここだけは、“どうだ”と言わんばかりに、自信に漲っている、
かに見える。
 どんなに、強そうにみえても、自力の自信は、所詮はもろいもの、
証拠の一端を示しておこう。
 もし仮りに、イジワルがいて、“修善を排斥された文証をあげよ”
とでも、反問したら、本願寺サン、どんな、文証をあげられる、とでも
いうのだろうか。
 またしても、一撃でダウン。みっともないことに、なりはしないか。
そんな文証こそ、絶対、ありっこないのだから。
                        (つづく)

723 :なぜ答えぬ21:02/11/01 21:31
 仏教で『七仏通戒偈』は、有名である。
すべての、仏教に共通した教えを、一言で喝破しているからだ。

「諸悪莫作、衆善奉行、自浄其意、是諸仏教」

“もろもろの、悪をなすことなかれ、もろもろの、善をなして、
心を浄くせよ、これが、諸仏の教えだ”
というのである。
 本願寺サン、『七仏通戒偈』も、お忘れになったのか、と驚かされる。

 修善が獲信の障害ならば、獲信が唯一の目的である仏教に、なぜかくも、修善のすすめが説かれるものか。
“修善をすすめた文証など、あろうはずがない”と力む本願寺に“それでも汝は仏法者か”といったら、失礼だろうか。
                          (つづく)

724 :なぜ答えぬ22:02/11/01 21:33
 真実開顕を急ぐ親鸞会は、不毛な論議はしておれぬ。
 早速、求めに応えて、文証で、修善も獲信の因縁(宿善)になる、
真実を開顕することにしよう。
“修善をすすめた文証など、あろうはずがない”と、タンカを切られる
本願寺サン、弥陀の十九願文や、釈尊の『観経』の教説を、どう、
お読みになっているのだろう。
 本師本仏の阿弥陀仏には、四十八の、お約束がある。世に名高い、
弥陀の四十八願といわれるものだ。
 その中に「あらゆる人を救いとる」と誓い給うた願が、三つある。
十八・十九・二十の、三願だ。
「どんな人をも、必ず絶対の幸福に救う」の十八願は、自らの、本心に
随って、誓われたもの。随自意の願とか、王本願とかいわれるのは、
そのためである。
 なにしろ、自惚れ強く、相対の幸福しか知らない、我々を、絶対の幸福
まで導くことは、難中の難事。どうしても、善巧方便が、不可欠だった。
 十九・二十の二願は、その、必要に応じて建立なされたものである。
十八願、絶対界へ導くために、一時、我々の意に随って誓われたもの
だから、十九・二十は、随他意の願と、いわれる。
 自惚れ強く、どうしても、自力の執着離れ切れず、流転を重ねる、
我々に、実行できるだけ、やってみよ、気の済むまで、やってみよ
(十九・二十の随他意の願)。
 できないときに、できないままを、無条件で救いとる(十八の随自意の
願)というのが、弥陀の正意なのだ。
                      (つづく)

725 :なぜ答えぬ23:02/11/01 21:36
 随自意、真実の願に誘引するための、随他意、方便の願だから、
三願は孤立したものでないことは、明白である。弥陀が、もし、十八願のみ
で、救済できるなら、方便二願を、建てられるはずがない。

 では、その十九の誓いを聞いてみよう

「設ひ、我仏を得んに、十方の衆生、菩提心を発し、諸の功徳を修し、
至心に発願して、我が国に生れんと欲はん。寿終るの時に臨みて、
たとひ大衆と圍繞して、其の人の前に現ぜずば、正覚を取らじ」

 やさしく、解説すると、次のようになる。

“たとい私(法蔵菩薩)が、仏になりましても、十方の人々が、人生の
苦しみの連続に、驚いて、どうしたら、平和な安楽な世界に、生まれる
ことができようか。
 それには、悪を慎み、善を励まなければならぬ、と奮発心をおこし、
あらゆる善を、一生懸命実行して、その力で、我国(浄土)に生まれたい
と願う者は、臨終に、諸仏菩薩にとりまかれて、迎えにゆこう”

「諸の功徳を修し」とは、諸善万行、善と名のつくものなら何でも、
実行しなさい。
 知っただけでは、観念の遊戯、論語読みの論語知らず、になってしまう、
実行しなければ、善果は得られぬ。
“力一杯、功徳(善)を修めよ”とすすめるから、「修諸功徳の願」と、
いわれている。                 (つづく)

726 :なぜ答えぬ24:02/11/01 21:38
 本願寺、本願を知らず、では、済まされない。
 これでも“修善をすすめた文証など、あろうはずがない”と、
言うのだろうか。
“修善は獲信の因縁(宿善)になる”というのは、間違いか。


 弥陀の十九の願意を、釈尊が、『法華経』を中止してまで、開設された
のが、王舎城の悲劇で有名な『観無量寿経』である。
 吾子ほしさに、占いに迷い、“とても三年は待てない”と、夫、
ビンバシャラ王を、そそのかし、修行者を、殺害させた韋提希夫人。
 因果の道理に、狂いなく、自分が、産んで育てた阿闍世によって、
牢に入れられ、悲泣悶絶する。
 察知された釈尊が、今の地獄にのたうつ者こそ、弥陀の本願の、
お目当てと、自ら、王宮に降臨なされ『観無量寿経』を、説き給う。
 慈顔あふるる釈尊に、邪見と自惚れの、韋提希は、こんな愚痴を、
言い放つ。
「お釈迦さま。提婆は、あなたと従兄弟でありながら、あなたを、殺そう
としています。私は、産んで育てた子供のために、殺されようとして
います。
 なぜ、この世は、こんな苦しい、世界なのでしょう」
苦しくなると、誰しもが、蒔いた種を一切忘れて、愚痴を言うて八つ
当たり、するもの。                (つづく)

727 :なぜ答えぬ25:02/11/01 21:40
 我身知らずの、愚かさを、どう、知らせたらよかろうかと、
しばらくは釈尊、無言の説法。
やがて、
「韋提希よ、汝はどのお浄土へゆきたいか」
と、二百一十億の諸仏の浄土を、見せられる。
「本師本仏の、弥陀の浄土が一番好きです。どうすれば、ゆけるのか、
教えて下さい」
 一生造悪の極悪人が臆面もなく、こういいのける。まさしく、地獄必定の
相が、ここにある。
 韋提希は、しかし、まだまだ、気がつかない。
「西方に向かって、端座して、この観法をすればよい」
 十三の、定善観を説きながら、“できないことが、まだ分からんか”と、
種々に、釈尊は方便なさる。
 努めようと、すればするだけ、ふきあがる“阿闍世のチクショウ”
“提婆のガキめ”怒りと憎しみの心を、反省させ、
「韋提希よ。定善ができねば、心の乱れたままでいいから、散善をやって
みよ」
と、廃悪修善を、すすめていられる。
                     (つづく)

728 :なぜ答えぬ26:02/11/01 21:43
 そして、上品上生から、下品下生まで、九品の往生を説いて、
“どの善根が
できるかな”と、心を覗く。
 これも、できない、これも、できないと、実地に知らせて、最後に
“下品下生の、私でございました”と、真実の自己を、照らし出す。
 機の真実を説くと、だから、『観経』は、いわれるのだ。
その上で“下々品をお救い下さるのは、阿弥陀仏しかないぞ”と、
教えられるのだから、邪見驕慢の極悪人が、弥陀の本願に救われる、
善巧方便に、違いない。
『観経』の、定散二善三福九品の、み教えも、本願寺サンには、善を廃し、
悪をすすめた文証としか、見えないらしい。
“定散二善が、韋提希の獲信に無関係”と、するならば、
“説かれた目的はなんのため”と、反問したい。

 因果の道理は、宇宙の真理、善因善果、悪因悪果、自因自果には、
寸分の、狂いもない。
 分かっただけでは、観念の遊戯に終わり、実行しなければ、善果は
得られぬ。
                         (つづく)


729 :なぜ答えぬ27:02/11/01 21:44
“善根を積む、必要はない、修善をすすめるのは、間違いだ”と、
いっているから、無宗教の家庭よりも、外道の者よりも、不幸は続くし、
貧乏はする、病気にはなる、災難は重なる。
 真宗の教えを、聞いていない者の方が、上等の生活をして、
真宗の門徒が、“この世の罹厄きわもなし”で“不可称、不可説、
不可思議の苦毒”に、泣いているのだ。
 普通の人でさえ、悪を慎み、善を励んでいるのに“善根を修する必要が
ない”と、平気で横着を教えているから、悪報は、眼が廻るほどやってきて、業苦に責めたてられるのは理の当然である、ことにお気づきにならない。
 それどころか、親鸞会の修善のすすめを、非難なさっているのだから、
評する言葉も、あるまい。

「獲信の因縁に、善をすすめる親鸞会は、間違いだ。
修善のいらぬ真宗に、善をすすめる文証など、あろうはずがない」
 耳目を疑う、本願寺の非難に、文証あげて、親鸞会は、次のように、
答えてきた。

“汝は、修善をすすめる弥陀仏の、十九の願を、お忘れか。
定散二善をすすめた観経の、釈迦の教説を知らざるや”と。
                          (つづく)

730 :名無しさん@1周年:02/11/01 21:45
観経の釈尊の真意は・・・
定散二善を説きながら、最後に阿難尊者には、
仏、阿難に告げたまはく、「なんぢ、よくこの語を持て。この語を持てといふは、すなはちこれ無量寿仏の名を持てとなり」と。
と諸善でなく、念仏を勧められたところにあると知るべし。



731 :なぜ答えぬ28:02/11/01 21:47
といった理由で、親鸞会教学はオオマチガイもいいところ。
真宗ではないということが証明しおわりました。

732 :なぜ答えぬ28:02/11/01 21:47
 でなければ、本願寺サン。
“弥陀の十九願や、定散二善は、獲信の因縁として説かれたもの”と、
まだ、ご存知ない、としか考えられぬ。
“十九の願や、定散二善は、獲信の因縁”と、親鸞会は理解する。
 果たして、これが、親鸞聖人や、蓮如上人のご教示に、叶っているか、
どうか、文証あげて、開顕しよう。

“親鸞聖人の特徴は”と問われて、なんと、答えるだろう。
 山上の仏教を、山下の仏教に、貴族の仏教を、庶民の仏教に、僧侶の仏教
を、在家の仏教に、禁欲主義の仏教を、肉食妻帯の仏教に、したことか。
 いずれも、当たっている。が、しかし、なんといっても、特徴の中の特徴
は、真仮の区別を、ハッキリさせ、自力の臭味を断切って、他力不思議を、
発揮されたことが第一であろう。
 親鸞聖人、畢生の大著、浄土真宗の根本聖典『教行信証』六巻をみれば、
それは、明白だ。
「教・行・信・証・真仏土」の五巻に真実(真)の仏教、
後の「化土」巻に方便(仮)の仏教を開顕し、
“仮より真に入れよ”が、親鸞聖人の、生命になっている。

                        (つづく)

733 :なぜ生きる番外編:02/11/01 21:48
>>731
   名前ぐらい、自分で作ってはいかがでしょうか。

734 :なぜ答えぬ29:02/11/01 21:48
私は間違ってました。
親鸞会は間違ってました。
懺悔して終わります。
(おわり)

735 :なぜ答えぬ番外編:02/11/01 21:50
>>730
   不要なことを釈尊は、韋提希夫人に勧められたのですか?

736 :名無しさん@1周年:02/11/01 21:53
>>735
あなたは定散二善できるお方なればするがよい。
ただ、なぜ最後に阿難に諸善でなく念仏を勧められたか考えなさい。

737 :名無しさん@1周年:02/11/01 21:53
>>730
  方便は要らないと信じ込んでいる典型ですね。
  まともに求道していない見本だと、オレは思うね。

738 :名無しさん@1周年:02/11/01 21:55
>>736
  あなたは善ができない自分であったと、知らされた時が
  あったのですか?
  ただ、頭で「できないものだ」と合点して言っているのですか?

739 :名無しさん@1周年:02/11/01 21:56
>>737
自分が定散二善をできるとカンチガイしている典型だと、オレは思うね。
もしくは善ができる聖者様だろうね(w

740 :名無しさん@1周年:02/11/01 21:56
>>734
   卑怯なマネはみっともないから、やめた方がいいですよ。
   品性が疑われてしまいますから。

741 :700へ:02/11/01 21:57
ああ、必要だから皆、自力の修行をしなさいということね。



742 :名無しさん@1周年:02/11/01 21:58
>>738
>あなたは善ができない自分であったと、知らされた時があったのですか?

ありましたし、現に知らされてますが何か?

>ただ、頭で「できないものだ」と合点して言っているのですか?

火に触れたようにハッキリ知らされましたが何か?


743 :なぜ答えぬ29:02/11/01 21:59
「然るに、願海に就きて、真あり仮ありー乃至ー既に以って、真仮みな
是れ大悲の願海に報酬せりー及至ー真仮を知らざるによりて、如来広大の
恩徳を迷失す」(真仏土巻)

「願海に、真あり仮あり」

 まず、阿弥陀仏の本願に、真実(真)と、方便(仮)のあることを
判定し、十八願を真実、十九・二十の二願を、方便と断定される。
 真実とは、本心のこと。
 十八願には、弥陀の本心(どんな人をも、必ず絶対の幸福に救いとる)
が、誓われているから、真実といわれる。
 方便は、方法便宜の省略で、目的を果たす、方法手段をいう。

「十九・二十の二願は、弥陀が目的(十八願)を果たす、方法手段に
誓われたもの。
 従って、三願は、無関係に孤立したものではない」

 これが親鸞聖人の見解であり、宣言である。
二つ三つ、その、文証をあげておこう。
 中でも、鮮やかで、有名なのは、聖人の告白である、三願転入のご文で
あろう。
                      (つづく)

744 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:00
>>740

わかりました。なぜ答えぬさん。

745 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:00
>>742
   それはどんな時ですか?

746 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:01
>>741
   早合点せずに、しっかり読みましょうよ。
   大事なことだから。

747 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:02
>>745
この身、今生、ただ今です

748 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:02
>>697
コピペじゃん。
こういうのじゃなくて、改印の「生の声」を聞きたいのだが。

749 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:03
>>506
>獲信の役に立つから善をしなさい、などと親鸞会で勧められた
 ことは、いまだかつてありません。

「自力無効を知らされて信の一念で獲信するために、自力の善に励むのだ」
って聞きましたが。

750 :なぜ答えぬ30:02/11/01 22:03
「ここをもって愚禿釈の鸞、論主の解義を仰ぎ、宗師の勧化によりて、
久しく、万行諸善の仮門(十九願)を出でて、永く雙樹林下の往生を離れ、
善本徳本の真門(二十願)に廻入して、偏に、難思往生の心を発しき。
 然るに今、特に、方便の真門(二十願)を出でて、選択の願海(十八願)
に転入し、速やかに難思往生の心を離れて、難思議往生を遂げんと欲す。
果遂の誓、良に由あるかな。
 ここに久しく願海(十八願)に入りて、深く仏恩を知れり。
 至徳を報謝せんがために、真宗の簡要を拓うて、つねに不可思議の徳海を
称念す。いよいよ斯を喜愛し、特に斯を頂戴するなり」(教行信証)

 要旨をいうと、こうなる。

“幸いにも、親鸞は、善知識方のお導きによって、十九願から二十願に
入り、今、それらの方便から、十八願、真実へ転入した。
 方便から真実に入って、はじめて、阿弥陀仏の大恩が、知らされたので
ある”
                        (つづく)

751 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:05
>>749
   それは聞き誤りです。
  「よくきくこともかたければ 信ずることもなおかたし」
   しっかり、聴聞しましょう。

752 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:06
>>748
  それだけ、親鸞会の主張を、正しく理解していないということですよ。
  疑問のほとんどは、答えられているのですよ。

753 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:06
>>751
どこがどう聞き誤りなんだろう。そこを書かないと751は意味をなさない
ことを理解していますか?

754 :なぜ答えぬ番外編:02/11/01 22:08
>>753
  それを書いているのに、あなたは読んでいないのですね。
  「なぜ答えぬ」発言の最初から、読んでもらえませんか。

755 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:10
>>754
いや、会長の言葉では理解できませんから、あなたが
かみ砕いて解説してくれませんか?

756 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:12
>>747
  では、知らされる前と、知らされた後で、
  何が、どう、変わったのですか?

