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生長の家について語り合いましょう(8)

1 :アクエリアン:02/08/01 03:10
生長の家について語り合いましょう(5)のスレッド
http://life.2ch.net/test/read.cgi/psy/1019339947/l50
が規定の容量に達する寸前ですので、新しく作りました。
今後は、ここでお願いします。


632 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:22
大宅壮一全集 (『東京日日新聞』昭和二十四年一月)
 新興神さま総まくり
 新興宗教に病気治療はつきものであるが、この種の神さまたちはすべて信者に向かっ
ては、どんな病気でも必ず治るという。それで治ったものは、自然に治った場合でも、
神さまのご利益だと思い込んで吹聴する。治らないものはまだ信仰が足りないからだと
あきらめる。易者の場合とちょうど同じである。
 そのために手おくれになって生命を失うものが続出し、当局の取り調べをうけた場合、
かららの言い逃れはたいてい決まっている。このとおり治ったという実例があるだけで、
それ以上のことは責任がおえないというのだ。縁日でガマの油を売る香具師が、感謝状
をたくさん並べながら口上を言うのと同じ手口である。
 この手口で大宣伝をして成功したのが例の「有田ドラッグ」であり、書物を売って大
もうけをしたのが谷口雅春の「生長の家」である。とくに後者の場合は、新興宗教そっく
りの組織を国的につくって、谷口は教祖然とかまえていたのであるが、当局が取り締まろ
うとしても「光明全思想普及会」は宗教ではなくて出版屋であり、谷口は著者にすぎない
という。そこで「誇大広告」のゆえをもって数回罰金を課しただけであるが、その金額は
もうけにくらべると問題にならないので、相変わらず続けていたのである。そして戦争中
は弾圧を恐れて軍部に便乗しすぎたために、戦後谷口は追放となり、近ごろあまり彼の本
も売れてないようだ。


633 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:23
『真相』昭和三十一年 真相版「谷口雅春の実相」
「生命の実相」七〇〇万部をはじめ、出版にラジオに、マスコミ宗教ナンバー・ワンをほ
こる生長の家が、政治と宗教を直結する新体制をとなえて、憲法改悪、ファッショ推進に
一役を買って出ている。そのカラクリと実力のほどは?

 宗教的政治結社へ進出
 
「昭和三十一年度は、生長の家の提唱せる日本宗教界を打って一丸とする宗教的政治結社
が、いよいよ政界方面に進出するときであります。」七万の「聖使命ボサツ」に呼びかけ
る年頭のアイサツで、生長の家の谷口雅春教祖は、こんなこわいみたいな御託宣をたまわ
った。(「聖使命」一月一日号)
 政治結社の目的は、平和推進とか選挙粛正とか政界浄化とかいうのではない。まぎれも
ない憲法改正。信者のなかには、憲法擁護の人たちもすくなくない。教団が一方的に政治
に深入りするのはどんなものかとの批判もだいぶある。それを谷口は強引に押し切って断
言している。
 「私はここに、信徒諸賢が、宗教の政治進出に危惧をいだくことなく、衆智を集め、衆
力を結集して、憲法を正しき姿に返すことに協力せられたいのであります。」
 生長の家の信者は一五〇万と自称している。その二割が生きているとしても三〇万。聖
使命ボサツというのは信者の中の活動的分子で、月に一〇〇円か二〇〇円の会費を納める
という新しい制度。七万人ほど登録されたうちの五万人ほどが、きちんと会費を納めてい
る。
 三〇万人の信者として、そのうちの何万人が教祖の政治的号令に従うかはわからないが、
憲法が守りおうせるか、天皇制軍国主義憲法に改悪されるかの激しいツバぜりあいには貴
重な力であることはまちがいない。


634 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:24
 そのうえ、教団新体制で固められた青年会などの活ぱつな宣伝活動も考えられる。その
新体制の実権はあとで御紹介に及ぶが、あれやこれやをつきまぜてみると、ことはなかな
か重大なのではあるまいか。
 だが、気になるのは、宗教界を打って一丸とする政治結社などという大見得だ。まさか
生長の家あたりの音頭で打って一丸とされるほど人のいい宗教界でもあるまい。谷口は既
成教団はもとより、新興宗教のあいだでも、ごう慢で人づきあいが悪いというのでハナつ
まみになっている。しかし、その時々の御主人サマの顔色をいち早く読みとって御先棒を
担ぎ出すことでは、谷口は名人の部に属する。その敏感さと巧妙な立ち廻りのおかげで、
戦争中に弾圧も受けずにのしてきた。そういう彼が、黒幕筋からの宗教的政治結社進出の
第一ヒントをす早く解いて御先棒をかつぎ出したのだとすると、油断がならないというわ
けだ。
 アメリカ筋からさんざ尻を叩かれながらやっと難航の保守合同が実を結び、吉田時代か
ら御題目にあがっていた「二大政党対立」の形が一応できてきたときに、西本願寺では藤
島総長一派が竜谷懇話会という政治結社を作ってノロシをあげた。これはたちまち世論の
猛烈な批判を招き、宗門内でも大阪や東京で続々反対の火の手があがる始末に、注に浮い
たままもたついている。しかし、問題の創価学会は、すでに二七万世帯を獲得したといわ
れて、今や関西方面で大いに進出している。
 合同保守党から民主政党へと支持が大きく動いていく勢はとても防ぎきれない。そこで
両者の中間に宗教的政治結社を設けて、右に流れる票を途中でくいとめるプールにしよう
という構想は、いかにもどこかで作られそうなことだ。


635 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:24
 実相の教えの実相

 では、谷口の実相の教えとは、いったいどんなものだろうか。
 本を読んでその通りの療法を実行する、などという面倒なことではない。「生長の家」
の誌友になって、毎号出ている谷口雅春の判りやすい肩のこらない文章を、スラスラ読ん
でいきさえすればいい。それでひとりでに病気が消えていく、というのである。モノを読
むのが好きなサラリーマン、学生、商店主、家庭婦人たちにとっては、そんな便利な安上
りなことはない。
 そういうアラタカな雑誌だから、生長の家ではそれを「神誌」と呼んでいる。「神誌を
大切にいたしましょう」というので、一冊分四〇円なりの特製カバーも売り出している。
雑誌の値段も四〇円。八〇ページほど。昭和五年に同人雑誌のようにして創刊されてから
今年で第三六輻。誌友すなわち固定読者の数は現在十三万ほどある。これがつまり生長の
家教団の信徒というわけである。
 神誌が何号かたまると、谷口先生が毎号ビッシリ書きまくった原稿も相当の量になる。
それをまとめて単行本にしたのが「生命の実相」。読めばこれまた自然にスラスラと病気
がなおることはいうまでもない。だから、これを「聖典」と呼ぶ。聖典「生命の実相」も
次第に巻を重ねて二〇巻に達したので、それで一応完結ということにして、その後の分は
聖典「真理」に納めることにした。これがすでに第六巻まで出ている。
 谷口雅春という人は実に筆まめで、そのほかにもさかんに書く。神誌のほかに月刊雑誌
が婦人向の「白鳩」、青年向の「理想世界」(昨年までの「生長」の改題)、普及用の
「光の泉」、精神分析などに関するやや専門がかったものを載せる「精神科学」、英文の
「生長の家」と五種類ある。さらに、月三回刊の新聞「聖使命」をはじめ、地方的な新聞
などもいろいろある。それらの刊行物を倦むことを知らないように執筆、そのほかに書き
おろしの著書、共著、翻訳がある。三〇年間に出した単行本が一三〇冊以上、全部を四〇
〇字詰原稿用紙に換算するとじつに九万枚をこえるという。


636 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:25
 さすがに古い信者たちはモタレ気味で、谷口先生のものは何を見ても同じことが書いて
あると批判的だが、それにしても、よくタネが尽きないものだ。
 内容は仏教やキリスト教、とくにクリスチャン・サイエンス式の諸書を引用したり、や
さしく谷口流に解釈したもの、精神分析関係のもの、心霊術関係のもので、人生、社会、
教育を論じ、体験を語り、もちろん霊験談もたくさんとりいれている。
 全部が借りものと引用のゴタまぜではないかと非難されるが、自分のほうから先手を打
って、生長の家こそ生粋よりぬきの優良真理を陳列した宗教百貨店だ、すべての宗教は根
本は一つなのだから、それらの万教を寄せ集めて現代の衆生に最もアピールするように調
合して万教帰一の超宗教をつくりあげてあるのだ、どこが悪い、と開きなおっている。な
るほど宗教思想はその宗派の専売ではないのだから、広くあさればそれだけでもタネ切れ
る心配はない。

  心を変えれば世界も

 では、読めばそのまま病気もなおるという谷口の思想とはどんなものなのか。
 人間はまず心に思って、それによって行動し創造するではないか。それでも判るように
心こそ主人、精神こそ肉体の支配者である。いや、本当に存在するのは心だけで、物はそ
の影にすぎない。スクリーンに映じる万象が、実は存在せずフイルム面のしみの影にすぎ
ないのと同じこと。この真理をさとって精神が肉体の束縛を離れれば、フイルム面のしみ
は消えて、スクリーン一杯に精神の光明が輝やく。肉体すでに無し、ゆえに病気も無い。
病気は本来ないとさっとたとき、すなわち病気はなおっている……
 要するに、ゴテゴテの観念論をまんが化したような教えにすぎないのだが、物質に対す
る観念の優位を説くためには、どんな観念論哲学でも、観念論を説いているどんな宗教の
教義でも、自由に借りてこられるわけで、唯物論をしっかりつかまず、哲学的な考えにな
れてもいない一般の読書層としては、谷口の巧みな話術に抵抗することはむづかしい。

637 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:27
 どんな観念論者でも、めくらが気をとりなおして悲しみを超越することと、実際に目が
再生することとは別だ、ということを知っている。ところが谷口の「大真理」によると、
目をはやすもなくすも心のまま、ということになる。さすがに、アラジンのフシギなラン
プとはちがう、などと言うときもあるが、その一方では、信者が艦長や機関長をしている
艦には爆弾があたらなかったとか、経文の「甘露の法雨」という生長の家の経文を身につ
けていた二世は弾丸をまぬがれたとか、信者の家だけ焼け残ったとか、原爆の被害を受け
た平田みさ子という婦人が入信したら指が動くようになったとか、顔の傷あとが消えたと
か言い出す。
 いくら神話を読んでもなおらないとか、谷口自身が事業に失敗して大穴をあけたとか、
自分の一人娘が結婚に失敗して二度目のムコをもらったとか、「心のまま」説一本やりで
は始末にこまることがたくさんある。そこでこじつけたり、ごまかしたり、まだ信心がた
りないと高飛車にでたりするのだが、それでも説明にこまると、はかり知れない複雑な霊
界の構造を持ち出さなければならなくなる。生長の家では肉体を離れた先祖の霊の存在を
認めてその供養に「甘露の法雨」を上げさせるし、自己や家庭の業(ごう)とか因縁とか
も説く。だから、谷口が出版事業のほかは、みな失敗するのは彼の業のせいだなどと、信
者に評判される。
 一昨年、和歌山県で生長の家の地方講師が差別待遇を受けるのは本人の業のせいだと解
説して大問題を起こしたが、業とか因縁とか霊たちのはたらきとかいうことを言い出した
ら、どんな横車でも押せる一方では、何が何やらおさまりがつかなくなってしまう。
 信者のほうでは、なおりたい安心したいの一心から、とかく善意に解釈してくれるのだ
が、読書層であるからには、科学的な説明に対する要求もそれだけ強い。そこでかつぎ出
されるのが精神分析学、心霊学、精神身体医学(サイコソマチックス)のたぐい。

