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原始仏教

1 :名無しさん@1周年:02/05/23 21:36
本来、仏教は、個人が修行により執着を滅却してニルヴァーナを目指す教えのはず。
そんな魅力的な初期仏教を語るスレです。
また、スッタニパータや大パリニッバーナ経等の最古の聖典についても語ってください。

尚、大乗仏教や密教やチベット仏教は他のスレだ語ってください。

886 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆KW8mn4ss :02/09/11 23:37
阿含経、阿含経ってそんなに構えてないで読めば住む事。その前に所伝部派ぐらいは
押さえておかないと仙人みたいに盲信の根拠になってしまう。
私やP-だんさんは漢訳阿含経全編通して数回読んでいるが、内容をかみ締めてもう一度
読むとしても1ヶ月ぐらいで読める。それとは別に、個別にパーリやサンスクリットチベット
など出来うる限りの諸本を対照しながら関連項目を研究してきているのですよ。

仙人さん。あなたのその無知ゆえの判断は幼稚で滑稽です。相手を見極める事が出来ないのは
阿含宗徒共通の欠陥のようですね。

887 :名無しさん@1周年:02/09/11 23:45
いつも昨日みたいに時間とれませんので、本日はこれだけです。ちょっと次回まで間があきます。
>>834
ごっちゃだと思うけどなぁ。世俗諦っていろいろでしょ。
入菩提行論の9.2-5あたりが根拠ですが、Wittgenstein の言葉で言えば
different language games ですよ。
一般人の言語習慣としての現実、これも一般的にある程度一致するが、個々人で微妙にずれる。
それに対して四諦等の行者の真実、一般人が午前の自分と午後の自分を同じ自分と捉えるのに、
行者は無常であるから、別と捉える。しかし、これにもアビダルマ、唯識、中観等様々な言語習慣があり、
電波さんがよく御存知のように違いに拮抗しますね。
それとは別に勝義諦がある。そこでは空性を直観するから、世俗諦の無常のように分析的に捉えるのではなく、
あるがままに空なんです。

で、リアルといったのは普通に使う日常語の話、一般人の言語習慣としての現実です。

神通は、自内証で凡夫には検証不可能だから、誰でも言える。しかし、聖者にはそれが嘘だと分かる。
だから凡夫を騙そうと思えば誰でもいえる、しかも信じてしまい彼に従うと間違った道に行く、
だからそれを禁止した、それがハライ罪としての妄語でしょう。要するに検証不可能な世俗の実例ですよ。

私は結構、典拠を挙げて自説を述べました。今度は、電波さんが、
輪廻が生まれ変わりを意味しない典拠や、パラローカが来世、あの世を意味しない典拠を挙げてくれませんか?


888 :阿呆陀羅經 ◆PuxvZ3xQ :02/09/11 23:46
>>883
ああ面倒くさい・・・。輪廻を否定なんかしてないですよ私は。「死ねば終り」なん
ていつ「断定」しましたか? 気に入らない相手には「断見論者」のレッテルを貼り付
けるのがご趣味のようですね。
無有愛に執着して自殺したりしなかったからこそブッダはゴーディカを讃えたので
しょう。他には自殺しようと刃を執ったときに悟った比丘もいるそうですがね。
そうですか「じゃ死ねば」というのはあなたの「ご意見」でしたか。了解しました。
『大愛尽経』は今手許にありませんが要約なら。「漁師の子でサーティという名の
比丘が、『世尊は次のように説いた。すなわち、識は流転し、輪廻して、変異する
ことがない、と』という邪見を抱き、それを主張した。多くの比丘はこれをいまし
めて、『そのようにいうのを止めよ。世尊をそしってはならない。世尊は識は縁に
よって生ずるものであり、縁を離れては識の生はない、と説かれている」とさとす
が、聞かない。そこでブッダはサーティを呼び、比丘たちに、縁について、縁によ
る生について、さらに詳しく十二支縁起を説いて教えた。」 
                     三枝充悳著『初期仏教の思想』p81
当時「識が輪廻の主体である」という説が出回っていたのでしょうね。上の経典の識
別作用とは差異が感じられはしますが、こんな感じです。同系の漢訳では『中阿含
経』の「口茶(漢字出ませんので)帝経」があるようです。

889 :名無しさん@1周年:02/09/11 23:52
>>883
>輪廻否定者の認識:一切皆苦である。輪廻はない。死ねば終わり。(私の意見:じゃ死ねば)