757 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:13
ここにカキコしている改印は、命令無視の不良改印ですか?

758 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:14
僕は、※って間違っていないと思うんだけど。

※>獲信の役に立つから善をしなさい、

18願に入るには19願/20願を経由してじゃないと入れない
(3階に登るには、1階/2階と階段を上がる必要があるの喩えで)
ということは、19願は18願のためには必須事項ということ
ですよね。だったら※になるんじゃないの?

言い方はともかく、実際のところで(正味な話で)どうよ?

759 :なぜ答えぬ番外編:02/11/01 22:14
>>755
  具体的に、どこがわからないのでしょうか?

760 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:15
>>759

>>758に書いておきました。


761 :一学徒:02/11/01 22:16
>>758
   あなたの理解は間違っています。
   それでも主張したいのならば、親鸞聖人のお言葉で
   根拠をあげてください。

762 :なぜ答えぬ番外編:02/11/01 22:18
>>760
  一学徒さんのお答えの通りです。

763 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:18
>>761
いや、「間違っています」なら誰でもいえるでしょ?
「どこが、どう間違っているか」を指摘して初めて相手が
「なるほど」といえるんでしょ?

主張したい、とかそんな大げさなことじゃなくて
もうちょっと軽くというか肩の力を抜いて話できませんか?

764 :なぜ答えぬ31:02/11/01 22:19
 もちろん、これは、親鸞聖人だけの、ことではない。

  「至心信楽欲生と
   十方諸有をすすめてぞ
   不思議の誓願あらわして
   真実報土の因とする」(第十八願)

  「至心発願欲生と
   十方衆生を方便し
   衆善の仮門をひらきてぞ
   現其人前と願じける」(第十九願)

  「至心廻向欲生と
   十方衆生を方便し
   名号の真門ひらきてぞ
   不果遂者と願じける」(第二十願)  (浄土和讃)

 十九・二十の方便二願は、真実、十八願に転入する、十方衆生の道程と、
見ておられることが、よくわかる。
 このことは『三経往生文類』にも、みえるが、いまは『愚禿鈔』の文を、
あげておく。
「ひそかに観経(十九願)の三心往生を按ずれば、これすなはち、
諸機自力各別の三心なり。大経(十八願)の三信に帰せんがためなり」

                        (つづく)


765 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:20
>>756
落ちるに間違いなし、と知らされました。
助かるに間違いなし、と知らされました。
南無阿弥陀仏

能発一念喜愛心 不断煩悩得涅槃
なにも変わりません。

摂取心光常照護
 已能雖破無明闇
 貪愛瞋憎之雲霧
 常覆真実信心天
譬如日光覆雲霧
 雲霧之下明無闇
 獲信見敬大慶喜
 即横超截五悪趣

かわりはてたる我がこころかな

南無阿弥陀仏



766 :一学徒:02/11/01 22:22
>>763
  雑談をしているのではないのです。
  後生の一大事の解決の道を、知りたければ、
  真剣に読んで、真剣な質問をすべきでしょう。

  厳しいと思われるでしょうが、あなたのためです。

767 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:23
結局、なぜ答えぬ自体が「なぜ答えぬ」なんだよ。(w
会長の言葉をコピペで貼ってる暇があったら、
「自分の頭で考えて」真摯に回答したらどうよ?
その辺が親鸞会らしいといえば親鸞会らしいから
この人は、筋金入りなんでしょうけど。(w

768 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:24
>>765
  それで、
  あなたは、修善を勧めるのは間違いであったと知らされた、
  とでも言われるのでしょうか?

769 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:25
>>766

>>758は真剣な質問だよ。
間違っている、といわれるならどこがどう間違っているか
書かないとフェアじゃない。
なんだかんだいっても、>>758は正しいと思うよ。


770 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:25
なんだこの一学徒ってやつ。
なぜ答えぬのアシスタントかよ。
偉そうにすんなよ。
ぼけが。

771 :なぜ答えぬ番外編:02/11/01 22:26
>>767
  よく読めば間違わないところを、誤解して非難しているから、
  読んでもらっているのです。

  「自分の頭で考えて」の解答と、『なぜ答えぬ』の本に
  書かれている内容と、同一と思って下さってかまいません。

772 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:27
>>770
   あなたも品性を疑われますよ。
   ばか、とか、ぼけ、とか、あほ、とかは、
   やめたほうがいいですよ。

773 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:27
>>768
諸善を勧めるのは大間違いだと知らされました。
宿善を求めるのも大間違いだと知らされました。



774 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:27
なぜ答えぬ(番号)をず〜っとよんでいくと、
「結局、獲信のためには善が必要」
ということを言いたいように思えて仕方がないのだが。
だから、正味な話そういう事なのでは?
と質問したんだけどね。

775 :526:02/11/01 22:27
激しく頑張る現役さん
対機説法という言葉をご存じですか?

776 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:29
>>771
でつまりところ、まとめてどうなのよ。
この程度の文章なら、結論を箇条書きにして書いてよ。

777 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:29
>>773
  釈尊は、一切経に間違ったことを勧められたのですか?
  観無量寿経の教えも、間違いですか?

  「宿善まかせ」とはどんなことでしょうか。

778 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:31
「宿善まかせ」
なら、「信心決定のためには善が必須」
ってのは、間違っていないと思うが、どうよ?
yes/noで答えられるだろ?こんな質問。

779 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:33
>>777
間違ったことを勧められるはずがないでしょう。
出来る人は善をやったらいいんです。
善が出来ない人、下品下生のために念仏を勧められたのです。
ではなぜ阿難尊者には諸善を勧めなかったか?
そこに観経の真意があるのですが・・・。

「宿善まかせ」とは宿善におまかせするということでしょうか?




780 :なぜ答えぬ番外編:02/11/01 22:33
>>774-776
  お気持ちはわかりますが、
  間違いやすいところだからこそ、みなさん、間違っているのです。
 
  さーと箇条書きにして、まとめて、わかる内容なら、
  誰も間違わないのです。
  
  本願寺のガクシャ先生からして、間違っているところなのですから。
  ことは後生の一大事。
  すぐに理解したい気持ちはわかりますが、私もこの内容を
  理解するのに、短からぬ時間がかかりました。

  よく読んで下さい。

781 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:36
>>779
  あなたは少しも善をやらずに、善のできぬことが
  知らされた、というのですか?

  「宿善」とは、なんですか?

782 :なぜ答えぬ番外編:02/11/01 22:38
いっぺんに理解して頂こうと思った私が、
バカだったのかもしれません。

では、今日はここまでにして、つづきは後日。失礼します。

783 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:38
>>780
>机上の空論や、合点なら易しい。仏教は、行学である。
>自力は捨てもの、間に合わぬものと、合点するのはたやすいが、
>実地の体験は、難中之難、無過斯だから、浄土は、易往而無人なのだ。

結局、行学だから善は要るんだよな。
「車輪の両輪」で「教学」だけではまっすぐ進まない、
「行学」が必要だと。行学ってのは諸善でしょ、だから善が必要。
結局、※で書いてあるような結論になる。結論だけ読むと
間違いやすいけど、プロセスを理解した上で※のような
結論に至っているのだと理解して欲しい。

違う?

784 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:41
>>782
退席されるみたいだけど、
「一度は行学を志してリタイアした者」=「敗残者」
と親鸞会の機関新聞には書いてあるんだよ。

あんたのいうように、理解と実地は違うからね。


785 :ある通行人:02/11/01 22:41
うわっ、いつの間にかすごい事になってる

しばらく様子見ということで

786 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:44
>>783
  祖師聖人のご苦労の一端が、知らされる思いです。

787 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:47
みなさ〜ん!
またインタビューの時間で〜す!!!

なぜ答えぬさん、早いですね。
もう逝ってしまうのですか?。教えてください。
では、どうぞ
なぜ答えぬ:
「ひさしぶりさんが祭り大好き!!氏や元S改印の質問に
耐え切れそうもなかったのでコピペで番号稼ぎました。
反sも適度に反応してくれるしラッキー。
ほら、もう1000は見えてきたでしょう。
うやむやにするのももう少しの辛抱。
やりー!です。」



788 :元敗残者:02/11/01 22:47
>>784
  元敗残者です。
  『なぜ生きる』を出版してくださって、書店で見かけて、
  今は、また聴聞させて頂いています。

  いろいろありましたが、今は、みな如来のご方便と受けとめ、
  光に向かって進ませて頂きます。
  

789 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:48
>>787
  あなたも品格が疑われますから、もういい加減に、
  やめたほうがいいと思いますよ。そういうこと。

790 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:50
>>781
>あなたは少しも善をやらずに、善のできぬことが知らされた、というのですか?
 
私は、少しどころか善など曠劫の昔から今、そして未来永劫できないものです。
善などいっぺんもしたことなしです。

>「宿善」とは、なんですか?
阿弥陀如来が積んでくださった善です。
阿弥陀様が私に下さった善です。



791 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:51
>>786
「信心決定のためには善は必要ない」
これも正しいと思うよ。「弥陀から賜る信心」だから
「いかなる善も用にあらず」になるわけでしょ。

あなたも、そんなくだらない事書いてる暇があったら
実のある事を書いたらどう?

792 :元敗残者:02/11/01 22:51
 11月3日、4日は、親鸞聖人報恩講です。
 場所は、小杉の親鸞会館です。
 ご縁を求めて、是非、参詣しましょう。

 非難している人へ。
 「百聞は一見にしかず」否「一聞は百噂にしかず」です。


793 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:55
>>790
  善をいっぺんもしたことなし、とは、
  善をしようとしてみたこともない、ということですか?

  宿善が「阿弥陀如来が積んでくださった善です。
      阿弥陀様が私に下さった善です」
  とするならば、なぜ「宿善まかせ」の信心獲得に、
  人によって前後ができるのですか?

794 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:56
>>791
でも、結局「善は要らないのか」ということでぼ〜っと
してていいわけがない。聴聞だって当然善だから。
「要るけど要らない」
パラドックスぽいけど、これが結論だろうなと思ってる。

ただ、自分の周り数百人、何十年レベルで聴聞したが
「誰も信心決定していない」
のも事実。

795 :名無しさん@1周年:02/11/01 22:57
>>793
これは、宿善に厚薄ありで解説済みじゃないの?
「陰気な花は開くの遅れまっせ」
って書いてあるやん。


796 :名無しさん@一周年:02/11/01 22:58
>>793
そんなのは簡単だよ。仏といえども因果の道理には逆らえない
から各人の業によるんじゃYO。

797 :名無しさん@1周年:02/11/01 23:04
>>793
>善をいっぺんもしたことなし、とは、善をしようとしてみたこともない、ということですか?

そうです。
善をしてみよう、と思ったことはあるかもしれませんが、それは結局、善ではなく「悪」でした。
知らされたことは「善をしたことは一度もない。善をしようと思ったことも一度もない」ということです。

>なぜ「宿善まかせ」の信心獲得に、人によって前後ができるのですか?

阿弥陀様が与えようとして命をかけているのにも関わらず、拒みつづけているからです。


798 :ひさしぶり1:02/11/01 23:07
>>307
>出世の法を自力で知ることができるのと

そういうお話は今しておりません。

>>308
>その根拠は何か

>>449に回答ずみ

>>310
>あなたは、自力で仏様の方便に従える機根です
か??

浄土の方便はあります。

>>311
>実在しない機の為にどうして

うぬぼれやのためにです。


799 :ひさしぶり2:02/11/01 23:08
>>313
質問の意味不明

>>314
「弥陀成仏のこのかたは」のご和讃を見てください。

>>315

そうだったんですね。
ひとの説法はいらない????

>>316
>定散諸善が実機をしらせるために
させられる方便というのは「彰の義」でしたよね? 

ちがいます。

>>317
意味不明

自力と他力以外になにかある、という主張でしょうか?


800 :ひさしぶり3:02/11/01 23:09
>>309
>意業が一番重いのじゃなかったですか? 
>>474
>疑情=謗法とは言ってなかったんんじゃ?

不了仏智(疑情)によって起こす業(疑い)が
謗法です。
根本無明と枝末無明と造罪の違いを勉強してから
話してください。


>釈尊も梵天勧請までは、説法されずに
入無余涅槃されようとしましたね。

回答済み。人の書いたことを全く読んでいない。

>>477
>見下そうと言うのなら。

確かに見下した態度かもしれない、でもね、
それはこの場で無責任な書きこみを続けて
いる連中が許せないんだよ。
仲良く会話する気にはなれんね。



801 :526:02/11/01 23:09
>>非難している人へ。
>>「百聞は一見にしかず」否「一聞は百噂にしかず」です。

長年見て、聞いた。
親鸞会に在籍する人々は良心的な真面目な人が多いのにも関わらず
目立つのはそれ以外のひとですね。
これを見ているのは反Sだけじゃなくて減益もみていることを
意識しないと、また脱会者増えちゃうよ。


802 :ひさしぶり4:02/11/01 23:10
>>478
>「解説」が出てくるのは、もう少し前ですね。

経典にお詳しいですね。脱帽しますねえ。
でも、だから、法華の行に弘法解説が含まれない
とでも?
六度万行を小分けにされた話はよく知りません。


>>482>>483
>修すればその行(行体ではなく能修の機に
約してます)が悪因になると言ってるのですよ。

19願20願は阿弥陀仏が十方衆生に方便された
願と、聖人は言われていますのでいらぬ智慧を
まわされる必要はないかと思います。

会の出版物ですが「こんなことが知りたい2」に
臨終説法を請われたひとに先生が書かれたことが
あります。
読めるひとが読めば「方便」の意味がわかると
思いますよ。


803 :ひさしぶり5:02/11/01 23:11
>>487
>化土(疑城胎宮)について

化土往生は方便です。
>>387
>>488
>諸機の差別の相

一機一法が真実であります。
逆悪のみ。弥陀の誓願のみ、です。

>>377
>偽菩薩だと。
>>383

還相の菩薩はおられます。
言葉をつつしまれますように。
>>378
>>485と同じですね。
以下に答えました。

>>384
>>391
欲生釈にも同様の御文がありますね。
あなたの解釈は通りにくいと思われます。



804 :ひさしぶり6:02/11/01 23:12
>>387
どの質問に答えたの???


>>491

よくにてるよ。

>>559
>「わからない」ということですね。

そういうお話はしていないといっております。

>>560
>「読む価値なし」発言が法謗罪を。

たとえば外道のものが自説を立てるために経典を引用しても
読む価値があるとは思えませんが。

>>562
>破邪顕正をしない人は聴聞に来るな

聴聞が禁止の人って誰かいるのですか?
聞いた事ありません。


805 :ひさしぶり7:02/11/01 23:13
>>485
>その『大経』の極意は、本願成就文じゃないのですか???
>>563
>その善が雑行でないというのなら。
>>571
>信心決定するのに必要な教えは「仏願の生起本末を聞くこと」ではない
のですか?だから、「衆生往生の因行は願成就の御名号である」という見解を否定
されているように誤解されるのですよ。

真宗では「仏法は聴聞に極まる」ですよね。
「称名に極まる」とは言いません。これは、私達が救われるのは
「聞其名号」の願成就文の御教えだからです。

前にも書きましたように、信心決定するために必要な行は
何一つありません。念仏さえも信後の報謝行であり、自力は
一切間に合わない、役に立たない、捨てものであるというのが
聖人一流の御教えです。

「聞即信」の「聞」が仏願の生起本末を聞くということであり、それまで
は善知識から阿弥陀仏の御こころを聴かせていただくのが「聴」です。


806 :526:02/11/01 23:14
ひさしぶりさん

>>回答済み。人の書いたことを全く読んでいない。

聖人なら、読んでもらえなかった御自身の未熟をまず
反省なされると思うぞ。

807 :ひさしぶり8:02/11/01 23:14
信前の者が「聴」で「聞即信の一念を聞ききろう」しているのは
「心を静めて阿弥陀仏とその極楽浄土を思い浮かべよう」としている
イダイケと同じです。やっていることは、実際は、雑行雑修です。
阿弥陀仏に礼拝し、念仏を称えているのは雑修です。
みな捨て物であります。

観経の隠顕の行は同じです。
定散諸善は弘願からみれば五正行であり、異類の助行であり
報謝の行です。大いにやらねばなりません。
同じ行を信前の者が見れば雑修であり雑行です。
捨てなければならない行であります。
阿弥陀経の「一心」は大経の三信ですが、信前の者には
自力の専心としか見えません。
自力であるかぎり「執持名号 一心不乱」も捨て物になります。

「自信教人信 難中転更難 大悲伝普化 真成報仏恩」の
お言葉から破邪顕正が勧められます。
信前にやれば雑行であり捨て物です。



808 :ひさしぶり9:02/11/01 23:16
会で「雑行をしなさい、雑修をしなさい」と教えられたことは
ないですね。「一心に聞法しなさい、五正行をしなさい、諸善を
しなさい」ですね。
信後の人間から言えばそれらはみな御恩報謝であります。
信前にはどうしたらいいんでしょう。
何もしなくても「何もしないから助かるかも」というのは
自力ですから捨て物です。
19願20願はそれに対しての阿弥陀仏のお導きです。




809 :ひさしぶり10:02/11/01 23:17
>>564
>「教行信証には宿善は書かれてない」ではなくて

前トピ>>372
>教行信証には宿善というお言葉は見当たりません。

これはあなたの言ったことでしょ。
「宿善」はないけど「宿縁」はある。
意味が違う、ということでしょうか、
意味は同じということですか。


810 :526:02/11/01 23:18
北朝鮮に関するニュースを見ると何故か親鸞会のことが
頭に浮かぶ。

高森先生=イルソン
光晴氏=ジョンイル

ま、腐った頭の考えることですわ。

811 :なんだ〜ら:02/11/01 23:26
>>808
>「一心に聞法しなさい、五正行をしなさい、諸善を
>しなさい」ですね。

「信心決定の為に〜」だよね。
なら、「信心決定のためには善は必須」
ってのは、間違っていないと思うが、どうよ?
yes/noで答えられるだろ?こんな質問。
と、>>778で書いた。
信心決定の為に聴聞逝くんだから、
善が要らないわけがないだろ?