638 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:28
 こういう武器で科学的らしい感じを与えることにつとめているが、疑い深いインテリ分
子には、霊媒を使った「心霊現象」を見せて降参させる。むかし谷口が放蕩のはてに失業
して大本教にころげこんだとき、鎮魂帰神の神がかりの様子を見てなるほどと感心したと
いうが、今の青年には心霊術でいくわけだ。こういうお膳立ての上に、さらに、神想観と
いって静座のようなヨーガ式の座禅のような行とか、音楽とか、集団行事とか、さまざま
な小道具もととのえて、何となくもっともらしい空気にまきこんでしまうわけである。

 家ダニさん、家ダニさん

 生長の家の本部講師といえば数もすくなく、教団の幹部級だが、その一人に、元キリス
ト教牧師の杉浦慶一という人がいた。彼は家ダニ事件で名高く、谷口もよく自慢話にして
いた。
 家ダニ事件というのはこうだ。杉浦が浜松の自宅で日曜学校をやっていたとき、家ダニ
が無数にふえて閉口した。薬を使うのは可愛想でできなかったというから、用事を預かる
のに消毒やハエの始末をどうしていたのか気になる。それはともかく、閉口しているとき
に「生命の実相」を読んで感心した。生長の家の思想の根本には、「天地一切のものと和
解せよ。……和解が成立するとき、天地一切のものは汝の味方である。……」(大調和の
神示)というのがある。そこで、神想観をして家ダニを拝し、「家ダニさん、家ダニさん」
と呼びかけた。つまり、家ダニには六畳の間を専用にあげるから、他の室には入らないで
くれ、と協定を申し入れた。するとフシギ!家ダニは、「ゾロゾロとその六畳間に納まっ
た……」
 家ダニがそこで何を吸って生きていたのか知らないが、この童話風の体験談のおかげで、
杉浦は本部講師にバッテキされた。


639 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:28
 この「和解」の教えは、キリスト教の「なんじの敵を愛せよ」の教えとよくにている。
労働者よ、資本家と和解してストをやるな、警官を拝め、ただしアカとは手を握るな。
戦時中に彼は中国軍を撃滅するために「念波」を送ることを呼びかけ、米英との和解を
断乎しりぞけ、「国体の本義」がまだ手ぬるいといって神誌の誌上で文部大臣を叱った。
戦後、彼は追放されたが、アメリカには大いに和解精神をさしむける。ところがソ、中
に対してはどうか。口先では鳩山の公約に合わせて「ソ連、中共も拝め」などというが、
実際には毛ぎらいの態度を固め、ことごとに侵略国とか警察国とか悪口をふりまいて敵
対感情をあおっている。
 杉浦講師は、その後、結核菌との和解をこころみて失敗し、ついに病死した。生長の
家としては大きな痛手だが、谷口はそれを弁解して、杉浦は「本当に和解するとは互い
に処を得るということだ」という点を忘れて、結核菌の不当な侵入を許したからだ、と
いっている。だが、結核菌としては人間の肺にこそ最良の処を得るのだろう。もしも杉
浦がまちがった考えでいたのなら、谷口はなぜ教えてやらなかったか。気が付いて注意
を与えようと思ったがかけちがって会えずにいるうちに、杉浦は死んだ。谷口は「私は
後で後悔したんですけれどね、そういう機会に恵まれなかったのであります」と平然と
言ってすましている。(「聖使命」九五号)心が変われば世界が変わるなどと大きなこ
とを言いながら、人命にかかわる忠告の機会さえ「恵まれ」なければ作れないらしい。
ともかく、「和解」と「処を得る」との二つの原則を使いわけ、都合によって和解もさ
せればケンカもさせる。人のいい誌友たちは、あらゆる圧力と和解した気になってあき
らめ的な満足を見出し、「処を得ない」中国やアメリカの青年と闘って死んでいった。


640 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:29
  新体制の実相

 谷口はもともとアメリカのホームズの「心の創造活動の法則」という本を読んで、それ
を骨子に、大本教で学んだものや仏教用語などをまぜあわせて自分の教理をととのえた。
おなじみのクリスチャン・サイエンスなどによくにているので、アメリカにも二世の信者
がいた。戦後にはそのアメリカとのつながりが大いにのびるかと思ったがそれほどでもな
かった。しかし長い地盤にモノを言わせ、新興宗教ブームに乗り、メシヤ教やPL教団と肩
を並べてきた。その勢いで三億円の費用と三年の年月を費して建てたのが、東京原宿の本
部会館。人類光明化運動の中心として国際的宗教交流の場所にも使うというだけあって、
新興宗教の建築の中では一番設備が整っている。
 しかし、生長の家は「誰にも損はかけない、会費や献金はとらない株式会社式な経営」
を看板にしてきただけに、大本部会館建設は荷が勝ちすぎた。信者のサラリーマン、商
店主などは、メシヤ教やPL教団にくらべて献金の実力は少々落ちる。デフレの波は押し
寄せる。設備費はかかるし維持費も相当。谷口が青くなって、廊下はじゅうたん無しで
もいいではないか、などとやり出す始末。
 幹部の中では谷田国太郎が事業的手腕家のピカ一といわれた。彼が考え出したのが、
マスコミ宗教を現在の段階に合わせた放送への進出。その一方、宝蔵農産という会社を
作って宇治でバクタモンという肥料促進剤のようなものを製作し、保全経済ばりの竜宮
宝蔵会という組織も作った。もちろん出版が中心で、これは日本教文社というのを作っ
て今ではかなりの収益をあげている。
 本部会館で宗教放送をもくろんだが、これは失敗。それでも、国際放送、日本短波、
宗教放送と、谷田を中心に大いに力を入れ、光学社というメーカーを作って、短波用受
信機はこちらでと用意のいいところを見せた。

641 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:29
 ところが国際放送は流れ、宗教放送も不振で、代表で出ていた田口が事務局の争議団に
つるしあげられる始末。
 本部会館建設の借金は残り、昭和二十八年には宇治に七万五千坪の別格本山敷地を買い
こんでしまった。そこへ、福岡の「いのちのゆにわ会館」の工事(一億八千万円)が金も
ないのに進み出した。これは百貨店、映画館、食堂、商店などの総合ビルで、完成したら
九州の布教費はその利潤で十分だと、谷口が大自慢だったもの。それが、工事費が払えず
中途で休止となり、その苦境の最中に谷田は昨年の一月に急逝した。結局、谷口は莫大な
負債をかかえて大いにあわて、信者の信望を失なう、というハメになった。
 このままで行けば生長どころかジリ貧になって、激動する時勢に落伍してしまうは見え
ている。そこで大いに奮起して退勢をもりかえそうというのが、いわゆる新体制。
 聖使命ボサツというのは、この新体制の一翼で、月に一〇〇円または二〇〇円の会費を
納める。本代のほかは取らぬといばっていた生長の家としてはまさに画期的な制度。谷口
はこの聖使命ボサツたちの自筆の名札を本部神前にそなえ、聖使命ボサツ讃偈という御経
のようなものを上げる。その文句にも、「挺身、致心、献資の徳功は最上、最尊、甚深徴
妙」と念が押してある。

生長するもの、しぼむもの

 新体制は一昨年の秋から出発した。その要領は、教祖の谷口雅春はできるだけ引込んで、
ムコ養子の清超教主を売り出す。教団の運営面(特に財政面)は聖使命ボサツを中心に信
徒にわたす。谷口自身はもっぱら半切と原稿を書く。半切は「いのちのゆにわ献金」すな
わち福岡の大穴埋めに三千円以上の献金をした人に進呈するためで、一万五千枚を書く予
定。すでに六千枚書いた。谷口雅春が地方講習で得る献金が教団の大きな財源だったが、
それがなくなる対策である。

642 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:30
 生長の家の信者とは神誌の誌友で、末端では誌友相愛会という班を作っている。これと
白鳩会(婦人会)および青年会の三者をがっしりと組ませて、隣保班の結成、班長や世話
の決定、早朝神想観の励行、新誌友獲得の具体計画、講習会などの行事の計画参会者のは
あく、グループ活動等をやっている。
 新体制を推進するものはけっきょくは教団青年で、いまのところ、青年たちは新体制の
夢に張りきっている。神童会という子どもグループで人形しばいや紙芝居の奉仕をしたり、
選使行動隊を作って農村に入りこんだり、なかでも、創価学会が町工場などに多く入りこ
んでいるのに対して、大経営の中に職場グループを築く運動と、新教連(新教育連盟)を
拡大する運動とが、特に注目される。前者はすでに川崎重工、藤永田造船、近江絹糸、飯
野舞鶴造船、三洋電機、帝国製麻、正織興業、三菱商事などに数十名から百名以上のグル
ープを作っている。会社の部長とか課長とかが先頭に立って、御用的色彩の強いのが多い。
なお大阪の労音協(うたごえ運動に対抗する組織)も生長の家関係の東端山文仁(関西電
力重役)が指導してきた。後者は「生命の教育」などというニールとファッショをつきま
ぜたような谷口式教育論を押し立て、東京学芸大の木下学長を会長に会員四千名を目指し
ている。


643 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:30
 だが、この青年たちが、憲法改悪、海外派兵の反動的な反民族的な政治方向を押しつけ
られても、谷口先生のさしずのままに挺身、致心できるかどうか。昨年ごろから雅春と清
超の親子はそろってマルクス主義批判に大わらわとなり、反共宣伝にこれつとめてきた。
東京青年会の機関紙「光雲」の昨年一月号では鳩山と安藤をしきりに持ちあげ、鳩山と雅
春と共著の社会党批判のパンフレット「危機に立つ日本」を青年たちを動員して学園や職
場に違反スレスレの線までバラマカせるなどした。しかし、そのマルキシズム批判は低調
そのもので、知的な青年の読むにたえるものではない。特に厄介なのは、希望の星である
はずの清超「皇太子」が、雅春以上に単純な事大主義者、権力主義者で、心ある教団青年
たちのまゆをしかめさせていることだ。
 元左社の落選参議院候補松田順三が、昨年あたりからしきりに本部に出入りしている。
これが憲法改正論や参院選挙とどう結びつくのか。まことに奇々怪々といわねばならない。
青年たちはそんな上層でのやりとりには関係なく、結局は正しい方向に生長していくにち
がいない。前回の選挙で北海道から立候補した生長の家北海道連合会長、前旭川市長前田
与三吉はみごとに落選した。谷口雅春も、生長の家に集る信者も、この教訓をもう一度十
分にかみしめてみる必要があるだろう。