これは仮定です。仏教は輪廻を前提とするから死んでも終わりにならない。
解脱するしかないんです。

輪廻は概念ではなく、凡夫が気付かない現状です。
輪廻がなければ因果が崩壊し、善悪がなくなり、仏教体系全てがなくなるからです。


890 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆KW8mn4ss :02/09/12 00:07
>>887
もう少しキチント発言を読んでくれないかなあ。。。。
>輪廻が生まれ変わりを意味しない典拠や、パラローカが来世、あの世を意味しない典拠を挙げてくれませんか?
「輪廻が生まれ変わりを意味しない」とか「para-lokaが来世を意味しない」といつ言いましたか?
早とちりですよ。

さて、
>入菩提行論の9.2-5あたりが根拠ですが

と言う事ですが、「生まれ変わりがリアルとしてある」と言うことの根拠としてどのように
トレースできると言うのですか?「世俗としてリアルに有る」と言うのと言語習慣の一致
とはどのように関係すると言うのでしょうか?共時態としての観念形態としてというのなら
現在には当てはまりません。そんな観念は時空により様々なのですから。

それと出来ればコテハンをつけてくれませんか?

891 :阿呆陀羅經 ◆PuxvZ3xQ :02/09/12 01:53
明日から八日ほど仕事で出かけます。出先から見られたらカキコするかもしれ
ませんが。それまでこのスレあるかな?

892 :名無しさん@1周年:02/09/12 01:59
仏教だけを調べていても真実は見えてこないですよ。学者によって解釈違うし。もっといろんな本を読まなきゃ。
時代が違うんです。もう2500年は経っているんですよ。
例えば、「魂の伴侶」のようなものを、片っ端から読んでる人は、ここにいますか?

893 :ベロ ◆od7XM/js :02/09/12 02:05
阿呆陀羅経さん、いってらっしゃい。8日後には多分1000超えてるでしょうね、
パート2はできるんだろうか?3スレ同時進行だからどれかは残ってるかもしれませんが。


894 :阿呆陀羅經 ◆PuxvZ3xQ :02/09/12 02:18
>ベロさん
新スレッド作っちゃいました(笑)。
http://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/1031764449/l50
倶に佛教を探求するお仲間として、今後ともよろしくお願いいたしますm(_)m

895 :阿呆陀羅經 ◆PuxvZ3xQ :02/09/12 02:21
新スレッドに頃合いを見計らって移動してください。よろしくお願いいたします。

896 :髑髏仮面 ◆1PfzdK1. :02/09/12 07:02
>>889
>輪廻がなければ因果が崩壊し、善悪がなくなり、仏教体系全てがなくなるからです。

この相対こそ無明ではないでしょうか?
いわゆる禅における公案は、こういった相対する概念をことごとく破壊して逝く。
思い違いのハケーンこそ肝要なり。
ここを脱しきれんとどーにもなりません。
この脱しきることを「彼岸に逝く」。と逝ってます。



897 :名無しさん@1周年:02/09/12 18:43
>>844
大事なこと忘れてた。
尊敬するがっこう仮面さんに同意してもらい、とても嬉しいです。


898 :名無しさん@1周年:02/09/12 18:44
>>888
その引用から判断すると、誤読じゃないですか。
サーティ:『識は流転し、輪廻して、変異することがない』
  パーリ:viJJANaM sandhAvati saMsarati, anaJJanti.(MN1.4.8.)
  漢訳:今此識。往生不更異也。(T01n0026_p0766c21)
本来:『識は縁によって生ずるものであり、縁を離れては識の生はない』

答えのポイントは「変異することがない」に懸かっています。
要するにサーティ説は、識は常恒であるといっているので、
答えは、縁起によって識が生じるのであるといっているだけで、輪廻することは否定していない。
もちろん私も、常恒な識が輪廻するとは言いませんよ。後に心相続が縁起して輪廻すると言われるます、
心相続が例示したサンユッタ・ニカーヤでは識と呼ばれていたのではないかというだけです。
この用例も逆にそのことを示す証拠となると思います。