「信心決定のためには善は必要ない」
これも正しいと思うよ。「弥陀から賜る信心」だから
「いかなる善も用にあらず」になるわけでしょ。
と、>>791で書いた。

まあ、なんだかんだ逝っても善は要るんだよ。あの線の向こうへ
逝くためには。その辺が、実に面倒臭い。こういうことを言うのは
どうかとも思うが、やはり面倒くさい。手っ取り早く、ということに
なると善乱や土蔵秘事みたいになるからな。(w

HNをつけました。

812 :ひさしぶり1:02/11/01 23:26
>信前に宿善をあつくしようとして諸善に励んだという意味のご文はある
のでしょうか?」と申しています。で、ご文は無かったということですね。

以前にあげておりますし、あなた自身も「聖人は修善にはげまれた」
と言っておられます。

>>22
>>「過去久遠に三恒河沙の諸仏の世に出でたまいし所にして
>>自力の大菩提心をおこしき。恒沙の善根を修せしめしによりて
>>今大願業力にまうあうことを得たり」(唯信抄文意)
>>この御文も修善との因縁を説かれたお言葉です。

>このご文の直前には、「釈迦は慈父、弥陀は悲母、われらが父母として信心をおしえたまへりと
>知るべきなり。」とあります。そして「善根を修せし」ではなく「善根を修せしめし」で使役形ですよね。
>つまり、いよいよわれわれが善根を修すことができない、という証拠のご文となる次第です。

「修せしめし」が何故「善に励まれなかった」ということなのか理解しかねます。
御真筆では「修せし」になっていますから、あなたの言い分は通らないでしょうね。



813 :526:02/11/01 23:27
>>「自信教人信 難中転更難 大悲伝普化 真成報仏恩」の
>>お言葉から破邪顕正が勧められます。
>>信前にやれば雑行であり捨て物です。

といいつつ

>>会で「雑行をしなさい、雑修をしなさい」と教えられたことは
>>ないですね。

とはどういうこと?
信前のものに破邪顕正を勧めることは、雑行を勧めることと
同じことになるよ。
それとも、親鸞会で勧められる破邪顕正は、信後のものだけに
勧めていることなんでしょうか。それとも、会長先生は
みんな信後だと信じて勧めてるんですか?
早く信後になって破邪顕正する身となれっていうことで
信前の者に破邪顕正を勧めた意味ではないのかな?


814 :ひさしぶり2:02/11/01 23:27
何回もいいますが、私は善根が信心決定に役立ったと言ったことは
ありません。方便であるということと支助になる(役に立つ)ということの
違いがわからないのでしょう。
あなたはこの御文は「善根を修した(あるいは修めようとした)
ことと獲信とは無関係である」と聖人が言われた御文だというのですか?

>>22
>釈迦弥陀の善巧方便についていわれた

当たり前でしょう。仏様の教えに従って精進するのですから。
それが「行者が励んだのではない」ということにはなりません。



815 :ひさしぶり3:02/11/01 23:28
>>565
>「若し人善本なくんばこの経を聞くことを得ず」
といわれているのは自力作善であると解釈されますが、「善本」を弥陀の
名号と解釈する説もあります。

「宿善」は「若し人善本無くんばこの経を聞くことを得ず
清浄に戒有る者、いまし正法を聞くことを獲」(大経)
という御文から出ているお言葉です。
「若し人善本なくんば」は極楽浄土に思いをかけた
係念の宿善ですが、「清浄に戒有る者」は汎爾に戒を
保つ汎爾の宿善と解釈されています。戒には三学六度を
含みますので破邪顕正は当然含まれます。

>真宗において宿縁(宿善)は宿世の善因縁という意義ですね。
宿世に二義あり、近くは信心決定以前の近時、

信心決定以前まで宿世とする(説はある)。
汎爾の宿善はある。でも諸善をしても宿善にならないので
求めるのは間違いであり、振り返って喜ぶもの、という
ことでよろしいか?


816 :ひさしぶり4:02/11/01 23:29
>>568
>信心決定するための「方法論」であると。

方法などない、と言っています。

>三願転入のご文は要門(の信仰を捨てたこと)から始まります。
>>572
>すみやかに要門に入りて、とはどこにも出てきませんね。

「然るに濁世の群萌、穢悪の含識、乃し九十五種の邪道を出でて
半満権実の法門に入るといえども、真なる者は甚だ以て難く...」
(化土巻)
「半満権実の法門に入るといえども」とは「仏門に入ったと言っても」
ということ。化土巻は要門に入ったことを前提に書かれているのだから
「仮門を出て」「真門に入れ」になるのが当たり前。
定散心は要門で教えられるのだから、要門を通らずに真門に
入ることはできません。
当然「方便の真門を出て」もあります。


817 :ひさしぶり5:02/11/01 23:30
>「破邪顕正」の出典は涅槃経ですが、
すでに浄土三部経を離れていますよね。

破邪顕正は諸善のひとつであることは
本願寺も認めていること。
浄土三部経に諸善は説かれていないというのが
あなたの主張ですか?

>>569
>聖人は「定散自力の称名」を称えるな、と仰せですか?

>如来大悲の恩を知り

御恩知れるのは弘願に入ってからです。

>>572
>真門の信仰へ進むべきであると

定散自力の称名では往生はできない、との仰せです。


818 :ひさしぶり6:02/11/01 23:31
>定散自力の称名は果遂の誓いに帰してこそ
おしえざれども自然に真如の門に転入する(浄土和讃)

「果遂の誓いに帰してこそ」真如の門に転入できますが
あなたは果遂の誓いつまり20願の願意に相応できる
というのですか?
念仏さえ称えれば20願の行者だ、というわけではないんですよ。
19願の行者でも自力の念仏は称えます。
「しかれば無量寿観経には定善散善、三福九品の諸善、あるいは
自力の称名念仏を説きて九品往生を勧めたまえり。」
(浄土三経往生文類)

20願を開説された阿弥陀経には「執持名号 一心不乱」
善導大師は「よく上百年をつくし、下は一日七日に至るまで
一心に弥陀の名号を専念すればさだめて往生をうること必ず
疑いなきなり」(散善義)と釈しておられますがたとえ一日でも
一心に名号を専念できるのですか?


819 :なんだ〜ら:02/11/01 23:32
>>813
会では、「その心がけを捨てよ」と説いているよ。
雑行自体は善だけど「それをあて力にして助かろう」という
「こころがけ」を捨てなさいと。
「善を捨てよ」とはいってないようですよ。

820 :名無しさん@1周年:02/11/01 23:34
>>790

>「宿善」とは、なんですか?
阿弥陀如来が積んでくださった善です。
阿弥陀様が私に下さった善です。

そうです。その解釈がただしいのです。
ですから親鸞聖人は宿縁といわれ、
蓮如上人は「宿善めでたし」といわれたのですね。
親鸞会の解釈は痛仏教を知らないものは騙されるだろうが、
前代未聞の解釈であることは強調してよいだろう。

821 :ひさしぶり7:02/11/01 23:34
真門結釈としてのお言葉。
「悲しいかな、垢障の凡愚、無際よりこのかた助正間雑し、定散心
雑わるが故に出離その期無し。自ら流転輪廻を度るに微塵劫を
超過すれども仏願力に帰しがたく、大信海に入りがたし」
「凡そ大小聖人一切善人、本願の嘉号を以て己が善根とするが
故に信を生ずること能はず、仏智を了らず、彼の因を建立せることを
了知すること能はず、故に報土に入ることなし」(化土巻)

「助正間雑し」一心にはなれなかった。
自力の称名では「報土に入ることなし」これが聖人の結論です。

他に自力の称名を勧められている、信心決定できるという文証があれば
どんどん出してください。


822 :ひさしぶり8:02/11/01 23:35

>>572
>自身が要門の信仰にいることを知ったならばただちに
真門の信仰へ進むべきであると
>>573
>自分が要門やら真門やら弘願やら信前の
ものにはわかりません。

信前にはわからんのだから、進みようがありませんね。
自分で言っていることでしょ。

>要門に励みなさいと指導すること。

「要門に励みなさい」と指導したことはないですね。
「善をしなさい」ですね。

>獲得できる可能性があるというお答えとみなしました。

へえ、そう聞こえましたか。誤解というのはあるものです。

>辺地にうまるべし。

化土往生は方便ですね。



823 :ひさしぶri9:02/11/01 23:36
>>574
>正行は大いにしなければならない。これは商売繁盛のためではない。
後生の一大事解決するための正しい行い、いい行ないですよ。

正行はいい行いですよ。雑修は悪い行いです。
雑修を勧められたわけではありません。なんの問題もありません。

>>574
>さらに五雑行の定義は「阿弥陀如来以外の諸仏、菩薩

本願寺に聞かれてもよろしいかと思いますよ。
同じことをいうひともいると思います。


824 :名無しさん@1.5周年:02/11/01 23:37
     \     . .| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|
       \     |_∧∧_∧ ∧_∧   | 8:30だ
        \  . |. Д` );´Д` )(;´Д` ) . |
          \  | ∧_∧  /⌒   ヽ∧⊥∧
まもなく8時30分です.|(;´Д` ) /| ∧_∧ .(;´Д` )  席取りだ
整列カードと・・・    \( ∧_∧(;´Д` ) ∧_∧ (;´Д` )
施主の席は・・・・・・・・・..\. (;´Д` ) ∧_∧(;´Д` )/  ∧_∧
------v------------  \ ∧∧∧∧∧ /⌒   ヽ | |(;´Д` )    席取りだ
    ヽ=@=/        <    席  > /| |   | |/⌒   ヽ
    (・∀・)        <    取  >ノ \\ //| |   .| |.    前の方に座りたい・・・
                <  予  り  > . . \\ ノ\\./| |
―――――――――――<     合 >―――――――――――――――
                <  感  戦 > \  いす席マンセー
                <   !!  の >  . ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄
                  /∨∨∨∨∨\   .|∧_∧  ∧_∧ \
ウワァァァン!!席がないよぉ   /          \   |( ´∀`) (´∀` ) |
   ヽ(`Д´)ノ        /           .\/(    )_(    )._|
    (  )        ./         .      \_∧ ̄/ ̄  ξ/ まもなくお勤めの時間です
    / ヽ        /今だ!座席ゲットォォォォ!.\  )/   ///  
              /     ∧∧   )      (´ \\ )_┃_| /|
             . /   ⊂(゚Д゚⊂⌒`つ≡≡≡(´ ;;;≡.\|//| _.//|
             /          ̄ ̄  (´⌒(´⌒;;.\   \   ハ_ノ\


825 :名無しさん@1周年:02/11/01 23:37
>>819

その心がけを捨てたら信心決定ってことだろうが?
誰も信心決定していないのによく言うよ。
そういうのを詭弁ていうんだよ。
心がけを捨てて果たして何人の会員が親鸞会のいうところの善
(ビデオ頒布、書籍販売、勧誘)にはげんでいるかどうか
教えてくれよ。

826 :ひさしぶり10:02/11/01 23:37
>>576
>「しばらく諸々の雑行をなげすてて」正行に帰しなさいと仰せですね。しかも正行に帰すことを願い、
正行を修せんと欲する者は、「なお助業(三前後一)を傍らにして、選んで正定(称名念仏)を専らに」
しなさいと仰せですよ。これが親鸞聖人、法然上人の御教えの要の中の要であり、

開門五種として正行をあつかうときは、称名は要門自力の念仏であり
正定業と助業にわければ、弘願の念仏です。
あなたの解釈のように、自力の念仏を勧められた根拠にはなりません。


827 :526:02/11/01 23:38
>>819
でも、アニメ頒布、新勧をしないと
「宿善が厚くならぬ=助からぬ」
と言ってるよね。
じゃあ、どんな心持ちで「アニメ頒布をせよ」と勧めてたんですか?
会長先生のご恩に報いるべく、ですか?
善因善果で幸せを得るためですか?
頭空っぽにして、やれといわれたからいわれるままに・・・ですか?

828 :名無しさん@1周年:02/11/01 23:43
>>788
>>792

ジサクジエ〜ン   バレバレだ藁)
今晩は異常に工作員が出入りしているな。

829 :なんだ〜ら:02/11/01 23:45
>>825
819では、会長がそう説法しているという「事実」を書いただけ。
それが正しいのか、間違っているかはわかんない。
ほぼ誰も、信心決定していないのは事実。

>>827
その辺が俺もよくわかんない。
ただ、ぼ〜っとしておったら自然に助かる、ってのが
間違っているのは何となくわかる。

>じゃあ、どんな心持ちで「アニメ頒布をせよ」と勧めてたんですか?

この質問は、ひさしぶりさんに振っておこう。

830 :名無しさん@一周年:02/11/01 23:46
>>815
浄土真宗は非戒じゃなかったの?

831 :526:02/11/01 23:48
質問の原点に戻るけど、
結局、親鸞聖人はその御著書のなかで、
「獲信の近道は破邪顕正や財施をすることですよ」
って仰っているのですか?
それならもっとわかりやすく何度も書いておいてくださると思うんだけどな。
蓮如上人も、お文でもっと繰り返しお勧めなさって下さるであろうに・・・

832 :なんだ〜ら:02/11/01 23:52
>>827
俺なりに考えてみたが

「がんばってアニメ配布しよう」−>「何のためにこんなに
苦労せねばならないのか」−>「信心決定するため」−>
「でも、聴聞ではそういう心は捨て心で捨てよといわれる」
−>結局、見返りを求める善しかできないことがわかる。

行学の実践ということではないかと・・・


833 :526:02/11/01 23:54
なんだ〜らさん、すなわち
>>829 さん

>>ただ、ぼ〜っとしておったら自然に助かる、ってのが
>>間違っているのは何となくわかる。

それはそうですね。
だから、「じゃあ、どうすれば・・・」ってなるのよね。
そこに、「アニメ頒布をすれば、財施したら」って
当てはめることが間違ってる気がするんですよ。
「進めばわかります。」って言っている講師も、別に
本当にわかっているようではなさそうだし。
どう思う?


834 :526:02/11/01 23:59
なんだ〜らさんへ

>>832
>>行学の実践ということではないかと・・・

やればわかるよっていうのは、恐ろしい結論です。
その行学は(親鸞会のいう)「破邪顕正、財施」なんだから。
そして、実践した上で離れていった者は
「教えの理解が足りなかったのだ。」
で結論づける。
あなたはそんな「行学」でよしとするのかい?