644 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:33
『大宅壮一全集 第四巻』(蒼洋社)
「生長の家」とは?
 手品を見に行くと、最初にまず簡単なのをやって見せてつぎに、それの種あかしをし
て、それからもっと複雑なのをやって感心させる。つまり自分たちのほんとにやって見
せようとする手品は、だれでもやるようなチャチなものでなく、非常に進んだものであ
るということを観衆に強く印象させるには、このコントラストの方法を用いることが、
もっとも効果的なのである。
 谷口雅春の「ひとのみち」批判を読むと、そういったような感じがする。それは「批
判」というよりも。同業者の種あかしである。しかもそのあとで、自分たちの手品によ
り強くひきつけるための準備行動の一種にほかならない。
 もっとも手品の場合には、観衆は初めから手品だということを承知している。素人に
だってやれるような簡単なものでも、人間わざとは思えないような驚くべきものでも、
手品であることに変わりはなく、手品である以上は、どこかにトリックがあることを知
っている。従ってそれが一見どんなに不可思議なものであっても、ただのトリックの巧
妙さに感嘆するだけで、決してそれを奇跡だとは思わない。もしそういう「奇跡」が実
際行われうるものならば、それを行う人間は手品などのような芸人になってわずかな入
場料をかせいだりしなくとも、その「奇跡」によって、いくらでも金をつくったり、え
らくなったりすることができるはずだ、とだれしも考えるからである。


645 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:34
 ところが、宗教もしくはこれに類するものの場合は、これと全然違っている。あらゆ
る宗教およびこれに類するものは、自分たちの説くことは絶対に正しく、それ以外のも
のはまちがっているか、不完全であるか、インチキであるか、そのいずれかであると説
く。つまり自分たちの主張だけが絶対的真理であって、ほかはことごとくこれを否定す
るというのは、彼らに共通した原則的な建て前なのである。従ってこれを客観的にみる
と、この世の中には、宗教およびこれに類するものの数とだいたい同じだけの「絶対的
真理」が存在するということになる。
 これはどう考えても不合理である。この不合理に対して無知もしくは鈍感な人間だけ
が宗教の信者になるのである。
 だが、少し冷静になって、各種の宗教を相対的に観察し、その間の共通点、類似点、
相異点などを比較研究してみると、それぞれ系統があることが判明し、その系統をた
どってゆくと、いずれも結局似たり寄ったりで、そのなかのただ一つだけを「絶対的
真理」だなどと考えることが、いかにばかばかしいナンセンスであるかを理解するこ
とができるのである。
 例えば「ひとのみち」の信仰の中軸になっている「お振り替え」は、キリスト教の
贖罪思想を通俗的に、日本的に翻案したもので、この思想は、多かれ少なかれすべて
の宗教もしくはこれに類するもののなかに含まれているものである。もちろん「生長
の家」のなかにだってたぶんに入っている。


646 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:34
 谷口雅春自身にしても、昔はクリスチャンであり、それから大本教の浅野和三郎の門
に入っていわゆる「心霊術」を学んだり、西田天香の一燈園に出入りして、日本式仏教
の現代版の影響を受けたりしたところの宗教的ルンペンである。おまけに彼は、長い間
外国商館の翻訳がかりをして生活しているうちに、あちらの類似宗教、とくにクリスチ
ャン・サイエンスの所説をたぶんに摂取したであろう。
 キリスト教・大本教、一燈園、クリスチャン・サイエンス――これらを文学的シェー
カーに入れて、よく振ってできたカクテルが「生長の家」だと思えば、だいたいまちが
いない。そのなかで大本教はすでに禁止されている。いつか「生長の家」だって禁止さ
れないともかぎらない。
 谷口雅春に従えば「ひとのみち」の失敗(わたしはあえて「失敗」という)の原因は
根本の教えが「ひとのみち」であって「神の道」でなかったところにあるという。しか
しわたしの見るところによれば、この新興類似宗教がわずか数年間に驚異的躍進をとげ
た最大の原因は、従来の宗教に比して、「神」的要素が希薄であった、いいかえれば非
常に人間的、現実的であった点に存するのである。それがついにかかる悲惨な最期をと
げたのは、この成功に幻惑されて、ついうかうかと「神の道」に迷い込んだからである。
 満州国では、昔から盛んに伝道していたプレスビテリアンという北米改革派の教会が、
最近発行したパンフレットのなかで、使徒行伝四章十二節の「他の者によっては救いを
うることなし、天の下にはわれら頼りて救わるべき他の名を人に賜いしことあればなり」
という文句を引用したところ、それが当局の忌緯にふれ、そもそも満州国は日本に信頼
する信仰によって救われたのであって、決してイエスキリストごときものを信ずること
によって救われたのではないという理由のもとに、断然同教会の礼拝を禁止されたとい
う。つまりこの教会も、あまり「神の道」に深入りしすぎたからいけなかったのである。


647 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:35
 これは満州国の話であるが、いまにこの見解が日本に行なわれて、すべての宗教に適
用されるようなことになれば、従来の宗教的教典は、ことごとく改訂しなければならな
くなるであろう。
 以前日蓮宗の教典中の「不穏」字句が問題になったが、仏教のなかでもとくにナショ
ナリズムの傾向の強い日蓮宗の教典がいけないとすれば、はるかに非国家的なインド産
の仏教教典、とくにキリスト教のバイブルのごときは、全体的にいけないというような
ことになるだろう。現にキリスト教および仏教のある種の教典を「不敬」のゆえをもっ
て告発している敬神家もあるのである。
 その点では「生長の家」はまず安心である。それは細心の注意をはらって「ひとのみ
ち」の限界を守っているからである。この点で「生長の家」は「ひとのみち」以上に
「ひとのみち」的である。
 もっとも、ただ「ひとのみち」の外へはみ出ないからといって、それだけで安心する
わけにはいかない。「ひとのみち」の教祖および幹部には、不敬罪や暴行罪ばかりでな
く、これにもう一つ詐欺罪が加えられているのである。いうまでもなく詐欺というのは、
人と神との関係ではなくて、人間対人間の関係の上に発生する犯罪である。「ひとのみ
ち」の場合でいえば「お振り替え」が詐欺だというのである。
 もし「ひとのみち」の「お振り替え」が詐欺だとすれば「生長の家」の「神想観」は
果して詐欺でないといえるであろうか。


648 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:35
A 前橋のある養蜂家が「生長の家」に入って「神のお送りになったこの世界は無限供
給であって、必ずよき成績が上がるものだと信じていると、去年の倍ほどの成績を上げ
ることができたし、先日ヒョウがふって桑の葉がいためつけられたときにも、自分の畑
だけは別に損害もこうむらなかった」
B 五十嵐某は、隣の工場から出火し、おりあしく風下だったが「自分は「生長の家」
だから、火事に焼けるなどということはない」といってゆうゆうとしていると、とた
んに風向きが変わって風上になった。
C 某の孫がエキリにかかったとき「天地いっさいのものと和解せよ」という教えに
従って「バイキンよ、おまえといえども生命である。生命は神からきたものであり、
われわれもまた生命であって神からきたものである。さればなんじとわれとは神に
おいて兄弟ではないか。なんじ兄弟なるバイキンよ、わたしらは決して殺菌剤を使
ったり、注射したりしておまえを殺そうとはしないから、おまえもこの子供を殺さ
ないでくれ」と和議を申し込むと、たちまち熱は下がって快癒したという。
これに似た「実例」は「生命の実相」をはじめ「生長の家」発行の文献のなかから
無数に拾い出すことができる。これが、もし事実だとすれば今日までに、人類が築
きあげてきた科学も文明も、根こそぎくつがえってしまいそうな一大驚異だが、も
しそうでないとすれば、人心を惑わすこと、これほどはなはだしきはなく、まさに
詐欺以上である。


649 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:36
 かかる「奇跡」が事実ありうるものならば、日本の悩みのたねである「農村更正」問
題もたちまち解消するのであろうし、莫大な費用をかけて消防設備をする必要もなくな
る。だいいち、医者も病院も不用になり、人間は無病息災でいつまでも生きていること
になる。
 このすばらしい奇跡の恩恵に浴するにはどうすればよいかといえば、谷口雅春の著書
を読むなり、話を聞くなりして「われの置き換え」をすればよいというのだから笑わせ
る。こんなバカげたことを書いた書物が公然と出版され、それを信じるものがつぎつぎ
に出てくるのだから、この世に詐欺師が後を絶たないわけだ。
 実際人間に、そういう能力が神から与えられているのなら、人類が発生して何千万年
もの間、とっくにそれに気がついて、もっと違った文明を建設していたにちがいない。
またこれまで谷口以外にもそれを悟って、この思想を普及するものも出たにちがいない。
そしてその思想がほんとに正しいものならば、いまごろは全人類がその思想によって動
いていたろう。
 これに反してこの思想は、人類始まって以来谷口にして初めて悟りえたものとすれば、
それこそ谷口は神に近い存在だということになる。ところが、この「類似神」は決して
万能でないのである。わたしたちは自分の身辺に「生長の家」に入って、病気が治らな
かったばかりでなく、そのために医療をおろそかにして生命を失った実例を無数に知っ
ている。またそれがあたりまえだと信じている。
 もっとも、谷口らにいわせると、前にあげたようなのは、こういうこともあるという
実例にすぎないのであって、だれもがそのとおりうまくいくことを保証するわけではな
い、と弁明するであろう。ここに手品のたねがかくされているのである。彼らはこの手
で、巧みに法網をくぐっているのだ。