多分、ニカーヤやアーガマの段階では心相続のような固定した術語がなかったんでしょうね。
言葉ってそうゆうもんでしょう。

899 :コテハン:02/09/12 18:49
>>890
私の方の説明はちょっと、時間がないので、もう少し先にしてください。

できれば、電波さんの「生まれ変わり」「輪廻」「パラローカ」の説明を
典拠つきで伺いたいです。どうもあなたの概念は複雑で捉えがたいです。
一度、きっちりした定義を伺ってからでないと、単なる勘違いで批判していたことに成りかねませんから。

900 :飯屋:02/09/12 20:13
メシヤです。
                900

901 :電波男Ψ(´д`)Ψ ◆KW8mn4ss :02/09/12 20:18
>>899
入菩提行論については論破されていることに気付かないのですか?
可愛そうに。

902 :227男:02/09/12 21:54
わしの出番がないわいな。

903 :名無しさん@1周年:02/09/12 23:01
sage

904 :名無しさん@1周年:02/09/14 03:19
在宅ワーク希望者狙いの悪徳商法相談件数が急増国民生活センター(毎日新聞)
http://www6.big.or.jp/~beyond/akutoku/news/2001/0420.html

905 :名無しさん@1周年:02/09/14 09:12
菩薩を人間の最高位とすると、菩薩は如来にはなれない。

906 :名無しさん@1周年:02/09/14 11:21
質問があります。
五道とか六道とかありますよね。
地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、に人界と天界でしたっけ。
あの、地獄から修羅までの四つは人界よりレベルも低く、苦しみも多いって
認識をしていますがそれは仏教的でしょうか。
それら三つないし四つの道の衆生はわたしたちが暮らす人界と同じ世界に各所
で混じり合いつつ同居していると思うのですがそれは仏教的に言って間違った
解釈ですか?
もし間違ってないとすれば、天人たちもまたこの地上にあるのではないかと思うの
ですが、これはどうでしょうか?
俗界と言うのは人界以下の四道または五道をさすのでしょうか?
テキストの紹介ではなくて、造詣の深い皆様からの明快な回答をいただければと
存じます。

907 :名無しさん@1周年:02/09/14 11:43
天界のことは仙人さんが詳しいけどね。
欲天、色天、無色天、とかあるんでしょう。
色天は物質界の天だから地上だよね。?

仙人さんの登場を待とう。

908 :名無しさん@1周年:02/09/14 11:49
地上という意味が難しい。
人が認識できる世界というと、個人差があるしね。
俗界という単語はないと思うが、人界以下だろうか。

909 :906:02/09/14 12:11
>>908
地上というのは、地球のことです。そのつもりで書きました。
俗界という概念がないとは知りませんでした。勉強になります。
言葉を変えて質問させていただきます。
天人界とその他の四道または五道の明確な境界線は、どういった
ことなのでしょうか。


910 :名無しさん@1周年:02/09/14 12:23
>>906
日本仏教では阿修羅界を人間界の下に位置付けますね。
しかし、情を背景とした人間界よりも理性を背景とした
修羅界の方がレベル自体は高いと思われます。闘争といっ
てもより高きに向かっての闘争ですから。
インドの仏教では、ちゃんと人間界の上位にランクされて
います。
日本仏教=中国仏教、道教も混ざっていますね。


911 :名無しさん@1周年:02/09/14 12:29
>>909 地球ですか。
人間は三界に住んでいるといわれますよね。
欲界、色界、無色界。色界は見えますけど、欲界、無色界は見えないですよね。
地球を物質的なものと捉えれば、人間も地上にはいない時もある。

答え(暫定的);無色界の天以外は、地球上。

912 :906:02/09/14 13:22
>>901
修羅道と人間界の位置付けですね。わたしの疑問の核心に近づいてきました。
神様や、人間より高いレベルの者たちが、高いレベルの因果で争っているのは、人間が
あれこれ推し量ることはできないものだということで納得できます。
では、この地球上の修羅道とは?
六道が地球に同居しているのだとしたら、自分の血を流すことは少ないにせよ
某国の大統領や軍人が一生が修羅道に属しているのは明白と思われます。また、
彼らに逆らわずに戦死した兵卒たちも修羅道を生きてしまったことになりましょう。
戦うために一生を使い果たしてしまう人間は、それでも人界に属するのでしょうか?
それとも、わたしは単に「修羅道」の定義を大きく勘違いしているのでしょうか?
>>911
無色界というものは、内面宇宙の中にはあると思います。ふつうは見えない
ものでしょうが、それこそが善への求心力…、そんな気がします。
真理の中の無色界は、たしかに地球の上にはないのかも…。
さらに質問です。仏の教えに従い、解脱を果たした者は、その無色界をさえ俯瞰
できるのでしょうか。
また、天人道は人間道と、その三界を共有しているのですか。
ばかな質問かもしれませんが、解脱するということは天人道へ入ることをさして
いるのですか?