835 :なんだ〜ら:02/11/02 00:04
>>833
「じゃあ、どうすれば」自体が捨て心で捨てよと言われますよね。
じゃあ「また〜り求めれば」というと「火宅無常」と言われますよねえ。
「これだけ求めても求まらないのなら求めるの辞めよう」と
思うと、「では他に道があるのか?」ということになりますよねえ。
当然、講師も未信の者ですから進んでもわかりませんよ。
それから、どうするのは「各々のはからい」次第じゃないかなあ。
「念仏捨てようと、どうしようと」あなた次第ということでしょうね。
>>834
わかりません。他に何かいい抜け道があったら教えてください。

836 :名無しさん@1周年:02/11/02 00:14
いくら減益ががんばって熱弁しても

>>512
>法然上人が財施しろとか勧誘しろとか言ったとは思えない。
>親鸞聖人が財施しろとか勧誘しろとか言ったとも思えない。
>親鸞会の主張と実際組織がやっていることは解離しているのじゃないか?

この疑問は解決しない。

837 :てんじん菩薩:02/11/02 00:18
 はじめまして

朝、夜、勤行(おつとめ)をしている。

岡山の親鸞会会員です。

久しぶりに、インターネット喫茶に来ています。

30分150円です。

楽しそうなので、ちょくちょく寄らして下さい。

838 :なんだ〜ら:02/11/02 00:19
>>836
俺は現役じゃねえよ。
要は、自分の頭で考えて上の言う事を鵜呑みにしない、
右から左へ流す、ことも覚えないと人生地獄だよ。(藁

「法施の多寡は財施の多寡にあらわる」

というでしょ、財施ってのは「出させてください」という
心がけで出すお金で「出せ」と命令されて出すものではない筈。
とすれば、財施が思うように集まらないのは「法施が足りないから」
ということなるだろ、結局自分たちの努力不足なわけだよ。
で、誰も信心決定していないわけだしね。

839 :526:02/11/02 00:24
なんだ〜らさん
>>835
おっしゃっるとおり
>わかりません。他に何かいい抜け道があったら教えてください。
と、いう思いになりますね。
でも、一歩下がって親鸞会を眺めると、

>>836
>法然上人が財施しろとか勧誘しろとか言ったとは思えない。
>親鸞聖人が財施しろとか勧誘しろとか言ったとも思えない。
>親鸞会の主張と実際組織がやっていることは解離しているのじゃないか?

という組織の矛盾が見えてくるんですけど、そう思う?

840 :名無しさん@1周年:02/11/02 00:25
>>834
漏れは、
財施が思うように集まらないのは「法施が足りないから」
というよりは、
1)教義がおかしい
2)組織がおかしい
3)勧誘方法がおかしい
とおもうのだが。

841 :526:02/11/02 00:26
「法施の多寡は財施の多寡にあらわる」
この会長先生のお言葉に従うなら、正本堂が建たないのは
会長先生の責任ですな。
現役さん、この解釈でよろしいか。

842 :なんだ〜ら:02/11/02 00:29
>>839
そんなに会にこだわる必要ないんじゃないの?
「会員でなきゃ信心決定できない」って会長は言ってますか?
だから、自分的には組織はどうでもいいんだけど。

>>840
だから、別に会はどうでもいいのでは?
勝手にやらせておけば。蜜貼の不倫なんて、あったもおかしく
ないと思うし、むしろスケベそうな顔してるからしてて当然にも
思えるし。(藁

ただ、3)勧誘方法がおかしい だけはどうかと思うけどね。
少なくとも俺は初めから「宗教法人ですが」と名乗って勧誘されたら
無視してたと思うし。


843 :なんだ〜ら:02/11/02 00:30
>>841
ただ、それではあまりにも開き直りに思えるけどね。
世の中、なるようにしかならないからね。

844 :世親(てんじん)菩薩:02/11/02 00:37
 私が、5才の時でありました。

はじめて、人間は死んで、逝(い)かなくてわならないとしったのは。

家族に聞きました。

「そんなものが(死)あるのなら何とかしなくていいの」と

その答えは、

「みんな死んでいくのだから、大丈夫(だいじょうぶ)なのよ」

でした。

845 :名無しさん@1周年:02/11/02 00:44
高森顕徹氏と本願寺派との論争(?)、「宿善論争」は
どちらが勝利を収めたのであろうか。最終的な結果と、議論の内容、
浄土真宗の根本 教義、ということからして、本願寺が完全勝利で
あったとはいえない(実際に本願寺 にも問題はある)が、親鸞会は
完全に負けたのではないかと思う。もちろん、高森氏 は失敗したといえる。

親鸞会は決して本願寺に勝っていない。それは後に証明される。
宿善論で高森さんは自分の無知さをさらけ出し、逆に親鸞会は
異解であるということを反証してしまった。
高森さんは、万劫に消えない汚点をつけただけだ。
こんな人の後を追って聴聞していちゃ浮かばれない。
親鸞会の人は早くそれに気がつくべきだ。

846 :名無しさん@1周年:02/11/02 00:46
>>844
あなた、スレが違う。
ここは教学スレです。
そういう話題はもうひとつのまたーリすれで
やりなさい。
教学的に展開するのならOK.

847 :なんだ〜ら:02/11/02 00:48
>>841
自分で書いてちょっとどきっとしたけど、これで言うと
「自分が信心決定できないのは会長のせいだ」
という事になるんだよね。「他に道がないかな」と
いうのも、自分に信心決定できる能力がある(ことを前提に)
他の師に就けば早く信心決定できるんじゃないかと
自惚れて居るんだね。自分の本心では、やはり自分自身で
どうにかしたい、どうにかできるんじゃないか?という
自力の心しかないことがわかるね。
かといって、「100%会長マンせー」ってわけでもないんだよね。
その辺が微妙なんだけどね。

848 :なんだ〜ら:02/11/02 00:50
>>845
>こんな人の後を追って聴聞していちゃ浮かばれない。

それで、本願寺に来いといいたいの?


849 :526:02/11/02 00:50
なんだ〜らさんへ
>>843
>>ただ、それではあまりにも開き直りに思えるけどね。
>>世の中、なるようにしかならないからね。

世の中がじゃないよ、親鸞会がなるようにしかならないだけですよ。

850 :なんだ〜ら:02/11/02 00:54
>>847
と思う反面、現役会員の様に「信心決定できないのは100%
己(聞く側)の問題で会長(説く側)の問題ではない」
と100%自分たちに問題を帰結してしまう気にはなれないんだよね。

「他に道があれば」と思ってる時点で「(自分には)
能力があるんだけどまわりの環境が悪いのでは?」と
考えているというか、自分自身の問題「以外」の問題が
重要だと思ってるわけだしね。


851 :なんだ〜ら:02/11/02 00:55
>>849
だから、親鸞会も「世の中」の「中」に含まれてるでしょ。

852 :名無しさん@1周年:02/11/02 00:57
>>親鸞会は決して本願寺に勝っていない。それは後に証明される。

結局、本願寺に相手にされなかった。
だけなのか。

853 :526:02/11/02 00:59
>>851
>>だから、親鸞会も「世の中」の「中」に含まれてるでしょ。

おお、仰るとおり。
世の中から親鸞会を外してました。ごめんなさい。

854 :悩める零細会社員:02/11/02 01:02
http://www5e.biglobe.ne.jp/~nanko-m/index.htm

855 :名無しさん@1周年:02/11/02 01:08
勝利宣言をしても、まだ納得していない、多くの者を破邪顕正する為にも
新人太郎氏に、もう一度登場していただく訳にはいかないのでしょうか?
何方かは存じ上げませんが、新人太郎氏は、文章から
実地に雑行の捨たった体験があって、雑行が捨たるとはどんなことか、
何が、どう捨たるのか、ハッキリ知らされた方なのだと思われます。

>「雑行を捨てて本願に帰した」人ならば、明らかに体験することです。
>実地に雑行の捨たった体験があれば、雑行が捨たるとはどんなことか、
>何が、どう捨たるのか、どんな天然でもバカでもハッキリ知らされることなのです。
>それが分からねば、まだ雑行が捨たっていないのです。

自力・他力の水際を語る事の出来る新人太郎氏ならば、
下記の輩の前に、本物の凄みを思い知らせる事が出来るでしょう。
      ↓
>ほぼ誰も、信心決定していないのは事実 
>誰も信心決定していないわけだしね 

今こそ、真実開顕の一番の機会ではないでしょうか?

856 :世親(てんじん)菩薩:02/11/02 01:09
 
 その時、私は、いろいろ悩みました。

「他人の死の事を、言っているのではない。自分自身の死の事を言っているのだ」

「私が馬鹿(ばか)なのか、それともまわりの人々が馬鹿なのか」

ずいぶん悩んだものです。

「そんなもの(死)が、未来に待ちうけているのなら。何故驚きふためいて、
死にものぐるいになって、死を解決しようとしないのか」

「まわりのひとびとは、誰ひとりとして、さあ一大事だと(死)を解決しよう
とする人は、いない」

「この人達は、馬鹿なのだろうか」

「それとも、そんな事を考える私が、馬鹿なのだろうか」と


857 :名無しさん@1周年:02/11/02 01:19
世親(てんじん)菩薩
なんて HN 使う方は余程の身の程しらずでしょう。
まあ、そんな菩薩様のお言葉にしばらく耳を傾けてみましょうか。
では、
自称、世親(てんじん)菩薩
続きをどうぞ

858 :世親(てんじん)菩薩:02/11/02 01:26
 さらに、

「いやいや、死の解決方法は、何処(どこ)かに必ずある。そうして、今度
こそは、どんな事をしても、何としても解決しなければならない」

「今度(こんど)こそは、怠(なま)けてはならない」

あれから、数十年が経(た)ちましたが、今もその決意に変わりありません。

859 :祭り大好き!!:02/11/02 01:30
>>798
@出世の法をわれわれ凡夫が知ることができないのなら、そんな凡夫の求道を六度万行
の何のと仏語で言うことはできないのでは??? 精々、六度ごっこでしょう(それす
らならないと思うが)。ですから出世の法をわれわれ凡夫が知りうるかどうかが問題な
のですよ。

A私が何度もお聞きしてるのは、不説法という不作為が直ちに謗法であるとの根拠ですよ。
>>449は回答になってません。

Bあなたは、浄土の方便なら「自力で従える機根」だと解してよろしいでしょうか???

Cそうするとあなたの言われる「彰の義」の諸善ができると思っている者にできないことを
知らせる為の弘願の方便の定散諸善の対機は「うぬぼれや」ではないということですか???
 ますますもって、ひさしぶりさん流解釈の「顕の義」と「彰の義」の違いがよくわかりませ
んけどどう違うのですか???対機は同じだけれど定散諸善をやり遂げれば(できると思い)、
18願に転入できて当来二世の報土往生ができると思ってする方便と、定散諸善をやり遂げれ
ば臨終来迎があって化土往生(本人は報土のつもり?)できると思ってする方便の違いか??
前者は18願転入前は19願ではないのか?? 前者が19願なら後者は?? 後者も19願
なら諸行往生を目指した人が弘願に転入する場合、いったん19願から19願へ?転入しなけ
ればならないの????

860 :なんだ〜ら:02/11/02 01:32
>>855
そもそも、会長=新人太郎なら新人太郎が信心決定したのは
事実だと思うが。「本物の凄みを思い知らす」ってことは
あなたじゃ無理なのかね。

もう一度言うよ。親鸞会にいて信心決定した輩は居ません。
いるかもしれないが、極極わずか。
あなたも、それは否定しないでしょう。

861 :世親(てんじん)菩薩:02/11/02 01:47
それでは、皆様。

私は、おねむの時間になったので、ごゆるりと会話を、お楽しみください。

追伸

「皆さん、くれぐれも、ご両親に迷惑を掛(か)けないように、悲しませたり
苦しませたりしないように」

「孝行(こうこう)したいときに、親は無し」と昔から言われます」
世親(てんじん)菩薩からのお願いです。

それでは、みなさまごきげんよう。

862 :祭り大好き!!:02/11/02 01:53
>>798に補足
真実経の『大経』に、諸天、人民に六度万行を勧められているという>>451
主張からすれば、『大経』に胎化二生の自力疑心往生の機類の生まれる辺地化
土のことが書かれているのも真実だということになるのでは?? 

863 :祭り大好き!!:02/11/02 02:12
>>799
@「定散諸善は方便の教たることを顕すなり」が、「彰の義」では、我々が実践
しなけらばならない定散諸善の方便を表しているなら、
 「観門をもって方便の教とせるなり」も、「彰の義」では、我々が実践しなければ
ならない観門の方便を表していることになりますね?? そうすれば、ここで挙げ
られている定観を真身観にせよ像観にせよ実践しなければならないということにな
りますね??? という意味ですが・・・・
後段はわかりますよね。蓮如上人が、「顕の義」で三経が異なると教導されている
個所をお尋ねしているのです。

864 :祭り大好き!!:02/11/02 02:24
>>799
上訂正、誤り 「彰の義」では、
    正解 「彰の義」で、
A 阿弥陀様の照育(宿善)は、十劫来ですから、今世のレベルで仏縁は
測れないということでよろしいですね???
B 御本願にも成就文にも「人の説法」は出てきませんね???増上縁は深法(御名号)
のみでしょう?? 後は、枝葉のご縁ですよね???



865 :祭り大好き!!:02/11/02 02:38
>>799
C「定散二善と諸善は逆悪の機にはできないことを知っておられながら、実機
を 知らせるためにさせられる18願に導く方便の善」(>>181参照)というの
は「隠彰の義」じゃなかったのですか???
D「合点」という言葉を先に引き合いに出したのは私ですが、それに対して「合点」
とは、自力信のことだといわれたのは、あなたでしたのでそのお聖教上の根拠をお尋
ねしたのですが、その根拠は無かったか→合点=自力説は取り下げされたと判断して
よろしいでしょうか??ということですが・・・

866 :祭り大好き!!:02/11/02 03:07
>>802
@その「法華の行」に含まれる解説弘教を釈尊は、凡夫の浅識に勧めて
られますか(>>496 参照)??? 六度万行を小分け云々は何処の話で
すか??
A生々世々に渡り仏様の照育を受けながら、何度も要門自力の雑行に迷い、
自力かなわず流転を重ねて来たのに、今世また、自力の執心に迷って
いくことが、いらぬ智慧をまわしていることではないでしょうか???
19・20願は絶対他力ですか??違いますよね。18願のみですよね。

 


867 :祭り大好き!!:02/11/02 03:14
>>802
『白道燃ゆ』の明遍僧都が夢で見た餓えた人にお粥を与える法然上人の
喩えの解釈は未だですか?? >>496の『法華経』も教機不相応な教化
を戒める重要な経証拠だと思いますが如何???

868 :祭り大好き!!:02/11/02 03:35
>>800
前後しましたが、謗法である「疑い」が、枝末の無明で、根本無明の疑情から
起こるということですね? そしたら謗法=疑いは、信前信後一貫して変らぬ
煩悩心で阿弥陀様からはお許しの機ですよね??? 阿弥陀様がお許しなのに
人間が弾可する資格は無いですよね???
あと、不説法そのものが直ちに謗法の回答はありましたか???

869 :名無しさん@1周年:02/11/02 03:38
>>824
どうでもいいけどこのAAがズレてないの初めて見たかも

870 :祭り大好き!!:02/11/02 03:53
>>803
親鸞聖人は、三経三願の関係を「顕彰隠密」で釈され、一経のうちに穏やかに二機二法が
説かれていると解釈されましたので、化土往生を否定されてないと思いますが、化土や、
定散諸機が実在しないという根拠は何でしょうか???
また、どうも聖道門の証果も全て否定されてるような印象を受けますが、もしそうなら、
その根拠は何でしょう??? 親鸞聖人は、聖道自力での報土往生は否定されましたが
、聖道門の証果そのものは否定されてないと思うのですが。末法には殆んど証果を得る
者はいないと諦観されていたとは思いますが、経典上の聖道自力の悟りまで否定されて
いたわけではないでしょう??

欲生釈につきましても、「一切苦悩の群生海を矜哀して、菩薩の行を行じたまひしとき」
といわれるのは、阿弥陀様の因位時に約しての説ではないのですか???

871 :祭り大好き!!:02/11/02 03:59
>>804
>どの質問

>>367ですよ。 うわ!!もう4時だ! おやすみなさい。南無阿弥陀仏。

872 :名無しさん@1周年:02/11/02 06:21
      ∫
   ∧,,∧ ∬   
   ミ,,゜Д゜ノ,っ━~ ひさしぶりとかいう悪知識はまだ生きていたのか(藁
_と~,,,  ~,,,ノ_
    .ミ,,,/~),  .|
 ̄ ̄ ̄ .し'J ̄ ̄|

873 :ひさしぶり:02/11/02 11:23
>>829
>どんな心持ちで「アニメ頒布をせよ」と勧めてたんですか?