650 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:36
 どんなでたらめな易者でも半分は当たる。近ごろ財界変動の波に乗って、株式相談所
というものが無数にできているが、それを経営している一人がはっきりいっている。半
分は買うことをすすめめ、半分は売ることをすすめれば、半分は当たる。当たらないも
のはそれきりだが、当たったものはまたやってくる。世間は広いからこれで結構やって
いけると。
「生長の家」で病気が治ったなどというのも「ひとのみち」の場合同様、だいたいこれ
に似たものである。「お振り替え」は暗示療法の一種だといっているが、その点では
「生長の家」も五十歩、百歩である。いや「生長の家」は、クリスチャン・サイエンス
仕込みの暗示以外に何物もないといえるであろう。
 これは明らかに詐欺の一種だとわたしは考えるが、法律的に詐欺罪を構成するかどうか
は微妙な問題である。ただし「生長の家」は「ひとのみち」のように宗教と違って、出版
会社であり、純然たる営利組織である。営利が目的である以上、売薬や化粧品などによく
見るような誇大広告の一種と思えばだいたいまちがいはない。
 現に「生長の家」は、去年誇大広告のかどで罰金刑に処せられている。それからあとは
いくぶん改心もしくは転向したものと見えて、治病についての有田ドラツグ式広告があま
り新聞に現れなくなり、近ごろは主として、芸術、教育、宗教方面に触手をのべている。
「ひとのみち信者に与う」などというパンフレットも、同教の弾圧によって生じた無数の
宗教的ルンペンを拾いあげようとする目的で書かれたものであろう。この種の宗教信者に
とって「信仰」は、一種の中毒で一度深入りすると、なかなか免疫にならないものと見え
て、何度でもひっかかりやすいのが特色である。

651 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:37
 また現在の「生長の家」そのものは、まだ詐欺罪を構成するにはいたらないかもしれ
ないが、同じ仲間によって計画された「日本理財協会」というモリス式の組織は、月に
二、三割の配当を保証するといって一般から十五万円の金を集めたが、検挙されたとき
は現金は七万円ぐらいしかなかったという。
 それから「生長の家」自体の内部でも、しばしば紛争を繰り返し、近くは、佐藤彬と
いって、ここの芸術、宣伝のほうを一手に引きうけていた有力幹部が、谷口に反旗をひ
るがえして独立、伊藤証信の「無我の愛」一派と提携して、別に一派を開くことになっ
たという。
 いくら「神想観」によっても「われの置き換え」によっても、この種の内紛はどうに
もならぬらしい。結局人間の道は人間の道であって、それ以外特別に変わった珍奇なも
のがあるかのように言い出すものがあれば、結局まゆつばもので、詐欺師かあるいはそ
れに類するものと思えはまちがいはない。
「ひとのみち」の御木徳一は「お振り替え」を発明して、数年間に「私財百万円」をつ
くった。本来物質はない、肉体はない、その他いろいろないない教の教祖谷口雅春は、
現に資本金百二十五万円の株式会社の最大の株主であるという事実を忘れてはならぬ。
(『奥の奥』昭和十二年九月)

652 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:38
『黒い宗教 その実態と悪の構図』石井岩重著AA出版株式会社1984年3月1日発行
摩可不思議なゴッタ煮宗教・生長の家 いまも変わらぬ“インチキ”手口
「生長の家」といえば、早くからその辛らつな批判者として知られる評論家がいる。
大宅壮一である。たとえば、次のような文章をみてもらいたい。

「生長の家」の教義即ち営業項目は、各新聞に絶えず広告されているから、ここに
改めて説明するまでもないが、一口に言うと、そこから発行されている『生命の実
相』と題する全十巻の『生長の家聖典全集』を読みさえすれば万病はたちどころに
治り、すべての危険は避けられ、就職は絶対確実、貧乏は向うから逃げてゆくし、
求めるものは全て与えられるというのである。これほど素晴らしい「誇大広告」が
かつて新聞紙上に現れたことがあるだろうか。いや、これはそのいおうとするとこ
ろを率直に述べたのであって、実際はそうはっきりとはいっていない。
『「生長の家」へ来られたり、「生長の家」の聖典をお読みになったりしますと、
あまり病気がよく治りますので、「生長の家」は病気を治すところだと思っておら
れる方があります。ところが「生長の家」は決して病気を治さないのであります。
病気を心から放さしめるところなのであります。病気というものを心に握っていて
「この病気を治してくれ」というんでしたら、そう言う方はお医者へお出になるの
がいいのであります。「生長の家」は病気を治すところではなく、病気を放すとこ
ろで、よく似ているようですが「治す」と「放す」とでは無限の相違があります。』


653 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:39
 この文章を読むと、夜店の詰将棋を思い出す。かりにうまくひっかかって損をしても、
どこからも突っこんでくる余地が無いようにできている。従来のあらゆる宗教、あらゆ
る神霊術、あらゆる健康法の中で、これくらい霊験あらたかなものは無い。しかもその
修得法は実に簡単で、谷口雅春という男の書いた『聖典』を読みさえすればいいのだか
ら、どんなにあつかましい香具師だって、これには顔負けするに違いない。そしてその
宣伝口上が、大道ではなくて、 天下の大新聞の紙上や公会堂その他において為されて
いるのである。

 この大宅壮一の文章は、昭和10年10月号の『日本評論』紙上において、「『生長
の家』を解剖する」と題して発表されたものである。昭和10年というと、「生長の家」
もまだ創始されたばかりで、『東京日日新聞』『読売新聞』をはじめとする都下の大新
聞に大々的に広告を打ち始めた年でもあった。
 大宅壮一は当初からこの新興宗教にはウサン臭さを感じていたらしく、同じ文章の最
後にはこんなふうにしめくくっている。

「現代のインチキとナンセンスのエキスみたいな『生長の家』が、毎週一流新聞紙上で
堂々と広告され、そのファンが特にインテリ層の間に相当多いということは、今日の社
会や文化に対する一つの皮肉なアンチテーゼとして甚だ興味がある。現在の支配階級は、
かかる珍説邪教まで援用して、それ自身を防護しなければならないのだろうか」 


654 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:39
 実際、大宅が指摘する「夜店の詰将棋」、「あつかましい香具師」ばりの口上は、「生
長の家」のいまも変わらぬ手口として毎度おなじみのものである。

Aは隣の工場から出荷し、折悪しく風下だったが、「自分は“生長の家”だから、火事に
焼けるなどということは無い」といって悠々としていると、とたんに風向きが変わって風
上になった。
誌友の集まりの席で、ある青年が「先生、近眼というのは一体どういう心のあらわれなん
でしょうか」と質問すると、谷口が「近眼はチカメだ!」と大声で答えた。その一語で青
年は悟ったと見え、翌日からたちまち眼鏡は不要になった。彼が「近眼はチカメだ」とい
ったのは、人間の実相を知らないことだという意味だったのである。
Bの孫が疫痢にかかったとき、「天地一切のものと和解せよ」という教えにしたがって、
「バイキンよ、おまえといえども生命である。生命は神からきたものであり。われわれ
もまた生命であって神からきたものである。さすれば汝とわれと神において兄弟ではな
いか、汝兄弟なるバイキンよ、私たちは決して殺菌剤を使ったり、注射したりしておま
えを殺そうとはしないから、おまえもこの子供を殺さないでくれ」と和議を申し込むと、
たちまち熱が下がって、子供は快癒した。


655 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:40
何でも屋のゴッタ煮宗教
 この手の“実例”は「生長の家」が発行するおびただしい出版物の中からいくらでも拾
い出すことができる。まるでむかしの縁日のガマの油うりだ。ガマの油うりが、治ったと
いう人の“礼状を”店頭にたくさん並べているのと同じ手口で、“さあ、効果てき面なの
はこの通り、買った(入信しろ)、買った(入信しろ)”というわけだ。
 さらに“礼状”よりも効果的なのは、本人の口から直接語らせること。そのために、
「生長の家青年会全国大会」とか「生長の家白鳩会全国大会」などといった大会が、毎年
日本武道館あたりで開催されることになる。ここでもむろん、「私はこうして病気が治っ
た」「奇跡が起った」式の口上オンパレードが繰り広げられる。
谷口雅春総裁も、こうした言い方が得意だ――。
「病気を心に描けば病気来る。病床に横たわりて病気を常に描きながら、病気の癒ゆるこ
とを願うは、火を握りつつ冷たきを願うが如し」
 中曽根首相が原爆症の患者にむかって、「病は気から」という名言をはき、世間のひん
しゅくを買ったのはまだ記憶に新しいところだ。この谷口雅春も何やら難しいことを言っ
ているが、要するに「病は気から」という“常識”をこねくりまわしているだけ。
 つまり、「生長の家」の本を読み、入信すれば、病院も薬も要らなくなるというのであ
る。脱税王の算術医者の営業を妨害するのは、多いに結構なことだが、反面、「生長の家」
をあてにして医者にかかるのが遅れ、生命を失ったなんてケースは本当に無いのだろうか。
そういう人達は間違っても“礼状”なんて送りはしないから、皆目わからないのだが。


656 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:40
 病気だけではない。「生長の家」に入ると校内暴力、家庭不和、離婚――などというも
のは、一切この世からなくなるというのだ。前述の全国大会ではこういった体験談も語ら
れることになる。
 たとえば、私も一度聞いたことがあるが、谷口雅春の妻、輝子の語り口なども、谷口流
の香具師めいた口上はいかんなく発揮され、なめらかだ。
「私の夫は煙草も喫まなければ、お酒も呑まない。息子は放蕩息子でもないし、孫も円満
な家庭を築いている。本当に素晴らしい両親があって、そのまま何も申し上げることがな
く、ただ感謝のみの日々を送らせていただいております。ありがとうございます」
 なんのことはない、自分の孫娘は一度離婚を経験して、二度目の結婚ではないか。離婚
は罪悪、などというものではない。
 だいたい「生長の家」が宗教とよべるしろものであろうか。一定の教義など無いのであ
る。『生命の実相』の中には、キリストの奇跡やら、釈迦の説法やら、孔子、老子、谷口
センセイ等が渾然とゴッタ煮されている。仏教もあれば、キリスト教もあり、神道もあれ
ば、儒教もあるという調子なのだ。ポイントがどこにあるのかまったくわからない。
 ところが、これも彼ら「生長の家」にかかると、「万教帰一」ということになるのだそ
うだ。「たとえば月がありますね。これを山から見るのと海から見るのと、街中から見る
のとではそれぞれ位置が違うわけですから、同じ月でもずいぶん違って見えてくるわけで
す。ところが、月は一つしかないんであって、どこから見ようと月には変わりないんです。
つまり、“万教帰一”というのも、これと同じことなんです。真理はひとつしかないとい
うことで、それはどの角度からつかんでも、真理は真理だということなんですね」
『生長の家』信者 29才)


657 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:41
 どうにも「生長の家」の信者というのは、誰も彼もが口上が達者で、うまくいいくるめ
られてしまうが、要するに超宗教を主張しているわけである。『仏教、キリスト教、神道
はもちろん、その他のいかなる宗教に対しても偏った見解は持ちません。それら全ての宗
教の信者の方は、全部「生長の家」にお入りください』と宣言しているのだ。
 これを評して、「宗教百貨店」という名言をはいたのは大宅壮一であった。ところが、
谷口はさっそくそれをも援用して、「生長の家」の営業案内みたいなパンフレットに、
「『生長の家』を「宗教百貨店」といい、ある人は「抜粋」といいます。百貨店には一流
の商品がならんでいて、市井の小売店よりも優良品がそろっていますように、そこには真
理なる生粋の優良真理を抜粋して陳列してあるのであります」と書く商売気を持ち合わせ
る。ここで“市井の小売店”あつかいしているのが、他の宗教であることは明白だ。した
たかな商売人なのだ。 
 迷惑この上も無い「大本殿」
 大宅壮一はまた、谷口のそういう商売人的な資質をいち早く見抜いていたようで、「生
長の家」を“宗教株式会社”とも評している。
 