913 :906:02/09/14 13:25
912のレスの、901は>>910の誤りです。しかも長すぎました。
失礼致しました。

914 :仙人:02/09/14 14:36
>>906
欲界には『地獄・餓鬼・畜生・人間・阿修羅・欲天』という六つに分類された世界がある。
輪廻というのはこの六道を転々と生まれ変わることを言うのだ。それで、六道輪廻と言
われている。

その上の世界は色界と呼ばれ、梵天から始まって最上を魔天という。
この梵天以上の世界へ生まれることを六道輪廻からの解脱という。

さらにその上の世界は無色界と言いう。空智天・識智天・無所有智天・有想無想智天
の四つがある。

一般に解脱者が何処の世界へ生まれるかは仏は何も言わない。私としては六道からの
解脱を解脱者だと考えている。なぜなら梵天界の寿命は一劫すなわち、100兆年や
1000兆年程度の寿命ではなく、ほとんど永久に近い寿命だからだ。

ちなみに無色天の『空智天の寿命は一万劫である。それ以前に終わる者もある。』
と説かれている。

915 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

916 :名無しさん@1周年:02/09/14 21:33
魔天というのは第六天の魔王ですか

917 :名無しさん@1周年:02/09/14 22:29
>914
甘いな。

918 :コテハン:02/09/15 00:35
>>901
徹夜続きで、何も解答できず失礼します。どう論破されたか伺いたいです。
「生まれ変わり」「輪廻」「パラローカ」の典拠つき定義の方はどうですか?

こちらにもかいときました。
http://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/1030588268/635


919 :名無しさん@1周年:02/09/15 00:48
皆さま、そうやって概念を頼りにして新しい、正しいと思われる
概念を生み出そうとなさるのが正に輪廻の中にいる事そのものです。



920 :別スレ住人:02/09/15 18:37
>>918
関心があるのでROMしておりました。

1 輪廻が生まれ変わりを示す以外のものではない
2 パラローカは死後の来世以外のものではない

と言うのはどこかに書いてありますか?教えてください。

921 :コテハン:02/09/16 17:46
>>920
これではだめですか?『スッタニパータ』779偈、
    想を遍知して暴流を度るべし.
    牟尼は諸遍取に染取するなく、
    箭を抜き不放逸にして行じつつ.
    此世と他[世]とを願求するなし.
                 水野弘元訳、南傳大蔵経、第42巻、79頁
『ニッデーサ』:
此世と他[世]とを願求するなしとは、此世たる自己の身体を願求せず、他世たる他人の身体を願求せず.
此世たる自己の色・受・想・行・識を願求せず、他世たる他人の色・受・想・行・識を願求せず.
此世たる自己の六内処を願求せず、他世たる他人の六内処を願求せず.此世たる人世間を願求せず、
他世たる天世間を願求せず.此世たる欲界を願求せず、他世たる色界・無色界を願求せず.
此世たる欲界・色界を願求せず、他世たる無色界を願求せず.
更に趣・生起・結生・有・輪廻又は輪転を願求せず.欲求せず、楽はず、冀求せず、希望せず、熱望せざるなり.
これ「此世と他[世]とを願求するなし」[の義]なり.
                 水野弘元訳、南傳大蔵経、第42巻、85-86頁

「以外のものではない」という限定は厳しいですね。言葉ですから例外はあるでしょう。
輪廻に関しては術語として固定されて意味の強度が強く揺れが少ないと思いますが、
パラローカは、別の意味で使われる可能性があると思います。

別スレ住人さんは輪廻をどう捉えますか?