報謝の気持ちです。まいらせこころ悪し。

>>839
>親鸞聖人が財施しろとか勧誘しろとか言ったとも思えない。

「一心一向に弥陀に帰命せよ」とはどういうことか
よく聴聞してください。
信心獲得したら顕正しなくてよいから楽だ、というのは聞き違い、ということ
はわかりますね?

874 :名無しさん@1周年:02/11/02 11:27
ほぼ浄土真宗のパクりですね。がんばってください

875 :法論スレ立てた香具師:02/11/02 12:00
ほー。ここへ来てものすごい盛り上がりですな。
私は反sでも、親sでもないが、互いが互いの論理をぶつけて
熱く論争している姿は美しいです。お互いがんがってください。
決して、荒らしや敵前逃亡など卑怯な手を使わず、
正々堂々と論理で対抗してくださいね。お互いに。
そろそろ新スレですね。
スレタイとかは呆戦2で行くのか、別ので行くのかどっちがいいかな?
熱い法論の邪魔してスマソ。

876 :ひさしぶり:02/11/02 13:01
>>859
> 出世の法
これは何ですか?

> 回答になってません
理由をお願いします。

> 従える
信前は「善ができない」と思っているひとはいませんよね。
定善はできない、ぐらいは頭でわかっているでしょうが。

> できると思っている者
諸行往生と弘願の違いです。諸行往生は臨終来迎です。まったく違います。

877 :ひさしぶり:02/11/02 13:11
>>862
大経は「真実方便の教」です。

>>863
> 実践しなければならない
すすめられている、といっています。
>>864
> 測れない
数字ではないですね。「宿善の有無あきらかにしりぬべし」というお言葉
もあります。質問の内容をはっきりしてください。
>「人の説法」
質問の内容がわかりません。聞法の座はいらないということですか。
ふくみをもたせずに持論を展開されたらどうですか?


878 :祭り大好き!!:02/11/02 13:12
>>865訂正
  誤り   合点=自力説
  正解   合点=自力信説
>>826
横レススマソ。そうすると、助業(三前後一)を傍らにして、選んで正定業(弘願念仏)
を専らに勧められた根拠にはなるということでよろしいでしょうか??? ひさし
ぶり氏流で言えば、助業を傍らにして、といのは、助業を修してその功力・自力廻
向心で往生しようとする心を傍らにせよ、という意味で助業のものがらは、善行だ
から行じなければならないという意味ですか???もし、そうなら、 善導大師が、
『散善義』で、正定業と助業を分けられた根拠は「かの仏願に順ずるがゆえなり」
ですから、助業のものがら自体は傍らにしてはならない、の意なら、御本願に
「読誦・観察・礼拝・讃嘆供養」が誓われていなければならないのではないでしょうか????
実際には、御本願には称名しか誓われていませんけどどうなんですか????

879 :ひさしぶり:02/11/02 13:26
>>865
4 そうです。
5 自力ではないという主張ですかとお聞きしています。
  合点というお言葉はお聖教にはないですね。知るかぎりでは。
  取り下げる必要もないかと思いますが。

>>866
> 凡夫の
在家の話をしていたはずですが。
>、いらぬ智慧
19、20願が、いらぬ智慧だといわれますか。
言葉をつつしみなさい。

>>867
たとえは一部分しか表しません。
聖道の修行を凡夫にすすめれば死んでしまいますね。
諸善がすべて聖道ではありません。
あなたは大経の五悪段はうそだ、という見解ですか?
自分の立場を明らかにしてください。

>>868
> 人間が弾可する資格
はじめに罪の沙汰をしたのはあなたでしょう。




880 :名無しさん@1周年:02/11/02 13:54
て、今日報恩講でしょ?
こんな時間にカキコしてるひさしぶりはエセだね。

881 :793=ゴジラ:02/11/02 14:08
>>797 華光か、それに類する名無しの権兵衛さんへ

 「善をしてみよう、と思ったことはある」
 とのことですが、
 「善をしたことは一度もない。善をしようと思ったことも一度もない」
 と知らされたことと、善をしようと思ったことと、
 どんな関係があったのですか?
 まったく関係なかったのですか?

>なぜ「宿善まかせ」の信心獲得に、人によって前後ができるのですか?

 阿弥陀様が与えようとして命をかけているのにも関わらず、拒みつづけているからです。

 自覚してか無自覚でか、これでは答えになっていないのです。
 信心獲得は「宿善まかせ」と言われているのです。
 宿善が、あなたの主張のように
 阿弥陀如来が積んで、下さった善」
 とするならば、なぜ、
 阿弥陀さまが与えようとして命をかけているのにも関わらず、
 いまだに拒みつづけて救われない人と、
 すでに頂いて救われた人と、
 救いに前後ができるのかを、お尋ねしているのです。

 それとも、獲信は「宿善まかせ」との蓮如上人の御教示を
 あなたは否定されるのですか?

882 :祭り大好き!!:02/11/02 14:10
>>815
横レススマソ。三学の器でない逆悪の機(われわれ)が、 >>181の実機を知るため
にさせられる諸善が、「汎爾に戒を保つ」といえるのでしょうか??? いえなければ宿
善にはならないということでよろしいでしょうか???? 
また持戒の戒とはどの戒でしょうか??? 五戒・十戒?具足戒?梵網戒? 「在家止住」
だったら五戒か十戒でしょうか?? 



883 :ゴジラ:02/11/02 14:12
>>820

>「宿善」とは、なんですか?
阿弥陀如来が積んでくださった善です。
阿弥陀様が私に下さった善です。

 あなたにも同じ質問です。
 宿善が、あなたの言われるようなものならば、
 なぜ、「宿善まかせ」の信心獲得に、人によって前後ができるのですか?

 阿弥陀如来の慈悲は平等ではないのですか?


884 :名無しさん@1周年:02/11/02 14:14
報恩講は各寺によってとりおこない日が違っています。所詮真宗のパクりですね。がんばってください

885 :名無しさん@1周年:02/11/02 14:17
>>526

 親鸞聖人が善を排斥された根拠をあげてください。

 獲信ひとつが目的の仏教に、なぜ、これほどまでに修善が
 勧められるのか、説明してください。


886 :ひとりごと:02/11/02 14:20
 親鸞会は財施が集まらない、とわけのわからぬ非難をする人がいる。

 火の車の「寺」の経済と間違えているのではないだろうか。

 「財施の多寡は、法施の多寡をあらわす」
 まさにその通りである。


887 :名無しさん@1周年:02/11/02 14:26
「親鸞会で獲信した人がいない」という人へ質問します。
 あなたは何人の人に、どのようにして調べたのですか?
 無責任な発言は、今後やめてもらいたい。

「親鸞会で獲信した人は、ごくわずかである」という人へ質問します。
 じゃあ、どこに大勢獲信した、ところがありますか?

 ※注意 自称獲信者のことではありません。
     自称獲信者なら、華光にいけばぞろぞろいるし、
     本願寺にだって、うようよいます。         



888 :一学徒:02/11/02 14:31
 親鸞会以外に、親鸞聖人のみ教えの開顕に燃える人がいないことが、
親鸞会以外に他力信心に生かされた者がないことを物語っている。
このようにしか考えられません。

 親鸞会を非難攻撃する者はあっても、堂々と、
 「正しい親鸞聖人の教えはこうだ」
 と、親鸞会以上の報恩の気持ちで、布教するものがない。

 せいぜい、ネットで非難して、足をひっぱることしかできぬでは
 ありませんか。

 親鸞会が間違いだと主張する人たちへ。
 「正しい親鸞聖人の教えはこうだ」
 と親鸞会以上の情熱で、説いてごらんなさい。
 もし、親鸞会にあやまりあれば、おのずと明らかになろう。


889 :名無しさん@1周年:02/11/02 14:35
>>840

1)教義がおかしい
とおもうのだが。

ならば、あなたが、おかしくない教義を説いてごらんなさい。

 教えを知らぬ者が、「おかしい」などと言っているのは、
 ただの悪口ですよ。

890 :よこやり:02/11/02 14:46
>>526

○信前・信後を問わず、すべての人に「諸善」を勧められるのであって、
 「雑行」を勧められるのではありません。

○「雑行を捨てよ」これが真宗の教えです。

○簡潔にいえば、
 「雑行」とは、「自力の心」でする「諸善」のことです。

○信前の者は「自力の心」がありますから、
 「諸善」をすれば、みな「雑行」になります。

○「自力の心」が無くなり、他力に帰したならば、
 それまで「雑行」と言われていた「諸善」は
「御恩報謝の行」となります。

○だから「雑行を捨てよ」とは、「自力の心を捨てよ」
 ということなのです。

○「信前にやれば雑行となり捨てもの」の捨てねばならぬものは、
 「諸善」そのもの(行体)ではなく、「自力の心」なのです。  

891 :名無しさん@1周年:02/11/02 15:46
>>888-890
報恩講にさえ参詣しないエセ学徒

892 :祭り大好き!!:02/11/02 16:01
>>876
@出世の法=仏法
A疑≠「不説法という不作為」(例、釈尊)でしょう?
B答えがずれまくり(いつものことだがw)。あなたは、「自力」で浄土の方便に従えるか
 否か?という問いです。「従える」「従えない」のどっち???s会得意wの二択ですよW
C弘願=18願に転入させるために諸善ができないことを知らせるための諸善ができると
 思ってる人と、
 諸行往生=臨終来迎のための諸善ができると思ってる人との
違いは、単に目的意識の違いのみみたいですが、何がまったく違うのですか??? 


893 :名無しさん@1周年:02/11/02 16:03
報恩講は、明日(3日)と明後日(4日)です。

894 :祭り大好き!!:02/11/02 16:32
>>877
@徳本を植えることを勧められた部分は真実で、化土の部分は方便ということでしょうか??
 そうなら、その根拠は何でしょうか???
Aそうすると真身観(凡夫では考えれない大々難行)か像観(これも凡夫には大変な大難行)が
 すすめられている、というわけですね???
B>>296で言われる今世では、仏様のことも本願のことも全く知らず聞法心も全くない人でも、十劫来の照育
 (=宿善)ですから、救わることがあるのも当然ではないでしょうか??という意味ですよ。
C「聞其名号 信心歓喜」になんのふくみがあるでしょうか???人の説法とか、聞法の座が
 なんて人間レベルの話は、成就文の内容ではないでしょう。それがいるかいらぬかは、各人の業縁次第でしょう??

895 :ひさしぶり:02/11/02 16:35
>>892
1 仏法をしることはできないというのは凡夫には自力の信がない、という主張ですか?あなたの主張がわかりません。凡夫は何もわからない、というなら(本願寺のひとも説法しているのですから)納得できるひとは少ないと思います。持論を展開してください。


2 そういうお話ではない、と最初に断わり済み。
3 「従える」のと「善ができる」は違いますので「従えます」
4 他力の往生を望んでいるひとと自力諸善で往生しようとしている違いです。18願で報土往生を求めているひとは「雑行をしよう」と思っている
わけではありません。


896 :ひさしぶり:02/11/02 16:56
>>882
> 汎爾に戒を保つ

「戒」は三学六度の元ですのでここには諸善を含む、と解釈されています。

>>878
> 助業(三前後一)を傍らにして、選んで正定業(弘願念仏)
を専らに勧められた根拠にはなる。
弘願念仏というのは信後の念仏であることに御注意ください。
信前は諸善をしても「雑行雑修自力のこころ」、善をせずにボーっとしていても「雑行雑修自力のこころ」です。

>>870
「三世諸仏 念弥陀三昧 成等正覚」仏覚は阿弥陀仏によらねば成就できません。

信楽釈のところも「今日今時」は今ですし、「行じたまいし時」は過去です。
同じに見るのは無理ですね。曲解ですよ。

そろそろ出発しますので今日はここまで。


897 :祭り大好き!!:02/11/02 17:14
>>879
@>そうです。というのは、「穏彰の義」じゃない、にYESなのか「穏彰の義」である
にYESかどっちでしょうか?? 日本語の疑問文に対する答えは難しいですね。
A>自力ではないか・・・ 合点というのは、世間的な言葉ですから、前に出したアルバイト
 するなんてのと同じで「一代諸教の信」などと言われるような仏教的な意味での「自力」と
 違うと思いますが如何???
B権化の在家のお話ではないでしょう?? そんな方はわれわれとは違いすぎますからね。
 われわれ実凡の在家のお話をしていたんじゃ???
C自力の方便に「私が」執着しているのが、いらぬ智慧だということですよ。
D聖道門は、教行とわれわれの機根が相応していない(凡夫には実践できない=食べたら死ぬ)が、
 定散諸善は、教行とわれわれの機根とが相応している(実践できる)ということでよろしい
 でしょうか?? しかし、定散諸善を実際にできる人はいなかったんじゃないでしょうか???
 『大経・五悪段』については、先ず質問>>612(リンク先間違ってますスマソ)に答えて下さい。
Eあれ、先に「説法しないことは謗法で云々」とか言ってたのは、ひさしぶり氏では? 
 まあとまれ、「謗法だ」どうだのの「罪の沙汰」は、ひさしぶりさんはされてないということで
 よろしいでしょうか??? 

898 :名無しさん@1周年:02/11/02 17:45
>>881
>阿弥陀さまが与えようとして命をかけているのにも関わらず、いまだに拒みつづけて救われない人と、すでに頂いて救われた人と、救いに前後ができるのかを、お尋ねしているのです。

阿弥陀様がもらってくれ!と命がけなのにも関わらず、そっぽを向いて拒絶し無視しつづけるからです。
自分は善ができると自惚れ、阿弥陀如来が完成された南無阿弥陀仏を受け取らないほどの謗法罪はありません。

疑は衆生にあり・・・の御文をご存知か?


899 :祭り大好き!!:02/11/02 18:15
>>895
@仏教本来の意味での「知る」ことは、われわれにはできませんから、われわれの求道
を六度万行だの宿善だのということはおこがましいのでは???ということ。自力信も
本来の自力の三心(至誠心、深心、廻向発願心)を決定しているような行者はなかなかい
ないと思い」ます。
A「説法しないこと」が直ちに謗法ではないということでよろしいですね??
B仏様の方便に従う=如説修行は仏教の「善」ではないのでしょうか???
C他力の往生を望んでいる人は、「雑行しよう」とは思ってないのに、雑行の
体である「諸善万行」ができると思っているのですか???

900 :名無しさん@1周年:02/11/02 18:27
このスレは900を超えましたので終了です。
以後はこのスレと統合します。
  ↓
【2chかく問う】親鸞会なぜ答えぬ〜s会総合スレ17
http://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/1035302620/

なお、今後は2chにおいて法論が禁止されます。
法論はジャンヌでお願いします。
http://homepage1.nifty.com/you/

901 :名無しさん@1周年:02/11/02 18:35
>>898
それも答えになってないと思われ。
881が言いたいのは、阿弥陀仏が積んで、下さった善なら、
全員が一度に救われなきゃおかしいんじゃない?ってことだと思う。
それについては蓮如上人は「宿善も遅速あり〜」という文章で答えられているが、
漏れは元sなので覚えてない。原液の人フォローよろしく。

902 :名無しさん@1周年:02/11/02 18:42
荒らしスレスレの物量作戦できたか・・・

903 :名無しさん@1周年:02/11/02 18:45
>>900

904 :名無しさん@1周年:02/11/02 18:45
>>900は減益の自作自演か?

905 :祭り大好き!!:02/11/02 18:49
>>896
@「戒」体は、三学六度の元で「諸善」を含むでしょうが、われわれのような、
悪逆で到底、三学の器でない者が、実機を知るためにさせられる諸善が、「汎
爾に戒を保つ」と言えるのでしょうか???とお尋ねしているのですが。言え
なければ宿善になるとも言えないと解してよろしいでしょうか???
Aですから、「助業を傍らにして、正定業の弘願念仏を勧められた」というのは、
「まずもろもろの雑行をさしおきて、一向に弥陀如来をたのみたてまつりて、
   《中略》    一心にもっぱら弥陀に帰命せば、如来は光明をもってその
 身を摂取して捨てたまわふべからず。これすなわちわれらが一念の信心決定した
 るすがたなり。」(『御文章・一帖十三』)ということで、他力一念の信を獲る
 (獲ったうえの称名)を勧めてられるのではないのでしょうか??? 信を獲る
 =雑行を捨てる 以外のことを祖師方は勧めておられないと思いますが如何??
だから祖師方にとって「善の勧め」とは、「雑行(諸善)をさしおいて(傍らにして)、
無上清浄善の南無阿弥陀仏の他力信心をいただく」ことのお勧めの外は無いのではない
でしょうか???親鸞聖人は、信後のお念仏のほかに何を勧められていたというのです
か???