「かくてこの“宗教百貨店”は大いに繁昌し、“信徒”すなわち常顧客は約130万人、
“講師”すなわちセールスマンは本部57名、地方2000余名、“道場”すなわち支店
は29ヶ所(外国3ヶ所)、“誌友相愛会”すなわち特約店は約2000ヶ所(外国90
ヵ所)という膨大なる組織を持つに到ったのである。
 昨年(注・昭和29年)東京都渋谷区隠田に出来上った“教団本部”すなわち総本社は、
敷地約12000坪、地階共7階よりなる“生長の家独創様式”の建物延坪1300坪、
大小約80室、総経費約3億円と号している」(「文藝春秋」昭和30年6月号)


658 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:41
と昭和30年に書いた大宅壮一が、現在の「生長の家」の隆盛を見たら一体なんと言うだ
ろうか。
 1982年の「宗教年鑑」(文化庁)によると、『生長の家』の信者数は367万61
44人。これは新興宗教の中では、創価学会の1657万8916人、立正佼成会の53
0万8241人に次ぐ3番目の数字だ。何よりもその財産がすごい。
 昭和53年には、長崎県西彼杵郡西彼町喰場郷は200億円かけたと言われる「生長の
家大本殿」(いわゆる総本山=聖地だ)を作っているのである。その敷地は教団発表でな
んと100万坪(330万平方メートル、国土地理院調べでは153万7000平方メー
トル)あって、後楽園球場のざっと60倍。西彼町全体で6950万平方メートルだから、
実にその約20分の1をも占めている。
 この“聖地”は長崎空港から車で約1時間半。大村湾側だが、外からみえるのは、国道
沿いにある日本で二番目に大きいという高さ22メートルの朱塗りの大鳥居だけ。ここは
リアス式海岸が美しい西彼杵半島も先端に近いところだが、その大鳥居からは山を切り開
いて道が伸びている。両脇には石柱がズラーッと連なり、石の一つ一つには寄付をした信
者の名が刻まれている。
 道をたどって行くと、やがて視界が開けて境内地に出る。手前には筋目の無いヒノキ材
をふんだんに使ったタタミ千畳敷きの広間がある。延べ面積3470平方メートルのでか
い拝殿、境内には朱塗りの龍宮住吉本宮、銅板ぶきの鎮護国家出龍宮顕斎殿などが威風堂
々と立っている。さらにタイコ橋が二つかかり、金竜湖と大きく名づけられた池などがし
つらえてある。だが、全体的に見て神社仏閣のしっとりとした落ち着きはなく、ケバケバ
しい感じは否めない。


659 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:42
 地元での評判も決してよくはないようだ。「あれだけ広大な面積を所有しながら、地元
とは一切接触していませんからね。まるで治外法権のようになっていますよ。信者がきて
も、地元に金を落としていかないんですよ。町としては悪評紛々ですね」と言うのは、私
の友人である事情通の宗教ジャーナリストだ。「生長の家」が買い占めるまでは、この地
はほとんどが民有地だったそうで、町所有地はわずか約35万平方メートルにすぎなかっ
たという。先の友人の宗教ジャーナリスト氏はこう続ける。「町役場によると、それも当
時3500万円で売ったと言うことです。ご存知のように、宗教法人の所有財産は固定資
産税の対象になりませんからね。町にとっては、税収面からいうと、土地を買われるとい
うのは歓迎すべからざることなんですよ。わずかに大村湾に面している谷口の家(宅地)と、
境内地以外の土地、約約6400平方メートル(1940坪)があって課税できるんです
が、それにしても『生長の家』からとれる固定資産税は年に85万円にすぎないんです」
地元民にとっては図体ばかり大きくて、何のゴリヤクもない無用の長物に我が物顔にのさ
ばられているわけで、迷惑この上ないといったところだ。


660 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:42
聞きしにまさる“儲け”ぶり
 では、これほどの贅を尽くした“聖域”を作るために教団がかけたと言われる200億
円は、どうして捻出したのであろうか。
 これには「生長の家」でいうところの“献資”があって、50年2月から始まって、龍
宮住吉本宮、鎮護国家出龍宮顕斎殿(拝殿)の落成を祝う大祭が開催される昭和53年1
1月22日まで50億円になったという。また、玉垣(献資者の名を刻んだ柵用の石柱)
分は2万4000本分以上が集まったとも聞いている。「玉垣の相場は、親柱が7万円、
子柱が3万円です。献資の相場は、県単位のノルマがあるんですね。本部からの割り当て
目標があって、地方講師(中堅)クラスで10万円、大きな商店主や中小企業の経営者で
7、80万円から100万円と言われています。一般は1万円くらいですか。決して強制
ではなく、信者それぞれのできる範囲で、ということなんですが、新殿祭当日の受付には
『100万以上献資者』コーナーが合ったりして、多額出資者が特別扱いを受けている様
子はありありでしたけどね」(前出・事情通の宗教ジャーナリスト)
 それと何よりも忘れてならないのは、「生長の家」には近代的な集金システムといえる
会費制が確立されているということだ。それもコンピューターで処理されているという。
宗教とコンピューター、実に面白い組み合わせではないか。
 それはともかく、会費は三本柱で、@教団運営の中心である聖使命会からの会費A機関
誌の配布、普及を担当する(財)世界聖典普及協会の誌友会費B生政連(生長の家政治連
合)の維持会費――からなっている。
 聖使命会とは「生長の家」の布教機関。会費は月毎に収めることになるが、額によって
五ランクに分けられる。a家族会員(月額一口100円)b護持会員(400円以上)
c什一会員(千円以上)d特志会員(1万円以上)e名誉会員(10万円以上)の五段階だ。


661 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:43
 宗教株式会社たるゆえんは、社員(信徒)教育も徹底しており、その一つであるモチ
ベーション(動機づけ)もしっかりなされているということだ。つまり、会社(教団)の
利益をあげるための社員(信徒)への“えさ”も随時用意されており、特志会員には色
紙と記章、名誉会員にはやはり名誉記章が送られるというふうに、収める額によって待
遇に差がある仕組みになっている。まさに“信心も金しだい”というわけである。
 現在の聖使命会の会員は約74万人と聞く。これで1人当たり月額1000円で計算
しても、年鑑約90億円が転がり込む勘定になる。大体、私にいわせれば、会費などと
いえば体裁がいいが、これはどう考えたってヤクザの上納金と同じだ。
 さて、社員教育で思い出したが、“「生長の家」株式会社”の社員(信徒)教育の場
になっているのが、全国六ヶ所にある練成道場。ここで行われる練成会も、「生長の家」
本部の大きな財源になっている。期間は3日から10日間にも及び、奉納金は1人1日
2500円以上と決められているからだ。一種の旅館業である。
 さらに大きな資金源となっているのは、言わずと知れた出版物の売上である。
 教団の関連会社・(株)日本教文社の発行、(財)世界聖典普及協会の頒布になる機
関誌六誌(『生長の家』『白鳩』『理想世界』など)の誌友会費が年間約60億円に上る
と推定されている。信者になれば、これらの機関誌が毎月数十冊、買わされるハメにな
る。そのうえ、谷口雅春の『生命の実相』全40巻やその他の単行本もいやおうなく押
し付けられることになる。これらの本代だけで、月に最低4,5万円を教団に納めてい
る信者はザラだという。ちなみに「生長の家」には「出版宗教」という異名もある。
 聞きしに勝るもうけっぷりではないか。ただ、驚いてばかりいられないのは、なおか
つその上に宗教法人であることによって、税制優遇されているということである。一体
その分の負担がどこにかかってくるかといったら、それは紛れもなく一般国民なのであ
る。早くから「生長の家」を「宗教株式会社」として、谷口雅春の達者な商人ぶりを喝
破していた評論家・大宅壮一が生きてこの現状をみたら、なんと評していただろうか。
それを聞けないのは返す返すも残念なことである。

662 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:44
体制順応主義の谷口雅春
 総裁谷口雅春は本名を正治といって、明治26年、神戸市島原村(後に貯水池となって
消えた)で、音吉の次男として生まれている。市岡中学を経て明治45年、早稲田大学英
文予科に入学。同期には西条八十、直木三十五、細田民樹、青野季吉、坪田譲治、細田源
吉らがいて、仲間と同様、田山花袋らの自然主義や、オスカーワイルドやダヌンツイオの
芸術至上主義にかぶれていたという。
 その後の略歴をざっと見ると、早稲田大学英文予科では終始主席を通したが、本科入学
後、日ならずして、退学帰郷、某紡績工場に入社したが工場長と衝突して辞職。大本教本
部に入り、さらに西田天香の一燈園を経て、大正13年、神示を受けて「生長の家」を創
始、以来、積極的かつ能率的布教によって、150万人の誌友を有する大教団の教祖とな
った。戦後、追放を受けて教団の地位を女婿の谷口清超に譲り、現在は開祖。
『自伝』によると、「生長の家」を創始するまで、谷口には素人娘や芸者などとの入り交
った女性関係があり、それが為に早稲田大学を退学になり、大本教へ入るきっかけになっ
たとあるが、多分にまゆつばな気がしないでもない。わざと女性関係のダメな部分をドラ
マチックに書いて見せているフシがあるのだ。そのうえで反省し、神を発見したといえば、
信者にとってはなんとも親しみやすい教祖に思えるわけで、どうにも演出くさい。ともあ
れ、『自伝』でいくと、大本教へ入るきっかけになったのは、娼妓から病毒をうつされた
ことからだったという。そのため、彼はひどく煩悶し、神経衰弱になった。そして当時有
名だった催眠術師・三好霊峰のもとへ通うことになる。同時に心霊術の書物を漁り出した。
心霊術となるとその大本山は大本教。というわけで、谷口がもともとそういった方面に興
味をもっていたこともあって、ごく当然のように大本教へ入ることになったのである。こ
うして大本教へ入り、“大本教のフランシス”とまで称していた谷口は、出口王仁三郎の
著書『霊界物語』(全百四十四巻)の筆記者の一人にも抜擢されている。