結局、こうゆう議論って知識量や語学力、レトリックがある方、あるいは多数派が優位なだけで、
本質的本来的正しさってゆうのはあんまり関係ないんでしょうね。
言葉を見ずに行いを見よ!ということになる訳でしょうか? ネットでは行いが見えにくい。


922 :別スレ住人:02/09/16 18:43
コテハンさん。コメント有難う御座います。

引用された文献だけでは非常に難しいものを感じます。paraloka を死後の来世のみに限定すること
は不可能だと考えます。現在文献を引用できる環境から離れていますが、滅尽定や無想定規の出入定
を示して paraloka と言うようですし(アビダルマディーパ、倶舎論、声聞地)出定時には「結生」
と呼びます。(同文献)

その話の流から考えると、『スッタニパータ』や『ニッテーサ』の読み方も二様になります。

上記のように、滅尽定の用例がある限り、電波さんのおっしゃる現世での心のあり方としての輪廻も
否定は出来ないと思います。もちろん生まれ変わりに関しても否定はできないし、私の脳味噌ではわ
かりません。

>結局、こうゆう議論って知識量や語学力、レトリックがある方、あるいは多数派が優位なだけで
電波さんと「ディベート」抜きにして腹を割った議論をもたれることを希望いたします。

923 :コテハン:02/09/16 23:30
>は不可能だと考えます。現在文献を引用できる環境から離れていますが、滅尽定や無想定規の出入定
>を示して paraloka と言うようですし(アビダルマディーパ、倶舎論、声聞地)出定時には「結生」

別スレ住人さん、よく分かりました。
しかし、滅尽定や無想定で悪趣を他世とは言わないのではないですか?
引用した箇所は悪趣ではありませんが、 

うーん、お恥ずかしい! 


924 :ベロ ◆od7XM/js :02/09/17 00:00
僕もコテハンさんと電波男さんとの「和解」を期待します。電波男さんは口調はともかく
真剣に仏法を求めている人には、すごく「有り難い」存在だと思いますよ。

925 :仙人:02/09/17 06:57
>>923
>>しかし、滅尽定や無想定で悪趣を他世とは言わないのではないですか?
>>引用した箇所は悪趣ではありませんが、

阿含経ではこの世以外の世界を『他世』と言っている。

926 :名無しさん@1周年:02/09/17 09:03
諸仏の仏国土もパラローカだろう。

927 :仙人:02/09/17 20:09
>>909
>>天人界とその他の四道または五道の明確な境界線は、どういった
>>ことなのでしょうか。

欲界は『地獄・餓鬼・畜生・人間・阿修羅・欲天』と六道に分類されているが
実際には『地獄・畜生・餓鬼・人間・阿修羅・四天王・刀利天・焔摩天・兜率天・化楽天
・他化自在天・魔天』の12だ。

欲天とは『四天王・刀利天・焔摩天・兜率天・化楽天・他化自在天・魔天』
の七つを言い、かなり修行を積んでも四王天や刀利天に生まれるのも難しいようだ。
ちなみに、仏と比丘に祇樹給孤独園という広大な場所を提供し、在家で20ねん修行
したが、彼は兜率天に生まれている。

輪廻とは六道輪廻のことで六道を転々と生まれ変わることをいう。輪廻はそれ以外に
はない。

928 :名無しさん@1周年:02/09/21 12:22
久しぶりに来てみましたが、浦島太郎の心境(笑)
なんせネットカフェもない田舎にいたもんで・・・。
まあスレが存続していたのも意外でしたが(笑)
>>398
コテハンさんでよかったのかな?
どうも話が噛み合ってなくてすみません。では「識別作用=心相続」が輪廻すると
内容が初めて示される経典はどれなのでしょうか? 関心があります。

929 :阿呆陀羅經 ◆PuxvZ3xQ :02/09/21 12:31
↑は私です。失礼しました。

930 :ベロ ◆od7XM/js :02/09/21 21:14
阿呆陀羅経さん、お久しぶりです。
最近は阿含宗の方々が来ないので静かになってます。
並行3スレとも、仙人さんの独壇場と化してます。

931 :阿呆陀羅經 ◆PuxvZ3xQ :02/09/21 21:20
>>930
ベロさん、おひさです。
もうどれにどんなレスをすればいいのか五里霧中です(笑)

932 :名無しさん@1周年:02/10/01 02:44
http://www.mars.sphere.ne.jp/hachy/fortune.htm

933 :P-たん ◆ymQETSmk :02/10/01 07:13
>>931
「のれんに腕押し、糠にくぎ」状態ですね(爆)

934 :名無しさん@1周年:02/10/03 01:00
福々企画
http://www.mars.sphere.ne.jp/hachy/fortune.htm

935 :名無しさん@1周年:02/10/12 21:26
age

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