906 :祭り大好き!!:02/11/02 19:41
>>896
B仏様のお心を親鸞聖人が推察された部分ですから、元より腐った頭ではわかりません。
 仏覚は、念弥陀三昧に依らねば、といわれるのはその通りでしょう。時空を越えた世界
 のことですから、「発願のとき」も「行じたまひし時」も「本願成就・十劫正覚の時」
 も「衆生尽き、涅槃尽き虚空尽きる時」もまさに同時に「今日今時、『私一人』の一念
 の信心決定したるすがた」でしょう。しかし、ひさしぶり氏が、三信釈の御文をもっ
 て、聖道自力の証果を得た方や、定散諸機の化土往生人の実在を否定されるのは、い
 ささか無理があるのではないでしょうか??? 信楽釈でも自力の「最勝の淨信獲得」
「無量光明土=実報土」への自力往生を否定されているだけで、化土往生を否定されて
 いるわけではないし、ここでの痛烈な罪悪の様も親鸞聖人の内観の世界であり、一般
 論を評論家的に述べられた御文ではないし、阿弥陀様から御覧になられた衆生の性得
 の機は大小聖の凡も変らないでしょうが・・・。「機の真実」も自分でわかるものでは
 なく全て利他真実の廻施の一心しかないのですから。

907 :名無しさん@1周年:02/11/02 19:43
これでこそ、漏れのしんらん会だぜ。まだ、甘いけどな・・・
本番は報恩講が終わってからだな。
このスレ立てたからには、打つ方も打たれる方も覚悟しておけ
ってこった。
これこそ、人生ってヤツだろ?

908 :祭り大好き!!:02/11/02 19:59
>>881>>883
横レススマソ。これは、簡単な問題じゃないですか? 一切衆生の業は、無始来だから、
無始より、諸機の造ってきた業は各別なんですから、阿弥陀様の慈悲が平等で阿弥陀様
が積んで下さった善を廻向して下さっても救いに前後ができるのは当たり前じゃないで
すか???



909 :ゴジラ:02/11/02 20:07
>>898 名無しの自称獲信の人へ

 質問の意味を理解して頂けなかったようなので、
 もう一度、改めてお尋ね致します。
 蓮如上人は、信心獲得は「宿善まかせ」と教えられています。
 信心獲得とは、本願疑惑心が晴れたことを言うのです。

 あなたの言葉でいえば、衆生にある疑いであり、
 「阿弥陀様がもらってくれ!と命がけなのにも関わらず、そっぽを向いて拒絶し無視しつづける心」
「自分は善ができると自惚れ、阿弥陀如来が完成された南無阿弥陀仏を受け取らない心」となりましょうか。

 その疑い晴れて救われるかどうかは「宿善まかせ」と言われるのです。
 阿弥陀如来の慈悲に、分け隔てはないはず。
 あなたの言われるように、宿善が
 「阿弥陀仏が積まれ、与えてくださる善」
 とするならば、なぜ、はやく獲信する人と、
 遅れる人との差ができるのですか?

910 :ゴジラ:02/11/02 20:12
何人かの人が答えてくださっていますが、
重ねて「自称獲信者の名無しさん」に尋ねているのは、
「宿善」の間違った理解を知ってもらうためです。

 名無しの権兵衛殿の、反省深い解答をお待ちしています。

911 :名無しさん@1周年:02/11/02 20:28
>>910
あんたのよーな椰子を待ってたぜ。
まったくよ、漏れはな、元sで元幹部だったが、
敗残者とか便所の蛆虫とかって言われながらも漏れは、s会の
ことを曲解している意見に対しては、反論してきたぜ。
幹部が豪奢な生活してるだぁ??
こんなクソなレスは、バカ同然丸だしだったが・・・な。
こういう、おめでたい椰子もいるってこった。
まぁ、そのうち戻ったからよ、待ってて暮れや。
戻ったら、会則に従うぜ。
喧嘩うる椰子やいつでも売ってこい!!

912 :元s改印:02/11/02 22:11
SはS価学会の意味との意見がありましたので元s改印にしました。
しばらくぶりに戻ってみるとスレが大進行していて
驚きでした。ひさしぶりさんお返事ありがとうございます。
レス遅れてすみませんでしたが、
私もお返事申し上げますのでよろしく。

>>900
>なお、今後は2chにおいて法論が禁止されます。
>法論はジャンヌでお願いします。

なぜですか?ジャンヌだとひさしぶりさんが書き込まない
可能性があります。
それは、私が以前ジャンヌでやろうと申し出たならばひさしぶりさんは
それならば書き込まないと公言していたからです。
私はこれから書き込む予定のひさしぶりさんのお返事が
ききたいのですが?
私はまた教学・法論的スレがあればそちらで続けたいのですが?
このスレの製作者は続きを作るといえれてましたよね。
どうなんでしょうか?

祭り大好き!! はご意見いかがでしょうか?

913 :元s改印:02/11/02 22:13
>>912
訂正スマン

誤・・祭り大好き!! はご意見いかがでしょうか?

正・・祭り大好き!! さんはご意見いかがでしょうか?



914 :元s改印:02/11/02 23:02
>>808
>会で「雑行をしなさい。雑修をしなさい」と教えられたことはない
>(略)諸 善 を し な さ い」ですね。

親鸞会の主張する論点「浄土真宗は諸善万行を勧めている」
の誤謬を示していきます。
まず諸善について。
親鸞会は仏教で言う善、出世間善と世間善の区別を知りません。
そのため「善の勧めがあるか否か」など平気で論点にするのですね。
六度万行は出世間善です。ところが、親鸞会は大沼教学の影響か、
六度万行を世間善に落として教えています。布施が親切、持戒が言行一致
忍辱が忍耐、智慧が修養といった調子です。
諸善万行とは六度万行であり、これは六波羅蜜で本来出世間善です。

親鸞会は聴聞、五正行、六度万行の実践を勧めます。
結論から申しますと、浄土真宗における出世間善は五正行のみです。
とりわけ念仏の一行を勧めました。そして他の諸善万行を廃したのが
聖人と法然上人のみ教えです。親鸞会は諸善万行は宿善になるからやりなさい
と主張していますが、これが大間違いなのです。法然上人は選択集のどこにも
宿善について仰せではありませんし、聖人のいわれた宿善も決して
親鸞会のいう意味ではありません。
聖人と法然上人は諸善万行の体までを廃されました。
浄土門では機教一致しない為、諸善万行は出世間善として捨てよ
といわれたのです。
これに対して他の浄土宗は「自余の浄土宗は諸々の雑行を許す」で、
雑行=諸善を許します。
(つづく)

915 :元s改印:02/11/02 23:15
>>914
真宗において廃立が肝要とされます。
(出世間善の意味における)諸善は廃するために説いて念仏は立てる
為に説かれたのです。諸善は修行するなと廃するために説かれたのです。

真宗の門においては、いくたびも廃立を先とせり。「廃」というは
捨なりと釈す、聖道門の「此土の人聖得果」「己身の弥陀」「唯心の浄土」
等の凡夫不堪の自力の修道を捨てよとなり。「立」というはすなわち
「弥陀他力の信をもって凡夫の信とし、弥陀他力の行をもって凡夫の行とし、
弥陀他力の作業をもって凡夫報土に往生する正業として、此の穢界をすてて
彼の浄刹に往生せよ」としつらひたまふをもって真宗とす。
(改邪抄)

916 :元s改印:02/11/02 23:34
>>915 (続き)
真諦門において浄土真宗は、諸善は廃止なさいとするのです。
では聖人は信後に法施はされていないのか?
もちろんされておられます。しかしそれは報謝であり報恩行であり
信心決定を目的とするものではありません。
法然上人は選択集にこのように仰せです。

「明らかに知んぬ。諸行を廃してただ念仏を用いるが故に一向という。
もししからずば、一向の言、最ももって消しがたきか。」

「故に知んぬ。諸行は機にあらず、時を失す。念仏往生は機に当り、
時を得たり。感応あに唐捐せんや(感応をむなしく捨てることはない)。
まさに知るべし。随他の前には、しばらく定散の門を開くといへども、
随自の後には、還って定散の門を閉づ。ひとたび開いて以後、永く
閉ぢざるは、ただ念仏の一門なり。弥陀の本願、釈尊の付属、意
ここにあり、行者まさに知るべし。」


法然上人ははっきりと余善(諸善万行)を廃されています。(つづく)


917 :祭り大好き!!:02/11/02 23:34
>>906訂正 
誤り   大小聖の凡
正解   大小聖と凡

>>912-913
元s改印さんの御意見に全面的に同意いたします。

>>909-910
再び横レススマソ。往生の巳今当と宿善の問題は、伝統宗乗では、今日、道振の『真宗
佛性弁講述』以来の「無自性仏性説」で「宿善自力説」「宿善捨て物説」(親鸞会説は
これに近いか?)に陥らなくても、ほぼ解決するのではないか??万法を、縁起の発動す
るその性無自性空の衆縁所生とし、衆生性得の機の多元性も各機各別の妄情も、阿弥陀
様の全分他力の増上縁も万法が因縁所生で千変万化するすがたと解すれば、その根拠を
失うことなく説明できると思います。

918 :元s改印:02/11/02 23:50
>>916
法然上人はこのように善導大師一師に依り、廃立の義をとられました。
しかし聖道門の弾圧厳しく、聖道門の非難をかわすために
諸善を許す教えを説くものがあらわれました。
諸善を許す教えを説くという点では親鸞会の元祖にあたります。
ご存知、西山派の祖、善恵房証空です。西山派の行観の私記にあります。
「在るとき、西山上人(善恵房証空)、元祖(法然上人)に対して、
唯だ廃立のみを談じたまふときには、功徳善根を排斥する邪見に陥る
ものあらん、之を制せんが為に、再往傍正の諸行を勧めたまひては
如何と問ひしとき、元祖は「止みなん止みなん」とのたまひし」

善恵房証空は法然上人のいいつけに背き、法をネジマげ、
再往の義を説いてしまいました。

念仏弾圧が激しくなり、比叡山の法師たちは浄土門を批判したときに
「師匠の法然房は、諸行の首を斬り、弟子の善恵房は諸行を生け捕りに
す」といったのは有名な話ですね。

当時の法然上人による教団は、「諸行の首を斬」った、つまり自力
の修行をやめよと否定されたが故に弾圧されたのです。
では、祖師聖人はどのような見解であったのでしょう。
(つづく)


919 :元s改印:02/11/02 23:55
>>917
レスありがとうございます。

祭り大好き!! さんの仏教学全般にわたる博覧強記ぶり
と即妙の立論にはかねてから敬服いたしております。
浅学でまことにお恥ずかしいかぎりですが、親鸞会の邪義を
露呈していきたいと気持ちを新たにしておりますので
よろしくご教示くださいませ。

920 :迷えるものへ:02/11/03 00:29
諸善万行ことごとく
至心発願せるゆえに
往生浄土の方便の
善とならぬはなかりけり
   (浄土和讃)

921 :名無しさん@1周年:02/11/03 00:31
918 の続き。
が 920.

922 :名無しさん@1周年:02/11/03 00:32
元s改印とか、祭大好きとかいう
悪知識がいるスレはここか?


923 :元s改印:02/11/03 00:39
>>919

観経にのたまはく、「極重の悪人、他の方便さらになし、
ただ弥陀を称じて、極楽にしょうずることを得」とのたまへり。(行巻)

文殊の法は常に爾なり。法王は唯一法なり。
一切無礙人は一道より生死を出づ。(行巻)
(文殊菩薩よ、他力本願の一法は自然法爾の道理であるから、ただ計いを
離れて信じたてまつるばかりである。三世諸仏の本師法王である阿弥陀如来は
ただ六字の名号ひとつをもって、衆生をすくいなされる。そして一切の諸仏は
みな阿弥陀如来の正覚の一道によて生死を離れて証覚を開かれた。)

凡夫はただ名号に専心して、解脱の門に入るべきであると仰せですね。
次に、聖人が余行を体まで廃している根拠を示します。
おほよそこの三輩のなかにおのおの菩提心等の余善を説くといへども、
上の本願にのぞむには、もはら弥陀の名号を称念せしむるにあり。
かるがゆえに「一向専念」といへり。一向のことば、二三向に対する
義なり。もし念仏のほかに余善を修せば、一向の義に背くべきものなり。
(西方指南抄上巻)

最後の一文にご注目下さい。そして最後が、聖人が(以外にも)唯一
法然上人の選択集から教行信証に引用された、例のご文です。

夫れ速やかに生死を離れんと欲はば、二種の勝法の中、しばらく聖道門を閣きて、選んで浄土門に入れ。
浄土門に入らんと欲はば、正雑二行の中、しばらく諸々の雑行をなげすてて、選んで正行に帰すべし。
正行を修せんと欲はば、正・助二業の中、なお助業を傍らにして、選んで正定を専らにすべし。
「正定業」とは、即ち佛の御名を称ずるなり。
(教行信証行巻)(つづく)

924 :元s改印:02/11/03 00:45
>>920
諸善万行ことごとく至心発願せるゆえに
往生浄土の方便の善とならぬはなかりけり
   (浄土和讃)
親鸞会がよく間違って解釈する有名なご文ですね。
正しい解釈は、
定散の諸善万行は、もともと方便の自力の行にすぎない。
しかし阿弥陀如来が第19願に、これらの諸善も至心に発願する
ならば、浄土に迎えると誓われているが、しかしこれらはかりに許された
方便の善にすぎないのである。
それゆえ19願の信仰をはやく捨てなさいといわれたご文ですね。


925 :は??意味不明・・・:02/11/03 00:54
これは大事な発言、しっかり保存しておくよ。
たまにコピペすっからさ。
ボロだしたね。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

諸善万行ことごとく至心発願せるゆえに
往生浄土の方便の善とならぬはなかりけり
   (浄土和讃)
親鸞会がよく間違って解釈する有名なご文ですね。
正しい解釈は、
定散の諸善万行は、もともと方便の自力の行にすぎない。
しかし阿弥陀如来が第19願に、これらの諸善も至心に発願する
ならば、浄土に迎えると誓われているが、しかしこれらはかりに許された
方便の善にすぎないのである。
それゆえ19願の信仰をはやく捨てなさいといわれたご文ですね。


926 :は??意味不明・・・:02/11/03 00:56
ま、2日か3日後、またコピペカキコして、
お話すっから。
あー、ねよ。

927 :元s改印:02/11/03 00:57
>>924
至心信楽欲生と十方衆生を方便し
衆生の仮門ひらきてぞ現前人前と願じける(浄土和讃)

臨終現前の願により釈迦は諸善をことごとく
観経一部にあらわして定散諸機をすすめけり(浄土和讃)

これらのご和讃は、諸善万行が方便である、という根拠としては
十分な根拠といえます。しかし、諸善をすすめる根拠とはいえません。
なぜなら「極重の悪人、他の方便さらになし、
ただ弥陀を称じて、極楽に生ずることを得」とあるからです。
われわれには念仏以外の方便は存在しないことを明言されています。
聖人は、そのことを化土巻にも仰せです。

観経の定散諸機は「極重悪人唯称弥陀」と勧励しためへり。濁世の道俗、
善く自ら己が能を思慮せよ。知るべし。」

浄土真宗としては、方便としてただ「念仏」しか勧められていないのです。

それゆえ親鸞会がよく諸善の勧めの根拠として示す以上の3浄土和讃は、
ただ19願の意味を説明なされたものにしか過ぎないのです。



928 :は??意味不明・・・:02/11/03 00:57
ここまで導くのに、2週間かかったよ(w
明日早いから、お休み・・・。



929 :名無しさん@1周年:02/11/03 01:11
もーいーよ。みんな信心決定してます。
一回くらいは称名したでしょ?「なんまいだぁ」てさ。
信証行は同一であるって思っちゃいかんのかねぇ。教学無知の戯言だがね

930 :元s改印:02/11/03 01:23
>>927
真仮を知らざるによりて如来広大の恩徳を迷失す(真仏土巻)

念仏成仏これ真宗 万行諸善これ仮門
権実真仮をわかずして自然の浄土をえぞ知らぬ(浄土和讃)

聖人は仮を廃して真をたてよ、と廃立を説かれました。
しかし、親鸞会はこのご文を仮より真に入る、と解釈するのです。
諸善万行をするなかで、善ができない自分、罪悪が知らされてくる
と親鸞会は解しています。

そもそも19願の要門はなぜ「要門」というのか?
阿難尊者は、観経において
「此の法の要、当に云如が受持すべき」といわれてますが、
ここから要門のお言葉が出ています。要とは「かなめ」ということで、
釈尊は聖道門を説いてこられたが、定散二善の教えは、それを弘願に
渡す要となる教えとなるために、要門と名づけられているのです。
これを受けて釈尊はなんといわれたか。
「汝、好くこの語を持て。この語を持てとは、即ち無量寿仏の名を持て
となり」とおっしゃって、定散二善の要門の教えを捨てて、念仏一門を
末代のわれわれ凡夫のために付属せられたのです。
それゆえ善導大師は定散二善を要門と教えられて念仏を弘願と
いわれたのですね。
ところが親鸞会はこの「要門の要は必要の要である」という。

ひさしぶりさん、もし「要門の要は必要の要である」というご意見なら
その根拠を示していただけますか?