663 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:44
 だが、そこで待っていたものは、またもや女性問題である。同じ大本教の女性二人とで
きてしまい、その一人が「18歳で大阪の商家の息子と結婚したが、良人が放蕩ものでに
げだしてきたという文学少女」江守輝子であった。どちらをとるかの選択をせまられた谷
口は、輝子の方と結婚する。現在の妻・谷口輝子である。
 二人は転々と貧乏生活をつづけ、大いに金を儲けようと決意する。「個人雑誌という形
で好きなことを書いて、一定のファンを獲得し、これを少しずつ増やしていくことだった」
(『自伝』)
 かくて昭和5年3月号を創刊号として、三十銭の雑誌『生長の家』は出版されたのであ
る。その巻頭の言葉は、『蛇に睨まれた蛙のような恐怖心が、就職、入学の試験の失敗や
病気、軍備を生む』『生長の家の仕事は、心の法則を研究し、その法則を実際生活に応用
して、人生の幸福を支配するために、実際運動を行う』というのであった。
 こうしてはじめた個人雑誌『生長の家』は、しだいに“生長”していき、“誌友”とい
う信者も急増していった。昭和9年9月には、資本金25万円の株式会社光明思想普及会
として新しく発足するに至るのである。谷口は、「読者、誌友は書籍代だけ払って、薬代
はいら無い。誌友は株式会社に出資して、聖典の出版でもうけ、配当を受ける。むろん、
私も損はしない。印税を受ける。共存共栄の生活がそこに生まれる」――こう考えていた
のだ。株式化すると共に、たちまち驚異的な発展をとげ、翌年には別に100万円の新会
社をつくり、合併した。当時(昭和9年)の125万円はいまの金にしてどのくらいになる
のかちょっと見当もつかないが、とにかく莫大なものには違いない。そうなると、あとは
もう大隆盛に向かって一直線である。さて、ここで私がいいたいのは、谷口の一貫して変
わらない体制順応主義、権力への迎合ぶりである。


664 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:45
 昭和12年に日華事変が勃発して、日本が軍国主義時代に突入して行ったあとほとんど
の宗教団体はその存続をはかるために、カーキ色を帯びはじめたが、谷口はより急進的だ
った。国家が広がることは“実相”がひろがることで、「軍の進むところ宇宙の経綸が廻
る」と“念波”の一斉祈願で敵軍を圧迫するため、「光明念波連盟」を結成し、天皇絶対
化の度合が手ぬるいと文部大臣に公開状を送り、谷口自身、満州を講演旅行して歩いた
(「生長の家」『中公』二十九年十月号)。「非常時に労働争議を停止させ、反戦思想を
抑圧する」のに「最も効果のあるのは光明思想である」(「生長の家」十七年十月号)と、
いやはや大変なタカ派ぶりである。それはそれでかまわないし、ファシストなどというつ
もりはない。ところが、である。敗戦後の谷口の態度はどう変わったか。「今や自由を得
た。生長の家ほど、平和愛好の教えはない」とこうだ。この臆面のなさはどうだ。恥ずか
しくないのであろうか。そして、それまでの国家主義的な色彩を極力払しょくし、急激に
キリスト教的なものを強くうちだしている。それにもかかわらず、戦後しばらくして、追
放組が解除されて権力の座にカムバックするようになると、とたんにまた、日本主義、愛
国主義、反共主義をうちだしたのだ。このような節操のない人物をはたして信用していい
ものだろうか。私が「生長の家」に対して抱く不信感は、以上のようなことに強く裏打ち
されている。


665 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:49
『新興宗教 教祖のウラの裏がわかる本』
早川和廣著 ぴいぷる社 1988年11月25日発行
第二章 問題だらけの六大新興宗教の教祖たち
 ただ一人孤立する谷口清超・生長の家
 戦後、急成長を遂げた新興宗教の中でも、生長の家は、現在、脚光を浴びている新宗教
教団と共通する部分が多い。
 それは、創価学会、立正佼成会などが集団のパワーで、あるいは強引な布教活動によっ
て勢力を伸ばしていった中で、書物を中心に新聞、ラジオ、テレビなど、常に新しいマス
コミ・メディアを利用。宗教宣伝によって、教勢を拡大していったことと、宗教をビジネ
スとした先駆者であったからである。
 だが、その生長の家も、昭和六十年六月十七日、教祖・谷口雅春総裁が九十一歳の生涯
を閉じたことで、大きな転機を迎えている。それを象徴しているのが、毎年、文部省に届
け出る信者数の大幅な減少であろう。
 もともと生長の家は昭和五年、谷口が三十八歳のとき「生命の実相」を世に問い、夫人
と二人で始めたもので、十四年には宗教法人に発展、創価学会の急成長が始まった三十年
代初期には、信者数百三十万人の大教団に成長。最盛期には公称三百三十万人を誇ってい
た巨大教団である。
 昭和六十一年版の『宗教年鑑』でも、生長の家の信者数は、三百万九千五百五十八人と
なっているのだが、それが、この五月に発表された六十二年版では、なんと八十万四千八
百七十五人と、わずか一年間で、二百二十万人の信者が消えた計算になるのだ。この二百
二十万という数字は、天理教、PL教団などの大教団に匹敵する信者数である。
 その結果、これまでは創価学会、立正佼成会に次ぐ巨大新興宗教教団だった生長の家は、
公称信者数に限れば、大教団から並みの教団になってしまったのだ。


666 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:49
 宗教団体の公称信者数が、当てにならないのは、いまに始まったことではないが、いっ
たい生長の家に何が起こったのだろうか。
 教団側の説明では、これまでは教団で発行している六種類の月刊誌の発行部数を信者数
として発表していたのだが、そうした数え方をやめて、単純に「聖使命会」の会員数を信
者数として届け出た結果だという。
 この聖使命会というのは、教団の布教機関のことで、その会員ということは、要するに
会費を納めている生長の家信者である。
 それにしても、なぜ、宗教界の慣例を無視して、あえて“水増し”をやめてしまったの
か。“水増し”が常識という世界だけに、正しいはずの発表が、かえって、さまざまな憶
測を呼んでしまったのだ。
 教祖の女婿として結婚、二代目を継いだ谷口清超・現総裁は、東大心理学科を卒業した
エリートで、宗教指導者というよりは学究肌の人物だけに、「話が難しくて、面白みに欠
ける」という信者たちの声もあった。
 実際、生長の家にとっては、教祖があまりに大きな存在であっただけに、教祖の死後、
そのカリスマ的魅力にひかれて入った信者たちが離れていったことも確かであった。
 しかも、教祖の死後、二代目こそ清超だが、教団の実権は教祖未亡人と清超夫人の二人
が握るのではないかといわれていた中で、清超総裁は教団の基本方針を変更。そのもっと
も大きなものが、政治の世界からの全面撤退だったのだ。
 政治に影響力を持つということは、逆の見方をすれば、政治家が金と票目当てに群がる
ということにほかならないが、影響力を発揮するためには信者数が多いに越したことはな
いのである。


667 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:50
 もともと、生長の家は立正佼成会とともに深く日本の政界と関わってきた宗教団体の一
つであり、特に自主憲法制定を掲げ、靖国神社国家護持問題を積極的に推進。仏所護念会
や世界救世教などとともに“右派宗教”の代表的な存在であった。
 そして、政界に隠然たる力を持っていた宗教政治研究会(宗政研)の設立に、もっとも
寄与した教団であった。
 そのため、生長の家といえば必ず、宗政研の会長だった玉置和郎(自民)の名前が上げ
られたのである。しかし、生長の家をバックにした玉置が、昭和六十二年一月、亡くなっ
たこともあって、生長の家は急速に政治の世界から、距離をおくようになったのである。
 その結果、選挙にも関わらないことにしたため、公称信者数にこだわる必要などなくな
ったというわけである。
 だが、だからといって、信者数の水増しをやめるというのは、おそらく二代目の性格的
なことが影響しているのであろう。
 そして、政治からの撤退は、二代目なりの生長の家の軌道修正なのかもしれない。いわ
ば、汚れた生長の家を、宗教本来の姿に引きもどそうという二代目なりの試みというわけだ。
 というのも、現在の新宗教の元祖的な存在であるだけに、生長の家の歴史は広告戦略、近
代化といえばカッコイイが、要するに宗教のビジネス化に成功した軌跡であり、政治との関
わりもまた、同じところから出発しているからである。


668 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:52
 谷口雅春と鳩山一郎の関係
 その昔、ジャーナリスト・大宅壮一は『昭和怪物伝』という本を書いたが、久原房之助
や三木武吉など十六人の“怪物”の中に、宗教家ではただ一人、谷口雅春を取り上げている。
 大宅は、戦後、雨後のタケノコのように登場した新興宗教について、辛辣な筆を振るっ
ていただけに、取り上げられたからといって名誉なことではないが、大宅によれば、谷口
の怪物ぶりとは、生長の家という「宗教企業株式会社」をつくりあげた、その手腕を評価
してのことである。
 生長の家の特徴は、万教帰一の宗教であり、「宗教の百貨店」といわれるところにある。
 教祖の谷口は、早大英文科中退で、文学的素養があり、英語を得意としていただけに、
哲学から、宗教、心理学、そしてマルクスまで自分に都合のいい部分を抽出して、一つに
まとめ上げることのできる能力の持ち主であった。
 それは、大学時代に芸者見習い中の少女と同棲、子供を身籠もらせたことに始まり、数
々の恋愛を経て、愛人から病毒をうつされ、煩悶の結果、神経衰弱に陥り、大本教に入信。
その才能を認められ、機関誌の編集に参加したが、やがて大本教への熱が冷め、上京。宗
教書、小説などを書いた後、高級翻訳係の職についたこともあった。そうした人生遍歴の
中で、彼の宗教的な才能は培われてきたのだろう。
 やがて彼は、大本での“手紙布教”の体験を活かし、雑誌による宗教活動を始めた。
それが昭和四年十二月に始めた「生長の家」という個人雑誌であった。
 谷口のアイデアは、見事当たり、昭和九年には、光明思想普及会という株式会社と
なり、夫婦で始めた「生長の家」はその後、驚異的な発展を遂げたのである。
 その発展の理由こそが、生長の家がそれまでの宗教団体とはちがう点であろう。