931 :元s改印:02/11/03 01:39
>>930(つづき)
雑行に執着する信前の人間の心のなか、それは阿弥陀如来の無条件の
救いをはねのけて心なのですね。阿弥陀仏の広大なお慈悲に暗いのです。
それにもかかわらず、諸善を勧めるということは、
無条件の救いに対して条件あり、と教えていることになってしまいます。
諸行をしろ、と教えることは、この大慈悲心を理解することから遠ざかって
しまう道です。
阿弥陀仏との間に垣根をつくりなさいと指導していることになまります。

真心徹到するひとは金剛心なりければ三品の懺悔するひとと
ひとしと宗師はのたまへり(高僧和讃)

真心は親鸞会では「真実信心」だと説明いたしますが、これは
阿弥陀仏の真実大慈悲心のことを意味します。
なぜなら、このご和讃の草案には徹到に対して「いたり、とおる」と
注意書きされているからです。
「いたり、とおる」ものは弥陀の大慈悲心です。善導大師は
「学仏大悲心」と教えられますが、仏教を学ぶとは仏の大慈悲を学ぶと
いうことであり、その大慈悲は願成就のご名号におさまっているのですが
それを素直に受け取れずに、雑行ばかり励み、逃げ回っているのが
われわれ凡夫の姿なのです。
(つづく)


932 :元s改印:02/11/03 01:41
>>931

訂正スマン

誤・・・阿弥陀仏との間に垣根をつくりなさいと指導していることになまります。

正・・・阿弥陀仏との間に垣根をつくりなさいと指導していることになります。

933 :元s改印:02/11/03 02:28
>>931 (つづき)

三願転入のご文ですが、親鸞聖人の比叡山時代にただひとつ明らかに
なっているのは「堂僧として常行三昧の修行」をなさっていたことです。
常行三昧とは般舟三昧経に基づく修行でありすでに源信和尚のみ教えに
従われ、すでに真門に回入されていたのでしょう。前に述べましたように
「久しく」「離れ」「永く」とありますように、聖人は「要門に励みなさい」
という見解とは対極の見解でおられることは明らかです。
諸派においてこのご文の解釈は様々ではありますが、「真門を嘆じられた」
という点では親鸞会以外では一致しています。このご文から、諸善をすすめる
根拠とするのはきわめておかしいと言わざるをえません。

浄土真宗では、出世間善は、ご正行、とりわけ念仏の一行のみを勧めて
他の諸善万行を廃されたのです。諸善万行は聖道門における修行です。
かの舎利弗尊者が、目玉をくれと乞われて、結局くりぬいて与えたところ
それを「生臭い」と難じられて足で踏み潰され、一瞬起きた怒りの心で
もって功徳が台無しになったという話がありました。
この話は布施がいかに大変な難行であるかを示したものですが、
親鸞会のかたがたはほんとうに諸善にそのような覚悟で立ち向かおうと
されているのですか?
大体団体で実行するビデオ頒布、勧誘などが本当に出世間善としての
諸善だとお考えなのですか?

ひさしぶりさんは「諸善は往生の助けにならない」と主張します。
一方では「(出世間善としての)諸善を捨てよ、やめよ」というのはまちがいである
と主張します。それゆえ、
「諸善をたのむ自力のこころが廃るまで、
(出世間善としての)諸善をはげまなければならない」
という論理になると思うのですが、もしそうならばそのように
しめしてあるお聖教の根拠を示してください。

934 :元s改印:02/11/03 02:51
>>933
(つづき)すでに多きの方が指摘なされてあり、今更とも思われるの
でありますが、以上述べてきたように親鸞会の教義のなかでも
最もきわだっているのは「(出世間善としての)諸善を許した」ことです。

「自余の浄土宗はもろもろの雑行を許す」

そうです。親鸞会の教義は特殊な宿善論と、三願転入の特殊な解釈
「まず要門から入って諸善に励みなさい」と勧める結果、浄土宗の
西山派に近い教義となっているのです。

法然上人のみ教えを背いた結果、証空は法然や聖人ほどの被害には遭
いませんでした。そして西山派として主流派となっていきます。
「(出世間善としての)諸善を許した」浄土門が仏教でないとは
私は申しません。
しかし「(出世間善としての)諸善を許した」親鸞会の教義は
法然上人と親鸞聖人が流罪に遭っても遵守せられた
「(出世間善としての)諸善を許さない」浄土真宗では断じて
ありません。速やかに会の名称を改めていただきたいものです。

もろもろの雑行を許し諸行の往生を談ずる義、遠くは善導和尚の解釈に
背き、近くは源空聖人の本意にかなひ難きものをや。(浄土真要抄本)


935 :元s改印:02/11/03 03:22
>>934
(つづき)
親鸞聖人が19願や20願の「仮」の説明をされるのは「真」の
反顕として説明されていることを理解すべきでしょう。

いやしくも浄土真宗の看板をあげている宗教団体ならば
「諸善をがんばりましょう」という教えは俗諦で留めておくべきでは
ないでしょうか。俗諦とはどういうことかといえば、
仏教は因果の道理を説く教え。道徳的にも良い事(世間善)をしましょう。
これならば私は大賛成です。ところが親鸞会はなんと出世間善と世間善を
ごちゃまぜのいっしょくたにしている。六度万行を(今はどうなのか知らないが)
かつては俗諦(親切とか言行一致とか)で教えていました。
そして、一転して宿善になるから出世間善として励めといいます。

真諦では、諸善万行は廃しているのであり、俗諦において道徳を摂すると
理解すべきなのでしょう。雑行は、確かに最後は心(信罪福心)=自力の
執心が問題となり、諸善をあてにする心が廃った一念で他力となり、
雑行はしなくなります。そして因果の道理を深信するゆえに信後は
自然に廃悪修善できる理屈になるわけです。
「心を正すためには体から入れ」ではないでしょうか。
諸善に専念していてどうして一向専念できるのですか?
よくよくお考えください。

ひさしぶりさん、聴聞のないときには、
1)強引な財施や法施など諸善を実行すること、
2)聴聞の復習とか、聴聞の内容を思い出すこと、お聖教を拝読すること
ことのどちらを優先されるべきだとお考えですか?

936 :元s改印:02/11/03 03:34
>>890
>信前・信後を問わず、すべての人に「諸善」を勧められるのであって、
>「雑行」を勧められるのではありません。

大間違い。あなたは出世間善と世間善の区別を知りません。

937 :元s改印:02/11/03 03:48
>>804
>たとえば外道のものが

五逆罪を作り、因果を撥無し、大乗を誹謗し、四重を破し、
空しく信施を食へる者、この中に堕つ(往生要集)

大妄語戒を平然と破るものは四重の罪で無間地獄ゆきと観仏三昧経で
いわれています。勧誘するときに平然と信心決定しているとか
言って高徳者のようにふる舞い、特定の結果を期待することは
外道ではないのですか?

938 :元s改印:02/11/03 03:51
>>805
せっかくお答えをいただいたのですが、肝心のお答えがまだですので
よろしくお願いいただけますか?これです。

その善が雑行でないというのなら聖人が化土巻に仰せの回心・回向の
善でないという聖教上の根拠を述べて下さい。


939 :元s改印:02/11/03 03:55
>>807
>定散諸善は弘願からみたら五正行であり、異類の助行であり報謝の行です。
>大いにやらねばなりません。

「定散諸善は弘願からみたら五正行であり」この部分は納得できません。
聖教の根拠を示してください。なぜなら定散諸善の体を廃したのが
浄土真宗であるからです。

940 :元s改印:02/11/03 04:01
>>808
>信前にはどうしたらいいんでしょう。

もちろん第一に聴聞ですね。
そして「夫れ速やかに生死を離れんと欲はば」のご文にあるように
出世間善は廃しなければなりません。
これが浄土真宗の教えです。

941 :元s改印:02/11/03 04:11
>>900
>このスレは900を超えましたので終了です。
>以後はこのスレと統合します。
  ↓
>【2chかく問う】親鸞会なぜ答えぬ〜s会総合スレ17
>ttp://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/1035302620/
>なお、今後は2chにおいて法論が禁止されます。
>法論はジャンヌでお願いします。
>ttp://homepage1.nifty.com/you/

こんな意見は無視していいでしょう。

このスレをたてらたかた、次のスレをたてられてもなんら問題ない
と思います。

私は、ひさしぶりさんのレス(お答え9を伺いたいのです。
ひさしぶりさんがジャンヌで書き込まれるといわれるならば
そちらへまいりますが。

ひさしぶりさん、いかがなものでしょう。



942 :名無しさん@1周年:02/11/03 07:20
>>936

>大間違い。あなたは出世間善と世間善の区別を知りません。

出世間善と世間善とは、それぞれどんなものですか。
そして具体的な違いを、水際立てて教えて下さい。

943 :名無しさん@1周年:02/11/03 07:26
元s改印さんは、ジャンヌでSAと名乗って発言し、最後は次のような
反省の言葉を残して昨年の12月に去っていったはずの人ですか。
論調が同じ。

>通行人Zさん、茶畑さん、他の方がたへ。
>ご挨拶せねばなりません。暫く(多分長く)来れなくなると思います。
> 一月より仕事が大層忙しくなりそうなのと多少環境も変わる為です。
> あとじっくり一人で勉強をしたいと思うようになった事も一つの理由です。
> 最近、先師の本に他の人の安心や教えを批判するのは、自己の信心が確立できてからにせよという教えに触れまして、それに従おうと思った次第です。
> ここに色々書いた関係でしばらく見ておりましたが、今日で最後になりそうです。
> 色々お世話になりました。

再び復活とは、そろそろ「自己の信心が確立」されたのですか。

944 :名無しさん@1周年:02/11/03 07:49
山家の伝教大師は 国土人民をあはれみて
七難消滅の誦文には 南無阿弥陀仏をとなふべし

一切の功徳にすぐれたる 南無阿弥陀仏をとなふれば
三世の重障みなながら かならず転じて軽微なり

南無阿弥陀仏をとなふれば この世の利益きはもなし
流転輪廻のつみきえて 定業中夭のぞこりぬ

南無阿弥陀仏をとなふれば 梵王・帝釈帰敬す
諸天善神ことごとく よるひるつねにまもるなり

南無阿弥陀仏をとなふれば 四天大王もろともに
よるひるつねにまもりつつ よろづの悪鬼をちかづけず

945 :元s改印:02/11/03 08:04
>>943
私はSAさんではありません。
ただし今回の書き込みにあたってSAさんには
多大なるご教示をいただいき、善智識のおひとり
であるとみなしております。


946 :元s改印:02/11/03 08:25
>>943
>元s改印さんは、ジャンヌでSAと名乗って発言し、最後は次のような
>反省の言葉を残して昨年の12月に去っていったはずの人ですか。

あなたが動揺しているのがよく伝わってくるね。

親鸞会が浄土真宗として正しいのなら
下らん手を使わずに教義論を展開しなさいよ。

P.S.
SAさん、無断引用お許しくださいね。

947 :名無しさん@1周年:02/11/03 08:37
南無阿弥陀仏をとなふれば 十方無量の諸仏は
百重千重囲繞して よろこびまもりたまふなり

定散自力の称名は 果逐のちかいに帰してこそ
おしえざれども自然に 真如の門に転入する

果逐のちかいに帰してこそ 釈迦は善本徳本を
弥陀経にあらわして 一乗の機をすすめたる

恒沙塵数の如来は 万行の諸善きらいつつ
名号不思議の信心を ひとしくひとえにすすめしむ

一切の菩薩ののたまわく われら因地にありしとき
無量劫をへめぐりて 万行諸善を修せしかど

恩愛はなはだたちがたく 生死はなはだつきがたし
念仏三昧行じてぞ 罪障を滅し度脱せし

948 :ちょ・ちょっと(w:02/11/03 14:02
あのさぁ、全文コピペしておく。・・・質問は最後の行で。
927 :元s改印 :02/11/03 00:57
>>924
至心信楽欲生と十方衆生を方便し
衆生の仮門ひらきてぞ現前人前と願じける(浄土和讃)

臨終現前の願により釈迦は諸善をことごとく
観経一部にあらわして定散諸機をすすめけり(浄土和讃)

これらのご和讃は、諸善万行が方便である、という根拠としては
十分な根拠といえます。しかし、諸善をすすめる根拠とはいえません。
なぜなら「極重の悪人、他の方便さらになし、
ただ弥陀を称じて、極楽に生ずることを得」とあるからです。
われわれには念仏以外の方便は存在しないことを明言されています。
聖人は、そのことを化土巻にも仰せです。

観経の定散諸機は「極重悪人唯称弥陀」と勧励しためへり。濁世の道俗、
善く自ら己が能を思慮せよ。知るべし。」

浄土真宗としては、方便としてただ「念仏」しか勧められていないのです。

それゆえ親鸞会がよく諸善の勧めの根拠として示す以上の3浄土和讃は、
ただ19願の意味を説明なされたものにしか過ぎないのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
つーことは、二種類の方便があるってこと?
>これらのご和讃は、諸善万行が方便である、という根拠としては
>十分な根拠といえます。しかし、諸善をすすめる根拠とはいえません。
とありながらも、

>浄土真宗としては、方便としてただ「念仏」しか勧められていないのです。
ってあるからさ。 どーなんでしょうかね?


949 :はぁ・・・:02/11/03 14:03
>>946
漏れは、それかいた椰子ではないが、
動揺している?
違うだろ、楽しんでいるんでしょう。

950 :名無しさん@1周年:02/11/03 14:07
よし、いいぞs会。
漏れは遊びに行って来るぜ。
あー、晴れてる(w

951 :名無しさん@1周年:02/11/03 17:13
>>948
漏れにはよくわからんのだが
そのギモンって本質的な問題なの?

>親鸞会の主張する論点「浄土真宗は諸善万行を勧めている」
>の誤謬を示していきます。

この内容についてはSは反論しないの?

952 :名無しさん@1周年:02/11/03 17:18
その時代には唯一絶対の善知識がおられて、その方に聞かねば信心決定でき
ないというのが、親鸞会の最大の邪義だと思う。
観経疏の一文を読み獲信された法然上人や、未信の花山信勝師の説法で獲信
された東条英機など、獲信の形態は様々なはず。
高森氏にしか導けないというから「善知識だのみ」といわれるんですよ。
信心決定を雲の上に放り上げていると、あなたの後生の一大事を踏み外し
ますよ。

953 :名無しさん@1周年:02/11/03 17:20
妙好人の話とか、これまで信を獲た方の話をみても信前に勧誘とか財施を
盛んにやっていたなんて話はあまりないもの。親鸞さんは、非行非善で念仏のみ
ぞ真だったからあんまし有名にならなかった(はっきりいって同時代では無名)
が、蓮如さんは、御恩報謝を強調して名号をたくさん下付したり御文を送ったり
有力政治家とコネつけたりしたから本願寺を大きくして有名になったんでしょう。
非行では、他の新宗教みたく功徳を強調して信者に活動させることができないので
うまいこと考えたな〜とおもいますね。


954 :名無しさん@1周年:02/11/03 17:23
昔ある専任講師が「日々の活動で疲れた体に、ガソリン入れに行く、それが聴聞だ。」と言っていた者がいた。

仏法聴聞は布教活動の活力を得るために行くのではない。
まして未信の者が聴聞終わって元気が出るわけがない。
聞き間違いです。


955 :元S改印:02/11/03 17:56
>>948

なるほど、そういう疑問点でしたか。
一言で申し上げますと、あなたが
「仏教が対機説法であることを理解していない」
からそのような疑問が出てくるのです。
そして方便を設けることができるのは、ただ阿弥陀様のみです。
諸善万行を聖人が行体ともに廃されていることを
理解されていないから、定散諸機が自分のことだと思っておられる
のでしょうね。
定散諸機は聖道門の修行のできるかたがた、
あなたはしりませんがわたしは定散諸機のできない諸仏に捨てられた極重悪人。
ただ弥陀のご方便である名号をいただくしかありませんでした。

956 :元S改印:02/11/03 18:01
>>955
訂正スマン
誤…定散諸機のできない諸仏に捨てられた極重悪人。
正…定散諸善のできない、諸仏に捨てられた極重悪人。

957 :元S改印:02/11/03 18:07
>>955
たびたび訂正スマン
誤…ただ阿弥陀様のみです。

正…阿弥陀様をはじめとする仏様の方々のみです。


958 :名無しさん@1周年:02/11/03 18:08
このスレは950を超えましたので終了です。
以後はこのスレと統合します。
  ↓
【2chかく問う】親鸞会なぜ答えぬ〜s会総合スレ17
http://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/1035302620/

なお、今後は2chにおいて法論が禁止されます。
法論はジャンヌでお願いします。
http://homepage1.nifty.com/you/


959 :名無しさん@1周年:02/11/03 18:26
親スレどうしますか? たてます?

960 :ゴジラ:02/11/03 18:48
SAさんの弟子の、元s会員さんへ

 SAさんでさえ、「己の信仰がお粗末でした」と
 反省を述べてすがたを消したのですよ。
 あなたの主張は、459さんと新人太郎さんの論争で、
 破られているのです。
 まだ、あの論争で論破された本質をつかんでおられないようで、
 残念です。
 再度、しっかり読まれることをお勧めします。

  http://homepage2.nifty.com/shinran/ 

 「お前はすでに死んでいる」状態ですよ。(古くてスマン)

961 :初心者A:02/11/03 19:00
  元s改印さん
 
 あんまりたくさん書いてくれても、オレみたいなのは
 よくわからないんだよね。
 それで、初歩的な質問かもしれないけど、答えてくれると
 うれしい。

「世間善」と「出世間善」とはどう違うのですか?

「諸善の体も廃する」というのは、善をすること自体やめる
 という意味ですか?



962 :hitomiよ、幸せに。:02/11/03 19:04
>>960
漏れも、あんたと同意見だな。
これでこそ、かつて己の全てをかけたs会だよ。

963 :hitomiよ、幸せに。:02/11/03 19:09
>>911
>>920 は、ちなみに、漏れだよ。他は知らんな(w
さぁてと、いっぱい飲むか。。。

964 :名無しさん@1周年:02/11/03 20:31
>>958
>なお、今後は2chにおいて法論が禁止されます。
>法論はジャンヌでお願いします。
http://homepage1.nifty.com/you/

おまえDQN不良会員のひさしぶりじゃないの?

おまえになんの権利があってそんな偉そうに
いうんだい。
正直にいってみろよ。
都合悪い意見が山とでてくるからもう
打ち切りたいんだろうが。


965 :名無しさん@1周年:02/11/03 20:34
>>961−963

こいつらみなsの工作員見え見えだ。

幹部子牛必死だな藁)

966 :名無しさん@1周年:02/11/03 20:35
>>960

おまえも工作員。
M野だろ。
漏れは知ってるよ。

967 :hitomi よ、幸せに。:02/11/03 20:51
>>965
おい、あんた、勝手に人のこと、取り違えんなよ・・・
オレは、幹部でも子牛でも、またな、「必死」なんかじゃねーよ。

>>966
960はM野さんじゃねーな。子牛だろーが。
おおよそ、見当はついている。


968 :名無しさん@1周年:02/11/03 20:54
必死はおめーだろ(w



969 :名無しさん@1周年:02/11/03 21:05
>>966
てめえのよーな雑魚が、知ってるからって、
どうしたってんだよ?あ? 
おめーのような人生の三下は引っ込んでな。

970 :名無しさん@1周年:02/11/03 21:07
>>965
おい、てめえの、藁い声、息が臭うんだよ。
くっさそうだな。リステリンしてから、笑えや。


971 :えー!?:02/11/03 21:09
924 :元s改印 :02/11/03 00:45
>>920
諸善万行ことごとく至心発願せるゆえに
往生浄土の方便の善とならぬはなかりけり
   (浄土和讃)
親鸞会がよく間違って解釈する有名なご文ですね。
正しい解釈は、
定散の諸善万行は、もともと方便の自力の行にすぎない。
しかし阿弥陀如来が第19願に、これらの諸善も至心に発願する
ならば、浄土に迎えると誓われているが、しかしこれらはかりに許された
方便の善にすぎないのである。
それゆえ19願の信仰をはやく捨てなさいといわれたご文ですね。


972 :名無しさん@1周年:02/11/03 21:09
明日晴れてほしいな・・・。
これが大事さ。



973 :名無しさん@1周年:02/11/03 21:11
>てめえのよーな雑魚が、知ってるからって、
>どうしたってんだよ?あ? 
>おめーのような人生の三下は引っ込んでな。

>おい、てめえの、藁い声、息が臭うんだよ。
>くっさそうだな。リステリンしてから、笑えや。

ぜひこれらの発言を親鸞聖人にきかせてあげてください。
親鸞会、やめてよかった。



974 :名無しさん@1周年:02/11/03 21:14
親鸞会の人間はなぜ金にこだわるんだ?
いつもサークルで、「お金はためるものじゃない。使うものだ。
それも仏法を求めるために。余っているお金はすべて布施するんだよ。」
ってよく言われた。
以前すしを食べようとした時、親鸞会の人間が「そんな高いものに使う金があったら
仏法にお金を使え!後生がかかっているんだぞ!」と言った。
結局金が欲しいんじゃないの?あせりは禁物だよ。それを聞いて引いていった
人間がたくさんいるんだから。


975 :名無しさん@1周年:02/11/03 21:16
>>969

親鸞会ってやーさん飼っているようですね。



976 :名無しさん@1周年:02/11/03 21:49
おまえらっ!こんなところで何話してるんだよ?
善知識M貼先生の噂話をするヤシは、会員粛清規定に基づいて除名じゃ〜!
M貼先生の一件は一切なかったことにするからな!
油売ってるひまがあったら、一人でも多く会長先生の前にお連れし、一円でも多く御報謝するのじゃ〜!


977 :名無しさん@1周年:02/11/03 22:00
ここに来ている会員の姿、物言いを見ると末期だと感じる。
敢えて会に残る必要性や意味、魅力が全く感じられない。
誰一人として絶対の幸福になったものを知らないし、
むしろ不幸になった人間の方がよく知っている。
怪鳥死んだら終わりだな。
<カリスマ>金日成=会長
<バカ息子世襲>金正日=M貼る

978 :名無しさん@1周年:02/11/03 22:38
おーい、みなさん。
次のスレどうするのかい?
もーすぐ終わりじゃん。
やっぱり、統合すんの?
ジャンヌで法論ってことになるのかな?

979 :名無しさん@1周年:02/11/03 22:41
統合はまずいでしょ。
スレの流れが全然違う。
ジャンヌとも性格違うし。
誰か新スレ立てて暮れや。

980 :名無しさん@1周年:02/11/03 22:57
>>979
いや、ちと前の辺りで、そーいう話も
出ていたから。。。
漏れも、スレ立てたほうがいいと思うが。
しかし、ジャンヌでのほうが、「硬質」な議論に
なるという利点はあるけどね。

981 :名無しさん@1周年:02/11/03 22:59
>>975
まぁまぁ・・・
でも、やー○んネタというか、そのすじの言葉は
あんま出さない方がいいと思われ。
品が無いとか、という言い方で言った方がいい。
まだ、「お前もな」返しのほうがいいと思うよ。
一応、念のため。

982 :NB ◆MqZut9KezY :02/11/03 23:03
まあ、なんつーか。スレ違いっぽでスマソなんだけど。

「浄土」や「阿弥陀仏」といった「非経験的世界観」に対するリアリティーを
失ってしまった現代人が「経験的世界」に属すると無批判?に前提された
「信心」なるものの「実在性」の証明によって、「浄土」や「阿弥陀仏」の
信仰上の問題をすりぬけようとしてるだけにも見えるんだけど。教学的には。
そのへんからして宗祖と乖離しちゃってるんじゃないかなあ。
いや、無礼な言い方で、まったくスマソなんだけど。
って、うまい言い方が見つからなくって分かりにくいですけど、もしそうなら、
「信心」ってそういうものなのか?と…。
まあ、確かに合理的(近代的)といえば合理的なんだけど、、なんだかなあ。

『論註』にのたまわく。
「ただかの国土の楽を受くること間なきを聞きて、楽のためのゆゑに
生ずることを願ずるは、またまさに往生を得ざるべし。」と。

この義を以って私に案ずるに。
「ただかの信心の苦悩を除くこと並びなきを聞きて、除苦悩のためのゆゑに
得ることを願ずるは、またまさに往生を得ざるべし。」と。

いや、そのへん、教えていただけるとうれしいです。

983 :名無しさん@1周年:02/11/03 23:06
>>982
わお〜。始めのほうに来てましたね、有名なNBさん。
スレ違いなんかじゃないと漏れは思うけど。
ちなに漏れは、曇らんさん、好きです。

984 :名無しさん@1周年:02/11/03 23:08
>>982
スマソ。面白そうだから、もうちと、
言葉多く(w 語ってよ。
わからなかった。最初の方が。

985 :NB ◆MqZut9KezY :02/11/03 23:14
いえ、別に、、、、有名なんていわれると恥ずかしいです。

って、言葉多く語りたいけど、酔った頭じゃちと、、、これが今の精一杯なもんで、、
もう少し考えてみます。

まああ、とにかく。念仏の人は眷属無量なり。ってねええ。うれしいです。
同一念仏無別道のなんまんだ。親近せざるは雑修の失。四海の内みな兄弟。

986 :名無しさん@1周年:02/11/03 23:17
>>985
あ、NBさん、酔ってるんですか?
じゃぁ、本音が出やすそうですね。
でも、「念仏の人は眷属無量なり。」って良い言葉ですね。
漏れも、この人いいなぁって人には、なぜか、ともに同行に
なれたらいいって思ってしまうんですよ。

987 :NB ◆MqZut9KezY :02/11/03 23:24
>>986
ええ、眷属無量。もうね。いいですね。こうやって喜び合えるのも。
あなたがどこの誰かは知らないけれど、最悪でも(w お浄土でお会い
できる日を心待ちにしております。

なんまんだぶ。なんまんだぶ。

って、ええ、酔ってますけど、まだ序の口です。一仕事終わったばかりで。。

988 :名無しさん@1周年:02/11/03 23:32
もー、あとちょいで、この
仁義なき法論大会、終わりだよ〜
やっぱり、ジャンヌへ行けって?!

989 :名無しさん@1周年:02/11/03 23:35
たしか、NBさん、
始めのほうで、マトリックスの
「道を知るのと、歩むのとは別のことだ」ってのを
書いてくれましたよね。違う人だったっけ?
そう思える人生には、あるいみ、苦しみというのは、
違った意味をもってくるのでしょうね。
すれ違い、スマソ
でも、もーすぐ終わってしまいます、このスレ。

990 :名無しさん@1周年:02/11/03 23:36
う〜ん、スレ立てるのは簡単だろうけど、
一度立てて、住人さんが入ってくると、もうスレ
廃止できなくなるでしょ?
みんな(大勢)の総意はどうなんだろうか?
それを確認しないとね。

991 :祭り大好き!!:02/11/03 23:42
>>982
NBさんみたいな、専門家の方にもっとs会関連スレとか掲示板に参加してもらい
たいですね。以前「仏典捏造」スレで別の方をお誘いしたのは私ですた(未だに参加
ないですけど)。NBさんの書き込みは私には難解で理解し難いんですが、近代と信
仰の問題はややこし過ぎですね。真宗を含めて日本仏教総体として、近代と古代・中
世の「ヌエ」教学で誤魔化している感じ受けますね。真宗で言えば本派もそうですが、
大派も結局そうなのでは? s会教学もそのヌエ教学の鬼子みたいな感じ受けますね。
一見、アナクロ的な教条主義にも見えますが、妙に「近代」入ってますね? 聖道門
の否定の部分なんか特にそんな印象強いですね。親鸞聖人も聖道諸経に出てくる「神
通力」とか「入定」の世界に対する経験的な「リアリティー」をお持ちでしたから、本
願力の信仰をリアルにしかも「批判的」に確立することができたと思うんですが、近代
の例えば「顕密体制批判」とか「本覚思想批判」なんかは、その辺のデリカシーに欠けて
る印象受けますが如何でしょうか??素人の分で色々偉そうに書いていて恥ずかしいです
が、今後ともs会関係でも発言して下さり御教示願えたら幸いです。

992 :名無しさん@1周年:02/11/03 23:43
イデオロギーとイデオロギーのぶつかり合いは
闘いを生む。議論は即ち言葉遊びにしかすぎず、
真理には程遠い。知識と知識の議論の繰り返しは
は仏から最も遠いものである。
知識を無くしあるがままの物を見る。



993 :名無しさん@1周年:02/11/03 23:44
知識を無くさないとあなたたちはだめです。
仏から程遠いのがあなたたちの実体ですよ。

994 :名無しさん@1周年:02/11/03 23:46
あなたたちは自分の知識をひけらかしているだけですよ。
記憶力をひけらかしているだけですよ。

995 :NB ◆MqZut9KezY :02/11/03 23:46
>>989
ええ、ぼくです。それ。
信心も、まさにそうだと思うんです。善悪・老少をえらばず。
ただ、信心を要とすと知るべし(だったっけ?歎異抄)

しかれば、本願を信ぜんには他の善も要にあらず。本願に勝るべき善なきゆえに。
悪をも恐るべからず。本願をさまたぐる悪なきゆえに。(だっけ?)

信心の味わいって、ほんとに深いです。
感謝。なんて、一口に言いますけど、報いきれない恩徳(まあ、世間的には
「期待」でもいいでしょうけど)をいただく上からは「道知るのと、歩むのとは別のこと」
なんだと思いますねえ。…ああああ。なんか。抽象的、つか、バカな言い方ですけど。
感謝


996 :NB ◆MqZut9KezY :02/11/03 23:57
おおおお、まさか、祭り大好き!!さんに、そんなふうに言っていただけるとは。
てっきり叩かれるかと思ってたんですけど、、てへへ。

>>991にはまったく同意です。近代って、結構に大きい問題ですもんねえ。

ああ、もっと書きたいですけど、たぶん1000に間に合わないと思いますので。


またよろしくお願い申し上げます。いつもありがたく勉強させていただいております。



997 :名無しさん@1周年:02/11/04 00:06
>>992
たしかに言わんとされたいことはわかるような気がする。
愚者になりて往生す、だったっけ?

でも、聖人が長生きなされたおかげで自らのご体験にもとづき
教行信証などの「教学」を残されたからこそ、
末代のわれわれがありがたい法をこうして聞ける。
「ことば」は議論を生み、
議論は対立を生み、
教学の解釈、見解の相違を生み、
親鸞会のような「真宗もどき」を生むのだろう。

獲信の体験も本当に、一味なのかなあ?
体験のないものには所詮わからない。

998 :NB ◆MqZut9KezY :02/11/04 00:10
たぶん。ですけど、「一味」って、ここにこうして書き込みしてる者は
基本的に「一味」なんですよ。たぶん。

「獲信」なんて、、、知ったこっちゃない。

999 :1000:02/11/04 00:13
1000ゲトー

1000 :997:02/11/04 00:14
>>998
ありがとうございます。
今後も親鸞会関係書き込んでくださいね。
南無阿弥陀仏。

1001 :1001:Over 1000 Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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