669 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:53
 参考までに、当時の「生命の実相」の広告の文句を紹介しよう。
<読むものをして生老病死の四苦を除き、肺病等々癒るが如きはあまりにも数多く、切開
を必要とした胃癌患者が、これを読んで切開不要になりたる例すら岡山医大にあり。(中
略)その他家庭苦、人生苦、経済苦にして本書を読むに従って救われしもの無数である>
 もちろん、いまの「生命の実相」の宣伝文句には、そんなバカなことは書いていない。
ただ、いくら昭和初期とはいえ読むだけで、すべてが解決するというのは、いくらなんで
も調子が良すぎるだろう。
 だが、ここで重要なことは、生長の家が教勢を拡大するに当たって、詐欺師紛いの宣伝
をしてきたということだ。
 それも新聞、雑誌に始まって、ラジオの時代がくれば、ラジオを使い、テレビの時代が
くれば、テレビを用いるというように、常に新しいマスコミ媒体に積極的に取り組んでい
るあたりが、並みの宗教家ではないところであろう。
 というよりも、宗教家と思うから、並みではないのだが、企業家と思えば、何の不思議
もない。事実、その宣伝のやり方にしろ、宗教を売りものにした事業展開にしろ、まさに
宗教企業そのものである。
 そう思えば、事業の展開につれて、生長の家の周りに、次々と、(財)生長の家社会事
業団、(財)新教育者連盟、(株)日本教文社、(財)世界聖典普及協会、光明社などの
関連企業グループができ、一大宗教コンツェルンとなっているのも当然であろう。
 政治家もまた、生長の家の宣伝材料に使われる。そのもっとも古い関わりは、鳩山一郎
の時代からであった。


670 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:53
 大宅壮一は、次ぎのように指摘している。
<谷口の説によれば、鳩山が脳溢血で倒れたのは、吉田茂に対する悪感情から「心の内圧
が昂進して高血圧となった」からで、一時自由党に復帰したのは「天地一切のものと和解
せよ」という“生長の家”の教えをうけ、さらに「吉田を崇めよ。その仇に対して眼にて
眼をつぐなうは旧約の教えであって、その仇を愛し拝むようにするとき、貴下の病気は速
かに恢復に向かう」という谷口の手紙に従ったからだということになっている。さらに鳩
山内閣を成立せしめたものは“生長の家”信者の「熱心なる神想観」の結果だという。そ
こで谷口と鳩山の共著で『危機に立つ日本』と題するパンフレットまで出ていて、鳩山は
“生長の家”の宣伝に百パーセント利用されている>
 政治との関わりが古いことがわかると同時に、鳩山内閣を成立させたのは“生長の家”
だと、堂々と説くのだから、政治の裏面史として興味深いというよりは、やはり大宅壮
一の指摘するように宣伝がうまいと、感心するべきだろう。
 だが、なぜか鳩山一郎の御曹司である鳩山威一郎(自民)は、仏所護念会がバックで
あり、孫の鳩山邦夫(自民)は立正佼成会のお世話になっている。
 それは故・鳩山一郎と生長の家との関わりが、必ずしも谷口雅春の言葉どおりではな
いからであろう。

 “宗教の百貨店”にもどる生長の家の今後
 政治家も宣伝材料にした生長の家は、その後、急速に政治との関わりを持ち始める。
それも、今度は宣伝材料というよりは、生長の家自身の主張を実現する手段として有
効なためである。


671 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:54
 教祖・谷口雅春は、多くの政治的発言を残しているが、その説くところはいうまでもな
く、天皇礼賛、憲法改正、反共につきる。
<天皇の御心から逸脱して政治家が動き出すとき、その国は危険の淵に陥ろうとするので
ある。明治時代の日本の国は、時の内閣が行きづまって総辞職するならば天皇さまが、次
の総理大臣となる者を選んで指名し給い、組閣が行われるのであった。政治が旨く行われ
なかったら「誰」に対して総理大臣及び閣僚が責任をもつかというと、天皇に対し責任を
とるのである。つまり、当時の政治家は、天皇の理想光に反照して自己を反省するのであ
ったが、今の政治家には自分の心や政治のやり方を反照すべき鏡を持たないで、有象無象
の人間智をもって何とかやり繰りしているので、天爾が政治にあらわれないで国内がガタ
ツクのである>(「生長の家」昭和五十一年二月)
<私は近頃の自民党及び自民党内閣も信頼できないのである。嘗て自民党内閣は岸信介氏
の時代は信頼できた。その時代の自民党内閣は愛国心のある内閣であった。首相がカラダ
を賭って日米安保条約を堅持して日本を赤化の脅威から救おうとしたし、日本弱体化のた
めに押しつけた占領憲法を改正して日本の伝統に基づく自主憲法制定をやることを自民党
の党是とした。
 そして今は?(中略)自民党の政策など、私は近年、殆ど一度も賛成すべき優秀なもの
を見た事はないのである。それにも拘らず、生長の家ぜんたいを率いて自民党に後援して
いる所以は、今尚、多少なりとも“愛国の精神”を残しているのは、自民党のみだと思っ
ていたからである>(『国のいのち人のいのち』)
 宗政研の玉置和郎と、その主張するところは同じわけだが、生長の家との関係では、三
木武夫(元首相)の紹介で票欲しさに、同教団の練成会に押し掛けたのが最初であった。
 そして、玉置は教祖の説くところに共感、いままでの自分の生き方のあやまりを思い知
らされ、それ以来、教祖に心酔。生長の家お抱えの政治家として、また宗政研会長として
政界に確かな地歩を築き上げていったのである。


672 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:54
 だが、昭和三十七年の参院選では、生長の家が、結果的には玉置を支援したとはいえ、
全国体制が整わないまま選挙に突入。玉置は六十七位で落選という憂き目にあっている。
 生長の家は、全国組織化のため、昭和三十九年に生長の家政治連合(生政連)を創設。
玉置の三年後の再出馬選挙では、前回票に五十五万票を上乗せ、全国区三位という高位
当選を果たさせているのである。
 教祖の政治好きの結果、政治に深く関わるようになった生長の家は、自民党に対する
圧力団体としては、かなりの影響力を持つまでになったが、それが同教団にとって、ど
の程度、役に立ったのかを考えた場合、政治家のために使った金と労力に見合うものだ
ったかは、極めて疑問といわざるをえない。
 ましてや、それが生長の家の教勢拡大に役立つかといえば、少なくとも、宗教ブーム
の中で、新たに宗教に目を向け出した若い層を獲得するのに役立つとは、とても思えな
いのである。
 だからこそ、教祖亡き後の生長の家は、玉置の死を契機に政治路線を捨て、政治から
撤退するという方針を打ち出したのである。
 そして、本来の“宗教の百貨店”にもどろうというのであろうが、宗教のビジネス化
については、教祖の才能と存在に負うところが大きかっただけに、華々しい話題に欠け
るのである。
 宗教臭くないテレビのCMは、相変わらず流されているが、政治に偏り過ぎてきただけ
に、そうしたイメージ広告も、二代目総裁による“修正”も、すぐには効果を発揮する
状態にはない。


673 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:57
『新興宗教を告発する 信者を嵌める欲望の神々(だまされた信者たちの生き地獄の実態
と怒りの声!宗教の隠れ蓑を着て信者から金をしぼり取る欺瞞教団の手口が歴然!)』
青年書館 著者田中一京 1987年発行
第五章 教団の実態に失望し裏切られ嫌気がさした
『生長の家』
組織の閉鎖性と信者の犠牲の上に成り立っている教団の金権体質を見せられ失望した

 これは現在神奈川県横須賀市に住む元生長の家青年部長のTさん(二十八歳)が、教義
と信者の行動や考え方の矛盾、及び教団内部の軋轢やその実態について、一信者としての
教団に対する失望や不満について語ってくれた事例である。
         ☆
――なぜ匿名にする必要があるのですか。まず、その理由から聞かせてください。
「現在、私の両親と妹、それに親戚の者が熱心に生長の家の信者として信心しているから
です。地方では信者同士の結束が強くて、私が教会のことを喋れば必ず残っている者が白
い目で見られますし、村八分にされるおそれがあるからです。都会では考えられないこと
ですが、田舎では隣近所の連帯意識がものすごく強くて、私の出身地と名前がわかれば皆
に迷惑がかかると思うからです」
――生長の家の教義ではすべてのものと和解せよといっていますし、他人に対する施愛が
すべてだと教えているのではないのですか。
「谷口先生の教えは確かにそのとおりです。しかし、それが一つの目標(信仰)に向かっ
ているときはいいのですが、やはり組織の中には閉鎖的な部分があって、外部から攻撃さ
れるような事態が発生すると、お互いに仲間意識というか、組織を守ろうとして、あれこ
れ圧力をかけてくるわけです。まあ一種の防衛本能というやつが働き排他的になるわけです」


674 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:58
――具体的には誰からどんな圧力がかかってきますか。
「直接には会員から教会に対して、あるいは他の会員に感謝する心がないなどと嫌味を言
われ、それは親兄弟の責任だと周囲から責められます。会員の感情としては、裏切り者の
家族だというようなしこりをいつまでも持ち続けるわけです。私の友人の家族でやはりそ
んな目に遭って、地元にいられなくなった人も私は現実に見て知っています。どの宗教で
も同じだと思いますが、その組織の中に入ると外から見るのとは大分様子が違います。そ
れは教会の教えを忠実に守ろうとする会員の熱心さから、そういうふうに閉鎖的になるの
でしょうが……」
――では、あなたが生長の家の信者になった動機と退会した理由を聞かせてください。
「母が生長の家の熱心な信者だったことと、妹の病気が治る、いや治してくれると聞いた
こと、それに父が事業に失敗したことなどが重なったものですから、それで入会したんで
す。また、私が退会しようと思ったのは、父が事業に失敗したことで家の状態が最悪だっ
たとき、その苦しい生活の中から母がなけなしの金を教会へ持っていくし、次から次に教
会の本を買わなければならない、そんな状態が続いていたものですから、なぜ金に困って
いる者から平気で金を取るのか、それが宗教の本質だったのかと疑問を持ったからです。
それに妹の病気も全然よくならなかったから……」


675 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:58
――信者の方は毎月どれくらいのお金を生長の家へ納めるのですか。
「生長の家には“聖使命会”という会員の布教機関がありますが、この会に所属する会員
は必ず本部に毎月会費を納めなければなりません。そしてこの会員にもランクがついてい
て、家族会員が月額一口百円、護持会員が月額四百円以上、什一会員が月額千円以上、特
志会員が月額一万円以上と一応最低の基準が決められており、これより多く納める分につ
いてはいくらでもかまわないのです。
 そのほか練成会に出席すると、いろんな行事毎に五千円ぐらいから二万五千円くらい奉
納しなければならず、必要以上にいくらでも金がかかります。ですが毎月必要な金額は人
によってそれぞれ異なります。私の場合は三千円本部に納めていましたが、母は二万円か
ら三万円くらい本部へ持って行ってたようです。
 あと必要な金というと『聖使命』という新聞や『白鳩』『理想世界』などの本を毎月四、
五千円分買わされていたんです。多分本部に問い合わせてもそんなに金はかからないとか、
信者の方に強制はしていないなどと返事するでしょう。ですが信者の立場からするとそれ
を断るわけにはいかず、いくら生活が苦しいといっても、信心に必要なものですから買わ
ないわけにはいきません。そうした雰囲気が生長の家の内部にはあるし、仮に信者が困っ
ているからといって、いちいち金を返すようなことはしません。取りっ放しのもらいっ放
しです」


676 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:59
――生長の家ではどのようにして布教活動をしているのですか。また、日常活動やそれに
よって実際に弊害があったかどうか。布教について教会からどのような指示がなされるの
か、その辺のことについて教えて下さい。
「生長の家には七つの光明宣言という実行目標があって、その中に『人類の運命を改善す
るため、著述、出版、講習、ラジオ、テレビなどありとあらゆるものを通じて教義を宣布
する』と定められています。ですから会員はその教えにもとづいて二、三人ずつ組んで生
長の家で発行した刊行物を買ってくれる購読者や誌友、それに新しい会員の勧誘に走り回
るんですが、その目標は幹部の方が決めます。つまり、ノルマを各会員に示し、会員はそ
のノルマを達成するため、仕事を休んででも熱心に布教活動をするようになってしまうの
です。
 ノルマを達成しないと幹部は嫌な顔をするし、「なぜか」とできなかった理由をくどく
ど聞かれるんです。だから会員は仕事を犠牲にしたり、家のことはかまわないでまず勧誘
活動を優先させ力を入れますから、常に教会を中心にして各々個人の生活が動いていると
いっていいでしょう。言いかえますと、個人の生活を犠牲にしなければ宗教活動ができな
いんですから仕方ありません」


677 :名無しさん@1周年:02/09/09 19:59
――信者が体験報告を会合などの席で発表すると聞きますが、実際にはどのようなことを
報告するんですか。
「だいたい体験報告は月に一回しますが、その内容は、誰々の病気が信心したおかげでよ
くなったとか、どの会員が新しい会員を何人勧誘したとか、その勧誘の苦労話や反省点、
それに感謝された事例などを報告します。でも報告されることはほとんど成果ばかりとい
うか良いことばかりで、まるで自分の手柄話をしているようですね」
――最後に谷口雅春総裁がなくなってから教会が変わったと聞きますが……。
「ええ、幹部の人達が派閥みたいなものを作って、お互いをけん制しながら自分の方へ指
示する会員をできるだけ多く集めようとしています。私はあまり詳しいことは知りません
が、このままだと醜い権力争いが一気に火を吹いて、いずれ生長の家もほかの宗教と同じ
ように分裂するような事態が起きるのではないですか……。谷口先生個人に対しては尊敬
する人がまだまだ多いし、私だってその一人です。でも、その一枚岩が崩れはじめている
と会員の間ではもっぱらそんな噂が囁かれています。今から先、生長の家はいろいろとも
めごとが表面化してくるのではないでしょうか……」
Tさんと話していて強く感じたことは、組織の閉鎖性と、宗教団体の運営は信者の犠牲の
上に成り立っているものであるということ。さらに、教団に金を貢ぐ信者心理とそれを当
然とする宗教教団の姿勢に、教義より金に傾斜している実態が見られ、既存宗教の荒廃ぶ
りをうかがい知ることができた。


678 :名無しさん@1周年:02/09/09 20:03
『現代の新興宗教』著者戸川猪佐武 発行所株式会社太陽 昭51年12月
生長の家雑然たる宗教の百貨店
異色の教団である。まず教祖を総裁と呼ぶ。その総裁・谷口雅春は二百四十万の信者の心
の親分であろう。だが生長の家王国は安泰か
 三島由紀夫が惚れた谷口総裁
 私ごとから書きはじめるのは、多少、気がひけるが――ごく最近、私のワイフが古い書
類のたぐいを整理しているとき、三島由紀夫の名刺を発見した。それが、私の手もとにあ
るのについては、ちょっとした経緯がある。
 私がまだ政治記者だった昭和三十四、五年ごろ、ある出版社の知人から、「三島さんが、
政治家の秘書のことを書くので、それについて話を聞かせてやってほしい」という依頼を
受けた。会った場所の記憶は定かでないが、とにかく私は彼に会った。やがて、その本が
出版され、私は寄贈を受けた。この本の間に、私宛に礼の言葉を記した三島の名刺が、挟
まれていた。これが、古い書類の間から、出てきたのである。
 その後、私は三島とは、たった一度しか会っていない。あるホテルで、私も泊り込んで
の仕事があったとき、そのエレベーターで偶然に行き会ったのである。
「いま、芝居の仕事やらなにやらで、忙しいさなかです」と、そんなことを、彼は挨拶が
わりにしゃべった。それが、昭和四十四年だった。私はたまたま「占領憲法下の日本」と
いう本を――筆者には失礼な話だが、ところどころを読んだあとであった。
 実は、この筆者に失礼――と書いたその筆者が、「生長の家」総裁の谷口雅春であった。
そして、この本に、三島由紀夫が一文を寄せていたのである。なんとも、私ごとの話の枕
が長くなってしまったが、この三島の一文をイントロダクションとして、生長の家を論じ
てみようというわけである。


679 :名無しさん@1周年:02/09/09 20:04
「……生長の家の信仰を抱く二、三の学生が私の自衛隊体験入隊に加わったので、親し
く接する機会を得た。かれらは皆、明るく、真摯で、正直で、人柄がよく、しかも闘志
にみちみちた、現代稀にみる青年ばかりであった。そして『もし日本に共産革命が起き
たら、君らはどうする?』という私の問いに、『そのときは、僕らは生きていません』
という、最もいさぎよい、もっともさわやかな言葉が返ってきた。それだけの覚悟を持
ち、しかもこういう明るさを持った青年たちはどうして生まれたのだろうか。
 ……現代の汚れた常識人は、そんな青年は物語の中にしか、いる筈がないと笑うであ
ろう。又、敗戦後に生まれた現代青年が、無視し、あるいは避けてとおる天皇の問題に
ついても、この人たちは、率直な、実に自然な受容の態度を示していた。天皇は日本民
族の存立と自立の自明の前提として理解されていた……」
 私は、三島その人が、なぜ、どうして“右傾化”して、ああした最期を遂げたのか、
その精神過程の分析をする気は、毛頭ない。ただ、彼とともに市ガ谷の自衛隊に乗り
込んだ「楯の会」の小賀、古賀両青年が、生長の家の信者であったという事実――
これに注目するのである。
 こうして、三島を感嘆せしめ、また彼と行を一にする青年を生み出した生長の家
――そこに関心をもたないわけにはいかないのだ。その主宰者たる谷口雅春という人
物に対してもである。ところで三島は例の一文に、「私はどうしても、師(谷口)の
おどろくべき影響力と感化力、世代の差を乗り超えた思想と精神の力を認めざるを得
なかった」と、谷口について記している。

680 :名無しさん@1周年:02/09/09 20:04
 生長の家が現在、政界にも大きな作用力をもっていることは、あとに詳述するとして、
――これを母体に、参議院に出ている著名な政治家に玉置和郎がいる。玉置は、谷口に
ついて、こう語っている。
「こわい人ですね。この世の中で、私にはこわい人なんかいない。とくに政界ではね、
前総理の田中角栄さんも、私が一番尊敬する福田赳夫先生も、こわい人という感じはも
ちませんよ。しかし、谷口先生はこわい。どこがこわいと言うんではないんですな。全
身から溢れる雰囲気ですな。私は谷口先生と話をするときは、『気をつけ!』です。お
目にかかるときは、水をかぶって肌着を着替え、先生の前に出る……」
 この玉置は、いうまでもなく自民党右派の青嵐会のリーダーである。ニュー・ライト
の三木首相に対して、たえず批判、攻撃を加えている。
 さらに付け加えると、社会党委員長の浅沼稲次郎を刺殺した山口二矢少年も、一時期、
生長の家のメンバーだったと聞いている。
 こうみてくると、生長の家なるものは、宗教団体のなかの最右翼という輪郭が、おの
ずと浮かび上がってくる。

 早大英文科卒の変わりダネ
 再び、私ごとになって恐縮だが――昭和十年から十一年ごろにかけて、奇妙で不思議
な新聞広告が、しばしば私の眼をとらえた。「生命の実相」「生長の家」という雑誌の
宣伝であった。当時、私はまだ小学校の五、六年生だった。
 そのころの新聞広告は、すべて野暮ったくできていた。そのなかで、この「生命の実
相」の広告は、なにやら不可解な文章が詰まっていて、いっそう野暮ったく映ったもの
である。というより、その文字が子供心には、なにか異様に、よくいえば神秘的に、わ
るくいえば恐ろしい感じで迫ってきた。「生命の実相……というのは、なんだろうか?」
と、私はおやじに訊いたことがある。「ああ、谷口雅春の生長の家だ。その本だよ」と、
おやじは答えた。

681 :名無しさん@1周年:02/09/09 20:06
谷口雅春という名前を、私が知ったのはこのときである。「谷口……というのは、早稲
田の英文にいてね、変わった人物だったらしい」――そうおやじは説明しはじめた。そ
のとき、おやじは通俗小説などを書いて、なりわいを立てていた関係から、ある程度知
っていたのだろう。「西条八十、直木三十五、細田民樹、青野季吉、坪田譲治、木村毅、
細田源吉といった連中と、早稲田の英文科で同期だったそうだ。おれより、一年上とい
うことになる。西条、細田、坪田みな当時からつき合っていたが、谷口というのは知ら
なかったな。が、英文を出ながら、宗教を始めたんだから、変わり種だよ」と話したも
のである。 もちろん子供の私に正確にわかろうはずはなかった。だが、奇妙で不思議
な広告については、得心がいったような気になった。
 そのころの生長の家については、いま刊行されている「幸福への招待」(入会者用パ
ンフレット)が、このように記している。「……立教は昭和五年、創始者・谷口雅春総
裁が個人雑誌“生長の家”を創刊された年とされています。
 この“生長の家”誌が刊行されると、それを読むだけで、重症の病気が治ったり、暗
い消極的な性格が一変したり、家庭生活が調和するというようなことが、次々に起りま
した。そして当時としては、常識を破るそれらの奇跡によって、人生苦を解決した人々
(誌友)が歓び集って、ひとつの組織がつくられました……」
 この組織が、生長の家という団体になった――というわけである。ここに書かれてい
ることでわかるように、生長の家は創立からある時期まで、みずからは“超宗教”とい
い、“宗教団体”とは規定していなかった。“教化団体”と称していた。会員は“信者”
ではなく、“誌友”であった。宗教法人法にもとづいて、“宗教団体”“宗教法人”に
なったのは、昭和十四年(一九三九)である。
 その生長の家がスタートし、新聞広告を打ちはじめた昭和十年、「話」という雑誌が、
「生長の家」論を掲載した。すでに、生長の家そのものが、世間の注目を集め、話題に
なっていたので、取り上げたにちがいない。筆者は大林比左男――いずれだれかのペン
ネームだろうが、タイトルは「資本金百万円の宗教株式会社。生長の家とはどんな宗教
か」というのであった。

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